6月2日(月)

今日の予定は現地ツアーで一日観光です。早朝7時集合、世界遺産モンサンミッシェル観光に行きます。
途中ノルマンディ地方の典型的なシャトー(お城)「シャトー・ド・ブレイユ」によって、ガルバドス酒(りんごを原料にしたブランデー)の醸造所の見学と試飲をします。
12時半ごろモンサンミッシェル到着。見学後16時現地出発で、パリ到着が20時半の予定です。今日はのんびりバスに乗っているだけですから安心ですね。気を使うのは帰ってきてからの夕食場所ですね。

シャトー・ド・ブルイユ

フランス北西部のノルマンディー地方にある、カルバドスを製造するシャトー・ブルイユ。
モンサンミッシェルとパリのちょうど中間地点に位置するこのシャトーにツアーの途中立寄ります。ここでは1956年以来、カルヴァドス造りを行っています。

カルヴァドスとはリンゴで造るブランデーだそうです。リンゴの果汁を自然発酵させりんごの発泡酒「シードル」を作り、このシードル状になったものを更に蒸留して一度アルコール度数を
70度近くにまで上げ、その後、樫の木で作った樽の中でゆっくり熟成させてアルコール度数を41度にまで下げたもの。平たく言うとリンゴで作ったブランデーといった所でしょうか。

シャトー敷地内の庭は一面がりんご園。りんごの木、美しい散歩道、小川、カルバドスを製造するかわいい建物、雰囲気のあるお城など。16世紀初頭に建てられた木組みの半木造建築が残るお城は、かつてノルマンディーの貴族達が住んでいた場所で、城というよりお屋敷で現在は歴史的建築物に指定されているそうです。
休憩をかねて敷地内の散策と、このガルヴァドス酒の試飲をしました。おいしかったですね。日本ではほとんど手に入らないとか。買いたかったんですが重いですよね。そこでこのお酒が入ったチョコレートボンボンで我慢しました。

 お城の外観です。明らかにお屋敷ですよね。

  ガルヴァドスを製造する工場

  蒸留装置

ここで試飲や販売をしていました。木組みと漆喰の典型的なノルマンディの建築様式だそうです。

モンサンミシェル

モン・サン・ミシェルは宮崎駿の天空の城ラピュタのモデルになった島です。

西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ小島に築かれた修道院で、カトリックの巡礼地のひとつであり「西洋の驚異」と称され、
1979年「モンサンミシェルとその湾」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録、NHKの調査では訪れてみたい世界遺産の第2位です。

修道院が築かれている、岩でできた小島はかつては満ち潮の時には海に浮かび、引き潮の時には自然に現れる陸橋で陸と繋がっていたとか。島の入口には潮の干満時刻を示した表示があり、満潮時には浜に降りないようにと記されていました。

最も大きい潮が押し寄せるのは満月と新月の時期といわれており、引き潮により沖合い
18kmまで引いた潮が、猛烈な速度で押し寄せるそうです。このためかつては多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落としたといい、「モン・サン・ミシェルに行くなら、遺書を置いて行け」という言い伝えまであったそうです。

1877年に対岸との間に地続きの道路が作られ、現在では潮の干満に関係なく島へと渡れるようになっています。ただ急速な陸地化が島の周囲で進行しており、島の間際まで潮がくることは滅多になくなりつつあり、かつての姿を取り戻すべく2009年には地続きの道路が取り壊され、2010年には代替となる新たな橋がかけられることが計画され現在工事中でした。

もともとはヨーロッパで最も干満の差の激しい湾にあって、時に海に浮かび、時に干潟に聳えるこの岩山は、古来土着信仰の聖地でしたが、8世紀に大天使ミカエルを祀る小さな礼拝堂が建てられてから、岩山はキリスト教の祈りの場として知られるようになりました。

そこで「聖ミカエルの山=モン(山)・サン(聖)・ミシェル(英語でミカエル)」。岩山の頂には、聖堂や回廊、広間などがひしめく「天空の神の国」。不安定な斜面の上に、地形に合わせた建物の増築を重ねて築き上げられた巨大な修道院建築は、“人類の叡智の結晶”と讃えられています。
その外側には
1315世紀の軍事施設が取り囲んでいます。百年戦争の時には要塞として使われたためです。

  到着時の雨に煙るモンサンミシェル
  上から見た駐車場と対岸へ続く道路の様子
  全景・修道院内部の写真から
  見学が終わって出てきたら晴れてました
  いつもの記念撮影
  帰りのバスから最後のモンサンミシェル
   修道院に上る急な階段      修道院内の礼拝堂 建設当時、資材の石を下から修道院の上部まで持ち上げた装置で、輪の中に人が入って回していたということです。
 内部の通路はこんな感じで迷路のようです       修道院の回廊と中庭         修道院の食堂
上から見た干潟・歩いている人が見えます。   同じく干潟ですが、晴れてきましたね
名物のオムレツ・
ここにやって来る巡礼者のために、安くてボリュームある食べ物を、ということでプラールおばさんが作ったのが始まりだそうです。
参道にあるラ・メール・プラールというレストランで今でも食べられました。
ふわふわのオムレツでしたが、結構高くオムレツとデザートで35ユーロでした
入り口から修道院までの通り
両側にはホテル・レストラン・土産屋さんなどがぎっしりでした。


再びパリで

いよいよパリに帰って夕食です。
その前にバスの中から取った写真なので映りが悪いですが、ここのトンネルはあのダイアナ元英皇太子妃がなくなった現場だそうです。

夕食はフランスの煮込み料理を出すビストロで取りました。ここは日本語のメニュもありましたが、客は地元の人たちでいっぱいでした。

  前菜・エスカルゴ(奥)と肉のパテ&ワインとピクルス  メイン・牛肉の煮込み・料理はこんななべで出てきます        デザート・クレームブリュレ
  通りに面したこじんまりしたお店(ビストロ・サントノレ)

おなかいっぱいになりホテルまで歩いて帰りましたが、10時を過ぎてもにぎやかな通りはまだ人も多く危ない感じはありませんでした。もう何回もこの付近は歩いているので、道もわかり安心して歩けます。

おやすみなさい!

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