秋の槍ヶ岳 (3/3)

10月14日 曇りのち晴れ

テント
朝のテント場と笠ヶ岳
寝不足のまま4時起床。この時間のテント内の気温は3.5℃まで復活していた。寒さの底は1時ごろだったようだ。フライの内側の結露はびっしりと凍り付いていたが、外側は乾いていて、テントの周囲には霜柱などはなかった。空気が乾燥しているのだろうと思った。
朝食はこの日もお茶漬け。が、前室での調理もためらわれるほどの強風で、風でコンロが倒れてテントに燃え移ったりしたら一大事と思い、火は使わないことにした。前夜に沸かしてテルモスに入れておいたお湯は、シュラフに入れて一緒に寝たにもかかわらずとてもぬるくなっていて、冷え冷えになった前夜の残りご飯にかけて出来上がったお茶漬けはヒンヤリとしていた。
そうこうしているうちに風はますます強くなってきて、テントが揺すられる。これも帰宅後に山荘の気象記録を見たら、6時の風速は14.2m/sとなっていた。そんな強風の中をテント撤収開始。夜が明けてから強まった風のせいか、フライ内側の結露が消え去っていたのはラッキーだった。また、昨夜の霰から雨か雪を心配したが曇天で降水はなく、撤収は意外とスムーズにすんだ。テントの底は自分たち自身の熱で結露し、凍り付いていた。

予報が好転

空は曇ってはいるが高曇り。視界はよく、富士山や昨日山頂からは見えなかった頸城や浅間もきっちりと見えた。山頂に三脚を構えている人が数人いるのがテント場からも見えた。日の出は見られなかったが、太陽が上がりきってから雲間から日が差して常念が黒く浮かび上がったさまは素敵な光景だった。きれいな普通のご来光よりも、ずっと感動的な眺めだった。西の空も雲が流れているが、悪さをしそうな雲が見当たらない。もちろん白山もよく見えて、ホントに雨が降るのか疑わしく思えた。
相棒がトイレに寄っている間に小屋で今朝の天気予報をチェック。するとなんと予報は一転して晴れになっていた。今日はどこも寄らずに槍沢を下りて帰宅するつもりでいたが、そんなこと言ってる場合じゃない。昨日あまり展望のよくなかった山頂に再びアタックするか、当初の予定通りに南岳まで歩くか。我々は縦走好きということもあって、南岳縦走に決定。やはり往きと帰りは違う道の方がおもしろい。
ババ平まで水が得られないので、念のため小屋でペットボトルを1本と、缶ポカリ2本を購入した。

7:24 槍岳山荘発(3065m, 1.3℃)

大喰岳
立派な大喰岳の姿
笠
優美な笠ヶ岳を眺めながら歩く
そんなこんなで遅くなって、出発するころには小屋前も閑散としていた。小屋入口の温度計は、内側に付いているにもかかわらず-1℃を示していた。稜線の縦走ではずっと風に当たり続けるだろう。寒さ対策として、Tシャツ・ウールシャツの上にカッパを着てネックウォーマーを顎までずり上げ耳宛てを装着。暑がりのため普段は滅多にしない手袋までつけた。
南岳方面へはテント場の中を下っていく。正面の大喰岳がなかなか立派な姿だ。朝一番でまだまだ寒さにこわばっている体には高度差80mの登りが少しつらかったが、右に優美な笠ヶ岳、左には凛々しい常念岳が見えて気持ちよい。少し振り返ると黒部の山々も見えた。薬師岳がでっかい。

7:56 大喰岳(3090m, 1.7℃)

槍
大喰岳山頂からの槍は鋭い
穂高
ついに穂高登場
大喰岳山頂周辺はごつごつとした複雑な地形で、ケルンが林立していてなんだか異様だ。山頂標識は道から少し外れたところにあった。槍ヶ岳の眺めがすばらしく、この位置からは一段と鋭く尖って見える。その逆の南には昨日槍の山頂からは見えなかった穂高もついに登場。歩き始めてまだ30分だったがザックを下ろしてしばし見入った。

8:41 中岳(3080m, 2.9℃)

槍
中岳から槍を振り返る
中岳へは、ふたたび下って登り返す。笠ヶ岳が相変わらず順光を浴びて美しい。
ガレた道を登り、ハシゴを通過すると中岳山頂が見え、数分で登頂。北は大喰岳が槍の前に立ちふさがっているが、南の穂高はいよいよ近く大きくなってきた。南岳へと続く稜線の下の岩屑が凄い。昨日登ってきた槍沢を覗き込むと黄葉がきれいだった。ちょっぴり空腹を感じたのを理由に、またもや大休止と相成った。

9:04 中岳発(3075m, 4.4℃)

穂高
穂高を眺めながら岩礫の道を行く
中岳
中岳の大岩礫斜面を振り返る
中岳の南側は猛烈な岩塊斜面で、思っていたよりも急な下りだった。鞍部は窪地のようになっていて、かつてはキャンプ指定地だったらしい。先がよく見通せるため、巨岩についている○印があちこちに見えてなんだか道が錯綜しているような気がしてしまう。
だらだらと進み、2986mピークを過ぎて岩場を信州側に巻くとようやく天狗原への分岐が見えた。

9:53 分岐(2985m, 6.3℃)

分岐付近
左の尖ったところが天狗原への分岐
分岐にザックをデポして南岳を目指す。少しだが日が出てきてちょっぴり暑く感じてきたので、ネックウォーマーと手袋をとった。

10:13 南岳(3030m, 5.5℃)

穂高
要塞穂高
なだらかな岩の道を身軽にひょいひょい歩いて13分で到着。山頂には誰もいなかった。
山頂からは素晴らしい展望が広がっていた(ぐるぐる写真)。黒部・後立山・頚城・浅間・八ツ・南ア・富士山など、そうそうたるメンツが勢ぞろいしていた。しかしここでは穂高が最大の主役だった。まさしく要塞の趣。逆光で薄暗く見えるのも迫力を増している要素かもしれない。

10:40 南岳発

槍
岩だらけの稜線と槍ヶ岳
穂高にずっと見惚れていてずいぶん時間が経ってしまった。真逆の槍ヶ岳は、天狗原分岐へ少し戻ったところが、足元の尾根がなくなって絶景ポイントだ。この岩屑の斜面も凄まじい。

10:57 分岐着(2990m, 7.5℃)

日本国内では数えるほどしかない3,000mの縦走路はこれでおしまい。高曇りではあったが大展望の稜線歩きは実に気分が良かった。
これより天狗原を目指して横尾尾根を下る。東斜面に入れば西風はなくなり、暑くなるだろう。

11:08 分岐発(2995m, 11.8℃)

横尾右俣
吸い込まれそうな横尾右俣、中央右が屏風岩
ハシゴ
頑丈なハシゴを下る
下り始めていきなり、クサリ場が展開。60歳くらいの男性ふたりのパーティが先行していたが、かなりてこずっているように見えた。ストックは仕舞って歩くべきなのだろうが、クサリのないところはかなりザレているのでスリップ恐怖症の我々は手放すことができない。おっかなびっくり10分も下ると槍の穂先と同タイプのハシゴまで登場。ぶっとい鉄の手すりが大きく捻じ曲がっているのはいかなる理由によるものだろうか。
難所のあとは、巨岩の上を飛びうつるようにして下っていく道。昨日歩いた、北ア的に完璧なまでに整備された槍沢の登りと比べると、この道はかなりの悪路だ。ただ、紅葉真っ盛りの横尾右俣に向かって下りていくので眺めはすこぶる良い。屏風岩の基部には横尾と涸沢を結ぶ道が見えて、あっちもさぞかしきれいだろうなあと思う。左手は天狗原が一望のもと。

12:05 横尾尾根のコル(2720m, 9.0℃)

氷河公園
氷河公園へと下る
下りの途中で暑くてたまらなくなってカッパを脱いだ。
コルは小さな広場になっている。
コルで左(北)に折れて天狗原へと下っていく。美しい横尾右俣の眺めを目に焼き付けてから歩き始める。天狗原は別名を氷河公園ともいう。見下ろした斜面はいかにも氷河の跡らしく、モレーンのような地形の底に残雪がたまっていた。この下り道も巨岩の間を縫うようにしていくが、岩は尾根のものよりもはるかに大きくて、ささやかな住宅ぐらいはありそうなものまで転がっていた。これらの岩も氷河によって運ばれた岩なのだろう。

氷河公園

槍
氷河公園の巨岩と槍ヶ岳
下っていくと徐々に空が明るくなってきて、氷河公園の真ん中あたりでとうとうまさかの青空になった。昨日の時点では雨の予報だったので、これは本当にラッキーに思えた。
この氷河公園あたりからの槍の穂先は完璧な形で、見事というほかない。

13:00 天狗池(2555m, 13.5℃)

槍
天狗池から青空のもとの槍ヶ岳を望む
天狗池の槍も、空が青いとこうも美しいのかと思う。昨日の朝の景色と全然印象が違うのだ。池のほとりで行動食をほおばりながらゆったりと過ごす。
あとから天狗池に着いた人たちが「今日はこれなら○時までに小屋に着く」みたいな話をしているのが聞こえて、はっと我に返った。あまりに気持ちよく歩いていて、一日のペース配分を全く考えていなかったのだ(←登山者失格)。徳沢まで行くつもりでいたが、あらためて計算してみるとそれはちょっと無理なようだった。稜線が気持ちよくてのんびりしすぎたせいだ。横尾まで行けるかもあやしいことに気付き、ちょっと焦る。

13:30 天狗池発(2555m, 13.5℃)

西岳
陽を浴びて美しく輝く西岳斜面
槍
槍ヶ岳よさようなら
ここまで来るとかなり暑く感じて、ウールシャツも脱いでTシャツ1枚になってから出発。
昨日美しかったナナカマドの帯は日陰に入っていた。あの色を味わうには午前中に来なければならないのだ。だが逆に、見下ろした西岳斜面は順光を浴びて美しかった。昨日・今日と違う時間の光で見られたのは、偶然だがよかった。

14:14 天狗原分岐(2420m, 8.9℃)

槍沢
黄葉の槍沢へと飛び込んで行く
槍沢の道に合流し、ここからは黄葉の谷に飛び込んで行くような感覚で下っていく。美しいが時間がないので写真撮影は控えめにして黙々と歩いた。

15:19 槍沢キャンプ場(2050m, 10.3℃)

槍沢
槍沢沿いの道をテント場目指して下る
水を補充。ここで泊まることもできたが、翌朝早い時間に上高地を脱出したいので、なるべく先へ進むことにした。この時間でテントは6張ほどだった。

15:49 槍沢ロッヂ(1880m, 10.1℃)

ロッヂのすぐ手前の「槍見」と大書された岩からの槍は遠く、そしてすでに色褪せていた。
風呂に入れる槍沢ロッヂに泊まるというのも魅力的な案だったが、ここはぐっと堪える。3分ほど休んですぐに出発。

16:25 一の俣(1760m, 9.6℃)

橋のたもとに大きな岩があって、休憩にはもってこい。ここもまた数分休んで出発する。5時過ぎには横尾にたどりつけるだろう。

17:13 横尾(1675m, 9.2℃)

できれば徳沢でキャンプがしたかったが、今日はもうタイムオーバーだ。
横尾山荘は今シーズンは改築のためにすでに小屋の営業が終了していて、キャンプの登山者しかいないために閑散としていた。夕食を終えたら19時を過ぎていた。
テントは10張ほどだった。ババ平・槍の肩もそうだったが、ここでも単独か2人のパーティばかりで北アルプスとは思えないほど静かだった。

10月15日 曇りのち晴れ

本日も4時起床。朝のテント内は10.5℃。前夜の寒さのあとではぽっかぽかに感じられ、ぐっすり眠れた。朝食にソルレオーネのエスプレッソリゾットを食べ、コーヒーを飲んだりしてからテントを撤収。去年はきれいに見えた前穂はこの日は雲の中だった。

6:07 横尾発(1660m, 4.6℃)

6:57 徳沢(1595m, 4.7℃)

この時間でテントは10張ほどあった。少し休憩してすぐに出発。

7:40 明神(1570m, 5.8℃)

早くも空腹を感じて残った行動食に手をつけた。エスプレッソリゾットだけではちょっと量が足りなかったようだ。

8:28 上高地着(1550m, 6.9℃)

穂高
河童橋から朝の穂高連峰
河童橋に着いて振り返ると、諦めていた穂高連峰が見えていた。河童橋も人が少なくて、じっくり眺めることができた。西穂に雲が付いていたが、奥穂や前穂はよく見えた。光線の向きがちょうどよかったのか、焼岳がやたらときれいだった。
予定どおり9:10のバスに乗れて、松本には11:30ごろ到着。松本駅がすっかり変わっていてびっくりした。駅ビルMIDORIでお土産に信州ワインを買い、昼食にアルプス道づれおむすび弁当地鶏めしを買ってスーパーあずさに乗り、無事踏破できたことをカップワインで祝福した。
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