国境の南、太陽の西講談社文庫 1995年

スタンダード「国境の南」が題名になっていますが、しかし、実際には歌っていないという・・・「太陽の西」については、小説を読むとわかります。

ナット・キング・コール「プリテンド」、ビング・クロスビー17ページ

クラシック音楽の他に、島本さんの家のレコード棚にはナット・キング・コールとビング・クロスビーのレコードが混じっていた。僕らはその二枚のレコードも本当によく聴いた。

時刻はもう夕暮れに近く、部屋の中は夜のようにすっかり暗くなってしまっていた。電灯はついていなかったと思う。ストーブのガスの火がほんのりと赤く部屋の壁を照らしているだけだった。ナット・キング・コールは『プリテンド』を歌っていた。

Nat King Cole

Nat King Cole

Nat King Cole

Nat King Cole (p, vo), and others

とっても優しいナンバー。親密な気分になれること請け合い。処世訓というか、なかなか深い歌詞ですね。

1943.11.30-1964.9.7録音

ナット・キング・コール「国境の南」22ページ

ナット・キング・コールが『国境の南』を歌っているのが遠くの方から聞こえた。

この曲は羊をめぐる冒険にも登場することから、村上春樹自身にかなりの思い入れがあるのだと思う。しかし実は Nat King Cole は "South Of The Border" を録音したことがなくて、これは彼の勘違いなんだとかいう話をなにかで読んだことがある。

ジャズ28・95ページ

そのうちに自分の小さなステレオ装置を手に入れ、暇さえあれば部屋にこもってジャズのレコードを聴くようになった。

結局僕はそのビルの地下でジャズを流す、上品なバーを始めることにした。

「ロビンズ・ネスト」115ページ

彼女は十一月初めの月曜日の夜に、僕の経営するジャズ・クラブ(『ロビンズ・ネスト』というのがその店名だ。僕の好きな古い曲の名前から取った)のカウンターで、ひとりで静かにダイキリを飲んでいた。

The Real Birth Of The Cool

Claude Thornhill

The Real Birth Of The Cool

Claude Thornhill (p) and others

手持ちCDの中で "Robin's Nest" が入っているのはこれだけ。いかにも村上春樹の好みそうな(つまり、小説によく登場しそうな)上品な曲。ここでの演奏では、ピアノのころころとしたテーマがいい。

1947.10.17録音

「コルコヴァド」122ページ

ピアノ・トリオが『コルコヴァド』の演奏を終えて、客がぱらぱらと拍手をした。いつもそうなのだが、真夜中に近くなると演奏はだんだんうちとけてきて、親密なものになっていった。

We Get Requests

Oscar Peterson

We Get Requests

Oscar Peterson (p), Ray Brown (b), Ed Thigpen (ds)

ピアノ・トリオの "Corcovado" ということで、このアルバムを挙げてみた。人気の曲を演る、ということでこのアルバムタイトルなわけだが、結構な速弾きもさらりとまとめちゃってるし、やっぱりオスピーは芸達者なんだなあと思う。が、逆にソツがなさすぎて面白みに欠けるような気がしないでもない。この演奏ではピアノよりもベースの方が印象に残る。

1964.10.19録音

ナット・キング・コール、ビング・クロスビー129ページ

「ねえ、あのレコードは今でもずっと持っているのよ。ナット・キング・コール、ビング・クロスビー、ロッシーニ、『ペール・ギュント』、その他いろいろ」

デューク・エリントン「スタークロスト・ラヴァーズ」131ページ

ピアノ・トリオがオリジナルのブルースの演奏を終えて、ピアノが『スタークロスト・ラヴァーズ』のイントロを弾き始めた。僕が店にいるとそのピアニストはよくそのバラードを弾いてくれた。僕がその曲を好きなことを知っていたからだ。

学生時代にも教科書出版社に勤めていた頃にも、夜になるとデューク・エリントンのLP『サッチ・スウィート・サンダー』に入っている『スタークロスト・ラヴァーズ』のトラックを何度も何度も繰り返して聴いたものだった。そこではジョニー・ホッジスがセンシティヴで品の良いソロを取っていた。その気だるく美しいメロディーを聴いていると、当時のことがいつもいつも僕の頭によみがえってきた。

Such Sweet Thunder

Duke Ellington

Such Sweet Thunder

Duke Ellington (p), Sam Woodyard (ds), Jimmy Wood (b), Johnny Hodges (as), Paul Gonsalves (ts), and others

いわゆるとてもムーディーな曲で、気だるく美しいメロディー。ハジメくんも夜聴いたと告白しているが、とてもじゃないけど陽光のもとでは聴けません。イントロのピアノがまた素敵。CDにはステレオバージョンなど、3つのテイクが収録されている。この小説を読んでから探し出して買ったもの。

1956.8.7-1957,5.3録音

「エンブレイサブル・ユー」149ページ

僕はベーシストが『エンブレイサブル・ユー』の長いソロを続けているのに耳を澄ましていた。ピアニストが時折コードを小さく叩き、ドラマーは汗を拭いて、酒を一口飲んでいた。

Bill Evans At The Montreux Jazz Festival

Bill Evans

Bill Evans At The Montreux Jazz Festival

Bill Evans (p), Eddie Gomez (b), Jack DeJohnette (ds)

ベースの "Embraceable You" といえばこの録音。小さなジャズ・バーとは違うけれど、ライヴ録音なので似たような雰囲気なのかなあ。テーマからほとんど Eddie Gomez の独壇場。ただしそのせいで、この曲を初めて聴く人にはメロディーがわからない。

1968.6.15録音

「スタークロスト・ラヴァーズ」232ページ

ピアノ・トリオがいつものように『スタークロスト・ラヴァーズ』の演奏を始めた。僕と島本さんとはしばらく黙ってその曲を聴いていた。

233ページにかけて、ハジメくんがこの曲の解説をしている。さすがよく知ってるなあーと思ったら、裏ジャケットのライナーにそのまんま同じことが書いてあった。131ページでは Hodges がセンシティヴで品の良いソロを取ったとあるが、ライナー原文では "creamy alto" と評されている。

ナット・キング・コール「国境の南」「プリテンド」236・242・245・262・271ページ

「これはレコードのように見えるな」と僕はその重みを量りながら言った。
「ナット・キング・コールのレコード。昔二人でよく一緒に聴いたレコード。懐かしいでしょう。あなたに譲るわ」

ナット・キング・コールは『国境の南』を歌っていた。その曲を聴くのは本当に久しぶりだった。

ナット・キング・コールが『プリテンド』を歌うと、島本さんも小さな声で昔よくやったようにそれに合わせて歌った。

それから僕はレコードのことを思い出した。彼女が僕にくれたナット・キング・コールの古いレコードだ。

ナット・キング・コールの歌と、ストーブの火のことを僕は思い出した。彼女がそのときに口にしたひとことひとことを再現してみた。

「スタークロスト・ラヴァーズ」、「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」286ページ

僕はバンドの休憩時間にピアニストのところに行って、もうこれから『スタークロスト・ラヴァーズ』は弾かなくていいよと言った。

「それなんだか『カサブランカ』みてえだよ、旦那」と彼は言った。
「確かに」と僕は言った。
それ以来、彼は僕の顔を見るとときどき冗談で『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』を弾いた。

The Other Side Of Round Midnight

Dexter Gordon

The Other Side Of Round Midnight

Dexter Gordon (ts, ss), John McLaughlin (g), Herbie Hancock (p), Pierre Michelot (b), Billy Higgins (ds), and others

Dexter Gordon 主演の映画 "Round Midnight" のサウンド・トラックだが、Herbie やらのサイドメンが映画そのものに出演していて、演奏も彼ら本物のジャズメンがやっているので、ジャズとしても充分楽しめる。もっと正確に言うならば、ごく控えめに表現して、とても豪華なメンバーの本格ジャズ作品といったところか。

1985年録音

この小説中に出てくる他の音楽・ミュージシャンなど