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中国編 【も】大田南畝が見た書画 〔中国編〕大田南畝関係
【牧渓】(もっけい)※◯は欠字、◎は表示不能文字
分類記事・画賛等形態年月日場所出典巻・頁

達磨図
(「五松館筆語抄」より茶会記事)
「十月七日 不及斎宗也茶 牧渓墨蹟【達磨 伝従近衛准后拝領 外題御筆 但外題飾黒】」

〈記事の配列から寛保三年と思われるが判然としない。不及斎久田宗也(延享元年・1744没)の茶会の床に掛けられたものか〉
不明寛保3年?
1743/10/07?
不明一話一言
補遺参考編1
⑯13

寒山図
(「五松館筆語抄」より茶会記事)
「亥十二月四日昼 大徳寺玉林院大竜和尚茶湯 広間 牧渓絵 寒山」
〈記事の配列からこの亥は寛保三年と思われるが判然としない〉
不明寛保3年?
1743/12/04?
大徳寺玉林院一話一言
補遺参考編1
⑯15

道士図
(「五松館筆語抄」より茶会記事)
「同三月四日正午 佐々木文右衛門亭 客 落野 掛物【牧渓 テイシヤウ道士/妙甚 春屋 両賛】」

〈この「同」は延享二年(1745)と思われる〉
掛幅延享2年?
1745/03/04?
佐々木文右衛門亭一話一言
補遺参考編1
⑯21

虎図
「長崎鎮台立山の府に所翁の龍、牧渓の虎の画大幅の二幅対あり。ある鎮台携へ帰りし事ありしを、土人後の鎮台に訴へて取りかへしていまにあり。予も一見せしが至て見事なるもの也、所翁の竜に賛あり。牧渓の虎は雨の虎なり」
〈「予」は大田南畝。記事は文化5年だが、南畝の長崎滞在は文化1年9月10日から同2年10月9日まで〉
掛幅文化5年
1808/01/15
長崎奉行所
〈南畝実見〉
一話一言 巻28⑭47
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