虫 虫 虫 虫


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毎日新聞の読者投書欄に次のような話が載っていました。
投書者は七十一歳の女性です。
この投書には、絵が添えられていて、その絵がまた妙にリアルで、結構笑ってしまったのでした。







先日も犬が電車に乗り込んで、車両一両を占領したという話題が出ていましたが、確かに、電車の中に蠅や蚊が一匹迷い込んでいるだけで、何となく違和感が生じるのは不思議なものです。通勤や通学などの移動に人間様が使用する電車に虫ごときが無賃で乗るなんて許せない・・ということなんでしょうか。
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少し前の話ですが、私が乗り合わせた電車の中でも、似たような話がありました。
京浜東北線だか山の手線だか忘れましたが、上野方面に向かっていた車内は、ほぼ満員の混み具合でした。


そんな中で、一カ所だけポカンと空間が出来ていたのです。それも、その空間を取り巻く人たちは、皆が床を見つめ、いざというときには、いつでもその場から逃げ出せる姿勢を保ち、一種異様な雰囲気。
もしかしたら、人でも倒れているのかしらん、と私はこわごわ取り巻いている人たちの隙間から、床を覗いたのです。
そこに横たわっていたのは、30pほどの小型のヘビでした。死んでいるのか、それとも今は本物そっくりな作り物が玩具屋さんなんかに売っていますから、おもちゃかな・・と思うほど、ジッとして動きません。
電車は駅ごとに乗客を入れ替えて、ますます混雑を増し、そんなところにヘビが寝ているなんて知らないで空間に足を踏み入れた若い女性の悲鳴で、パニック寸前の状態になってきました。
なかには、「おもちゃだよ、これは・・」と笑って指さすサラリーマンもいましたが、彼らも決して手を出そうとはしません。
私も、しばらくそのヘビを見つめて、どうやら呼吸していない(ヘビってどこでどうやって呼吸するのかいまだに知りませんが)と妙な納得をして、一大決心、次の駅に電車が着く寸前に、しっぽをつかんで持ち上げたのでした。
周辺の人たちは一斉に空間の輪を乱し、「こいつ、どうするつもりだ」と言うように、胸の高さでヘビをぶら下げている私を見つめたのです。
「アハハ、これはおもちゃのヘビですよ。きっと子供が落としていったんですね」
と私は心の中で自分に言い聞かせ、「ホラ・・・」と顔の前までヘビを持ち上げたんでしたが、間もなく、シッポ
を摘んでいた指に、妙な感触が伝わってきて、神妙に垂れ下がっていた頭が、ゆっくりと持ち上がってきたのでありました。
「ワッ、ワッ、ワッ、生きてるやんケ!」
と悟ったときにはすでに遅く、私は鎌首を持ち上げつつあるヘビを摘んだまま、頭から血の気が一気に引くのを感じながら、ぎこちない足取りで、丁度開いたドアからからホームに降り、すばやく電車とホームの間にそれを落としたのでした。
その後、私がどうしたかは全く記憶にはなく、ほとんど失神状態で街をさまよっていたに違いないと思います。

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さて、話を昆虫に戻します。
もちろん、都会だからといって昆虫が全く居なくなってしまった訳でもないでしょうし、むしろ、都心の公園などには、農薬を際限なくばらまくような周辺田園地帯よりも、自然の生き物が多いという現象もあるようですが、確かに、大人も子供も、虫に対する関心が薄れてきているような感じもします。
これもだいぶ前の話ですが、ある朝、突然、子供が小学校に虫を持っていかなければならないと言い出しました。
理科の授業で虫の観察をするのだというのです。
「何でもっと早く言わない」と小言をいう大の虫嫌いのカミさんを後に残して、私と娘は近所の原っぱに飛び出して虫探しをしましたが、そう簡単に見つかる訳もありません。
「しょうがないから庭で動いているものをもってったら」
というカミさんのアドバイスに、子供は、庭の石の下でうごめく団子虫を二三個大きな虫かごに入れて登校したのでした。
夕刻、帰ってきた子供は、結局授業に参加できなかった様子を怒りながら語りました。
つまり、先生の授業の進め方は次のようだったのでした。
「みんなが持ってきた虫をよく観察しましょう。まず頭はどれでしょう。」
虫が昆虫だとすると、頭と胸と腹に分かれているはずですから、一目で頭の位置はわかります。
しかし、団子虫はドームみたいな形をしてますから、頭を明確に識別するには難しい話です。
「胸はどこでしょう。おなかはどれですか。」
先生の質問が続き、
「では、羽は何枚ありますか?」
{ハーイ、4枚でーす」
他のこどもたちは明るく答えます。
しかし、ウチの子供は答えることができません。
なぜなら団子虫には羽がない。その名のとおりの団子なのです。
そして、極め付きの質問が発せられます。
「足は何本ありますか?」
昆虫の足は6本と決まっています。これくらいの数だとうちの子供も数えられるはずだったのですが、ご存知でしょうが団子虫には足が無数に生えているのです。
しかし、子供はけなげにも、鉛筆片手にゴニョゴニョ動く毛のような足を数えようとしたのでした。
そして、とうとうあきらめざるを得ない事態に直面したのです。
子供は腹立たしげに言いました。
「鉛筆の芯で足にさわったら、丸まっちゃいやがんの・・」


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昔は昆虫の中で暮らしているようなものでしたから、いちいち学校で教えてもらわなくとも、昆虫の種類も、形も、大きさもよく知っていました。
絵日記には必ず虫採り網を片手に立ちはだかる凛々しい子供たちの姿と、トンボやセミやカブトムシの姿が描かれていたものでした。
今の子供たちがどんな絵日記を書いているか知りませんが、虫と戯れる姿はそう日常的だとは思えません。
電車の中に虫やヘビや犬が乗り込むこと、やはりそれは日常的には異常な出来事なのでしょう。
都市型人間が増えるにつれて、自然は私たちの生活から、確実に遠ざかっていくようです。