佳境、辛酸に入る-第9章-

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会場の適度な温度といい、講演する声が子守歌のように聞こえ、何時しか眠ってしまったのである。鼾をかいて居たらしい。
彼が目を覚ますと、周りの視線が彼の方に向いていたのである。今まで、ツアーをして来た疲れが出てしまったのであろう。さりとて、講演は聞きたかったが眠くて、どうにもならない。
彼はホテルの自分の部屋に戻ることにした。午前十時のことである。講演から部屋に戻った途端、服を着たまま、ベットに倒れるように横になると、そのまま眠りに付いてしまったのである。
同行の一人が起して呉れたのは、すでに、午後五時を廻っていた。
「これから、ジーメンスとの意見交換会議があるよ!」
という声に彼は眠い目を開けた。その会議なら、彼は出る必要があると考えて居たのである。
彼は次第に目が覚めて、今度は逆に元気が出てきた。同行のものたちは疲れきっている様子でこの会議が早く終ればよいと考えているようであった。
彼は寧ち、積極的に話をしたいという態度であり、彼一人で話し捲くるといった感じであった。時刻は午後九時を廻っていたがまだ続いていた。
結局、会議は午後十時にやっと終り、食事をすることになった。彼は考えて見ると、眠ってしまって、昼食を抜いていたのだ。
午後の十時というのに、まだ、外は明るい夕暮れで、なかなか暮れそうにもない。彼はホテルの食堂に入っていったが、客は誰れも居ない。しかし、まだ、食堂の方は開いていた。
ボーイに案内されて席に着くと、そこは夕映えのよく見える窓際であった。この窓の直ぐ側には、原色に咲き乱れる草花とそこから連らなる田園と遠くに湖水が見える素晴らしい風景である。

ボーイが彼の傍にやってきた。彼は生ガキとワインを頼んだ。時刻が時刻であるのでこれしか出来ないというのである。
そのようなものであるので、手を加える必要がないためか、フランスらしくなく、早々と白ワインが運ばれてきた。氷の入った桶にワインの瓶が入れてあり、この瓶にタオルが掛けてある。
ボーイがコックをあけて、ワインティステングをしろという。彼はグラスを差し出し、ワインを注いでもらい、味わった。
彼はこの雰囲気に酔ってしまったのか、空腹がそうさせたのか、その味は、日本では味わうことのできない格別のものであった。
彼は即座に、「トレビアン」と言った。
ボーイは「シー」と云って、立去った。

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