彼は樋口に予め、ツアーの話を講演の中で入れるように云ってあったので、樋口はどうしてもツアーに産洋精工の人間を出さなくてはならないような雰囲気を作ってしまった。 ここまでくると彼の工作はほぼ成功であった。そこで、彼は暫らく、時間を稼ぐことにした。
樋口の講演があってから、まず反応が出て来た。彼の上司である役員から、 「何か、ツアーの話があるなら、俺に云って貰わなくちゃだめじゃないか。」 彼はしめたと思った。
この役員も産洋自動車で部長をしていた人間で、定年近くになっても役員に成れそうになくなったので、産洋精工の役員として派遣されたのである。 彼はこの役員の云っていることに合せるように努めたので、受けは良かった。 しかし、彼からすれば、この役員は、理解力が劣るのか彼の説明が悪いのか、直ぐに解って貰えず時間を要したので、苛々させられることが多かった。
そこで、彼はよく理解して貰えるように、ツアーの日程に、出席する国際会議の内容、訪問先の会社の特長など、如何にもこれに出掛けると産洋精工の利益になるというように書類を書き挙げ提出した。 ところがこの役員中々役員間の話合いの調整をしない。 産洋精工での海外出張は役員の決裁で決められていたのである。 彼も時間が十分にあると言いながら、心配であった。やきもきしていた。
彼はこの役員にその後どうなったか聞いて見たが、彼を樋口の引いるツアーに出してほしいという手紙と共に彼が書いたツアーの内容を記した書類を添えて、当時の担当常務に出したということで、アクションとしてはそれだけであった。
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