(六)
彼の会社では春の集団検診があった。 これは毎年、春四月社内で行われる。 部長の谷口は肝機能の状態を示すGOPが、百を越えていた。 正常値が確か三十までであったから、肝臓に障害があったことは事実である。 谷口は体はなんともないといって、それから山登り、ゴルフというように出掛けた。 社内医は早く精密検査するように谷口に勧めるがなかなか応じない。 それでも「次の週は旅行に出掛けるから、二週間後にして下さい。」と云ったものだが、医者も呆れかえっていたということを彼は聞き知っていた。
検査をするころには、症状も出ていたと思われるが、検査後、直ちに入院することが決まってしまった。 入院が決まると変なもので、一度に仕事が集って来るものである。 谷口は入院する前に、これらを全て片付けてしまおうと一生懸命になるのである。 谷口は学生時代から秀才ということで、周囲からも、自から認めていたが、そういう意識を抱く習慣が今でも抜け出せずに、仕事は自分一人でしなければ気が済まないのである。特にその時は、研究部の基本方針書を立案する仕事であった。 一般的には、当然やるであろう課長との相談もなしに、しかも、自分が進めている内容は人には知れないように、残業までしていたのである。 普通なら、自分の体の具合が悪いなら、課長に案を作らせて自分が確認するということでよい筈であると彼は思っていた。 すでに、体がだるく、谷口は自分の考えもまとめることもできなくなっていた。結局、仕事は中途半端で、翌日入院してしまった。
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