佳境、辛酸に入る-第5章-

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老婆が彼に話して 置きたかったことは、この事であった。
老婆は死期の近いことを知って、どうしても彼に伝えておきたかったのである。
老婆が他界したのは、それから一ヶ月後のことであった。
彼は子供心に、彼の母は大変な人の子として生れたことの不思議と 自分もその不思議の一翼を担っていることによる喜びに 近い驚きを感じていたのである。 また、この驚きを人に伝えたいと思ったのである。

この家の嫁と娘が老婆が何を云ったのか、 聞き出そうと彼に問いかけてきた。
「婆様は何を云ったんだ」
彼は包み隠さず、教えてもらったことを素直に話した。
「嘘だあ、婆様は頭が耄碌(もうろく)してしまったんじゃ」
家に帰って、今日あった話を彼は彼の母に伝えた。
彼の母はこのことに関しては、何も云わなかった。
ただ一言、「そんな偉い人にならなくてもよいよ、お前が 一角の人間になってもらいたいだけなのよ。」と云ったのを彼は今も覚えている。

このときのことを思い出すにつけ、 幾つかの解らない疑問が彼にはあった。
仮りに、彼の祖父だという人の一生を考えてみると、先ず、外人と 結婚し子供が居なかった筈であること。次に、彼の母が生れる頃に、 日本に居なくてはならない。
彼の母の籍にはこの仮の祖父の名前はないということである。
従って、戸籍からも調べようがないのである。このようなことが 単純に思い付く疑問であるが、それぞれの疑問を解く鍵がないわけでない。

先ず、一番目の話であるが外人と結婚し、 生涯二人で生活したそうであるが、日本につれて帰ってきたことはなかった。 しかも、この外人との子供がいたということも知られていない。
野口英世の例の生家に忍耐と刻んだ碑が立っているが、ここには大正四年と 明記されている。しからば、彼の母の生れた頃、日本に帰って来ていた と理解しても良いのかも知れない。調査して見てもよいが、 尋常小学校の教科書にも出て来る人物である。日本にも妻が いたなどと公にすることはないと彼は考えるのであった。

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