人心地ついた彼の母は
家に帰ったそうであるが、何故か、家に帰って普通の家庭のように、成績が
良かったのを褒られたとか、彼の祖母に食事を与えてもらったとかという
話はなく、何も話そうとはしないのである。
後に、彼の母が彼の祖母に会おうとしなかった理由は、これらの思い出が
一つであったのかも知れない。
または、会おうとしたくない理由が別にあり会わない理由付に、
この話を利用しているのかも知れない。
このような家庭の子供を「生れが異う」と云ったり、村の名士が
可愛がるのが彼には、合点が行かなかった。
その家には、彼の母の用事で、彼の母の手作りの足袋とか、古い
毛糸で編んだ手袋などを届けに、いつも行かされたのである。
彼の母を可愛がってくれた村長はすでに他界し、
その奥さんが年老いて生きていた。
彼の母はその老婆のために、足袋や手袋などを届けたのである。
実は彼も、この家に届物をするのが楽しみであった。
いつも、当時子供の好むもの、例えば、蒸し芋、干柿、ゆで栗などを
必ずと云ってよい程、用意をしてくれておいては「お食べ」と
優しく云ってくれた。
この家の主人は彼の母が居た頃と異り、村長の子供の
代になっており、彼に物をくれるのはこの子供の妻であった。
老婆は老衰のため隠居場の床に伏していたのである。
彼はいつも彼の母から
「わたしが御世話になった人だから、あの婆ちゃんの所に
寄ってくるんだよ」と云われていたが年老いた人の姿を見る
に忍び難いので、寄らないで帰ることが多かった。
帰ると母から何故、見舞ってやらなかったかと云われ、
「あの人は私が大変御世話になった人なんだよ」と付加えるのであった。
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