佳境、辛酸に入る-第5章-

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この家に彼の 母が引きとられてきたのは大正九年の年の暮であった。
この家の主人である医者も年を老い息子の代になっていた頃である。
この息子も五十才を越えて、村の村長を務めていたのである。
この家は、その昔から代々庄屋を務めてきた家柄で、この人里離れた山里では 名家であった。
このようなわけで、この家の主人の戒名には大名の戒名と云われる 院殿の文字が刻まれている。
彼の母がどうしてどんな縁で、ここに引きとられたか、彼は何も聞かされていない。
彼の母親がここに引きとられて来たとき、村長であるこの家の主人が自分の子供と 使用人に向って、「このわらしの生れは、お前らと異うのだぞ」といって、 可愛がってくれたのだそうである。
その当時の彼の母は何故、ここに連れられて来たか、本当の ことは何も知らなかったのである。
彼の母は子供心に、自分の家が貧乏なので、口減らしに連れて 来られたのだと理解していたのだろうと彼は思っている。

彼の母は気質の強い人格がこの頃から養われたのか、 自分を生んでくれた彼の祖母には、これ以来会うことはなかった。
彼の母の説明してくれる話によると、彼の母には一人の姉がいる、彼の母が祖母の腹に いるとき、祖父という人は他界したのだということである。
そのため、祖母は、姉を残して、彼の母を孕んで、何がしかの彼の母の 養育費をもらい、祖父の実家を出たのである。
彼の母は祖父の実家の名前も、祖父の名前も知らされていないのである。

その後、祖母は家柄は良かったが 遊び好きの男と結婚することとなるのである。
よく考えてみると、彼の母の養育費として祖父の実家から 貰った財産を目当にした結婚であった。
その男と結婚後、彼の母が生れたそうである。従って、彼の母 は祖父の顔を知らないのである。
彼の母が物心がつく頃の生活は惨憺たるものであった。
彼の母は義祖父が博打(ばくち)に使うため、何度も 米櫃(びつ)から、米を 持ち出してしまい、食べる米がなかったのを覚えているそうである。

彼の母は彼にそれを話してくれた。
恐らく、その頃には、彼の母のための財産は使い果されていたのであろう。
彼の母から見た祖母の印象はヒステリィ状態であったようで、彼の 母が一年生の終業式に出掛けるとき、朝食も与えられず、髪も、 もぢゃくり出されたそうで、終業式も終り、帰る途中、豆腐屋の前で倒れてしまった。 彼の母の話によると、目の前が暗くなり、もう何も見えなかったそうである。
気が付いてみると、人だかりの中におり、通信簿を大人達に見られていた。
成績は甲ばかりであり、人々の同情を買ったのであろう、 豆腐屋の差し出した豆腐を三丁も平らげてしまったそうである。

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