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(五)
桃源郷の北側は雑木林と杉林である。
この雑木林と杉林を別けるように、一本の獣道が通じている。
林の間の通で昼も薄暗く、時折、山鳩の異様な鳴き声が聞え、傍らの茂みでは
何やら、ガサゴソという音がし、青大将がこの獣道で頑張っていることもある。
この道を通るときは、いつも一人であり、急いで抜け出したい気持に
襲われるのである。「馬鹿狐出て見ろ、出るなら出ろ」などと、時には
大声を出して、急ぎ足で通るときもある。 この気持の悪い林を抜けると
急にあたりが明るくなる。
畑になっているのである。
彼はここで一安心と胸を撫で下ろすのである。この畑の中の
道を過ぎると彼と彼の母にとって忘れることが出来ない家がある。
この家の門の前を小川が流れている。
小川の中の石がところどころ顔を覗せている水嵩(かさ)の少い
瀬になっている。
この小川にかけられた橋を渡ると通り門のついた離れ家になっている。
この離れ家は、下は納屋で二階は座敷になっている。
彼が二・三才の頃、この座敷に泊ったことがあるそうであるが
彼の記憶は定かでない。
下の納屋には、この家の主人が明治から大正にかけて、医者を
していたときの医療器具が納められていたそうである。
通り門を過ぎると広い庭になっている。
庭の左手に隠居場と称する離れ家があり、通り門の突き当りは、母屋がある。
庭には御影石が配置され、よく手入れされた植木と芝生が
今でも印象に残っている。
庭の片隅に大黒様がまつられ、その裏手が大きな蔵であった。
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