佳境、辛酸に入る-第4章-

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水晶時計:チクタク研究所

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(四)

あれは今から十年程前になる。
その頃は水晶時計はNHKに置いてある程度で、大変高価なものということで、今日のように一般には出回るとは想像もできない時代であった。
その頃、彼一流の洞察力で水晶時計は安価なものが世の中に出てくると感じとっていた。
それには二つの理由があった。一つには、水晶時計の分周回路に使う集積回路(IC)を多量に作ることができるため、廉価に高性能のものが供給されるようになったこと。二つには、水晶時計の発振源である水晶が人工的に簡単に作ることができるようになったことであった。

彼は、自分のアイデアをまとめ、これを開発することを提案し、許可を得たのである。
当時、水晶時計に用いることができるような集積回路も、お誂え向きの水晶振動子もなかなか手に入り難い時であったが、どうにかこうにか掻き集めてきた。
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これで電子回路の方は作れる目処がついたが、時計にするためには歯車の設計が必要である。そこで、彼は一策を構じて、すでに出回っている時計を買い集めてきてこれに当てたのである。

馬鹿でかいものであったが、水晶時計なるものが出来上がった。
次の仕事はこれを小さくすること、廉価なものにすること、性能を良くすることであった。もともと水晶時計の精度は良いが値段が高いということが一般の評価であったから、性能を良くするということは、精度以外の温度による精度変化を少なくしようということに集中したのである。
この温度に対して精度が変わらないということは、自動車にとって重要なことであった。彼はこの不格好な一号機が出来上がったとき、社内に宣伝して廻った。
「これからの自動車時計はこれになるんだ。」
と言って廻ったが、関心を持ってくれる人間は少なく、全体的に冷淡であった。
「部品を寄せ集めてきて、作って宣伝して廻っているが、あんなのは自動車にはコストが高くて使えないよ。」
「あんなの人のやったまねだけだ。」
などで、その評価は惨澹たるものであった。
しかし、この水晶時計には彼の発明になるところの一つの信号で一回、同じ角度だけ動くステップモータが使われていたのである。
この価値は誰にも解らなかった。
彼が如何に説明しても理解しようとしなかった。

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