佳境、辛酸に入る-第17章-

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(十七)

彼の青春の思い出に、九州地方に多いと言われる横に大きな顔立ちであるが可愛らしさのある芳子が彼の心を捉えて離さないことがあった。
彼が科学研究所で半導体に関する卒業研究をしている頃であった。私大の英文科で夜勉強しながら、昼は科学研究所の事務の仕事をしていた芳子であった。
余り、口は利かなかったが、彼にとっては眩しい存在となっていた。

彼は卒業研究をしている間、この芳子を誘うことができなかった。卒業研究が終わり、科学研究所を立ち去る時が来たときから、その想いは大いにたかなったのである。
研究所を離れて、1週間後、意を決して電話をした。電話交換に芳子のいる研究室にに繋いでもらった。この電話を受けたのは芳子であった。
彼の胸は大きく波打っていた。彼は自分の名を告げた。

「前から君を眩しい存在と想っていたけど、誘う勇気がなくて、今日、決意して電話したんだけど、もし、デートしてよいなら、会って貰うえんだろうか。」芳子は二つ返事で、彼の申し入れを受けてくれた。それからというもの二年間程度、何度かデートを繰返したが、何時までも友人関係でいたいという芳子の希望に、彼は苛立ちに似た感情を抱いていた。

それまでのデートの経緯の中で、彼が特に思い出すことのあるのは、新宿のコンサートホールに行ったときである。
ここは、生のラテン音楽を聴かせてくれるところで、舞台に向って、ペヤーのテーブルが並んでいた。
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彼らは、このテーブルに腰掛け、南アメリカ特有の明るい調子の歌声に酔っていた。歌手が彼ら二人のところまで来て、歌い掛けてくれた。

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