(十六)
彼の会社、産洋精工では異変が起りつつあった。 彼の会社の社長が変ることがわかっていた。しかも親会社の専務が社長として彼の会社に来るということが、彼の耳には入っていた。彼はその噂を使って、彼の立場を有利にしようとある親会社の副社長の知り合いから聞いたなどと、真しやかに彼に何らかの影響を与えそうな人間を選んで耳打ちをしたのである。
まんざら嘘ではなかった。 多分そうであろうというところであった。 ところが業界新聞に彼の会社の次期社長が発表されたというのである。それがこともあろうに彼のところの専務だというのである。 会社は蜂の巣を突いたような状況となってしまったのである。誰もが予想だにしなかった事柄であった。
彼の会社には二人の専務がおり、彼の上司に当る専務はナンバー2に当る。この新聞情報は現在の社長が新聞社に勝手に自分の考えを喋ったもので、決ったものでも誰かと相談したものでもなかった。だから大変である。 一方の専務は騒ぎ出す。他の新聞社はなぜ情報を平等に出さないのかと文句を云ってくる。取引銀行からは後任者に祝電を打ちたいがどうか、など問合せが殺到した。
思い倦んだ窓口は秘書室にどのように対処すればよいかと問い合せた。すると社長からの答えは、「事実無根」と云っておけというのである。
彼の上司である専務が気の毒であると彼は感じていた。彼には外部のものから、これは彼のところの専務を追い落す謀略ではないかという声も入ってきた。
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