佳境、辛酸に入る-第15章-

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(十五)

産洋精工で彼のいる職場での予算の管理は、五十才を半ば過ぎた田北という課長がやっていた。
その田北の昇進が遅れている理由は、自分は管理の専門家であると自負しているのであるが、面子を重ずるタイプで、自分の面子が漬れそうになると、相手かまわず、攻撃してしまうので、話はまとまらない。
自分の面子を漬されることを、特に嫌がるのに、他人の面子を漬すことを何とも思わないのである。
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この田北は私立の法科の出身でサッカー部のOBでもある。卒業後も、サッカー部の常任幹事などを務めていた。
最近では、六大学で優勝したときの自慢話を若い連中であろうと、年寄りであろうと、することが多くなった。
田北はサッカー部時代の出来事を、暇さえあればしているので、周りの者は殆んど、その内容を知っているようになった。
彼は、田北から、この話が出るとまたかと思いながら、話を合せるのが常であった。別に他人にとっては害にもならず、今の田北がみじめであると自分で宣伝しているようで、彼は面白いと受けとっていたのだと思われる。

おでこは禿げ上り、髪は白く、やゝもすると一見、七〇才前後の田舎のおじいさんというタイプに見えるが、しかし、一旦口を開くとブレーキのきかない三十才というところで、喧嘩腰の口調となるのである。しかし、体は老化しているように見える。
足の太さなど、スポーツをしていた体格であるので、今まで、体を大切にしていれば、こうはならなかったと彼は思った。

今でも、出世欲があり、他人の足を引っぱることを平気でやるのである。しかし、人間である以上、向上心があり、それが生活して行くための原動力となっているのだから仕方ないと彼は自分のことと考え合せて、一人うなずいた。
この田北に、彼が開発している開発品の内容と試作個数の説明をしておいた。

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