佳境、辛酸に入る-第14章-

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(十四)

彼のいる産洋精工にはいろいろな人間がいる。それも、産洋自動車との関係の歪から生じてきたものであると彼は考えている。彼と同じ職場で仕事をしている波下という人間がいる。
波下という人物はこれも、東大を卒業しているがすでに六十才を過ぎて嘱託という処遇である。給料は定年前の六割程度になってしまっている。

どうも彼の周りには東大出が多いが、東大出の落ちこぼれ組が集まってきているようであった。
この波下も、産洋自動車で五十五才の定年まで課長程度の待偶で使われ、それ以後彼のいる産洋精工に放り出されたのである。この波下の同期の桜で、産洋自動車の役員をしているものも何人かがすでに存在している。
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この波下の奥さんは、大変自分の夫の立場を憤慨して、
「うちの主人ときたら、東大は卒業しているが、この通りの生活です。東大を出た、出ないなんて関係ないわ。毎日、真面目に、一生懸命会社に出掛けていって、家に帰ってきても会社の仕事をしている。どうなっているのでしょうね。ちっとも生活が楽にならないのだから、」
てな具合に、会う友人、知人に話すものだから波下の耳に入らない訳がない。

また、この奥さん、波下に向っても、当然云うのである。
「家を買ったローンだって、未だ終っていないのに、給与が前の六割にも減ってしまってどうして生活すればよいの。私のお友だちの御主人ときたら、専務をやっていて、月収百万円も貰っているとおっしゃっていましたわよ。
あなた、給与が六割にもなってまで、家に帰ってまでも仕事しているような馬鹿げたことしないで何かお金が入ること考えてちょうだい。」
波下も、この妻の話を黙って聞いていたが、妻に怒りをぶちまけるのでなく、自分を定年まで使った産洋自動車と産洋精工に憤りを感する結果となったのである。

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