彼の部下が谷口が云っていることとして説明してくれたように、理論的に成り立たないから、この現象も信用できないなどという意見にはついて行けなかった。
彼には、全てがそうだという訳ではないが、東大出の詰め込み主義的な勉強態度が創造性を欠いてしまい、このような傾向に走らせるのだと思った。現に、谷口が、高校時代の参考書を持って計算しているのを見かけた。
彼は谷口に、よく説明し、出来るだけ理解してもらうように務めたが、もともと、考え方が基本的に異り、話は平行線であった。
谷口は云い出したら、どこまでもたとえ自分が多少間違っていても意見を通す人間である。彼は「頭が固いですネ、勝手にやって下さい。」
と捨てセリフを吐いて、その場を立ち去った。
月日が経つに従い、彼の身の上にも変化が起ってきた。会社での立場が変ってきたのである。
それは親会社の研究所から、彼の仕事を見るということで、定年を過ぎた同じような仕事をしていた北が派遣されてきた。この北は人格がよかったので、彼とは気が合っていた。
しかし、北が来て、北の専務の紹介は次のようなものであった。彼の部下の前で、
「彼だけでは、ここまで纏めるのが精一杯で、工場展開まではとてもとても達成できない。それで、北さんに来てもらったのだ。」と説明し、彼の上司に据えたのである。彼はある種の感情と警戒を抱くようになった。
彼の上には谷口が、更にこの北が来てしまい、ますます仕事がやり難くなって来た。ところが、この北、数カ月もしない内に、胃癌で倒れてしまったのである。すでに手遅れのようであった。
一つの不幸が他の人の幸福に連がることもある。いずれ、彼の不幸も何人かを喜ばせるに違いない。