(十二)
新年が開けて、出勤を始めてから二、三日しか経っていない七草粥の日であった。 彼の部下が昨年の大成果である報告書を彼のもとに提出してきた。 彼はその成果の内容をよく知っていたので、正直にいって、あまり良く見ず、人質部長である谷口に廻してしまったのである。しかし、彼のこの谷口に対する感情とは、裏腹に、成果の内容を詳しく説明して、気持よく、手渡しておいたのである。
ところが、この谷口、彼には何も云わず、彼の部下である担当者に直接、この報告書についての批判を始めたのである。少なくとも、彼にはそのように見えた。 「この結論は間違っているのではないか」 と谷口の声が彼の耳に入ってくる。 担当者は、必至に抵抗している。彼は耳に入れまいとして、我慢したが、ついに側には居られず、その場を立去った。しばらく、時間を潰して、戻ってみると、まだ論争は続いていた。
彼はどうしてやればよいかと思案した。どうも、彼の云っていることとは正反対のことを谷口が主張しているように感じられた。担当者は谷口に完全に云いくるめられ、彼のもとにやってきた。 「特許は出してはだめだという部長の意見です」 彼は、「理由は」と尋ねた。 「理論的に説明がつかないのです。僕もそのように思います。」 彼はこの報告を受けると感情が高まっていくのを感じていた。
特許関係者と打合せて、現象的にうまくいっているので、現象的に数値をまとめて、出願しようと決めていたものである。特許は早ければ早い程よいので、彼は部下に特許案文と報告書を書かせたのである。 彼は普段から、理論とは出てきた現象に対して、その現象を説明するために用いるものであって、現象を導き出すものではないと考えていた。
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