子会社で採用され、努力し、自から仕事を企画し、推進できる立場に、やっとの思いでなり、一つか、二つの実績をあげた人間は、ほんの一瞬ではあるが満足するのである。しかし、それも束の間で、親会社の信用を持った人間の派遣で、全ての実績をその人間に譲り渡さなくてはならないことになる。
ここにも、不幸な子飼いの人間が一人出来上がるのである。ここまで、親会社というものは、子会社を支配しているのである。
支配していると云うよりは食い物にしていると云った方が当っているかも知れない。
更にこんなこともある。
子会社の人間に研究をさせ、その成果が出ると親会社の研究者はさも自分が全てやったかの如く、学会などで発表してしまうのである。かくて、子会社というものは、やる気を完全に消失した集団と化してしまうのである。彼などは親会社から、役員として派遣された人間との関係で入社したのであるが、この人物は人間としては人格者であったが、役員としては、むしろ、産洋精工では失格であった。そのため開発部門から工場へ、更に地方の新設工場と廻されるのである。
その揚句の果ては、もうすでに労働組合が強くて収拾のつかない倒産寸前の会社に社長として左遷されてしまうのである。その結果、会社が潰れ、役員としての立場も失ってしまうのである。
彼はこのような人物に縋っていても、どうにもならないし、身の破滅にもなり兼ねないのである。
この人物を利用して、彼の望むことができたなら、彼は今のような惨憺たる状況にならなかったと思うのである。しかし、今までその人物にしてもらいたいことが彼にはあった。
その人物にこの子会社に昔から居る彼らの気持ちを知っているだろうし、また彼は知らせてもいた。