今この子会社で問題になっているのは、子飼いの彼らを大切にしないことが最大の原因であることをその人物は理解していたのである。従って彼はその人物に、トップに身を呈して、今の会社の社員の気持ちを知らせてくれたらと思うのである。 それが、彼らが取れる責任ではないかと思うのであった。しかし、これはだめだと結論を出さざるを得なかった。
この人物は、最後まで負け犬であった。 所詮、負け犬というものは、自分が負け犬であることを認めようとしないものである。しかも、認めないだけなら傍迷惑にならないのだが、それを他人にも、やらせようとするのである。やらせることにより、自分が正しかったと自分なりに納得しようとする傾向がある。 このような負け犬と仕事をするようになると悲劇である。
四六時中、それを云うのであるから、近づかないようにする以外、道はない。その話が出そうになると、早速退散するしか対拠策はなさそうである。 年寄りは、自分で行動することは苦手になり、口だけが達者になる。負け犬とこれが一緒になると大変なことになる。これに「プラス」せっかちとなる。彼はこの被害にあってしまったのである。 「よけいなお世話だ」と一言云ってしまえば事が済むかも知れない。
人に云われたように、自分の人生を動かすのでは、後に後悔を残す筈だと彼は考えたからである。自分の思うようにして、失敗しても、後悔はしない。 年取った人間にこれを云って、負け犬たることを当人に認めさせたところで、負け犬はそれと気付き、残り少い、すでに負け犬である人生に、後悔だけを残して生活させることが出来るであろうか。 彼はそのような恥知らずな人間ではなかった。(第11章終わり) 第12章へ
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