(十一)
親会社の産洋自動車から、廻されてきた人間も、子飼いとして、永年勤め上げた人間も子会社である産洋精工では、双方とも、不幸なのである。 産洋自動車から来た人間は、そこでは使ってもらえる場所がなく、永年勤めた住み慣れた職場を追われたのである。
このように左遷されたのであるから、本人は不満を抱くのも当然であり、その家族も、遠くの地に引越して来なくてはならないのである。また、定年近くに出向になるのであるから、いつまで、この会社で使ってもらえるか、不安を抱いていることは事実である。
人によっては、このことを計算に入れたか、単身赴任よろしく 寮で生活して、土曜、日曜日に自宅に帰るものもいる。
また中には、産洋精工の近くに、高額の土地を購し、住み慣れた家屋を安い値段で売り払い、家を建てた例もある。神様は皮肉なもので、家を建てている最中に病に倒れる。 住み慣れた家はない、土地感のない新しい土地には家は建っていないということで、家族が路頭に迷う悲劇も出て来る。
産洋精工は、親会社の産洋自動車から、人を入れれば、それによって、自社の製品を親会社に買って貰える。 親会社から来た人間は自分が勤めていた職場で、永年苦労して今まで築いた信用を、自分が来た子会社のために切り売りするのである。 信用の切り売りであるから、何れ、信用は零となり、その人間は、子会社にとっても、使いものにならなくなる。それで、あわれな物語が終了するのである。
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