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理由付けは色々あるが研究をし、成果をすでに出している人間に向って、この仕事を纏める能力がないなどと云って退けるである。さらに、彼の研究の成果を適当に捩って、特許を永田が自分の部下に出させ、これを実施させてしまったのである。その後、外国特許まで出させ、これがオリジナルであったかのようにしてしまうのである。何年か過ぎればこれは完全にオリジナルになるのである。 現に、それから十年後の実施褒賞はこの変造パテントに支払われ、当の苦労人の彼には何ら払われなかったのである。
しかし、これは一度しか効かないのである。十年後の鳶は攫うものがなくなったのである。 技術が進歩し、容易に技術内容も知ることができなくなり、共に研究者と協力して進める必要が出てきた。しかし、このような習慣を持った人間は、過去の習慣から抜け出せない。攫うものがないから、研究者とは別の仕事を始めて失敗してしまう。得意先にも迷惑をかけ、怒られたそうであるが全く情けない話である。
仕事は生活の糧を得るためにする。または、生き甲斐のためにするなど、種々の考え方があるが彼の場合、少し複雑である。子供の頃に折角大切に育てた鯉を盗られた思い出があったが、さらに、それが今では、複雑に絡み合っているのである。
大会社の子会社として、今では上場しているが、大株主は親会社の産洋自動車で、社内の人事に関しても、この親会社から承認を得なくてはならない。従って、親会社からの人脈に左右され、個人の仕事の実績など正当に評価されない。 彼は研究部門であり、研究をするのが好きでよく頑張ったものである。研究者の喜びは、自分が努力した仕事が実績を揚げたときであり、それを認められたときである。
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