82年サマコン・「エロイカ」
CDライナー・ノート


            
79年入学  ヴァイオリン  山口泰志氏


  
山口氏  
今もって名手の誉れ高い当時の主席トランペット奏者・中西君からCD-R にtrack downされたこの録音の試作CDを渡されたのは昨年(1999年)の金大フィルサマーコンサートの終演後でした。角間移転後,劣悪な練習環境や厳しい社会環境など,困難な状況下にありながら、懸命に演奏する現役団員たちの姿に爽やかな感動を覚えた余韻の醒めやらぬ内、早速ワイン片手に試聴を始めました。LP当時でも,今も変わらぬ厚生年金会館のdead な響きに適度なechoがかかって、なかなかfreshな音に録れていた印象でしたが、CD化されてより豊かに、clearな音になったようです。 

 
  一楽章冒頭、Es durの主音が若干ぶら下がり気味なのはご愛敬。聴き進むうちに当時の記憶が鮮やかに蘇ってきます。目前には銀色に光った厚生年金のステージと居並ぶ面々。平常心のつもりでもやはり緊張していたのか、練習より若干速めのテンポで開始。おっさん(オーボエ1番)のアインザッツもつんのめり気味、なかなか腰の据わった落ち着きが得られず、内心焦りつつもやり直す訳にいかず、曲はどんどん進む。それでも練習時間の半分以上を割いただけあって響きは思った以上に整っているかな。なんとかいつものペースを取り戻そうと、ここしかない!と必死で、ぐいっと、しかも聴衆に気付かれない程度に、ほんの僅かだけテンポを押さえつけた。すでに再現部が終わったあたりの561小節目でした。誰か気が付いていた人、いますか? ようやく地に足がついた感じで、ここからはやっと思い通りになるぞと思ったのも束の間、一楽章はあっという間に終わってしまう。でもコーダは決まった!  


  二楽章はなかなかイメージが固められず最も苦労したところ。人生経験の乏しさ、底の浅さを速めのテンポで何とか誤魔化そうとした。渾身の力を込めた158小節目のアインザッツ揃わず、思わず後ろを睨んだチェロの鞍田炎。練習の際「ここは黙示録の描写,暗黒の闇に鳴り渡る天使のラッパ」と説明した160小節目に入った瞬間、びっくり仰天のトランペット最強奏。あわてて向けた目線の先の中西は、顔面紅潮、目をつぶって必死の形相で全力演奏。「ちょっと頑張りすぎじゃないかいな・・」為すすべもなく下を向く私。再現部で思い切ってルバートをかけようと引っぱろうとした182小節2拍目、コンマスの四条さん我慢しきれず飛び出し冷や汗。コーダの練習番号H佐々木率いる2nd Vn のC音程揃わず、それでも何とか二楽章終了。ほっと一息。  




  三楽章以降は練習量の少なさが露呈して若干荒さが残るものの、当初からイメージも固まっており、自信を持って演奏。と思って始めた三楽章開始早々、快い緊張感みなぎるppから立ち上がる隆元のフルートソロが半拍ほど乗り遅れた。練習では一度も事故がなかったところで油断したわけではないのだけれど、私のアインザッツが曖昧だったことが原因。演奏全体の素晴らしさからすればごく些細な取るに足らぬミスだったにもかかわらず、隆元氏これが原因で本因寺の打ち上げで目をむき「大魔神」に変身、伝説の大立ち回りを演じた。(そんな彼も冬季オリンピック金メダリスト荻原健二の恩師として一躍有名に。)今だに語り草、当時プロでもこうはいかぬと評された見事なアンサンブルの坂井、土定、田村のホルンのトリオは今聴き直しても惚れ惚れする。   


  Attaccaで四楽章に突入しようとした瞬間、Bass の嶋崎のエンドピンがずれて、それを見た桶川がstopをかけた。じりじり待った後に飛び込んだ四楽章冒頭、なんと弦のtuttiがぴたりと揃った。勿論これが最初で最後。ゲネプロで空中分解した展開部のフーガも、雄弁に響き渡る米田のティンパニに乗って快調に進み、ギリギリまで遅くしたコーダのpoco Andanteからフィナーレの特急Prestoまでバッチリ決まった。会心の演奏、内心「やった!」と快哉を叫んだのに聴衆からはブラボーがないぞなんてちょっと不満だった終演の瞬間、引き続きばあちゃん(今や母親となった義本薫嬢)の下降型のポルタメントが耳に付くアンコールのカヴァレリアの間奏曲まで、まるで舞台上にいたかの如き夢心地、あっという間に全曲を聴き終えふと気付いたらChabrisが一本空になってしまった。これが飲まずにいられるか!    


  今持って若さ漲る(若気の至りか)すばらしい演奏と自画自賛し得るこの演奏会の記録が、こうしてCDとしていつまでも手元に置ける幸せを、そしていつでもあの感興の時にtime slipできる楽しみを、当時の出演者、そしてこのCDを手に取られた総ての方々と分かち合えることを心から喜び、制作に当たられた中西、南両氏に深甚たる謝意を表します。  


  最後にとっておきの種明かしを。当時カラヤン、ベームの全盛期、手に入る限りのLPやLive tapeを聴きまくった末に、私がお手本として選んだ演奏が2つありました。今は隆盛を極める同時代楽器による復元演奏など影もなく、ようやくホグウッドのモーツアルト全集シリーズが出始めた頃であった当時、常識であったワインガルトナーの校訂を洗い直して、疑問は持たれつつも一応定番とされていたブライトコップ版スコアに極めて忠実に従い、しかもベートーヴェンのvitalityをよく生かした演奏として選び出したブロムシュテット-Dresden Staatskapelle(当時東ドイツ)の演奏が一つ目。これはかの斉藤さんに見事に見破られました。さすが!。そしてもう一つ。昨今のブームを見るにつけ「何を今更・・」の観がなくもないけれど、高校生の頃にショックを受けて以来いまだに私の宝であり続ける、チェリビダッケ-シュツットガルト放送響の1974年の演奏のAir check tapeです。マニアの方のために付け加えますと、この演奏はまだDGやEMIの正規盤には入っておらず、数年前METERという海賊盤レーベルからCD化されていました。  



     


   
本投稿は、近く発売が予定されている、金大フィルLPのCD復刻シリーズの演奏記録の内、82年サマーコンサートの、「エロイカ」のCDのために、山口氏が執筆されたライナー・ノートを、先駆けて公開させていただきました。


更新 2002/1/19