2002/1/25 ★2002京大・マラ6 in Tokyo




マーラーの6番の演奏を初めて見た。

 事情により、残念ながら金大フィルの演奏会には行けなかったため、たまたま東京で行なわれていた京大の「マラ6」をサントリーホールまで見にいった。マラ6生演奏は初体験、現在所属するオケでも選曲案に挙がってくる曲であり、興味津々で出かける。

 あえて「見に行った」というのも、マーラーのシンフォニーは視覚的要素を多く含むことを、既に他の曲で経験済みだからだ。マラ6は、この演奏会パンフの曲目紹介にも非常に面白く記述してあったが、マーラーの病的な大げさ主義、物量投入主義がピークを迎えていた頃の作品(マラ6曲目紹介はオリジナルの大作で、こういうものこそ学生オケのパンフレットにあるべきもの。分量だけで金大フィルのパート紹介全体より多いの字数、VPOのページで御協力頂いた正村氏の作品)。

 京大は、この170回定期演奏会で、都合3回マラ6を演奏した。大阪、京都、そして最終日が19日東京サントリーホールという具合だ。京大の演奏は金大との合演時のものも含めて聴いてきたが、定期演奏会は初めてだった。演奏を(ここからは見てはもう止め)聴いて、いろんな思いが巡ったが、まずはこのような巨大な曲を3公演も、非常に高度な演奏技術、曲に対する理解、そして情熱をもってこなしていく京大オケの学生オケとしての総合力へ、心からの敬意を表したい。

 曲の演奏は勿論だが、1週間近くにも渡る3ヶ所での公演のマネージメントを考えると、スタッフの綿密な事前準備と、気力・体力が必要であろう。東京公演しか聴いてはいないのだが、知人の感想も含めて、3公演を立派にこなしたようだ。サントリーホールはなんと満員だった。学生オケのヴィジター公演にも関わらず・・。OB達の組織的応援も、金大フィルが見習わなければならない点だろう。

 学生オケはこれまで数多く聴いて来たが、これほどの演奏を聴くことは稀だろう。今では、海外公演も行なうようなアマオケ、学生オケは多数あるが、演奏レベルの高さでは間違いなくトップだ。特に弦楽器や一部の木管はプロ並といっても差し支えない。音楽に対する取り組み、曲に対する理解や思いというものは、完全にプロを超越していたと言って良いと思う。

 近頃の学生は・・・というフレーズはいつでもどこでも聞くものだが、こと京大オケに関してはそれには無縁だ。



ダブル悲劇的

 演奏会はダブル「悲劇的」で構成されていた。ブラームスの序曲は小手試し。弦楽器の技術的な上手さは恐らくアマチュアとしてはトップだろう、つまり多分世界一と言うことだ。木管も音の濁りや不安などは皆無、特にオーボエの優秀さが印象的。時折かすかに聴こえる金管のアタック・ミスを除けば、プロの演奏といっても違和感はない。

 指揮者は、金聖響氏、金大フィルお馴染みの金さんとは違うほうの金さん。まだ30歳前後らしいが、長身スマートで、遠くから見たらジャニーズ系風の颯爽たる容姿は、恐らく熱烈な女性ファンの追っかけが居そうな雰囲気だ。余談だが、自分の席の3列くらい前に、井上道義がいた。彼も京大を何度も振っているらしく、氏の得意のマーラーであるから、ご招待ということだろう。いかにも、自由業・指揮者という感じの風体で、近くで見る頭部の輝きも鮮やかだった。マラ6演奏中の氏の反応が面白く、多分自分で振りたかったのではなかったか・・。



京大170定期表紙 マラ6のステージはまさに壮観の一言。合唱の入らない純粋の器楽シンフォニーでこれだけの人数がステージに乗るのを見るのは初めてだ。ざっと数えたところ、ヴァイオリンそれぞれ20人以上、ホルン10本、トランペット7本、チューバ2本、コンバスがVPO風に奥正面に9本。決して狭くはないサントリーホールの演奏席はほぼ100%埋め尽くされた。マーラー特有の細かい打楽器と、特に印象深いハンマーも加わり、大げさ主義、物量投入主義はここに極まれリという感じだ。頻繁に出てくるOb,Clのベルアップ(水平吹き)やホルンのベルアップは大曲にも関わらず、聴衆を飽きさせない。ホルン10本のベルアップは行動が実に機敏で見ていて気持ちよいものだった。

 マラ6という曲は、すみからすみまで徹底的に暗いので、かえって、妙なさわやかさと明るさすら感じる。マーラーの深刻主義は、むしろ滑稽なくらいなのかもしれない。


ハンマーは肩透かし

 この曲の象徴的な部分の一つは、フィナーレで3度(版によっては2度)振り下ろされるハンマーだ。ハンマーといっても、金属的な音を出すのでなくて、鈍い重い音が要求されており、杭打ちに使う木槌が一番ちかいイメージだ。このハンマーでステージ床の上に数枚重ねて置かれた分厚い木の板を叩くような感じだ。これは意外にも、華奢な女性奏者が大げさなアクションなしにあっさりと「演奏」していた。音響的インパクトも大人しめだった。 ちょっと肩透かし・・・。

 金さんのマーラー演奏は、終始快調なテンポで、深刻振ることもなく、あっさりとまとめていたと思う。特に1楽章などは非常にテンポが早く、かなり攻撃的だった。その分、ロマンティックで夢幻的な部分との対比は薄く、その点、自分のハートにはあまりぐっと来なかった。基本的に全曲通じてその調子で、自分の好みとは少し違っていた。京大の演奏は、全般に終始、意欲満々のため、多少、音楽の色数が少なく、単調な感じも受けた。でも、贅沢すぎる不満だろう。


 それにしても、京大の演奏は見事だ。金管楽器奏者の負担は相当なものだが、ラッパのトップは難所を上手くこなしていたし、ポイントのハイトーンにも成功していた。曲頭からHを出させるなんてなんて過酷な曲なんだろう。ホルンも、僅かのアタックミスはあっても、あれだけの長丁場を吹きとおすのは、本当に大変なことだ、最大限の拍手を送りたい。これらの首席金管奏者が最初に立たされてお客さんから拍手をもらったのも当然だ。お客さんの反応も、実に的確で、どの奏者がどのくらい大変なのかを良く理解しているのが分かる。音楽教養レベルの高いお客さんだったように思う。



一人足りとも音を外さない

 他に印象的だったのは、Esクラ奏者の派手なアクション。普段は日陰者扱いのバスクラの長大な渋いソロなど、惹き込まれた。4楽章のアレグロ・エネルジコの2番目のテーマ(141小節)、ホルンの跳躍を伴うユニゾン、一人たりとも音を外さない。こういうところは本当に偉い。恐らく外した場合はきついペナルティなのだろうが、10人も奏者がいて一人も外さないのは中途半端な覚悟では出来ないはずだ(もっとも10人全員の同時演奏でなく、マーラー独特の書法の分担作業だが)。606-609小節トランペットがハイBまで上がるのカタルシスの部分は、鳴りが不十分だったのは唯一の欲求不満。

 曲の終盤は、トロンボーンのソリが崩れるような雰囲気で、死に絶えるようにエンディングを迎える、バスクラと低弦の音だけが残る。そして、イ短調最強音の運命の打撃で曲は終わる。この一撃の一糸乱れぬアンサンブルこそ、当夜の全曲のクライマックスだった。
 長い長い沈黙、そして、割れるような拍手。指揮者でもマーラーでもなく、京大オケにこの拍手が贈られたのは間違いない。


 初めてのマラ6は、アマチュアながら十分に満足の得られたコンサートだった。気分良く帰路についた。



★おまけ

 京大のパンフレットからTpのパート紹介を無断転載、金大フィルもこのくらい工夫したものを作ったらどうだろう・・・。金大も昔は四校と呼ばれたのだから・・・。この内容が分らない人(金管奏者)は勉強不足。


坪内 「普通のHじゃだめなの。美しく清らかで、時には激しく‥・」
小山 「最近新たに開発した方法はめっちゃええで。」
大野 「いきなリHはつらいなあ。AやBから段階踏みたいよう。」
池島 「連続で行くのが大事や。日ごろから鍛えなあかん。」
眞崎 「僕も頑張ってるんですけどねえ。」
村田 「体力さえもてばいくらでも。」
田中 「もう無我夢中ですから。」

                       (本日の最高音 C#


 中西英一記



 
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