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※バインダーにはさんでおいた介護のメモ書きや、新聞記事で見つけた介護記事、また、ただ今介護に奔走してらっしゃる鬼さんなどのメールなどを紹介しています。介護するほうも、介護されるほうも笑顔で向き合えるとよいですよね(渡辺京子)。
2006.7.13 鬼さんから皆さんへのお礼メールを追加します(^−^) 
ひとつは応援をしてくれた皆さんへのお礼メールと、もうひとつは鬼さんの娘さんが鬼さんへ送ってくれたメールを紹介しています。

2006.7.12 18:22
メールありがとうございました。
私の介護メール拝見します。

気持ちの揺れ動き…どんなにか先生に励まされたことか…m(__)m 。
今日 父はスピーチカニューラに変わり喋れるようになりました。

父も私が来ている時で良かったと…幸代って…ありがとう…って言いました。
私も父も涙 涙 でした。嬉しかったです。

 ただ父はどこまで回復するかまだ先が見えません(>_<)。
焦らずゆっくり。でもここまでたくさんの方に助けて頂き、見守って頂き、有り難く 感謝なのですものね/鬼

2006.7.12 18:33
「よかったね!喋れるとおじいちゃんのストレスも少し減るしね!

少しずつ良くなってるし、どこまで回復するかわからないけど今は考えすぎないようにしないとおじいちゃんも不安になるよ!

今は状態が良くなってる事を素直に喜んで、本当に安定したらそこからどうするか考えればいいと思う。

施設の生活を中心にして、たまに家に帰れるようにするとか、その時だけ佐渡に行くようにするとか 施設の使い方もいろいろだよ!」

このメールは不安な気持ちを上の娘に私がメールしたら来た返事です。気持ちが落ち着きました。/鬼

2006.7.12 鬼さんの看病メールについて 
ただ今、鬼さんは仕事の合間、佐渡に飛び、お父さんの看病をしてらっしゃいます。ただでさえ、忙しい鬼さんですから、佐渡の介護が加わり、もう息つく暇がないほどの多忙を極めています。

鬼さんの場合、お父さんの看護と共に、心をくだいているのが、佐渡で看病の日々を送っているお母さんや妹さんたちへの想い。長女である鬼さんは東京へ戻れば忙しくとも平穏な日々を送ることができるのだけれど、でも佐渡にいるお母さんや妹さんを思いやると、心苦しいようなのです。

でも、お父さんの病気は長期戦。合間、合間に元気になれる鬼さんだからこそ、できることもあるはず。
東京で英気を養って、そして、佐渡にいるお母さんや妹さんにぜひ「元気」をおすそ分けしてください、とわたしから応援のメールを送ったこともあります。

だって、もし鬼さんが看病で倒れてしまったら、大変。
鬼さんは今、介護の中の「軸柱」なんです。鬼さんの力でぐるぐる回していかなければならない立場なのです。ともかく日々元気を取り戻して、いつも新たな気持ちで、この難局を乗り切っていただきたいな、と応援しています。

では、「看病」に立ち向かっている鬼さんから届いた5月から7月初めまでのメールをちょっと長いですが一挙に紹介したいと思います。
鬼さんが迷い、悩み、辛い思いをする中で、一歩一歩着実に進んでいく様をご覧になって、そんな鬼さんを影ながら応援していただけたら、と思っています。

                                                  /渡辺京子

追伸:鬼さんの看病メールをアイビーネットに掲載した旨、鬼さんにメールを出したら、なんと佐渡から最新のメールが届いていました!

そこには嬉しい報告がアチコチに散りばめられていて、思わずにっこり(^−^)。
まずは一安心!

今回アップロードした鬼さんの看病メールに、ただ今、7/12付けの素敵なメールを追加できたことを本当に嬉しく思っていますヽ(^o^)丿。よかったね!!>鬼さん

@ 2006.5.8の鬼さんからの看病メール 
今 東京に向かう新幹線の中です。

主治医の先生と二日の日にお話しをさせていただき、28日救急車で搬送された時は命は危なかったですが、一応、峠は越えたと言われましたが、突然…ということもありますので、佐渡を離れる時の気持ちの受け止めをしっかり持って 帰るように言われました。

病院に泊まり、父の傍にいました。
母の動揺と精神的 肉体的な面を和らげようと 母の前では強い娘でいました。
父はまだこれからです。人工呼吸器をつけていますが、徐々に外し、酸素吸入に持っていきますが、酸素吸入に持っていけないと気管切開も考えておかないといけません。

でも その時 その時 一つ一つ山を越えていこうと思ってます。
介護認定しておいてよかったです。入院の様子をこれから見に来るそうです/鬼

A 2006.5.12の鬼さんからの看病メール 
佐渡から帰り、4日経ちました。
母は一日おきに病院に泊まっている様子です。
あまり無理しないでと言っても 自分のペースがあるらしく母の思うようにしてもらうことにしました。

人工呼吸器はまだ外れませんが、落ち着いているようです。
明日のパソコンは仕事の都合によりお休みさせていただきます。
26日から数日ですが、佐渡へ行ってきます/鬼

B 2006.5.25の鬼さんからの看病メール 
こんにちは。
昨日は変なお天気でしたね。
父は人工呼吸器が外せなく、人工呼吸器を長くしていられないので、30日 気管切開の手術をすることになりました。

日々患者さんと接しているのに、現実 身内となると切ないです。
手術前後一週間位、佐渡に帰ります。

31日 お休みいたします。六月もお休みいたしますm(__)m/鬼

C 2006.5.31の鬼さんからの看病メール 
おはようございます。
昨日 気管切開手術 無事終わりました。
普通は部分麻酔でオペ室まで行かなくても出来る手術なのですが、父への色々なリスクを考え、全身麻酔でオペ室での手術となったようです。

昨夜は少しの出血と発熱がありましたが、よく寝てました。寝不足は私です。
29日〜2日まで佐渡、また12日〜16日まで佐渡です。

私が佐渡の時は母 妹の静養にあて、病院に泊まり、病院でお風呂(シャワー)をつかいます。
私は東京に帰り、気持ちを切り替える事が出来ますが、妹や母はそれが出来ないので、私がいる期間だけで申し訳なく思います。

母の取り越し苦労の姿…結婚して始めての大きな出来事、仕方ないですが…受け止めていると言っても一番受け止めてない気がします。
明日考えよう その時 その時 考えようと私は思う日々です。

いつも治療方針の最後に突然…の場合があるです。入院して一ヶ月…頑張った父…見守るしかない私達です。でもきっと父には伝わっていると思います。/鬼

D 2006.6.2の鬼さんからの看病メール 
夕方 佐渡から 帰って来ました。
四日間 病院に泊まっていたので、寝不足と狭い所、 父の機械の音で頭がボーとしてました。

娘とひめの散歩…外食で少し 気持ちが変わりました。
父のこれからわかりません。一応の治療方針はあっても 何がおきるか解らない状態です。

今回の気管切開も 治療が順調にいっていればなかったことですが、次のステップへは 気管切開がベストでした。気管切開から治療方針が順調にいけば 切開したところを塞ぎ、食事ができるようになりますが…人工呼吸器の回数を減らし、自発呼吸をうながし、呼吸器から酸素吸入に持っていく等、課題はたくさんあります。

でも私達は見守り、家族ができる事を助け合いながらやっていく事しかないですね。
帰ってから パソコンを開きました。仕事、プール、友達とのおしゃべり 旅行etC… 私には大切な時間であった事を思い出しますが今は、自分の事や自分の時間が持てないと感じます。

私の頭の中の消しゴム、娘と観ました。号泣した一人で、娘はお母さんがあまり泣くから泣けなかったと…。
でも 若年性アルツハイマーはあんなに綺麗なものではないと泣けなかったとおっしゃれる方とで賛否両論だったようです。

私は単純に映画の世界に入ってました。最近では 明日の記憶を主人 娘と観ました。
この映画も泣きました。前触れでは見た人は夫は妻の事が恋しくなる…と言われてましたが、我が家の旦那様はどうだったのでしょう?

 東京タワー ダビンチコードの本を読んでます。字が小さいのが 目にくる…歳ですね/鬼

E 2006.6.3の鬼さんからの看病メール 
メールありがとうございましたm(__)m。
家から病院へ 病院から家  久しぶりの我が家…今まで張り詰めた気持ちがいっぺんにがっくり来たのかも知れませんm(__)m。

今日 仕事でした。無我夢中で働いて、時間があっという間に過ぎました。

気持ちを切り替え。
今の自分の時間は、父に、佐渡に元気をおいてくるため、私の元気を充電します/鬼

F 2006.6.7の鬼さんからの看病メール 
いつもありがとうございますm(__)m。
佐渡に帰ると、 一緒にご飯を食べたり おしゃべりしたり 父の看病から 離れてもらったりしていますが、先生のおっしゃるように、今の母には他の事に気持ちを向けるのは無理なのかも知れませんね。

今 できることを私なりにやってみます。

今月は 主人 娘達も 別々に一泊ですが、お見舞いに行ってくれるようなのです。
少し気持ちが違うような気がします。

佐渡と東京の距離… ちょっと母の肩をたたき大丈夫よって言ってあげられないのが離れて暮らしている宿命ですね/鬼

G 2006.6.14の鬼さんからの看病メール 
佐渡です。
お天気がとても良いです。

父は人工呼吸器を外すため 呼吸(自発)の練習を始めました。人工呼吸器の回数を減らし 自分で呼吸をする 半日から一日と徐々に時間を多くしていきます。

今 一番の問題は意識がはっきりしているのですが、気管切開してるので喋れません。
意思の疎通が難しいです。

今日は書くことをして貰いましたが、まだ 手に力が入らず、書いた字が解らなかったり、父のいらいらが伝わって来ます。思っている事を解決してあげる事も大切なことだそうです。

今まで 人工呼吸器に呼吸を助けてもらっていたので 自分で呼吸するのは疲れるらしく 昨日は日中 起きてましたが、今日は日中 うとうとが多いです。

主治医の先生も呼吸器が外れるまであと一歩…酸素に変わり 経管栄養(鼻の管から入る栄養)気管切開の所をふさぎ口から食べれるし喋れる…順調にいったらの父の治療方針です。

父の介護認定はされているので今、介護認定の手続きの変更をしてます。
なんでも早めに動くことが必要です。手続きは一ヶ月位かかります。

退院して自宅に帰るにしても施設に入るにしても やっておかなければならないことです。
金曜日 東京に帰ります。キス魔のひめになめられることを楽しみして…  いつも いつも 励まして頂きありがとうございますm(__)m 感謝!/鬼

H 2006.6.16の鬼さんからの看病メール 
船の中です。東京に向かってます。
船に乗り すぐ娘に疲れた〜ひめに癒されたい、ちょと佐渡のこと忘れたいと本音のメールをしました。

治療目標(回復目標)に向かう過程には色々あります。今 父の頭の中は…今まで眠らされていた月日、ぼんやりしていてはっきりしなかった部分…眠らされて止まった時間… 意思の疎通のため 書いてもらっても父の頭の中は病気や病院には関係ないことが気になるらしい。

解かった、大丈夫 心配しないでというしかない。
家にちょと帰りたい。トイレに起きて行きたい…支離滅裂な内容もある。

今の現実を伝える…父の頭の中を理解するのに母はパニックになり落ち込む。
病院を離れる時、婦長に今の母のことも話した。婦長は病院に毎日くることや 泊まることは気にせず、ちょと顔をだす程度で疲れているなら少し父との距離をおくことも必要といってくれた。

父の入院からみんな頑張ったし、父はまだこれからなのだから…いつか笑ってこんなことがあったね、と言える日は来るはずだから…/鬼

I 2006.7.1の鬼さんからの看病メール 
久しぶり主人と食事をし映画(ダビンチコード)を観ました。
映画は本も読んでいて 本が上中下とあり 今 中だったんですが、ちょっと読み終わるまで時間かかると思い、映画を観ましたが、なんか後味が悪く本も読むことにしました。

今月からお教室にもお伺いしようと楽しみに心待ちにしていたら、勤務とお教室の時間が全然合わないのです。残念!先日少し体調が悪い日があったら、上の娘に 佐渡に行けば連休とるんだから、勤務もそれに伴い連勤になるんだから、休みは予定を入れないでゆっくり休んで下さい…って言われました。

久しぶりの主人とデート楽しかったのですが、家でゆっくりがなかったから気をつけないとです(>_<)。

佐渡に10日から行きます。順調に治療が進んでいるようです。
母に無理しないで…の電話を毎日のようにかけ 言葉での励ましです/鬼

J 2006.7.12の鬼さんからの看病メール
ご無沙汰してますm(__)m。
昨日から佐渡です。

病室に入りびっくりです。人工呼吸器が外れ、酸素に変わってました。
刻み食ですが、一人で食べられ、美味しくないと言いながら完食です。

私に味見したら…と気管切開してるので、喋れないので、身振りで意志を伝えます。
筆談もしっかりとした字を書くようになりました。

呼吸のリハビリをして気管切開した所が塞がり喋れるようになり、ベットから起き、歩く等治療が順調に進めば秋までには退院させたいねってナースの方がおっしゃってました。

父も自分のことよりも私達のことを気遣うので涙が出ます。
父が元気になった分、母にも気持ちの余裕ができ、笑顔も多くなりました。

焦らず ゆっくり 見守ります。
私の顔を見ると元気が出ると言うので私の元気を置き土産にします/鬼

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