〈閑話休題〉  男同士

 NW学園大学部にほど近い、“ふらいぱん亭”は、ヒサトをはじめとする男性三人のたまり場であった。メニューが豊富で、なによりもその量の多さと美人ウェイトレスがいることで、評判の店だ。とは言うものの、メインストリートには面しておらず、そう混雑することはあまりない。その日も、ヒサトたちの他、客は一組だけだった。
 「あのさぁ、前から聞きたかったんだけど、ヒサトとティアナって、どういう関係なわけ」
 平成の台詞に、ふいをつかれたのか、ヒサトが水を吹き出した。瑠耶が呆れて、ハンカチを差し出す。
「かっ、かっ、関係って。そんなもの、ないよ」
「でも、仲いいよな」
 平成は、そう瑠耶に同意を求める。瑠耶は苦笑して、
「ま、悪くはないな」
 ヒサトは必死になって、首を振る。平成は、目の前にあるスベシャルオムライス特盛をつつきながら、
「ティアナって、結構もてるんだぜ」
「知ってる」
 ヒサトは、複雑な表情でそう応える。ティアナを紹介しろに始まって、電話番号を教えろ、飲みに連れて来いなど、周囲につつかれたのは一度や二度ではない。
「オレから見たら、平成と桃山ちゃんのほうが、ずっと仲いいと思うけどな」
「冗談だろ。オレとあいつのどこをどう見たら、仲がいいなんて台詞が出てくるんだよ」
「オレにしてみれば、どっちもどっちなんだけどね」
 瑠耶が平然と、言い放つ。ヒサトと平成は、お互いを見て、うんざりとした表情で呻く。
「実際、二人とも、付き合ってる云々という噂は、よく聞くよ、オレ」
 今度は、二人同時に頭を抱える。瑠耶は、側を通りかかったウェイトレスに、ミネラルウォーターを頼むと、更に言葉を続ける。
「他の娘と付き合ってないから、そう言うこと言われんだよ。オレみたいに、恋人つくれば」
「ンなこと言ったって、なぁ」
 平成の言葉に、ヒサトは領く。
「お前みたいな奴がいるから、需要と供給のバランスが崩れるんだぞ。一人、こっちに回せ」
 平成は、スプーンを握ったまま瑠耶に迫る。瑠耶はにっこりと笑うと、
「いいよ」
 あっさりと言ってのけた。
「冷たい奴だなぁ。こんな奴のどこが良くて、女の子が集まるんだか」
「なんとでも。でも、ヒサト。確か、入学式のときから、ティアナと一緒じゃなかったか、お前」
「よく覚えてるなぁ。ヒサト、なに、前から知り合いだったわけ?」
 テーブルの上に、瑠耶の頼んだミネラルウォーターと、ヒサトの注文したハンバーグ定食が置かれる。さっそくヒサトは、それにぱくつきながら、
「いや、受験のとき、飛行機の席が隣りだった」
 そう、それが全ての始まりだったのだ。
 飛行機の席で、お茶をこぼしたのがきっかけだった。隣りの席にいたティアナが、ハンカチを貸してくれた、までは良かった。話をしているうちに、同じNW学園を受験することが解り、受験会場まで一緒に行くことになったのだ。それが、そもそもの間違いだったのだ。まず空港で、荷物の引換券をどこにしまい込んだか忘れて、大騒ぎし、ティアナに助けられた。次に試験会場で、受験票をなくし、そこでまた、諸手続をティアナが代わりにやってくれた。もうその後は、泥沼である。試験を終えた後の宿泊先も、帰りの飛行機も、全部ティアナがヒサトの分まで手配してくれたのだ。べつにヒサトが、そう頼んだわけではない。なんだかんだと文句を言いつつも、面倒見のいいティアナである。あんまりだらしのないヒサトを見ていられなかったのだ。ヒサトもヒサトでそういう彼女の好意を素直に受け入れればいいものを、一言多いのだから、目も当てられない。そうしてお互い、入学式へと向かう飛行機全の中で再会することになったのだ。
 「それはもう、なんて言うか、運命だよな」
 瑠耶が、楽しんでいるとしか思えない口調でそう言う。すかさず平成が、
「でもさ、ヒサト。ティアナみたいな美人が、面倒見てくれてるんだぜ。得したって、思わない」
 ヒサトは、音がしそうな勢いで首を振る。確かに、ヒサトも年頃の男性だ。決して、悪い気はしない。ティアナは実際、いい女なのだから。しかし、面倒見てくれるのはいいが、その度に口と手のおまけがつくのだから、たまったものではない。もっとも手の方は、ヒサトが毎度毎度余計なことを言ってしまうのが原因なのだが。
「ティアナのことだから、ヒサトに彼女でもできれば、もう構わなくなるさ。好きな娘、いないの。なんなら、オレ、紹介しよっか」
 瑠耶が人なつっこい笑顔で、そう言ったが、ヒサトは困ったように下を向いてしまう。
「今は、その、勉強とコンピュータで、手一杯だから」
「な、リュウ。だったらさ、オレに紹介してくれよ。な、な」
「桃山ちゃんに怒られるから、嫌だ」
「なんでそこで桃山がでてくるんだよ」
 そうぶつぶつ言いながらも、平成はオムライスをぺろりとたいらげてしまった。“ふらいぱん亭”のスペシャルオムライス特盛と言えば、四人前はあろうかという代物である。ちなみに彼は、この一時間前、学殖でカツカレー大盛りとたぬきうどん、ハムサンドを食べていた。瑠耶など、見ているだけで気持ち悪なってくる。それでも、気を取り直して、
「ま、二人とも、あまり気にしないで」
 瑠耶は笑って見せる。今一つ納得の行かない様子の二人ではあったが、これ以上話しても不毛なだけだと悟ると、あえてなにも言わなかった。
 二人にとっては災難のような話だが、逆に瑠耶にしてみれば、羨ましい限りである。
 そういえば。瑠耶は、以前、街で知り合った少女を思い出す。童顔で、明るい常盤色の瞳が印象的な女の子。喜怒哀楽がはっきりしていて、見ていてあきない子だった。
「どうしたんだよ、いきなり笑い出したりして」
 平成が、不信の日を向ける。
「いや、ちょっと思い出したことがあってね」
 そう言って、瑠耶は再び声を出して笑う。それから気付いたかのように、
「平成、そんなに女の子紹介してほしいんなら、オレの姉貴、紹介してやるよ」
「へ。リュウの姉貴って、あのモデルの」
 平成は身を乗り出して、確認するかのようにそう訊いた。瞳が、喜びに満ちている。瑠耶は、極上の笑顔で頷く。
 平成は、瑠耶の姉の恐ろしさをまだ知らない。
 ともあれ、それはまた、別の話である。

《Fin》


先頭に戻る↑

 NW学園TOPに戻ります。