ピコ通信/第14号
発行日1999年10月14日
発行化学物質問題市民研究会
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目次

  1. ダイオキシン国際会議に参加して
  2. カネミ油症患者のお話を聞いて
  3. 第2期・連続講座 第6回「暮らしの中の農薬汚染」
  4. 【杉並病】・ごみ処理施設との関係
  5. 9月の動き
  6. 第2期・連続講座 第7回案内/編集後記

2.『世代をこえるダイオキシン被害』カネミ油症患者のお話を聞いて
   ジャーナリスト 北建一

 最近『買ってはいけない』批判で名をあげた(?)作家の日垣隆氏は、「ダイオキシンが猛毒なら、どうして人がバタバタ死なないのか。ダイオキシン曝露で死んだ人もガンになった人もいない」と以前『文芸春秋』に書いていた。この人はダイオキシン被害について、当事者に会い話を聞いたことがあるのだろうか。日垣氏だけではない。なぜダイオキシン汚染列島と言われる日本で、国内の経験は生かされず、参照されるのはいつもベトナムなど海外の事例や動物実験だけなのか。
 筆者はこの2年間、所沢を中心にダイオキシン問題を取材し、ダイオキシン曝露による健康被害者の話を聞いてきた。ガン、子宮内膜症、先天性異常、ぜんそく、視力低下・・・汚染地帯では住民が深刻な被害を訴えて久しい。しかしいくら訴えても、「因果関係がわからない」という答えしか、行政からは返ってこない。
 ダイオキシン曝露による人体影響は本当にわかっていないのか。思いあぐねるうち、日本におけるダイオキシン被害の原点であるカネミ油症を知り、このほど埼玉大講師の塩沢豊志さん(環境化学専攻)と一緒に九州に行き、油症患者の矢野忠義・トヨコ夫妻と田中春郎さんのお話をうかがった。矢野夫妻はイタリアで開かれたダイオキシン国際会議に参加し、帰国したばかりだった。イタリアでのことは、同行した大久保貞利さんが報告されているので、ここでは重複をさけながら「32年目の油症被害」の一端をレポートしたい。

世代をこえた健康被害
 矢野さん夫妻には、福岡県小郡市の自宅でお会いした。見晴らしのいいマンションで夫妻は私たち(取材のために同行された日本ジャーナリスト会議福岡支部の伊藤弘典さんと塩沢さんと私)を迎えてくれた。
 お二人の話では、ダイオキシン国際会議に参加した矢野トヨコさん(77歳)の訴えで特に注目されたのは、油症被害が世代をこえて続いていることだった。
 カネミ油症は1968年に明らかになった日本最大の食品公害事件だ。PCBとダイオキシン類が混入した食用油を食べた人たちが、吹き出物や炎症、色素沈着、月経異常、肝機能障害などの症状に苦しんだ。被害者は届け出ただけで1万4000人に及んだが、認定されたのは1900人に満たなかった。
 油症被害の象徴が、患者から「黒い赤ちゃん」が生まれたことだった。死産や生まれてすぐ死んだ赤ちゃんも多かった(ダイオキシン曝露による死者そのもの!)が、生き残って30余年を経、お母さんになった元「黒い赤ちゃん」もいる。その人から、また「黒い赤ちゃん」が生まれた。次世代にも及ぶ影響にほかならない。生殖器の異常のため、前途を悲観し自殺した若者もいた。
 イタリアの国際会議で、矢野さんと連れ合いの忠義さんが、パネル写真を掲げてそうした被害を訴えると、各国の研究者から質問攻めにあった。また、ガン、甲状腺障害、神経系異常など、セベソの被害者も共通の症状に悩まされていることが、被害者団体「5D委員会」代表のガエターノ・カルロさん(70歳)と話してわかった。矢野さんは乳ガンになり胸を抉る手術をしたが、ガエターノさんも腹部のガンと闘病中だった。「セベソでも日本でも皮膚症状が軽くなり、かわりに内科的症状が進行しているんです」と忠義さんは説明してくれた。

夜中にビンを割る音が
 ところで、国と業者(鐘淵化学とカネミ倉庫)を相手に患者が起こした裁判は第1陣、第2陣……と数次にわかれるが、第3陣訴訟原告団長の田中春郎さん(73歳)からは、北九州市の八幡工業地帯にほど近い仕事場、八百屋のお店で次のような話を聞いた(台風による交通の乱れのため、田中さんのお店には私一人しかうかがえなかった)。
 1970年代始め、田中さんのすぐ近所のうちで、夜になるとガチャーン!ガチャーン!とビンを投げて割る音がした。ビンを投げていたのは高校生の男の子で、顔中ひどい吹き出物だった。田中さんは「油症じゃないか」と直感し診断を勧めたが、一家は引っ越し、今では消息不明だ。「認定されなかった患者がおそらく闇に埋もれとる。現に私は見とるから。油症の根は広く深いんです」と田中さんは語った。
 第3陣訴訟には、油症発生当時1〜7歳だった原告が9人参加していた。裁判が終わって10年以上たつ今でも、彼(女)らのことを田中さんは「あの子たち」と呼んで気遣っている。体の具合が悪く疲れやすいために仕事が続かない、結婚をあきらめたなど、油症は30年余を経た今でも「あの子たち」を苦しめ続けている。当初から、同じ「毒の油」を食べても症状は人によってさまざまだったが、患者たちが高齢化するにつれて、被害はいっそう多様で複雑なものになっている。
 最後までたたかいきれなかったと悔やむ矢野さんと、裁判は製造者責任の確立などの成果につながったと考える田中さん。裁判結果についての意見は分かれるが、国の姿勢に憤る気持ちは変わらない。田中さんは「国が油症救済に本腰を入れていれば、日本のダイオキシン汚染はここまでひどくはならなかったのではないか」と言い、矢野さんも「油症患者をないがしろにしてきたことが、能勢や所沢でたいへんな被害を招いてしまった」と語るのだ。

未来を取り戻すために
 大久保さんの報告にもあるように、矢野さんはグリーンピースの船「虹の戦士号」に乗り、セベソの被害者アントニオ・コロンボさんと共に記者会見をした。世界各地で環境汚染と果敢に闘ってきたグリーンピースの船に乗ったことで、矢野さんは勇気がわいてきた。「なぜそこまで闘うのか」という記者の質問に、矢野さんは「私は母親ですので、子や孫が苦しむのは見るにたえません」と答え、アントニオさん、「虹の戦士号」船長ファブリツィオさんと手を重ねた。一斉にフラッシュがたかれた。
 私たちがお宅にうかがったとき、矢野さんは長旅の疲れをこらえながら、「大それた考えかもしれないけど、イタリアでの私たちの行動を、日本からダイオキシン・環境ホルモン汚染をなくす波を大きくするきっかけにしたい」と抱負を語ってくれた。
 「なお続く油症被害」の解明は困難だが、そこにはこの国で暮らす者みんなの未来がかかっている。患者さんたちの話を聞きながら、私たちはそういう思いを強くした。


3.第2期・連続講座 第6回「暮らしの中の農薬汚染」
  99年10月2日(土)に行われた植村 振作さん(大阪大学助教授)の講演より
 (文責・当研究会)

身の回りの農薬から見直そう
 始まる前にトイレにいったら、パラゾールがおいてありました。大阪だったら、こういう会をやっている場所には置いてないと思います。そういう細かいところから直していきましょう。私は市民運動で指導的役割を果たしていると紹介されましたが、専門は高分子で、農薬ではありません。自分が農薬中毒の経験があるので、そういう農薬に囲まれた生活をしたくないから動いているというのが正確なところです。
 有吉佐和子が「複合汚染」を書いてから、消費者が無農薬の食べ物を求めて運動を始めました。しかし、自分の家の中ではやたらに農薬を使って、生産者には無農薬で作れというのは無茶な話です。「複合汚染」でも、大気のことも問題にしています。私は、呼吸を通して取り込むことにもっと関心をもって欲しいと、最近繰り返しいってます。
 農薬取締法は農業使用に限っているので、それ以外の使い方のものを行政は農薬とみなしません。しかし、市民は農業に限定したものとは思っていませんし、外国の論文でもそんな概念はありません。家の中で使う防虫剤、蚊とり線香、虫よけ剤、防かび剤など、あるいは電車等にまくものもすべて農薬です。

防虫剤は殺虫剤
 代表的な例が、衣類の防虫剤に使われるパラジクロロベンゼンです。最近、血液中から検出されたことが報道されましたが、これは前からわかっていたことです。便所で使うのは臭いをごまかすためですが、今のようにきれいになっても使っているのはまったく無意味な使い方です。
 労働省によるマウスを使った実験では、発がん性があるとされました。ところが厚生省は発がん性なしとしました。がんの発生には、まず体細胞が変異し、それが増殖するという二段階があり、パラジクロロベンゼンは増殖させるプロモーターとしての働きをするので、答申が「がん原性はない」と言う言葉を使ったところが、厚生省がこれを発がん性なしとして発表し、今でもどうどうと売られているのです。このりくつでいえば、ダイオキシンにも発がん性がないことになります。りくつというのはその場その場でつごうのいいものが出てくるのです。
 答申の中では耐用平均気中レベルが0.08ppmとされましたが、家にいる主婦の平均は0.118で、これを越えています。これを知らずにみんなが使っているのです。こういうものを使いながら環境ホルモンで騒いでもしょうがないと思います。

コメまで汚染するシロアリ駆除剤
 横浜市衛生研究所が調べた農薬の摂取頻度では、食経由で多いのはマラチオン、スミチオン(フェニトロチオン)やクロルピリホスメチルで、ポストハーベストとしてコムギに入っているからです。コムギがスミチオンによって汚染されていることは、私が淡路島の猿の奇形を調べていて最初に指摘しました。朝日新聞がなかなか書いてくれませんでした。
 空気経由でフェニトロチオンやクロルピリホスが多いのは、シロアリ駆除剤のためです。シロアリ駆除で汚染された家で、私が部屋の空気を調べたところ、炭を入れたり土を入れ替えたりしても、濃度が15ヵ月たってもほとんど下がりませんでした。柱などに注入するために完全には除去できないからです。
 このような農薬で出る症状は人によってちがって、風邪に似た症状が起きていますが、医学的にも究明されておらず、裁判をやってもなかなか勝てません。皮膚科学会が、患者を治療しても家に帰るとまた悪くなるケースが多いということで、疫学調査を始めることになりました。
 すでに禁止されたクロルデンも今でも出てきています。大阪府衛生研究所の吉田さんの調査で、流しの下や床下収納庫に入れたコメから、クロルデンやクロルピリホスが検出されました。床下にまいたものが吸着したからです。このコメをといでも4割ぐらいにしか減らないし、炊いてもほとんど変わりません。

高濃度の防虫畳
 防虫畳には有機リン系のスミチオン、バイジットが使われています。公団の規格では1平米あたり1グラムも入れられていて、田でまく数十倍の量です。10年たってもまだ出てきます。畳のダニがアトピーの原因だとキャンペーンしたのはNHKです。ダニを悪者にして、駆除するために畳に農薬を入れることになってしまいました。東京都の条例を使って畳からどれくらい出るか調べさせたら、高濃度で出ていました。寝ていると体温で温まるのでよけい出ます。
 このような、農業以外で使われる農薬には法的規制がほとんどありません。最近ようやく、ダニアースなんかが医薬部外品に指定されましたが、指摘してから20年もかかりました。蚊取り線香も医薬部外品になっています。蚊取り線香はピレスロイド系農薬です。昔は蚊遣りというように、蚊を追い払うだけでしたが、今は殺すことが目的となりました。すると蚊やハエが抵抗性がついて、より強い殺虫剤を使わなければならなくなります。蚊取り線香でも子供が痙攣を起こすという事故も起きています。死ぬようなことがないからみんな喜んで枕元で焚いているのです。

長時間残留する
 バルサンはDDVPという農薬です。速効性があってすぐになくなるといいますが、私が測ったところ、6時間後から測り始めて1日たってもその4分の1ぐらいにしか下らず、2週間たっても100分の1残っていました。図書館で散布される防虫剤は、2ヵ月たっても10分の1にしか下がりませんでした。高槻市の公園の桜並木にスミチオンをまいた時に測ったのでは、1時間後で2.2マイクログラム/立方mでしたが、すぐに子供たちが遊んでいました。
 北里大学の難波先生の実験では、モルモットにスミチオンを投与すると、ある濃度で花粉症やアレルギー症が出やすくなることがわかりました。公園の子供たちが吸い込む濃度がちょうどそれぐらいの量になります。花粉症は花粉がアレルゲンですが、化学物質に晒されて感受性が昂進されているのではないかと思います。

有害無益な商品
 押入の湿気とりが売られていますが、そもそも密閉してない空間で使っても湿度を下げる効果はありません。それに防かび剤が配合されているのは、乾燥できないことを自ら証明しています。使われているパラクロロメタキシレノールは蒸発しやすくて、化学構造からみても安全なものとはいえません。
 薬用石鹸の成分のトリクロサンは、構造がダイオキシンに似ていて、不純物として含まれていたり、紫外線でもできる可能性があります。これは厚生省がそのうちに規制をかけると思います。

不純物や代謝物も問題
 ユスリ蚊防除のためにドブにまくメトプレーンというホルモン剤は、蚊にしかきかないから安全といわれています。しかし、それが変わった代謝物にはカエルに催奇形性があることがわかりました。
 家庭用の除草剤には2,4-Dが含まれているものがあります。ベトナム戦争の枯葉剤の成分の一つで、ダイオキシンが不純物として含まれている恐れがあります。不快害虫用という殺虫剤も危険です。農薬取り締まり法の規制を受けないので、脱法商品といわれていますが、このようなものが何の規制も受けずに売られているのです。

環境ホルモンはもっとある
 ホルモン撹乱物質は環境庁のリストでは67種ですが、それと同等に疑いのあるものは、スミチオン、トリクロルホン、パラジクロロベンゼン等、たくさんあります。ミカンの防腐用に使われるチオファネートメチル、商品名トップジンMというのは、環境ホルモンのカルベンダゾールに変化して殺菌作用をもつのだから当然入っていておかしくないです。スミチオンも精子形成異常などがわかっているのに入っていません。環境庁のリストが、外国のデータをもとに作られたため、日本でよく使われているものの中にも上げられていないものが多いのです。
 ダニを駆除するといって薬剤を使い、空気を汚染し、人は免疫系がおかしくなり、虫は抵抗性がつく。それでもっと強い薬をまくという悪循環、それをどこかで断ち切らなければいけません。

種なしブドウの疑問
 21年前、小学2年の少女から「種なしブドウを食べると、子どもができないって、ほんと?」という質問をうけました。私は、種なしブドウとは品種のことではなく、人為的にそういう具合にしている、そういう生活をずっと続けていけば、場合によっては子どもが生まれなくなってもおかしくはない、と答えました。私たちが、ダニが出たから薬で処理しろというような生活をしているから、いろん問題がおきているのです。大騒ぎしている環境ホルモンも、その一つの側面にすぎないのではないか。そういう私たちの生活を考え直すことが必要だろうと思います。この前、この話を種なしブドウの産地の岡山でやってえらくおこられましたけど。

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