
3.第2期連続講座 第1回「暮らしの中の環境ホルモン」
99年5月1日の北條祥子(さちこ)さん(尚絅(しょうけい)女学院短期大学人間関係科教授)の講演を研究会でまとめました。

私は宮城県名取市の尚絅女学院短大で人間環境論を教えています。その前は東北大で基礎医学の生化学、免疫の研究にたずさわってきました。それから宮城生協のお母さんたちと環境測定活動をやってきました。
昨年、二人の子育てをした経験と、免疫を研究してきた立場から「よくわかる環境ホルモンの話」という本を出しました。環境ホルモンはわからない部分が多く、研究者としては明確に言いにくいが、そうは言っていられない、自分の意見をどんどん示していくことか必要だと思っています。
ホルモンと体の三大ネットワーク
環境ホルモン(外因性内分泌撹乱化学物質)は、外から体の中に入って正常なホルモンの働きを狂わせる物質のことです。私たちの体は60兆の細胞からできていて、それが組織をつくり、器官を形成しています。
体の中にはホルモン系、神経系、免疫系という3つのネットワークがあり、ホメオスタシスといって体の中を一定に保っています。そのバランスが崩れると病気になります.それをコントロールするための情報伝達手段がホルモンと神経系です。ホルモンは甲状腺、副腎皮質、卵巣、精巣などの内分泌器官でつくられて、血液を通って細胞に情報を伝えます。伝えたい細胞のレセプター(受容体)にくっついて令令を伝えます。レセブターに人工化学物質がくっついてホルモンが乱されるのが環境ホルモン問題です。
ホルモンは今は内分泌器官からのものだけでなく、体内で情報伝達のためにつくられる化学物質すべてを呼ぶようになっています。 3つのネットワークも密接に関係しあって、化学物質を媒体として情報交換、クロストークをしているのだといわれています。ホルモンは体の化学組成の調整、器官の新陳代謝、エネルギー源の平衡、ストレスから守る、成長の促進、性差を決めるなどの働きをしています。一番乱されやすいのは胎児や乳幼児の期間で、男性ホルモン、女性ホルモンという生殖に関するホルモンです。また甲状腺ホルモン低下による脳の発育阻害、副腎皮質ホルモンも乱されているといわれています。
3つのネットワークには密接な関係があって、ストレスが強くなると免疫機能が低下するなどの心身相関があります。体の外から刺激を受けると、脳内の視床でうけとめ、大脳皮質、辺縁系をとおして視床下部に伝える。ここは心身相関のかなめ、3大ネットワークのかなめになっています。視床下部は自律神経のかなめでもあり、刺激ホルモンを出してホルモンを調整する下垂体前葉をコントロールすることで内分泌系もつかさどっています。
免疫とは
免疫には二種類あります。自然免疫は生まれついてのもので、ナチュラルキラー細抱、好中球などが細菌を攻撃し、その死骸がうみです。獲得免疫は、細菌などが入ってきてできるもので、キラーT細胞、ヘルパーT細胞、サプレッサーT細絶というTリンパ球や、抗体をつくるBリンパ球などいろいろな細胞が協力しあって発揮されます。 免疫細胞どうしの情報交換物質サイトカインを共通語としているので、環境ホルモンが3つのネットワークに影響してしまうのではといわれています。
アレルギーは、過剰免疫反応といって、免疫作用が必要なくなった時に抗体を抑えるサプレッサーT細胞が少なくなっておこります。自分の細胞を敵と見誤って攻撃する自己免疫疾患など、免疫異常の病気が増えています。
環境ホルモンの影響では、男性は精子減少、停留睾丸、尿道下裂などの性器異常、女性は特にダイオキシンとの関係がいわれる子宮内膜症、男女を問わず問題なのがアトピー、多動症などです。まだわからないことだらけですが、影響を一番受けるのは胎児期、乳幼児期ということははっきりしています。たくさんのホルモンの働きで脳や体がつくられる時期であることと、成人にある解毒機構がない、血液脳関門がないことなどによります。
環境ホルモンのメカニズム
環境ホルモンがホルモンを乱すメカニズムは、レセプターにくっついて細胞に命令がきたと勘違いさせる、場所を占めてほんもののホルモンがレセブターにくっつけなくなる、別のレセプターにくっつくことによって間接的に阻害する、必要なくなったホルモンの分解をさまたげる代謝異常、水にとけにくいステロイドホルモンを運ぶ輸送たんぱくをつくれなくする働きなど色々ありますが、今後さらにわかってくると思います。
母乳論争
お母さんたちの質問で多い、母乳を飲ませて大丈夫だろうかということについてお話します。九州大学の長山淳哉先生が発表した、母乳保育の方がアトピー性皮膚炎発症率が高いというグラフ、これがきっかけで母乳論争がおこりました。厚生省の乳児検診のアンケート調査数字をもとにNGOが作成したものですが、これは誤解をまねくグラフで、長山先生が訂正したグラフを出しています。訂正したグラフでは、母乳と人工乳、混合乳は有意差があるほどではなく、ただ傾向として母乳の方が高いことはいえるということです。
母乳からのタイオキシンの移行が胎盤からの400倍だとして、母乳期が一番問題とされましたが、感受性といって影響は胎児期の方が大きいのではということがいわれています。また、母乳に出るということは母親の血液中の濃度が高いということで、とすれば胎盤からも子どもに行っていることになります。
ダイオキシン、PCBなどは水にとけにくいために排出しにくいのてすが、母乳は脂肪分が高いので、血液中の10倍以上の濃度で一気に排出する経路となります。母乳にはダイオキシンだけでなく、PCB、BHC、DDTなどか含まれています。
母乳中のダイオキシン濃度はこの25年間に半減しています。私は25歳と23歳の娘がいますが、働きなから職場の保育所に子どもをあずけて母乳を続けました。母乳で子どもを育てるのは哺乳類として一番基本的な当然のことで、こんなことで乱されて、それを母乳を飲ませるかどうかということで解決しようとしているのは非常に問題です。厚生省は、今は25年前の半分で、25年前の子どもに異常かないから、現在は心配する必要がないといいますが、母乳が汚されない状態をつくることこそ必要です。
横浜国大の益永先生のデータでは、かって使われていた除草剤のPCP、CNPによるダイオキシン汚染がひどかったということです。ただし、母乳中の濃度が滅ったのは輸入食品を食べるようになったからともいわれています。
母乳中のダイオキシンの影響ですが、サプレッサーT細胞が少なくなることとアトピー性皮膚炎とが関係しているといわれています。長山先生は、DDTの方が甲状腺ホルモンの低下と相関が強くでていると指摘しています。
母乳をどう考えたらいいか
母乳を総合的に考えると、汚染物質が含まれていることは事実ですが、専門家は全部やめるのではなく、離乳期を早めたらと言っています。しかし、化学物質は最初の3ヵ月でほとんど出てしまうし、母乳をやらないことのデメリット、心配しすぎることの精神的な影響、胎盤からすでに入っていることなどを考えると、悩むよりはせめてゆったりした気持ちで母乳で育てていきながら、いのちを守り育てる母親が社会全体から汚染をなくすよう声をあげていくしかないと答えています。といっても、なかなか納得してもらえませんが。
胎盤には有害物質を遮断する働きがありますが、化学物質には対応できず通してしまいます。通ってしまう物質としてはニコチン、サリドマイド(精神安定剤)、DES、水俣病の有機水銀、ダイオキシン、PCBなどがあります。研究がすすめばもっと増えるでしょう。影響が一番大きいのは妊娠初期で、形態異常は5〜8週、機能異常が8週、脳への影響は36週といわれます。
ピルの解禁が言われていますが、高濃度で影響が大きく、排出されても分解しないからまさに環境ホルモンそのもので、英国などで見直しの動きが出ているこの時になぜ解禁なのか疑問です。
薬や化学物質にたよらず、食事、休息、自然治癒力を高めることが必要です。消費者としても賢くなりながら身を守っていく、社会的には、利便性、経済性より、安心して子どもを産み母乳をやれる社会をめざすため、不便でも安全なものをえらびたいものです。研究者としても、わからないことが多いのだから、疑いがあれば対策をとるという予防原則の立場に立たなければと思います。

5.乳幼児用プラスチック製品テスト(大阪市)
大阪市消費者センターの
乳幼児用プラスチック製品テストの結果から
−フタル酸エステル・ビスフェノールA−
大坂市消費者センターで、1998年度の商品試買テストとして、消費者の関心が高い、環境ホルモンと疑われているフタル酸エステル8種、およびビスフェノールAの水への溶出試験を行った。対象物は乳幼児がロに入れる可能性のあるプラスチック製品(歯ブラシなどの生活用品やおもちゃ)42品目で、現時点での商品選択の手がかりや使用上の注意点についても検討している。
テスト結果
(1) | 溶出試験の結果、口に含むタイプの製品21品目(生活用品12、おもちゃ9)については、すべて溶出は認められなかった。通常口に含まないタイプの製品21品目(全部おもちゃ)中14品目から、フタル酸ジプロピル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジエチルヘキシルの3種全部またはフタル酸ジプロピル、フタル酸ジエチルヘキシルのいずれか一方の溶出が認められた。また、検出した14件中10件からビスフェノールAの溶出も認められた。
物質名 | 検出品目数 | 溶出量(mg/l) |
フタル酸 ジ-n-プロピル | 3 | 0.014-0.025 |
フタル酸 ジ-n-ブチル | 1 | 39 |
フタル酸 ジ-2-エチルヘキシル | 12 | 0.74-210 |
ビスフェノールA | 10 | 0.12-0.62 |
- 溶出量は、20gの試料を水100mlに浸し、40℃で2時間振とうさせた溶出液を分析したもの。
- 残りの5種のフタル酸エステルの溶出は、全品目とも認められなかった。
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(2) | フタル酸エステルは、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデンのほか、ゴムなどの可塑剤として使用されている。一方、ビスフュノールAはポリカーボネー卜、エポキシ系樹脂などの原料のほか、ポリ塩化ビニルの安定剤や酸化防止剤としても使用されている。
今回の結果では、溶出が認められた14件中13件までが手で触って柔らかいと判断していたものであった。この溶出が認められた14件中2件はポリ塩化ビニルと判読できる材質表示があり、1件には「ソフトビニール」との表示があった。さらに成分分析の結果、全42件中16件から塩素の存在が認められたことにより、材質としてポリ塩化ビニルなどの含塩素樹脂の可能牲が考えられたが、フタル酸エステルなどか溶出した14件はすべてこのうちに含まれていた。
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(3) | 今回調査した製品には材質表示がなされていないものが多かった。
生活用品の一部は、家庭用品品質表示法の対象品であるためか、12件すべてに材質表示が行われていたが、おもちゃに関しては30件中4件しか材質表示は行われていなかった。特に、口に含んで使用することを前提としたおもちゃでさえ、材質表示があったものは9件中わずかに1件にすぎなかった。
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調査及び検査結果一覧表(抜粋)
分類:おもちゃ/口に含まないタイプ (単位:mg/l)
No. (*4) | 小分類 | 検体名 | 製造国 | 材質表示 (部分例) | 硬さ (*1) | フタル酸 ジプロピル | フタル酸 ジブチル | フタル酸 ジエチル ヘキシル | ビス フェノールA | 塩素の 有無 (*3) |
22 | ガラガラ | キャラクター@ | 日本 | ソフトビニール、 スチロール | C | ND | ND | 5.4 | 0.23 | ○ |
23 | キャラクターA | 中国 | 頭部:塩化ビニール 体:ABS | A | 0.014 | ND | ND | ND | ○ |
24 | ガラガラ | 日本 | | B | ND | ND | ND | ND | × |
25 | 知育玩具 | おさわりおっぱい | 中国 | | A | ND | ND | ND | ND | × |
26 | キャラクター 人形 | キャラクター@ | 日本 | | A | ND | ND | 210 | ND | ○ |
27 | キャラクターA | 中国 | | A | ND | ND | 2.4 | 0.15 | ○ |
28 | キャラクターB | | | A | ND | ND | 51 | 0.28 | ○ |
29 | キャラクターC | 日本 | 軟質塩化ビニール樹脂 | A | ND | ND | 60 | 0.16 | ○ |
30 | くまの人形 | オランダ | | C | ND | ND | ND | ND | × |
31 | 空気吹込型 人形 | キャラクター@ | 日本 | | A | ND | ND | 10 | ND | ○ |
32 | キャラクターA | 中国 | | A | ND | ND | 2.3 | 0.2 | ○ |
33 | キャラクターB | 中国 | | A | ND | ND | 0.74 | 0.16 | ○ |
34 | キャラクターC | 中国 | | A | ND | ND | 1.5 | 0.15 | ○ |
35 | ボール | キャラクター@ | 日本 | | A | ND | ND | 6.1 | ND | ○ |
36 | キャラクターA | 日本 | | A | 0.024 | 39 | 87 | 0.62 | ○ |
37 | キャラクターB | 中国 | | A | 0.025 | ND | ND | 0.20 | ○ |
38 | スーパーボール | | | B | ND | ND | ND | ND | × |
39 | 果物等 | リンゴ | 中国 | | A | ND | ND | 14 | 0.12 | ○ |
40 | 果物セット | 中国 | | B | ND | ND | ND | ND | ○ |
41 | 野菜果物セット | 日本 | | B | ND | ND | ND | ND | × |
42 | 輪投げ | 輪投げセット | アメリカ | | B | ND | ND | ND | ND | × |
ND:検出下限値未満(各物質の検出下限値は右及び下記(*2)の通り) | 0.002 | 0.097 | 0.12 | 0.037 | - |
注(*1) | A:柔らかい B:やや柔らかい C:硬い |
注(*2) | 下記はいずれも検出下限値( )未満であった。 |
| フタル酸ジエチル(0.082) フタル酸ジベンチル(0.007) フタル酸ジヘキシル(0.012) フタル酸ブチルベンジル(0.025) フタル酸ジシクロヘキシル(0.025) |
注(*3) | ○:塩素を検出 ×:塩素を検出せず |
注(*4) | 検体NO.1〜21の口に含むタイプの製品一覧表はフタル酸エステル、ビスフェノールAともに未検出なので割愛 |
その他: | 対象年齢、価格、テスト箇所は割愛 |
- 考察
- 検出が認められた検体が「40℃の水に浸して2時間振とう」という条件で溶出していることは、乳幼児がなめたり噛んだりしたときに溶出することが当然考えられる。
- フタル酸エステルの量は柔らかいものほど多量に含まれている可能性がある。
- 材質表示に関して、体内に化学物質を取り込むことを避けたい消費者にとっては、製品の材質や添加剤は表示をすべきだと思われる。
(資料) | 「乳幼児用プラスチック製品から溶出するフタル酸エステル等について」 |
| 1999年4月12日 大阪市消費者センター |
| (大阪市中央区舟場中央1-2-1-130) |
| 電話 06-6262-4775 |