ピコ通信/第152号
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欧州放射線リスク委員会(ECRR)による
チェルノブイリ事故の犠牲者数と 福島第一原発 低放射線曝露によるがん発症者数予測の紹介 ■はじめに 福島第一原発事故で大量に放出された放射性物質による汚染について、原発を推進する日本政府や東京電力、そして多くの学者や解説者はメディアを通じて、「直ちに身体に影響がでるレベルではない」と繰り返し、安全性を強調しています。しかし、これは、高レベル放射線曝露による急性障害はないと言っているだけです。それでは、低レベル放射線曝露の長期的影響はどうなのでしょうか? 放射能の影響は高レベル曝露による急性障害だけでなく、低レベルであっても内部被爆により10年、20年後に発症するかもしれない晩発性障害(がん、心臓病、免疫系、先天性障害、DNA損傷の影響など)もまた、大きな問題であると指摘する国際的な学者のグループがあります。 原子力に関し国際的に"権威"ある機関として、国際原子力機関(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)などがあり、原子力に関連する様々なデータや放射線曝露評価モデルなどを持っています。 一方、これらの機関は原発推進勢力と強いつながりがあり、真に人々の健康を守ることはできないと批判している欧州放射線リスク委員会(ECRR)という学者グループがあります。 本稿では、これらの学者グループが主張するチェルノブイリ原発事故の犠牲者数や、福島原発事故の低レベル放射線曝露の影響予測を紹介します。 ■「レベル7」 福島第一原発事故発生1か月後の4月12日、事故の国際評価尺度がチェルノブイリ事故と同じ「レベル7」に引き上げられました。 原発は安全であると宣伝してきた日本政府と東京電力は、事故発生直後の認識が甘かったのか、あるいは事故を小さく見せたかったのか、4月12日にまず「レベル4」と発表し、3月18日に「レベル5」と小刻みに上げ、4月12日に「レベル7」と発表しました。 しかし、日本政府/経済産業省、国際原子力機関(IAEA)やフランス、中国など原発を推進する国の機関は、福島の放射性物質の放出量はチェルノブイリの1割程度であり、死者も出ておらず、チェルノブイリとは大きく異なると声高に主張しました。 また、"1割"の放出の中には勘定に入れていない"高濃度"汚染水がすでに海に流出しており、さらに、大量の"低濃度"汚染水が意図的に海に放出されました。高濃度汚染水の放射能放出量は年間許容放出量の約2万倍に相当すると報道されています。 しかし、今までの政府や電力会社の情報隠しの経験から、発表されたチェルノブイリの"1割"という放出量や海への放出量、さらには広域の放射能汚染は、被害を小さく見せるために、少なめに発表しているのではないかと疑いたくなります。今後、放出量とその根拠は、きちんと検証されなくてはなりません。 1986年4月26日にチェルノブイリで爆発事故を起こした原子炉は1基ですが、福島では1〜3号機の原子炉とその燃料保管プール及び4号機の燃料保管プールが危険な状態にあり、環境中に放射性物質を放出し続けています。 東電の発表した収束のための工程表の実現には様々な困難があると言われており、工程表どおり、簡単に収束するとは思えません。工程が遅れれば、さらに長期にわたり、放射性物質を環境中に放出し、環境を汚染し続ける可能性が十分にあります。また、いつ大量の放出や直接的な人的被害をもたらす事故が起きるか予断を許しません。 ■チェルノブイリでの犠牲者数 1986年4月26日、旧ソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリで4基ある原子炉のうちの1基(4号炉)が暴走して爆発/火災を起こし、多くの死者/被災者を出しました。そしてロシア及びヨーロッパを中心とした広範な地域に放射能をまき散らしました。 同原発での高レベル放射線への曝露による直接的な死亡者は、原発職員、消防士、軍人など33人であったと言われています。しかし、周辺地域での高レベル放射線曝露による急性障害、及び広範な地域での比較的低レベルの放射線曝露による晩発性障害(がん、心臓疾患、免疫障害、先天性障害、遺伝的影響など)による被害者/死亡者数は、事故の評価に対する立場により大きく異なります。 原発を推進する立場であるIAEAは、チェルノブイリ事故による死者を4,000人と発表しましたが、後述するようにIAEAとの間に協定のあるWHOは、それを追認したと言われています。しかし、ECRRのメンバーでもあるロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士らによる著書『チェルノブイリ:大惨事の環境と人々へのその後の影響』は、公開された医学的データに基づき、事件の起きた1986年から2004年までの18年間に98万5千人が亡くなり、死者数はさらに増え続けているとしています(注1)。 ■シェルマン博士 ビデオ・インタビュー この本への寄稿者の一人であるジャネット・シェルマン博士は、環境クローズアップというアメリカのインタビュー番組で『チェルノブイリ:100万人の死者』と題する番組に出演し、次のようにインタビューに答えています(注1)。
■福島の事故で「死人が出たか?」 「放射能は思われているほど危険じゃない」、「プルトニウムも危険じゃない」、「今回の事故で、じゃあ死人が出ましたか?」と、発言した女性評論家がいます。このような発言は、ダイオキシンが議論された時にもありました。 確かに、高レベル放射線への曝露による急性障害で死人が出たとの発表は、まだありません。国も"直ちに身体に影響が出るレベルではない"との説明を繰り返しています。しかし、"10年、20年後"の身体への影響はどうなのでしょうか? ■欧州放射線リスク委員会(ECRR) 国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線防護に関する勧告をする世界の"権威"であり、その放射線被爆評価モデルはICRPモデルと呼ばれています。このモデルの疫学的ベースは、日本の原爆被爆生存者の研究などに基づく高線量の外部被曝であり、内部被曝を過小評価していると言われています。 一方、ICRPモデルでは低放射線曝露の影響から市民を守ることができないと主張する科学者のグループが、欧州議会の環境派グリーンズの支援を得て、1997年に欧州放射線リスク委員会(ECRR)を設立しました。 ECRRは、全ての科学的情報を自身で評価し、最も適切な科学的枠組みを用いて、予防的アプローチを取りつつ、放射線への曝露による被害の最良の科学的予測モデルを開発するとしています(注2)。 ■ECRR放射線被爆評価モデル ECRRは、2003年に最初の勧告(ECRR 2003: 放射線リスクに関する欧州委員会勧告−放射線防護を目的とする低線量放射線曝露の健康影響)を発表しました(注3)。 このモデルは、内部被曝を重要視しており、歴史的な吸収線量データと既知の元素の物理−化学的挙動を用いつつ、疫学的データと科学的根拠に基づいており、曝露を受けた集団の観察をよく説明することができるとしています。日本語、ロシア語、フランス語、スペイン語に翻訳されました。 また、このモデルは、2010年にECRR 2010として改訂されました(注2)。 ■福島原発低レベル放射線曝露によるがん発症者数予測 欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学委員長クリス・バスビー教授は、日本の放射性降下物汚染地域で予測されるがん発症の計算を発表しました。彼は、IAEA及び日本の公式ウェブサイトのデータを使用して、がん発症数を推定するために、ふたつの方法を用いました。そして、これらの結果を国際放射線防護委員会(ICRP)のモデルによる結果と比較しました(注4)。 ▼トンデル・モデル ひとつは、スウェーデン北部でマーチン・トンデル博士により実施された研究に基づくトンデル・モデルです。この研究はチェルノブイリ後10年間のがん発症率を検証したもので、土壌汚染のレベルの変動で差異が生じ、地表1平方メートル当りの放射性降下物の放射能量100キロベクレル(kBq)(注6:単位)毎に、がんが11%増加するという発見に基づくものです。 バスビー教授は、この係数を福島第一原発から100kmの範囲の地域に適用しました。この地域についてIAEAは、1平方メートル当り平均 600kBqの放射能を報告していました。したがって、この100km地域の人口330万人の中で、今後10年間で事故前よりも66%のがん発症増加が予測されるとしています。これは2012年から2021年の間に福島原発による曝露で103,329の余分ながんが発症することを意味します。 福島原発から200kmと100kmの間のドーナツ地帯の人口780万人に、100km以内より低い放射能量で"トンデル"モデルを適用すると、2021年までに120,894の余分ながんが発症することになります。 住民がそこに住み続け避難しないと仮定するなら、"トンデル"モデルによるがん発症件数の合計は10年間で 224,223 となります。 ▼ECRRモデル 第二の方法は、生体で様々な放射性核種が様々な挙動をするということに基づき、ECRRが勧告する重み係数から引き出すものです。このモデルでは、100km圏内で191,986、100〜200kmのドーナツ部で224,623の余分ながん発症が予測されます。これらの半分が最初の10年間で発症し、残りは10〜50年の間に発症すると仮定します。 住民がそこに住み続けると仮定するなら、この第2のモデルによるがん発症件数の合計は416,619であり(編注:合計すると416,619ではなく、416,609となる)、そのうち 208,310 が最初の10年間で発症することになります。したがって、トンデル・モデルとECRRモデルは概略一致していると言うことができます。 ▼ICRPモデル ICRPモデルは、50年間で余分ながん発症は 6,158 としています。一方、半世紀の間にがんの発症は通常250万が予測されるといわれており、それに比べてICRPモデルによる発症数は非常に少ないことになります。 以上がクリス・バスビー 教授の試算です。 ■ECRRレスボス宣言 レスボス宣言(注5)は、ギリシャのレスボス島モリボスで開催されたECRRの国際会議で、日本人も含む世界の17名の科学者の署名の下に2009年5月6日に発表されました。この宣言では、ICRPモデルの問題点を次のように指摘しています。
また、このレスボス宣言は、「ICRP リスク係数は時代遅れであり、これらの係数を使用すると、放射線リスクは著しく過少評価されたものになる」、「予防的アプローチを採用し、機能する十分に予防的なリスクモデルがない場合には、不当に遅らせることなく、現状の観察に基づくリスクをより正確に反映したECRRリスクモデルを適用することを強く促す」などの主張や強い提言をしています。 ■結論 ICRPの勧告は、"権威"あるものとして、日本を含む世界各国の原子力安全規制のベースとなっていることは事実です。しかし、私たち市民は、低放射線曝露の長期的な影響の検証には、被害を小さく見せる"権威"だけを盲目的に信じるのではなく、ICRPよりもっと厳しい、人の安全側に立ったECRR勧告があるということを知ることが重要であると思います。 「直ちに身体に影響がでるレベルではない」という説明には、低レベル影響は心配不要であるとし、"原発は安全である"と言い抜けたい政治的な意志が強く感じられます。 また、長崎/広島の被爆者や水俣病被害者について、高レベル曝露による急性障害には目を向けるが、低レベル曝露による影響は軽視して、補償範囲を拡大させないようにした日本政府の対応と、あい通ずるものであると思います。 (安間武) 注1:Chernobyl: A Million Casualties(チェルノブイリ:100万人の死者)/ジャネット・シェルマン博士とのビデオ・インタビュー 2011年3月 http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/info/Chernobyl:%20A%20Million%20Casualties/ 注2:欧州放射線リスク委員会(ECRR)ECRR 勧告2010 序文、第1章ECRRについて http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nuclear/articles/ECRR_Recommendations_2010_Preface.html 注3:欧州放射線リスク委員会2003 年勧告 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No99/yamauchi041215b.pdf 注4:2011年4月1日 低レベル放射線キャンペーン(LLRC) 2061年までに福島200km圏内汚染地域で417,000件のがん発症が予測される http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nuclear/articles/LLRC_110401_417000_cancers.html 注5:ECRRレスボス宣言2009年5月6日 http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nuclear/articles/ECRR_Lesvos_Declaration_2009.html 注6:放射能の量[Bq]と放射線の強さ[ [Sv] (出典:ウイキペディア)
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