発行日:2010年5月24日
発行:化学物質問題市民研究会
ピコ通信/第141号
2010年5月21日
国際NGOsがEPA長官へ手紙
メキシコ湾の原油流出汚染の修復のための
ナノ使用に反対

オリジナル・レター
Letter to EPA re use of nano for oil spill clean-up, May 21, 2010
http://xa.yimg.com/kq/groups/20183530/799657521/name/Oppose_G.E.T_05212010.pdf

このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/tsuushin/tsuushin_10/pico_141_nano_dispersant.html


 4月20日に起きた英石油メジャーBPのメキシコ湾沖(米ルイジアナ州)の石油掘削施設の事故により大量の原油が流出していますが、その汚染修復のために、米グリーン・アース・テクノロジー社が工業用ナノ粒子からなる分散剤を大量にメキシコ湾に撒くことについて米EPAに承認を求めようとしています。
 これに関し、米環境団体FoE(地球の友)を中心に、当研究会を含むナノの問題に取り組んでいる世界のNGO 16団体が連名で5月21日付けのレターを米環境保護庁長官に提出しました(編集注1)。
 この事故は2010年4月20日に、米ルイジアナ州のメキシコ湾沖合80kmで操業中のBPの石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」の爆発で、海底約1.5kmの掘削パイプが折れて海底油田から大量の原油がメキシコ湾全体へ流出したというものです。
 5月21日のCNNによれば、BPは流出元となっている油田のパイプにチューブをつないで原油を吸い上げる作業を実施しており、この作業で日量約5000バレル(約80万リットル)の原油を回収しているが、当初の予想を大幅に上回る量の原油が流出しているとしています。BPは、回収されずに流出を続けている原油がどの位の量になるのかは明らかにしていませんが、世界最大級の海洋汚染をもたらしていると言われています。また分散剤の大量散布による二次汚染が懸念されています。

---------------------------------------
2010年5月21日
米環境保護庁長官 リサ・ジャクソン殿
---------------------------------------

親愛なるジャクソン長官

 最近、メキシコ湾で起きた原油流出事故による汚染を修復するために、グリーン・アース・テクノロジー社が大量の工業用ナノ粒子をメキシコ湾に撒くことについてEPAの承認を求めようとしていることが私たちの注意を引いています。ナノテクノロジーにより作り出された"完全にグリーン"な製品を売っていると主張するこの営利会社は、メキシコ湾における英メジャー(国際石油資本)BP社の石油採掘施設の油流出事故の影響を受けた地域に、G-Marine Fuel Spill Clean-UP!/G・マリーン漏洩油浄化!油分散剤(ナノ乳化テクノロジー)を陸上及び水中に撒き散らすことを望んでいます。

 末尾に署名した公益組織はEPAが、ナノスケール化学物質と300ナノメートル(nm)以下の化学物質を環境中に放出しようとする今回及びその他の同様なプロジェクトを承認しないよう要請いたします。今回の場合、同社は彼らの製品は1〜4nmの粒子からなると主張しています。工業用ナノ粒子はヒト、哺乳類、そして水生生物に有毒であることが示されています。

 私たちは油流出により及ぼされたとてつもない難題を理解しています。しかし、二つの汚染はともに正当化することができません。更なる汚染を放出することにより、この危機的な状況をさらに悪化させることは、特にナノ粒子はいったん環境中に放出されると回収することができないことを考えれば、許されるべきではありません。私たちはこの無責任で、非科学的で、危険な実験に完全に反対します。

 私たちは、"ナノ乳化テクノロジー"で使用されている今回のナノ粒子について正確には知っていません。それはこの情報は同社の企業秘密であるとされているからです。しかし、私たちはナノスケールで製造されるほとんどの化学物質は、独自で潜在的な有毒性を持っていることを知っています。
 ナノスケールからもたらされるいくつかの新たな特性は望ましいかもしれませんが、このスケールの物質はまた新たな毒性学的リスクをもたらすことがあります。ナノ粒子は単位重量当たり非常に大きな表面積を持ち、このことは同じ化学的成分からなるより大きな粒子に比べて、より大きな化学的反応性、生物学的活性、及び触媒的作用をもたらします。

 残念ながらナノ物質の大きな化学的反応性と生物学的利用能はまた、大きな同一成分粒子に比べてナノ粒子の単位重量当たりの毒性をより大きくします。毒性に影響を与えるナノ物質のその他の特性には、化学的成分、形状、表面構造、表面電荷、触媒的作用、凝集化又は脱凝集化の程度、そしてそのナノ物質に添加される他の化学物質の有無などがあります。

 また、工業用ナノ粒子が食物連鎖に入り込んで小さな生物から大きな生物へ移動することができることを示す科学的な証拠があります。このことは工業用ナノ粒子の有毒性が動物の食物連鎖中で蓄積する可能性があることを意味します。さらなる研究が工業用ナノ粒子は環境中の重要な微生物にダメージを与えることがあることを示しており、これは生態系や下水処理に役立つ微生物に影響を与えることがあることを意味します。魚類や無脊椎動物に低濃度で有害であることを示す証拠が報告されています。微生物と植物への生態毒性影響も多くの研究で報告されています。

 特に、ナノ粒子はゼブラフィッシュ、ミジンコ、藻類、無脊椎動物、ニジマスなどの水生生物に有毒です。その他のナノ粒子はミミズや重要な作物にも有毒であることを示しています。あるナノ粒子は、生命の根幹であるDNAを損傷することが発見されています。このような結果をもたらす潜在的な問題が報告されているのだから、これらの工業的ナノ粒子の広範な散布に対しては予防的アプローチをとることが自然な対応であるように見えます。
 私たちは、EPAがメキシコ湾における流出油の浄化のためのこのプロジェクトに反対し、真に環境的に安全な方法を求めることを希望します。

(賛同16団体。本稿では氏名は省略)
▽Beyond Pesticides▽Center for Environmental Health▽Citizens Against Chemicals Pollution(化学物質問題市民研究会)▽ETC Group▽Food and Water Watch▽Friends of the Earth▽GE Free Latin America▽Institute for Agriculture and Trade Policy▽Madison Environmental Justice Organization▽Nanotechnology Citizen Engagement Organization▽Oilwatch▽The Edmonds Institute▽The International Center for Technology Assessment▽The Loka Institute▽Renanosoma▽Toxisphera

■米EPAの対応
 BPの油漏れ事故に対して米EPAは専用のウェブページを立ち上げ、その状況とEPAの対応を逐次、発表しています。
http://www.epa.gov/bpspill/
 5月20日には、分散剤(dispersant)による汚染を監視するために、"分散剤監視評価指令"を出しました。同日のプレスリリースでは、BPは毒性の低い分散剤を使用するよう求めています。

■G.E.T.社のアピール
G-Marine Fuel Spill Clean-UP!/G・マリーン漏洩油浄化!油分散剤(ナノ乳状テクノロジー)
 グリーン・アース・テクノロジー(G.E.T)社は、この油漏れ事故にナノテクノロジーを使用した分散剤により対応できると、次のようにアピールしています。
 G.E.T. PRODUCT G-MARINE Fuel Spill Clean-UP! は植物由来成分、水ベース成分、生物分解性成分の独自の混合物であり、素早く乳化し、漏洩した燃料や油を包み込む。これらの植物由来の成分はコロイド状のミセル(訳注:界面活性剤が集合した構造体。外側が親水で内側が疎水)を形成するよう作られており、その微小粒子(1〜4 ナノメートル)はオイルやグリース中の長鎖ハイドロカーボン結合に浸透してそれらを分解することができ、水と混ぜるとそれらをコロイド状懸濁液中に保持することができる。オイルがナノ・コロイド状懸濁液中に浮遊すると逆エマルジョンは起こらず、オイルは水溶性になり、水中のバクテリアによって分解される。この分散剤は米労働安全衛生局(OSHA)基準CFR-1910 1200 に基づく取引秘密によって保護されている。成分リストは米EPAによって受理されており、OSHAによる有害であるとみなされる成分は含んでいない。
(安間 武)



編集注1:オリジナルレター
Letter to EPA re use of nano for oil spill clean-up, May 21, 2010

関連情報


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る