ピコ通信/第69号
発行日2004年5月22日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 厚労省がシックハウス症候群などの「知見」発表/(化学物質過敏症)患者の存在は否定できない
  2. 環境省・化学物質過敏症の研究結果発表
  3. 厚労省がアセトアルデヒドの室内濃度指針値の見直し着手
  4. 東京都・化学物質の子どもガイドライン「殺虫剤樹木散布編」発表
  5. 海外情報/携帯電話は有毒廃棄物に−使用済み携帯電話の有毒性に関する最近の調査−
  6. 化学物質問題の動き(04.04.21〜04.05.21)
  7. お知らせ/編集後記
厚労省がシックハウス症候群などの「知見」発表
(化学物質過敏症)患者の存在は否定できない


 厚生労働省健康局生活衛生課から2月27日、「室内空気質健康影響研究会報告書:〜シックハウス症候群に関する医学的知見の整理〜」が公表されました。
 これまで、「化学物質過敏症」が正式に認められていないために、健康保険をはじめ様々な困難を抱えてきたため、化学物質過敏症患者の方たちが首を長くして待っていた報告です。
 結論は、シックハウス症候群については 「医学的に確立した単一の疾病というよりも、問題のある住宅において見られる健康障害の総称」 であり、化学物質以外の環境因子によっても同様の症状が起こるので、十分な除外診断が必要。
 また、化学物質過敏症については、その発症メカニズムは解明に到っていないが、 「環境中の種々の低濃度化学物質に反応し、非アレルギー性の過敏状態の発現により、精神・身体症状を示す患者が存在する可能性は否定できない」。
 今後は、化学物質過敏症の「病態解明や治療法及び予防法の確立のための研究の更意を得た診断基準を暫定的にでも策定する必 要がある」などとしています。以下に概要を紹介します。

◆報告書の概要(抜粋)

 室内空気質健康影響研究会は、室内空気質の健康影響について、これまでに実施されてきた調査研究で得られた医学的知見を整理することを目的として開催されたものであり、主として「シックハウス症候群」及び 「MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)/化学物質過敏症」 の2つの論点について議論を行ってきた。本研究会報告書の概要は、以下の通りである。

1.シックハウス症候群について

(1)健康障害の総称としてのシックハウス症候群
 シックハウス症候群は医学的に確立した単一の疾病というよりも、「居住者の健康を維持するという観点から問題のある住宅において見られる健康障害の総称」を意味する用語であると見なすことが妥当である。
 これまでに得られた知見によれば、(1)皮膚や眼、咽頭、気道などの皮膚・粘膜刺激症状及び(2)全身倦怠感、めまい、頭痛・頭重などの不定愁訴、が訴えの多い症状であることが示されている。その原因については、化学物質等居住環境における様々な環境因子への暴露が指摘されているが、全てが解明されるに至っていない。

(2)発症関連因子としての化学物質
 シックハウス症候群の主な発症関連因子として、建材や内装材などから放散されるホルムアルデヒドや、トルエンをはじめとする揮発性有機化合物が指摘されている。
 ホルムアルデヒドについては、0.08ppmという建築物衛生関係法令上の基準値が定められている。皮膚や粘膜に障害のない者については、当該基準値をわずかに上回った濃度の暴露を受けたとしても直ちに影響が生じることはないと考えられるが、アトピー性皮膚炎や気管支喘息をはじめとするアレルギー関連疾患等がある者では、当該基準値を上回る濃度での暴露が持続した場合、皮膚や粘膜の症状が増悪するおそれがある値でもある。

(3)化学物質以外の環境因子の関与
 皮膚・粘膜刺激症状や不定愁訴を誘発する要因は必ずしも化学物質だけではない。皮膚・粘膜刺激症状はアレルギー疾患や感染症などの患者でも高頻度に認められる症状であり、また、温度、湿度及び気流等の温熱環境因子が増悪因子となりうる。
 また、全身倦怠、めまい、頭痛・頭重などの不定愁訴は、各種疾患により生じるほか、温熱環境因子、生物因子(感染症)、照度、騒音及び振動等の様々な物理的環境因子、精神的ストレスなどが発症・増悪に関連することから、化学物質がかかる症状の関連因子であると判断するためには、十分な除外診断が必要である。

(4)室内濃度指針値とシックハウス症候群との関連
 指針値をわずかに上回る濃度での化学物質の暴露を受けた者が、粘膜刺激症状などの症状を訴えた場合に、「シックハウス症候群」と判断される場合があるなど、当該指針値を巡って「シックハウス症候群」についての誤解も見受けられる。
 そもそも指針値は、化学物質により「シックハウス症候群」を引き起こす閾値を意味する値ではない。そのため、室内環境での濃度が指針値を超過していることだけをもって、直ちに、当該化学物質が症状誘発の原因であると判断することは必ずしも適当ではなく、症状誘発の関連因子を特定するためには、慎重かつ適切な臨床診断に基づく総合的な検討が必要である。

2.MCS/化学物質過敏症について

(1)非アレルギー性の過敏状態としてのMCS/化学物質過敏症
 化学物質が生体に及ぼす影響には、これまで、中毒とアレルギー(免疫毒性)の2つの機序があると考えられてきた。これに対し、近年、微量化学物質暴露により、従来の毒性学の概念では説明不可能な機序によって生じる健康障害の病態が存在する可能性が指摘されてきた。
 当該病態については、様々な概念及び名称が提唱されているものの、国際的にはCullenが提唱した「MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)」の名称が、また、わが国では石川らが提唱した「化学物質過敏症」の名称が一般に使用されている。

(2)MCS/化学物質過敏症に関する臨床研究報告
 MCS/化学物質過敏症として報告されている症候は多彩であり、粘膜刺激症状(結膜炎、鼻炎、咽頭炎)、皮膚炎、気管支炎、喘息、循環器症状(動悸、不整脈)、消化器症状(胃腸症状)、自律神経障害(異常発汗)、精神症状(不眠、不安、うつ状態、記憶困難、集中困難、価値観や認識の変化)、中枢神経障害(痙攣)、頭痛、発熱、疲労感等が同時にもしくは交互に出現するとされている。

(3)MCSに関する国際学会等の見解(省略)

(4)化学物質過敏症の呼称について
 非アレルギー性の過敏状態としてのMCSの発症メカニズムについては多方面から研究が行われており、最近では、中枢神経系の機能的・器質的研究と、心因学説に立脚した研究報告が多数なされているものの、決定的な病態解明には至っていない。
 しかしながら、その発症機序の如何に関わらず、環境中の種々の低濃度化学物質に反応し、非アレルギー性の過敏状態の発現により、精神・身体症状を示す患者が存在する可能性は否定できないと考える。
 本研究会としては、「化学物質過敏症」という名称のこれまでの使用実態に鑑みると、非アレルギー性の過敏状態としてのMCSに相当する病態を示す医学用語として、「化学物質過敏症」が必ずしも適当であるとは考えられない。
 今後、既存の疾病概念で説明可能な病態を除外できるような感度や特異性に優れた臨床検査法及び診断基準が開発され、微量化学物質による非アレルギー性の過敏状態についての研究が進展することを期待したい。

3.今後の課題

(1)国民への正しい知識の普及啓発(省略)
(2)医療従事者への関心の喚起(省略)
(3)基礎及び臨床的研究の推進
 「シックハウス症候群」については、様々な環境因子の暴露により多彩な症状が発現することが確認されているが、その原因の詳細な把握や、治療法及び予防法の確立のための更なる研究の推進が必要である。
 微量化学物質暴露による非アレルギー性の過敏状態としてのMCSに関しては、発症メカニズムをはじめ、科学的には未解明な点が多いのが現状であり、様々な研究領域からの多角的なアプローチによるMCSの病態解明や治療法及び予防法の確立のための研究の更なる推進が必要である。
 なお、わが国ではMCSに関する診断基準については、過去に研究班の活動等を通じて策定が試みられたものの、未だ専門家の間での合意を得られていない状況にある。今後研究を推進するにあたっては、現時点で一定の合意を得た診断基準を暫定的にでも策定する必要がある。

 2000年〜02年にかけて行われた研究のまとめで、これまで厚労省交渉で何回となく「もうすぐまとまる」と厚労省が私たちに期待を持たせてきた報告です。率直に言って、"期待を裏切られた"というのが感想です。
 国には、化学物質過敏症が存在することを「可能性は否定できない」などという表現ではなく、きちんと認め、診断法と治療法の確立と予防対策、そして、患者に対する救済策を取るよう要求していきたいと思います。(安間 節子)


環境省・化学物質過敏症の研究結果発表

 環境省は2月13日、本態性多種化学物質過敏状態(注1)(化学物質過敏症)について2001年度・02年度の研究成果を公表しました。97年度から研究班を設置し、化学物質過敏症の病態解明のために動物実験や二重盲検法(注2)による疫学研究を実施してきたものです。
 結果は、ごく微量(指針値の半分以下)のホルムアルデヒドの曝露と被験者の症状誘発との間に関連は見出せなかったというものでした。

I 背景・経緯

 従来の医学的知見では説明困難な化学物質に対する過敏状態をめぐってはさまざまな名称や定義が提唱されてきた。環境省では97年度から研究班を設置し、このような病態の解明のため研究を実施してきた。
 99〜00年度に実施した二重盲検法による疫学研究では、症例数の不足等により明確な判断に至らなかった。このため、01・02年度には被験者数を増やすとともに、被験者への同一試験の再実施により再現性を検証した。
 ごく微量(指針値(注3)の半分以下)のホルムアルデヒド曝露と症状誘発との間の関連性を調査した。また、発症メカニズムの解明等のため、マウスによる動物実験をあわせて実施している。

  II 報告書の概要

二重盲検法による低濃度曝露研究
1) 対象
 いわゆる化学物質過敏症と診断され、インォームドコンセントが十分に行われた23〜40歳の32名(延べ38名)

2) 方法
  ごく微量の化学物質によって誘発されるか否かを検証するため、被験者32名に対して曝露室内で二重盲検法により低濃度ホルムアルデヒドガス(注4)を曝露させ、自覚症状、検査所見の変化が曝露濃度と相関するか否かを調べた。また、被験者のうち協力が得られた者に対して同一試験を再実施し、再現性の有無を検証した。

3) 結果と考察 (表参照)
 プラセボ(偽薬)で自覚症状の増強がなくホルムアルデヒドで自覚症状増強がみられた者は7名、プラセボ、ホルムアルデヒドともに自覚症状増強がみられた者が5名、プラセボおよびホルムアルデヒドともに自覚症状増強がみられなかった者が12名、その他、プラセボ負荷のみで自覚症状が増強している者、8ppbのみで自覚症状増強のみられた者などあわせて14名であった。
 さらに、再検査が可能であった被験者5名についてみると、1回目と2回目の反応が一致したのは4名であったが、このうち、ホルムアルデヒドで自覚症状が増強し、プラセボで症状の増強がない被験者は1名のみであった。
 これらの結果から、今回の二重盲検法による低濃度曝露研究では、ごく微量(指針値の半分以下)のホルムアルデヒドの曝露と被験者の症状誘発との間に関連は見出せなかった。このことから、いわゆる化学物質過敏症の中には、化学物質以外の原因(ダニやカビ、心因等)による病態が含まれていることが推察された。
 一方、動物実験の結果からは、微量(指針値以上)の化学物質の曝露により何らかの影響を有する未解明の病態(MCS:本態性化学物質過敏状態)の存在を否定し得なかった。

 被験者を自覚症状の変化によって次の4群に分けた。

Type 1 プラセボでは症状の増強がなく、ホルムアルデヒド(8ppb及び40ppb、又は40ppbのみ)で症状増強がみられた患者
Type 2 プラセボ、ホルムアルデヒド(8ppb、40ppb)ともに、症状増強がみられた患者
Type 3 プラセボ、ホルムアルデヒド(8ppb、40ppb)ともに、症状増強がみられなかった患者
Type 4 その他(プラセボのみ又はホルムアルデヒド(8ppb)のみで症状増強)



表1.平成12〜14年度の曝露試験被験者Type分類(延べ)

  平成12年度 平成13年度 平成14年度
Type 1 1 2 4 7
Type 2 0 4 1 5
Type 3 2 4 6 12
Type 4 5 5 4 14
8 15 15 38

注1:
 環境省では、化学物質過敏症を"本態性多種化学物質過敏状態"と呼んでいる。一方、厚労省は公に"シックハウス症候群"しか認めていない。
注2:
 原因物質と思われるガスの濃度を変えて(0も含め)、被験者にも試験者にも曝露濃度を知らせず曝露させ、症状等の変化が濃度と相関するか否かを調査する調査手法。
注3:
 建築物衛生法の環境衛生管理基準(80ppb)
注4:
 建築物衛生法の環境衛生管理基準(80ppb)の1/2(40ppb)、1/10(8ppb)、及びプラセボ(偽薬のこと。水や澱粉などを医薬品等の効果を評価する際の対照として用いる。今回はホルムアルデヒドを含まない(0ppb)ガスを用いた)


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