EUの新化学物質規制 REACHと予防原則
REACH は予防原則をベースとした健康と環境を守る壮大なチャレンジ
■はじめに
EU の新化学物質規制 REACH については、ピコ通信60号、61号、63号で紹介しました。
また、予防原則についてはピコ通信64号で連続講座第4回「予防原則を学ぶ」大竹千代子さんの講演内容を紹介しました。
今回は、REACHと予防原則との関係について検討します。
■REACH のおさらい
REACH の理念は人間の健康と環境を有害な化学物質から保護することであり、それを実現するための要素が登録、評価、認可、及び制限です。
REACH の背景
- 過去10年の間にヨーロッパでは、有毒物質への人間の暴露について、また、これらの暴露が健康にどのように影響するのかについての情報の欠如が国民に広く懸念されるようになった。
- 1981年以降の"新規"化学物質は、市場に出す前にテストをすることが要求されるが、すでに市場にある約100,000種の"既存"化学物質にはそのような規定はなく、安全性に関するデータが十分備わっていない。
- ヨーロッパにおける、汚染食品、バイオテクノロジー、がんやぜん息など健康の脅威の増加、バルト海や北海の汚染などに関する一連の政策がうまくいかず、現在の化学物質管理システムは人間の健康と環境を守るためには不適切であると認識されるようになった。
- ヨーロッパにおける新たな統合化学物質政策を求めるうねりは、過去10年間に、自国で化学物質政策を展開してきた、いくつかの 国々、特にスウェーデン、デンマーク、ノルウェー、オランダ、イギリス、ドイツなどから沸き起こってきた。
- 1998年、欧州連合(EU)はヨーロッパの化学物質政策を見直すこととし、欧州理事会は欧州委員会に新しい化学物質政策の戦略の提案を2000年末までに提出するよう要請した。
- 欧州委員会はこれに応えて、『将来の化学物質政策に関する白書2001年』を作成した。この白書は欧州委員会の予防原則に関する文書(COM 2000/1)と化学産業の競争力に関する文書(COM 96/187) を考慮に入れて作成された。
- 欧州理事会と欧州議会はこの白書に基づき、化学物質の危険性、リスク、及びリスク削減方法に関する情報入手に関し、産業側に、より大きな責任を求める効果的なメカニズムと手順を開発することに賛意を示した。
- 産業界は新たな化学物質規制を作ることを歓迎したが、その競争力に影響を与えることについて懸念を示した。
- 環境 NGOs 及び消費者団体は、新たな化学物質規制を作ることを強く支持した。
- 欧州委員会は、新化学物質規制案(REACH)の作成に着手し、作成された REACH 案が 2003年5月〜7月にインターネット・コンサルテーションにかけられた。
- EU はコンサルテーションで得られたコメントに基づき、2003年10月29日に REACH 最終提案を発表した。
- この最終提案は欧州議会及び欧州理事会に諮られ、2006年以降に立法化されると言われている。
REACH の概要
- REACH は Registration, Evaluation, and Authorization of Chemicals (化学物質の登録、評価、認可) の略称である。
- 企業は扱う物質(1トン以上)の固有の特性と危険性に関する情報、用途、及び初期リスク評価(製造量10トン以上の場合)をまとめ、登録書類一式を提出する登録が求められる。製品情報についての責任と発生するコストは企業側に求められる。
- 人間の健康及び環境に対し大きなリスクを及ぼす可能性がある物質は評価の対象となる。評価は EU 加盟各国当局の持ち回りで実施される。書類審査と対象物質の 2 種類の評価がある。
- 非常に高い懸念がある全ての物質は認可の対象となる。これらの化学物質の中には、発がん性物質、突然変異誘発性物質、生殖毒性物質、及び難分解性で環境中に蓄積する化学物質が含まれる。認可は当該物質の個々の用途に対して適用される。
- 認可は、当該物質の使用が適切に管理される、あるいは社会経済的な便益がリスクより重要であると企業が証明できた場合にのみ、与えられる。後者の場合には代替物質の可能性の検討が推奨される。
- 社会経済的要素を十分考慮した上で、許容できないリスクを及ぼす物質は制限される。制限には、特定製品の使用禁止、消費者の使用禁止、あるいは完全な禁止などがある。
REACH の特徴
- REACH の根底にあるのは予防原則である。2001年の白書及び REACH 最終案では予防原則の適用が明示された。
- すでに市場にある既存化学物質についても REACH の対象とし、今後市場に出る新規化学物質と同一の取り扱いとする。
- 安全性の立証責任は従来の当局(国)から企業側に移った。
- 危険性のより少ない化学物質が入手可能な場合には、その代替が推奨される。
- EU 諸国と非 EU 諸国を化学物質に関し等しく扱う。
- 他の国際的な化学物質関連条約と整合をとる。
- 関係者の参加、民主的で透明な手続き、情報の公開を行う。
■予防原則のおさらい
予防原則の定義
一般に、厳密な定義はないとされながらも、第4回連続講座で大竹さんから 「潜在的なリスクが存在するというしかるべき理由があり、しかしまだ十分に科学的にその証拠や因果関係が提示されていない段階であっても、そのリスクを評価して予防的に対策をとること」 という定義が紹介されました。
予防原則の基本要素
定説はありませんが、EU の予防原則で提唱されているものと、アメリカのウイングスプレッド系及び北欧で提唱されているものを、下記に示します。
前者の基本要素は ”政策立案者” からの視点によるもの、後者の基本要素は ”被害を受ける側” からの視点によるものであるとも言えます。
EU の予防原則基本要素
- 選択された保護レベルに釣り合うこと
- 適用において非差別的であること
- 既に実施された類似の措置と一貫性があること
- 措置をとる叉は措置をとらない場合の潜在的便益とコストの検証に基づいていること
- 新しい科学データが得られた時には再検証の対象とすること
- リスク評価に必要な科学的証拠を作成する責任の所在を明確にすること
ウイングスプレッド系の予防原則基本要素
- 健康と環境を守る目標を設定し、それに向けて働きかけること
- 潜在的に有害な行為や物の代替を探し、より害の少ないものを使用すること
- 立証責任は被害者や潜在的な被害者ではなく、行為の提案者に移行すること
- 健康と環境に影響を与える政策決定には民主主義と透明性があること
それでは、REACH では予防原則がどのように適用されているのかを見てみましょう。
■REACH での予防原則の引用
REACH の源となった EU の2001年白書では "EU の化学物質政策は予防原則に基づく" とし、さらには EU 自体の源である EC 条約では、 "EU の環境政策は予防原則に基づく" と明示しています。
したがって、REACH は、予防原則の考えに基づいて作られており、2003年10月29日に発表された REACH 最終提案では、その初めの部分で、全体の指針原則として予防原則が引用されました。
■REACH ではどのように適用されているか
1. 予防的措置
REACH の目的を "人間の健康と環境が、合理的に予見できる状況下で化学物質の製造あるいは使用によって有害な影響を受けることがないようにする" とし、 "その適用は 予防原則によって支えられる" と述べています。
これにより、REACH では、例えば次のような予防的措置をとることとなっています。
- 既存の化学物質と新規化学物質は区別されることなく、REACH の対象とする
- 非常に高い懸念がある全ての物質は認可の対象となり、製造者又は輸入者が当該物質の使用が適切に管理されること、又は社会経済的な便益がリスクよりも重要であるということを示すことができなければ認可されない。
非常に高い懸念がある物質:
- CMR(発がん性、突然変異誘発性、又は生殖毒性質) 分類1及び分類2
- PBT(残留性、生体蓄積性、有毒性)
- vPvB(非常に残留性が高い、非常に生体蓄積性が高い)
- 人間と環境に対し、深刻で取り返しのつかない影響を与えるものと特定された物質、例えば、ある種の内分泌かく乱物質
2. 立証責任
REACHは、認可において、 "使用によるリスクが適切に管理されること、又は、社会経済的便益がそのリスクに勝ることを証明する責任は申請者にある" と述べています。すなわち、安全性の立証責任は当局側から企業側に移行されました。
3.コストと便益の検証
認可のプロセスにおいて、すでに紹介したように "非常に高い懸念がある全ての物質は認可の対象となり、製造者又は輸入者が当該物質の使用が適切に管理されること、あるいは社会経済的な便益がリスクよりも重要であるということを示すことができなければ認可されない" とあります。
さらに、 "認可賦与の条件を考慮して、申請者は、代替案と代替計画はもちろん、認可が賦与された場合または拒否された場合の社会経済的分析を提出してもよい。認可の決定は当局に対する有効な情報に基づいて行われる" としています。
4.再検証
認可プロセスにおける認可の見直し条項で"認証のベースとなった、例えば科学的ベースに変更が生じたような場合には、いつでも再検証を行い、必要があれば認証の変更あるいは取り消しを行うことができる"としています。
5. 代替原則
REACH オリジナル提案における記述は "代替は考慮されなくてはならないが、代替の存在だけをもって、認可を拒否するための十分な根拠とはならない" とあったのを、一部 NGOs や北欧諸国が "より安全な代替が入手可能ならば、それは認可を拒否するための十分な根拠となる" と修正するよう代替原則を主張しましたが、最終提案では "より危険の少ない物質又は技術が入手可能ならば、それにより危険な物質を代替することが推奨される"とされ、十分ではありませんが代替原則の精神が記述されました。( "要求される" ではないところが不十分)
6.目標の設定
人間の健康と環境を守るという大目標の下に、 "2020年までに化学物質の安全使用を達成するという目標(一世代目標)" を念頭に置いたスケジュールが設定されています。
- すでに市場に出ている既存物質は段階的に REACH に取り込まれる。
- 大量物質及び CMRs が最初に登録される。
- 登録期限は規制発効後、下記期限とする。
・3年 以内 :大量製造化学物質(年間1,000トン以上)及び 1トン以上の CMRs
・6年 以内 :製造量が100〜1,000トン
・11年以内:少量製造化学物質(1〜100トン)
■REACHは全世界のチャレンジである
上記6項目以外の予防原則の基本要素も同様に全て、REACH に織り込まれており、REACH は予防原則を適用して健康と環境を危険な化学物質から守る壮大なチャレンジであると言えます。
REACH は EU の化学物質規制ですが、その影響は日本を含む全世界の化学産業界に及び、そのことにより、人の健康と環境の保護という私たちの願いが地球規模で促進されることになるのです。
私たちは、予防原則をベースとした REACH の、人の健康と環境を守るという高い理念を理解し、その実現を支持していかなくてはなりません。
※REACH と予防原則の詳しい情報は、当研究会のウェブサイトをご覧ください。
(安間 武)
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