ピコ通信/第66号
発行日2004年2月23日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 連続講座「化学物質から子どもを守るために」 2004年1月17日開催
    第5回 東京都の取り組み−化学物質の子どもガイドライン
    大島明子さん(東京都環境局環境改善部有害化学物質対策課企画係)


  2. EUの新化学物質規制 REACHと予防原則
    REACH は予防原則をベースとした健康と環境を守る壮大なチャレンジ
  3. 海外情報
    DEHP による精子形成細胞の過剰形成が複合内分泌かく乱に関係する
  4. 化学物質問題の動き(04.01.18〜04.02.22)
  5. お知らせ/編集後記


連続講座「化学物質から子どもを守るために」 2004年1月17日開催
第5回 東京都の取り組み−化学物質の子どもガイドライン

大島明子さん(東京都環境局環境改善部有害化学物質対策課企画係)

■はじめに
 東京都環境局に入ってまだ3年ですが、「子どもガイドライン」に関わる一連の流れを知っている人間として説明させていただきます。高校生のころ、北海のPCB汚染によるアザラシ被害を調べてから化学物質問題に興味を持ち、環境の仕事をやりたいと思っていたので、現在はめぐまれた状態だと思っています。

なぜ「子どもガイドライン」が必要か
 まず大前提に当たる部分をお話します。化学物質の有害性は量によって違い、体質、個人差、体調、入るルートによっても違います。ある化学物質が有害かどうかは、動物実験で得られた結果を、種の違い、種の中の個人差を考えて、1/100の安全性をもたせます。さらに1/10にすれば人に対する影響はないと判断します。1/100にすれば、同じ人間の中の差が考えられているので子どもに対する配慮が含まれている、ということが行政の前提です。
 しかし、子どもは体重1kg当たり、水や空気、食べ物をたくさん摂っているし、より活発な活動をしている。体の組織が出来上がっ ておらず、化学物質を無害にする機能が足りない。成長期の子どもの体は目まぐるしく変わっていて、特定の化学物質にものすごく敏感になる。大人と行動様式が違い、地面を這ったり、なんでもつかんで口の中に入れる。屋外で遊ぶことが多く、そのまま指をなめる。
 そのために、子どもの化学物質の摂取量を減らすのが重要な課題なのです。特定の化学物質は子どもにだけ特別な影響があるので、これまで通りの考え方ではいけないということで、「子どもガイドライン」を作ることになりました。

「子どもガイドライン」の基本的考え方
 化学物質から子どもの健康を守る方法は、化学物質に接する機会と量を減らすことです。それには現状でどれくらい危ないのかを調査し、リスクを評価することが必要ですが、従来は大人を対象としていました。1997年のマイアミ宣言では、具体的に化学物質の種類を挙げて、予防的アプローチに則り子どもを守ることがうたわれました。その中に鉛が挙げられています。
 アメリカやEUでは子どもを対象とした具体的な化学物質対策が始められましたが、日本では取り組みが遅れました。
 東京都の子どもガイドラインの基本的な考え方は、子どもが化学物質に曝露しないように、都民、事業者、子どもの多く利用する施設の管理者に、自主的に取り組むべき具体的方策を示す、というものです。規制ではなく、してくださいという提案をするものです。

 策定の手順は、
ステップ1、子どもに特徴的な有害性の有無
ステップ2、子どもの回りにそういうものがあるかどうか
ステップ3、低減対策ができるかどうか
を調べる、というものです。

 低減対策は、使用を減らし、使用するときは、子どもに影響が出ないような使い方をするというのが基本です。パンフで事業者や管理者に伝え、製造者には害の少ない製品開発を求めたりします。都民には暮らし方の見直し、学校、公園、施設の管理者には、使用するものを選ぶ時はより有害でないものを、またむやみに使わないよう働きかける、というものです。これは、ふだんの行政としての化学物質管理と同じものです。

鉛を対象とする
 検討の結果、環境局としては、鉛ガイドラインを作ることにしました。ステップ1として、鉛が子どもに有害性があるかどうかは、WHO(世界保健機関)の環境保健クライテリアなどで取り上げられています。ステップ2としては、子どもの周りに存在しています。ステップ3としては、欧米での対策の実例があり、策定の要件を満たしています。
鉛は、国内で月2万トン使用され、用途は7割が自動車バッテリーで、そのほかに鉄などの下塗りサビ止め剤、顔料として黄色、オレンジ系の上塗り塗料、ガソリンのアンチノッキング剤(1986年に禁止)などがあります。

 5歳男子大人
 曝露量
(μg/日)
割合
(%)
曝露量
(μg/日)
割合
(%)
食品22.541.73865.7
大気0.310.60.781.3
飲料水1.22.2 4.07.0
土壌/粉塵3055.5 1526.0
合計54.0100 57.8100
平均体重
(kg)
19.250
体重当たり
(μg/kg・日)
2.81.2
推定週間
摂取量
(μg/kg・週)
19.68.4
子どもは大人の2倍曝露している
 毒性は、長期的には特に中枢神経に影響し、子どもに対し知能発育遅滞の恐れがあります。労災としての鉛中毒は最近はほとんどありません。鉛は蓄積性があるので、血中濃度の勧告値として、WHOの作業者40μg/dl、CDC(米国疾病管理予防センター)の乳幼児10μg/dlなどがあります。
WHO、FAO(国連食糧農業機関)の暫定週間摂取量25μg/kg体重は、2才児への影響を基準に決めていて、取り込んでも体に蓄積されない量です。しかしATSDR(米国毒性物質疾病登録局)は血中濃度10μg/dl以下でも障害を指摘しています。
 曝露量の推計に利用できる測定値としては、大気(平成11年)0.052μg/m3、土壌42〜141μg/g(一般環境中で最大150μg/gと想定)、食品38μg/日、飲料水が最大2μg/lがあります。ここから都内の5才の子どもの曝露量を計算すると、2.8μg/kg体重で、土壌、粉じんからの摂取量が半分以上、大人の2倍となります(表参照)。

鉛の規制
 国内法での鉛対策は、水質汚濁防止法、水道法、環境基本法(水質、土壌基準)、労働安全法、食品衛生法などで行われています。水道では鉛管からの切り替えが進められてます。
 欧米では塗料をよく使っているので、塗料中の鉛対策をしなければという思いが強く出ています。アメリカでは、家の中で使う塗料の鉛含有量は0.06%以下です。EUのRoHS指令では、電気製品について鉛など6物質の使用が2006年7月から原則禁止になります。
 大気汚染が深刻だったころは今よりはるかに影響が大きく、昭和40年代の血中濃度は15μg/dlだったのが、最近では平均値3μg/dl、高い子どもで9μg/dlくらいです。しかし、10μg/dl以下でも影響があるとの説があり、可能ならさらに低減をはかるべきであるということになります。

具体的対策
 子どもへの曝露は土壌・粉じん由来が占める割合が大きく、それ以外は大人と共通しているので、子どもが生活する施設での土壌・粉じん由来の対策を進めるのが効率的です。
 鉛は塗料の中で、安くて機能性がいいので、顔料やさび止め剤として使われており、さび止め剤のJISでは含有量の下限が決められています。鉛への曝露を減らす対策は、新しい製品には使わない、使用中のものはきちんと管理する、使用をやめるときに周りを汚染しないいようにする、があげられます。
 平成14年当時には、塗料工業会はすでに鉛を含まない塗料の普及開発にとりかかっていました。工業会の自主規格として、鉛フリーのリン酸塩系さび止めペイントについて定めていましたが、価格が高い、性能面で多少劣る、JIS化されていないので発注者が採用しにくいなどの制約がありました。ただし、米軍基地での工事は以前から鉛0.06%の規制に従ってやっていました。
 平成14年にグリーン購入法で、公共工事に使う下塗り用塗料の基準が、「鉛又はクロムを含まない」とされました。平成14年7月に東京都は「鉛ガイドライン(塗料編)」を策定し、9月にパンフレットを発行しました。遊具等の塗膜がはがれて土に混ざり子どもの体に入るのを防ごうというのが趣旨で、鉛フリー塗料を使う、塗装面を保全する、塗り替え時は飛散防止策をとるなどの対策が載っています。

策定後の動き
 塗料、塗装に関連する業界団体への要望、パンフで区市町村や業界などへ普及啓発、メーカーへ鉛フリー塗料製品に関するヒアリング、エコマーク認定基準への働きかけなどをしました。業界団体はすでに準備ができていて、きっかけを待っていたという状態で、業界と世の中の流れにうまく乗ったといえます。施設の現場では動きが広まっています。
 平成15年11月に鉛・クロムフリーさび止めペイントがJIS化され、公共工事に使う流れができました。環境省は平成15年2月に「小児等の環境保健に関する国際セミナー」を開催、子どもを対象とした化学物質問題について検討を進めています。
 子どもガイドラインは規制ではなく、「行動指針」です。東京都という限られた地域、権限でも可能な施策ですが、業界の協力が得られるなど、うまく使えば思った以上のことができます。健康局の「室内空気編」も昨年春に策定されました。
環境局では、樹木の害虫防除に使用する農薬について検討中ですが、ほかに特に早急に作らなければというものが見当たらないので、皆さんのご意見も聞いていきたいと思います。

質疑応答

質問 水銀について対策をとってほしい。自閉症児の体内からキレーションで水銀を排出させる方法がある

大島 水銀、カドミウムも候補だったが、対策がとれるかという点で問題があった。情報を集めていきたい。

会場から(鹿庭)
 国立医薬品食品衛生研究所の鹿庭です。1978年、米国で、消費者製品安全委員会(CPSC)によって、0.06%以上の鉛を含む塗料及びそれを使用した子供用品が規制されたことを受けて、1981年に家庭用塗料や建物からの塗膜を調査したことがある。
 その結果、市販の家庭用塗料からは見つからなかったが、建物から採取した塗膜からは高濃度の鉛が見つかった。また、子どもが使用する文具類(鉛筆、色鉛筆、クレヨン、水彩絵具)については、一つのメーカーの鉛筆の塗膜(濃緑色)からだけ高濃度の鉛が見つかり、通知後すぐに鉛の使用は中止された。
 その時には、厚生省による塗料等における鉛の規制は見送られた。その後、1997年に、学校・公園などのジャングルジムなどの遊具の塗膜について調査したところ、1981年の調査結果と変わらなかった。厚生省、文部省などの反応が鈍かったのに対して、東京都が「子どもの鉛ガイドライン」を出していただいたことは、大変うれしく思っている。
 また、土壌・粉じんの寄与が高いとのことだが、ハウスダストの表面に殺虫剤成分や可塑剤(フタル酸エステルなど)が付着したり、鉛などを含んだ微粒子を吸い込むことの危険性について、もっとアピールしてほしいと思う。

大島 塗膜中の成分分析は参考にさせていただいて、鉛ガイドラインを作るにあたって大変助けになった。粉じん中の化学物質については、室内のほこりについて個人的に重要性は感じるが、他の部署の管轄になる。このことに関して具体的には動きはない。

質問 鉛フリーの塗料はどれくらい安全か。リン酸化合物に神経毒性があると聞いている。

大島 代替品はリン酸塩系が上がっている。安全性については、製造者で検討した結果で、都として調査してはいない。リン酸化合物はものによって危険性は違う。別の問題が生じる可能性もありうるが、現時点では鉛を含まないものがより安全という判断だ。代替品の安全性の問題は情報を集めていきたい。

藤原(当会) 大人の頭髪中の重金属の調査では水銀が高い。杏林大学で汚染が高い地域の頭髪を調べた新しいデータがある。室内についても周辺の環境の影響がないか、子どもがどんな曝露を受けているか、成分分析で調べるといい。昔、東京都の清掃研究所で詳細な家庭用品中の重金属の含有調査をした。それを再度行なう必要があるのではないか。

質問 アレルギーの子どもは、室内空気の指針値が示されていないスミチオンなどでも反応するが、データがないので調査をしてほしい。教材に配慮するよう国が示しても、現場の先生の意識は変わっていない。教材を作る会社へも指導をしてほしい。
 MSDSに出てこないわずかなものにも反応する。全成分が出ているもので確認しないと安全が確認できない。専科の時間の室内空気測定もしてほしい。

司会 教育委員会への要望なので、環境局としては答えにくいかもしれない。健康局の「室内空気についての子どもガイドライン」への質問があれば、後日、健康局へ持っていきたい。

大島 健康局の担当者へは伝えたい。いわゆる化学物質過敏症の方については考慮できないという現実はある。室内空気の指針値は、瞬間的にオーバーしても直ちに影響が出るという意味ではない。教材教具関係の業界団体には要望済みなので、含有するVOCも、メーカーで低減していくだろう。

質問 都で規制値を独自に設定すること、子ども向けと大人向けの二つの基準を作ることは可能か。対象物質を、予防原則に基づいてデータがないものについても広げることは可能か。

大島 基準値には子どもが考慮されているというのが基本的な考えだ。子どもについてさらに考慮する必要が出たとしても、子どもがいる所、いない所という線引は難しい。自治体として基準を作っても徹底できないので、実質的に子どものいる環境での数値が下がる方法を選択した。
 二つの基準を作ってもどこに適用できるかという問題がある。子ども向け基準値は都道府県では無理で、国の仕事だ。鉛のガイドライン自体、完璧な証拠が揃っていない段階での対策だから、予防原則に基づいている。

司会 動物実験の無作用量を基に、1/1000の値をとるとする考え方について聞きたい。

大島 毒性の専門家ではないが、一日摂取許容量を決める時に、動物とヒトとの種差、人間の個体差、さらに1/10なら問題がないだろうというのが1/1000の考え方だ。1/100でもいいが、さらに1/10掛けて規制値とする。1/10掛けるかどうかは物質によって違う。決める時の哲学は毎回微妙に異なる。

鹿庭 毒性評価のなかで使用される安全係数について、従来、実験動物とヒトの種差を考慮して1/10倍、ヒトにおける男女差や個人差を考慮して1/10倍、計1/100倍をとるのが一般的である。その場合も大人を基準にしたもので、子どもを考慮したものではなかったと思う。空気汚染化学物質としてクロルピリホスについては、通常の勧告値(大人向け)と、子どもへの影響を考慮した10倍厳しい勧告値の2つが設定されている点で、先進的であるし、画期的だ。
 なお、家庭用品法でも、繊維製品に残留するホルムアルデヒドの規制において、大人用では規制値75ppmを設定しているが、「乳幼児用品には化学物質による加工はしないこと」を基本姿勢としている。塗料は大人用、子ども用という区別はできない製品だ。CPSCが規制値とした0.06%という規制値は、塗膜中の鉛を摂取して中毒になった子どもの血中濃度と、塗膜中の鉛の量が相関性を持つことをもとに算出されたものである。
 また、米国においてロウソクの金属芯に含まれる鉛が問題になった。昨年、日本での市販実態の調査を行ったところ、市販品には鉛を含む芯を使用したものは見つからなかった。しかし、手作りロウソク用の金属芯にハンダを使っていたものが見つかったが、そのハンダ芯は自主的に市販中止になった。

会場 パラジクロロベンゼンが都の施設のトイレにあったので、直ちに撤去させた。子どもは背が低いし、裸になる場所だ。密室の空気汚染だけでなく、下水の生物処理にも害になる。大島さんの部署で専門的な仕事をしていることに敬意を表するが、役所の中でも広げてほしい。現場はまだまだ勉強不足だ。

大島 その通りで、こういうことを決めたら、現場にもアンケートをかけたり、周知徹底するが、文書だけでなく、現場への都民の意見や批判を全庁的に広げる仕組みがあるといい。微力ながら努力したい。

質問 東京都の取り組みは素晴らしいが、制定過程への市民参加や、公開性のような透明性が十分ではないのではないか。

大島 子どもガイドライン制定のきっかけは議会でのやり取りから始まった。議会制民主主義の中で熱心な議員がいると動く。検討会の公開については、委員の中でかなり際どい話もしていることもあり、どうすれば皆さんと一緒に話していけるか考えたい。
 今後のことは、具体的には決まっていないが、積極的にやらないといけないものがあれば動く。国も今後子どもへの化学物質の影響について、具体的な動きをすると期待している。皆さんも働きかけをしていってほしい。
(まとめ 花岡邦明)
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資料集をお分けします。
第1回 化学物質の毒性と子どもへの影響
第2回 アレルギー専門医の報告
第3回 有機リン中毒・CS専門医の報告
第4回 予防原則を学ぶ
第5回 東京都の取り組み−化学物質の子どもガイドライン
各回600円(送料込み)
FAX 045(364)3123
メール syasuma@tc4.so-net.ne.jp
などでお申込みください。


EUの新化学物質規制 REACHと予防原則
REACH は予防原則をベースとした健康と環境を守る壮大なチャレンジ


■はじめに

 EU の新化学物質規制 REACH については、ピコ通信60号、61号、63号で紹介しました。
 また、予防原則についてはピコ通信64号で連続講座第4回「予防原則を学ぶ」大竹千代子さんの講演内容を紹介しました。
 今回は、REACHと予防原則との関係について検討します。

■REACH のおさらい

 REACH の理念は人間の健康と環境を有害な化学物質から保護することであり、それを実現するための要素が登録、評価、認可、及び制限です。

REACH の背景
  • 過去10年の間にヨーロッパでは、有毒物質への人間の暴露について、また、これらの暴露が健康にどのように影響するのかについての情報の欠如が国民に広く懸念されるようになった。
  • 1981年以降の"新規"化学物質は、市場に出す前にテストをすることが要求されるが、すでに市場にある約100,000種の"既存"化学物質にはそのような規定はなく、安全性に関するデータが十分備わっていない。
  • ヨーロッパにおける、汚染食品、バイオテクノロジー、がんやぜん息など健康の脅威の増加、バルト海や北海の汚染などに関する一連の政策がうまくいかず、現在の化学物質管理システムは人間の健康と環境を守るためには不適切であると認識されるようになった。
  • ヨーロッパにおける新たな統合化学物質政策を求めるうねりは、過去10年間に、自国で化学物質政策を展開してきた、いくつかの 国々、特にスウェーデン、デンマーク、ノルウェー、オランダ、イギリス、ドイツなどから沸き起こってきた。
  • 1998年、欧州連合(EU)はヨーロッパの化学物質政策を見直すこととし、欧州理事会は欧州委員会に新しい化学物質政策の戦略の提案を2000年末までに提出するよう要請した。
  • 欧州委員会はこれに応えて、『将来の化学物質政策に関する白書2001年』を作成した。この白書は欧州委員会の予防原則に関する文書(COM 2000/1)と化学産業の競争力に関する文書(COM 96/187) を考慮に入れて作成された。
  • 欧州理事会と欧州議会はこの白書に基づき、化学物質の危険性、リスク、及びリスク削減方法に関する情報入手に関し、産業側に、より大きな責任を求める効果的なメカニズムと手順を開発することに賛意を示した。
  • 産業界は新たな化学物質規制を作ることを歓迎したが、その競争力に影響を与えることについて懸念を示した。
  • 環境 NGOs 及び消費者団体は、新たな化学物質規制を作ることを強く支持した。
  • 欧州委員会は、新化学物質規制案(REACH)の作成に着手し、作成された REACH 案が 2003年5月〜7月にインターネット・コンサルテーションにかけられた。
  • EU はコンサルテーションで得られたコメントに基づき、2003年10月29日に REACH 最終提案を発表した。
  • この最終提案は欧州議会及び欧州理事会に諮られ、2006年以降に立法化されると言われている。
REACH の概要
  • REACH は Registration, Evaluation, and Authorization of Chemicals (化学物質の登録、評価、認可) の略称である。
  • 企業は扱う物質(1トン以上)の固有の特性と危険性に関する情報、用途、及び初期リスク評価(製造量10トン以上の場合)をまとめ、登録書類一式を提出する登録が求められる。製品情報についての責任と発生するコストは企業側に求められる。
  • 人間の健康及び環境に対し大きなリスクを及ぼす可能性がある物質は評価の対象となる。評価は EU 加盟各国当局の持ち回りで実施される。書類審査と対象物質の 2 種類の評価がある。
  • 非常に高い懸念がある全ての物質は認可の対象となる。これらの化学物質の中には、発がん性物質、突然変異誘発性物質、生殖毒性物質、及び難分解性で環境中に蓄積する化学物質が含まれる。認可は当該物質の個々の用途に対して適用される。
  • 認可は、当該物質の使用が適切に管理される、あるいは社会経済的な便益がリスクより重要であると企業が証明できた場合にのみ、与えられる。後者の場合には代替物質の可能性の検討が推奨される。
  • 社会経済的要素を十分考慮した上で、許容できないリスクを及ぼす物質は制限される。制限には、特定製品の使用禁止、消費者の使用禁止、あるいは完全な禁止などがある。
REACH の特徴
  • REACH の根底にあるのは予防原則である。2001年の白書及び REACH 最終案では予防原則の適用が明示された。
  • すでに市場にある既存化学物質についても REACH の対象とし、今後市場に出る新規化学物質と同一の取り扱いとする。
  • 安全性の立証責任は従来の当局(国)から企業側に移った。
  • 危険性のより少ない化学物質が入手可能な場合には、その代替が推奨される。
  • EU 諸国と非 EU 諸国を化学物質に関し等しく扱う。
  • 他の国際的な化学物質関連条約と整合をとる。
  • 関係者の参加、民主的で透明な手続き、情報の公開を行う。
■予防原則のおさらい

予防原則の定義
  一般に、厳密な定義はないとされながらも、第4回連続講座で大竹さんから 「潜在的なリスクが存在するというしかるべき理由があり、しかしまだ十分に科学的にその証拠や因果関係が提示されていない段階であっても、そのリスクを評価して予防的に対策をとること」 という定義が紹介されました。

予防原則の基本要素
 定説はありませんが、EU の予防原則で提唱されているものと、アメリカのウイングスプレッド系及び北欧で提唱されているものを、下記に示します。
 前者の基本要素は ”政策立案者” からの視点によるもの、後者の基本要素は ”被害を受ける側” からの視点によるものであるとも言えます。

EU の予防原則基本要素
  1. 選択された保護レベルに釣り合うこと
  2. 適用において非差別的であること
  3. 既に実施された類似の措置と一貫性があること
  4. 措置をとる叉は措置をとらない場合の潜在的便益とコストの検証に基づいていること
  5. 新しい科学データが得られた時には再検証の対象とすること
  6. リスク評価に必要な科学的証拠を作成する責任の所在を明確にすること
ウイングスプレッド系の予防原則基本要素
  1. 健康と環境を守る目標を設定し、それに向けて働きかけること
  2. 潜在的に有害な行為や物の代替を探し、より害の少ないものを使用すること
  3. 立証責任は被害者や潜在的な被害者ではなく、行為の提案者に移行すること
  4. 健康と環境に影響を与える政策決定には民主主義と透明性があること
 それでは、REACH では予防原則がどのように適用されているのかを見てみましょう。

■REACH での予防原則の引用

 REACH の源となった EU の2001年白書では "EU の化学物質政策は予防原則に基づく" とし、さらには EU 自体の源である EC 条約では、 "EU の環境政策は予防原則に基づく" と明示しています。  したがって、REACH は、予防原則の考えに基づいて作られており、2003年10月29日に発表された REACH 最終提案では、その初めの部分で、全体の指針原則として予防原則が引用されました。

■REACH ではどのように適用されているか

1. 予防的措置
 REACH の目的を "人間の健康と環境が、合理的に予見できる状況下で化学物質の製造あるいは使用によって有害な影響を受けることがないようにする" とし、 "その適用は 予防原則によって支えられる" と述べています。
 これにより、REACH では、例えば次のような予防的措置をとることとなっています。
  • 既存の化学物質と新規化学物質は区別されることなく、REACH の対象とする
  • 非常に高い懸念がある全ての物質は認可の対象となり、製造者又は輸入者が当該物質の使用が適切に管理されること、又は社会経済的な便益がリスクよりも重要であるということを示すことができなければ認可されない。
    非常に高い懸念がある物質:
    • CMR(発がん性、突然変異誘発性、又は生殖毒性質) 分類1及び分類2
    • PBT(残留性、生体蓄積性、有毒性)
    • vPvB(非常に残留性が高い、非常に生体蓄積性が高い)
    • 人間と環境に対し、深刻で取り返しのつかない影響を与えるものと特定された物質、例えば、ある種の内分泌かく乱物質
2. 立証責任
 REACHは、認可において、 "使用によるリスクが適切に管理されること、又は、社会経済的便益がそのリスクに勝ることを証明する責任は申請者にある" と述べています。すなわち、安全性の立証責任は当局側から企業側に移行されました。

3.コストと便益の検証
 認可のプロセスにおいて、すでに紹介したように "非常に高い懸念がある全ての物質は認可の対象となり、製造者又は輸入者が当該物質の使用が適切に管理されること、あるいは社会経済的な便益がリスクよりも重要であるということを示すことができなければ認可されない" とあります。
 さらに、 "認可賦与の条件を考慮して、申請者は、代替案と代替計画はもちろん、認可が賦与された場合または拒否された場合の社会経済的分析を提出してもよい。認可の決定は当局に対する有効な情報に基づいて行われる" としています。

4.再検証
 認可プロセスにおける認可の見直し条項で"認証のベースとなった、例えば科学的ベースに変更が生じたような場合には、いつでも再検証を行い、必要があれば認証の変更あるいは取り消しを行うことができる"としています。

5. 代替原則
 REACH オリジナル提案における記述は "代替は考慮されなくてはならないが、代替の存在だけをもって、認可を拒否するための十分な根拠とはならない" とあったのを、一部 NGOs や北欧諸国が "より安全な代替が入手可能ならば、それは認可を拒否するための十分な根拠となる" と修正するよう代替原則を主張しましたが、最終提案では "より危険の少ない物質又は技術が入手可能ならば、それにより危険な物質を代替することが推奨される"とされ、十分ではありませんが代替原則の精神が記述されました。( "要求される" ではないところが不十分)

6.目標の設定
 人間の健康と環境を守るという大目標の下に、 "2020年までに化学物質の安全使用を達成するという目標(一世代目標)" を念頭に置いたスケジュールが設定されています。
  • すでに市場に出ている既存物質は段階的に REACH に取り込まれる。
  • 大量物質及び CMRs が最初に登録される。
  • 登録期限は規制発効後、下記期限とする。
     ・3年 以内 :大量製造化学物質(年間1,000トン以上)及び 1トン以上の CMRs
     ・6年 以内 :製造量が100〜1,000トン
     ・11年以内:少量製造化学物質(1〜100トン)
■REACHは全世界のチャレンジである

 上記6項目以外の予防原則の基本要素も同様に全て、REACH に織り込まれており、REACH は予防原則を適用して健康と環境を危険な化学物質から守る壮大なチャレンジであると言えます。
 REACH は EU の化学物質規制ですが、その影響は日本を含む全世界の化学産業界に及び、そのことにより、人の健康と環境の保護という私たちの願いが地球規模で促進されることになるのです。
 私たちは、予防原則をベースとした REACH の、人の健康と環境を守るという高い理念を理解し、その実現を支持していかなくてはなりません。
※REACH と予防原則の詳しい情報は、当研究会のウェブサイトをご覧ください。
(安間 武)


化学物質問題市民研究会
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