ピコ通信/第60号
発行日2003年8月20日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. EUの化学物質政策について−新規制案・REACHとは
    中下裕子(弁護士・「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」事務局長)
  2. 市民政策円卓会議「シックハウス・シックスクール問題について」開催
  3. 厚労省、家庭用品のクレオソート油を規制へ
    有害物質含有家庭用品規制法は再び動き出すのか?
  4. ひろば:
    保育現場の化学物質汚染状況・続きK.A.(公立保育所勤務)
    虫よけスプレーの成分は?増田(横浜市緑区)
  5. 海外情報 アメリカ女性の母乳中のポリ臭化ジフェニールエーテル(PBDEs)
  6. 化学物質問題の動き(03.07.15〜03.08.16)
  7. お知らせ/編集後記


1. EUの化学物質政策について−新規制案・REACHとは
  中下裕子(弁護士・「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」事務局長)

●はじめに
 本年10月、愛媛県松山市において日弁連の人権大会が開催されます。その中で「蓄積する化学汚染と見えない人権侵害〜次世代へのリスク」と題するシンポジウムが予定されています。化学物質過敏症や環境ホルモン汚染など新たな化学汚染が深刻化している今、人間と化学物質との関わり方について改めて問い直してみたいと考えています。日弁連の人権大会で化学物質問題が取り上げられるのも実に久しぶりのことですが、化学物質政策のあり方を真正面から議論するのは初めてのことです。

 シンポジウムは3部構成です。第1部は化学汚染の現状報告で、田辺先生(愛媛大学)による生態系汚染の実態報告のほか、カネミ油症患者の方や化学物質過敏症患者の方による報告などを予定しています。
第2部は、化学汚染のない環境を次世代に手渡すためにと題して、スウェーデンの環境NGO事務局長のパール・ロザンダーさんの基調講演が行われます。EUの化学物質政策や予防原則について話していただきます。
 第3部はパネルディスカッションで、立川涼さん、安井至さんのほか、経産省、日化協、さらには貴会代表の藤原寿和さん、弁護士の神山美智子さんという多彩な顔ぶれで、21世紀の人間と化学物質の関わり方について忌憚のないディスカッションをしていただきます。興味のある方は、ぜひ松山までお出かけ下さいますよう願っております。(シンポジウムの案内は後述)
 筆者はこのシンポジウムの実行委員長を務めており、この5月に実行委員会の有志とともに、先進的な取り組みを行っているスウェーデンとEUにヒアリング調査に行ってきました。折りしも、私たちがEU調査のためにブリュッセルに到着したその日に、EUの新たな化学品規制案(REACH)のドラフトが公表されたこともあり、臨場感にあふれた有意義な調査旅行となりました。以下は、その調査に基づくREACH規制案の解説とEUの化学物質戦略の背景についてのコメントです。

●白書「今後の化学品政策のための戦略」
 2001年2月、欧州委員会は「今後の化学品政策のための戦略」という白書を発表し、約33,000の既存物質(1981年当時既に市場に出されていた物質)のリスク評価の責任を当局から生産者の側に転換するとともに、一定の毒性や性状を有する化学物質の製造・使用規制を強化するという、画期的な方針を打ち出しました。
 その背景には、まず第1に、約10万ともいわれる市場の化学物質のリスク評価が遅々として進まないという事情があります。リスク評価優先物質リストにある141物質中、リスク評価が完了したものは僅か11物質にすぎません。リスク評価は行政当局の責任とされていますが、このままでは22世紀を迎えても完了しないでしょう。そこで、挙証責任の転換という画期的な方針が打ち出されたわけです。
 第2に、今回の規制強化によって、EUが人の健康保護や生態系の保全とともに、世界に先駆けて持続可能な化学産業への転換を企図していることです。例えば、難分解性・高蓄積性の化学物質は、後に毒性が判明して生産を中止しても、その後も長期間にわたって環境中に残留し、人や生態系に悪影響を及ぼし続けるおそれがあります。そこで、このような物質は用途や期間を限定して厳しく管理するとともに、より安全な代替物質の発明やそれへの切り替えを促進することにより、持続可能な化学産業への転換をすすめようというのです。

●REACH規制案の概要
 今回の規制案は上記の白書の戦略を法案化したものです。
REACHとは、Registration Evaluation and Authorization of Chemicals の頭文字をとったものです。規制案は、既存の約40の規則・指令を統合するもので、全体で1200頁にも及ぶ膨大なものです。


表@:要求されるデータセットと登録年限
年間生産量
輸入量
データセット費用推定登録年限
1 t 超物理的性状
毒性データ(in vitro)
約650万円施行後11年
10 t 超 ベースセット
(各種基本毒性)
約3000〜
4000万円
施行後11年
100 t 超レベル1(ベースセット+
亜慢性毒性等)
約4500万円施行後6年
1000 t 超レベル2(ベースセット+
慢性毒性、発がん性等)
約8000万
〜数億円
施行後3年
@ 新規物質と既存物質の規制の同一化
 規制案の特徴の第1は、新たに開発される化学物質(新規物質)と既存物質の取扱いを同一にしたことです。新規物質のみならず、既存物質についても、年間1t以上の化学物質の製造・輸入業者は、一定の期限までにその化学物質についてのデータを登録しなければなりません。生産量に応じて、要求される試験や登録の期限が異なります(表@参照)。
 ちなみに、日本の場合には、化審法により新規物質についてはデータの届出が求められていますが、約2万種の既存物質は届出が不要とされています。既存物質の安全性点検は国が実施していますが、化審法制定後約30年が経過しても、毒性試験が終了したものは200余物質にすぎないのが実情です。

A サプライチェーンへの責任拡大
 第2の特徴は、製造・輸入業者だけでなく、川下ユーザーを含むサプライチェーンの全ての事業者にも、然るべき責任が課されていることです。川下ユーザーは、「川下ユーザー化学品安全評価」を行うものとされています。また、登録物質を想定外用途に用いる場合には、川下ユーザーがリスク評価を行って報告することが求められます。さらに、サプライチェーンにおける製造者と川下ユーザーとの間の情報伝達の義務が定められています。製造者が川下ユーザーに毒性等の情報を伝達するとともに、川下ユーザーは、その用途などの情報を直接川上ユーザー・製造者に提供するものとされています。
 日本の法制度では、このような川下ユーザーの義務は定められておりません。しかし、川下ユーザーと製造者との情報伝達があってはじめて、化学物質を適切に管理できるのです。その意味で、EUが川下ユーザーの責任を明示したことは重要です。

B 高懸念物質に対する認可制度(Authorization)
 第3に、以下のカテゴリーに属する高懸念物質については、その使用について当局の認可を受けなければなりません。認可は、当該物質の使用等によるリスクが極めて小さいこと、社会的・経済的な必要性が高いこと、代替物質がないことなどが立証された場合にはじめて与えられますが、その場合でも用途・期間が定められます。つまり、実質的には禁止に近いような極めて厳しい規制といえます。

〈高懸念物質のカテゴリー〉
・ 発がん性、変異原性または生殖毒性物質(CMR)
・ 残留性有機汚染物質(POP's)
・ 難分解性・高蓄積性・毒性物質(PBT)
・ 極めて難分解性・高蓄積性を有する物質(vPvB)
・ これらと同程度の懸念を生じる内分泌かく乱物質

 vPvB物質が毒性を問わずに対象とされたことは、予防原則に立脚したものといえるでしょう。先に述べたように、vPvB物質については、毒性が判明してから規制するのでは遅すぎるのです。
 対象物質は後日リストアップされる予定だそうですが、数千〜5000物質にも及ぶと推定されています。日本の化審法においては、第一種特定化学物質(製造・輸入が原則的に禁止)が13物質、第二種特定化学物質(製造・輸入量の制限、表示義務が課せられる)が23物質、指定化学物質(製造・輸入数量の届出が必要)が422物質指定されているにすぎません。今回のEUの規制案が、いかに大胆な規制強化に踏み切ったものであるかがわかります。

●今後のスケジュール
 この規制案は、7月10日までインターネット・コンサルテーションに付され、制度の実行可能性(workability)について内外の関係者からのコメントが求められていました。今後、提出された意見を踏まえて、秋頃には欧州委員会としての正式の案が取りまとめられる予定です。その後、欧州閣僚理事会、欧州議会で審議のうえ、EUの規則として制定されることになります。最終的に法制化が実現するのは、2006年か2007年になると推測されています。

●おわりに
 化学汚染にいかに対処するかは、21世紀における人類の最重要課題のひとつといえます。従来の規制手法では限界であることは明らかです。その意味で、今回のEU規制案は、新たな規制のあり方を模索する勇気ある挑戦として、高く評価されるものだと思います。
 EUが今回の規制に踏み切れば、輸出を中心とする日本の産業界にも大きな影響を及ぼすことは明らかです。しかし、それを受動的に受け止めるのではなく、むしろ日本においても持続可能な化学技術・化学産業への転換を図る好機と、前向きにとらえることが必要ではないでしょうか。
第46回日本弁護士連合会人権擁護大会
第2分科会シンポジウム
蓄積する化学汚染と見えない人権侵害
―次世代へのリスク―
日 時:2003年10月16日(木)12時30分〜18時
場 所:愛媛県県民文化会館サブホール
問合せ:日弁連(03-3580-9825)
 今こそ、日本の化学産業界が、人や生態系にやさしい、持続可能な技術へとイノベーションを遂げ、世界のモデルとなることを目ざす時です。そのための化学物質政策の抜本的転換と法整備が求められていると思います。日弁連のシンポジウムでは、こうした日本のあり方について、大いに議論をしたいと思っています。



2. 市民政策円卓会議「シックハウス・シックスクール問題について」開催

 6月27日、衆議院第2議員会館において「市民政策円卓会議−シックハウス・シックスクール問題について」(主催:市民がつくる政策調査会)が開かれました。当会も参加しましたので、概要を報告します。
 この会議は、昨年7月24日に開かれたシックスクール対策・文科省交渉(ピコ通信48号参照)に続くもので、今回は化学物質過敏症患者団体・支援団体から約30人が参加。国側は環境省、国交省、厚労省、文科省から計16人が出席しました。コーディネーターは前回と同じく岡崎トミ子参議院議員です。シックスクール問題に直面している学校の保護者の方たちの参加が目立ちました。

環境省への質問と回答

1.化学物質過敏症についての、これまで及び今後の施策は?
2.近年、諸外国では「予防原則」や「予防的措置」等の考えのもとに化学物質の安全性や環境保護が推進されている。化学物質過敏症について、今後そのような政策的判断によって取り組む予定は?

回答:
 ごく微量の化学物質によって体の不調を訴える病態(「本態性多種化学物質過敏状態」いわゆる「化学物質過敏症」)の存在が内外の研究者によって指摘されている。
 環境省が97年に設置した専門家による研究班において、内外の文献調査や米国の視察等を実施し、2000年2月に報告書をまとめた。それを踏まえて、調査研究を進め01年に発表したが、症例数が少ない等の理由によりその原因について明確な判断ができなかった。今後対象者数を増やし二重盲検法を実施し、動物実験を行う予定。
 予防的方策あるいは予防的取組み方法については、環境基本計画の中においても広く適用していくことを明記している。化審法においても、この考え方を一部取り入れている。

国土交通省への質問と回答

1.7月1日に建築基準法が改正されて、ホルムアルデヒド、クロルピリホスが規制されるが、他の多くの化学物質についての規制は?

回答:
 トルエン、キシレン等のVOCについては発生源の特定すら困難な現状がある。規制するには、具体的な対策方法も含めて示す必要があるので、なかなか難しい。現在、調査等を進めている段階である。特にトルエンについては、規制に追加すべき物質と認識している。

2.化学物質過敏症発症者への安全で安心できる居住地(場所・施設等)の確保は?

回答:
 予防策については取り組めても、発症した人への対応は、一人一人の症状が違うなどの特徴もあって難しい。居住地の確保についても現時点では対応できない。自治体が取り組むことは可能かと思うので、その場合は相談に乗っていきたい。

文部科学省への質問と回答

1.昨年2月、「学校環境衛生の基準」が改訂され、教室等の空気質の調査が定められたが、基準を超える濃度が検出されるケースが多く出ている。このことへの対応は?

回答:
 改訂後に基準値を超えた学校数等については把握していない。超えた学校については換気の励行、原因物質の除去などの適切な措置を取るよう教育委員会等に指導している。

2.調布市調和小学校では、新築工事後の空気測定で基準を超え、シックスクール症候群の子どもたちも出ている。工事直後よりも家具や備品搬入後の濃度が高くなっているが、これへの対処は?

回答:
 学校用具の導入にあたっては、室内空気を汚染する化学物質の発生がない若しくは少ない材料を採用するよう、学校施設整備指針及びパンフレットで指導している。また、搬入に際して臨時環境衛生検査を実施するよう指導している。

3.昨年から「シックハウス症候群に関する調査研究協力者会議」を設置し、児童生徒の実態調査及び測定方法について検討されているとのこと。今後の取組みとスケジュールは?

回答:
 6月20日に会議を開催し、いくつかの都道府県でプレ調査を実施し、その結果をもとに調査内容を検討することが決まった。また、「新築後の時間の経過に伴う化学物質放散量推移」について調査・検討を行うことも決まったところ。

4.化学物質過敏症を発症した子どもたちのための学校・教室の新築・改築、空気清浄機の購入などへの国庫補助は?

回答:
 校舎等の建設及び改造を行う際に、室内空気を汚染する化学物質の発生がない若しくは少ない建材を採用する場合の経費について、国庫補助の対象とすることができる。また、換気設備についても同様。

5.健康に影響のある化学物質に配慮した教科書の開発への取組みは?

回答:
 (社)教科書協会に対して教科書に使用している原材料の成分分析を要請したところ、厚労省が指針値を示している13物質については使用していない、もしくは指針値を大幅に下回っているとの報告を受けている。
 協会に対して「教科書改善のための調査研究」を委嘱する手続きを進めているところ。また、天日干しのための教科書早期給与、表紙等のカラーコピーの無償提供等について協会に協力を要請している。

6.化学物質過敏症を発症した子どもたちの教育を受ける権利の保障についてどう考えるか?

回答:
 化学物質過敏症の児童生徒に対して、教員の加配定数を活用して対応することは可能。児童生徒の個々の実態に応じて支障無く学校生活を送れるよう配慮したり、転校を認めるなど個別の対応を行うよう通知している。

厚生労働省への質問と回答

1.国立病院におけるクリーンルーム設置が進められているが、十分な治療が行われていない。病院従事者の知識・技術も不十分な現状をどう考えるか?

2.化学物質過敏症の発症者が他の疾病で医療機関にかかる場合の受け入れ対策は?

3.化学物質過敏症の発症者が安全で安心できる居住地(場所・施設等)の確保についての考えは?

回答:
「厚労省のシックハウス対策の取組み状況」について
1.「シックハウス症候群」は、建築物内に居住することに由来する様々な体調不良の総称として便宜的に用いられる名称であって、まだ医学的に確立された疾病概念とはなっていない。化学物質中毒、皮膚粘膜刺激症状、アレルギー等の様々な病態が含まれている可能性がある。「化学物質過敏症」という疾病概念が提唱されているが、病態や発生機序など医学的に未解明。

2.主な取組み
 (1)いわゆる「シックハウス症候群」に関する研究
  @シックハウス症候群の病態解明、診断、治療に関する研究(H12〜H14)(主任研究者:石川 哲 北里研究所病院臨床環境医学センター長)
  Aシックハウス症候群に関する疫学的研究(H13〜)(主任研究者:飯倉洋治 昭和大学医学部小児科教授)
  B住居内空気汚染等とアレルギー疾患との関連に関する研究(H13〜)(主任研究者:織田 肇 大阪府立公衆衛生研究所副所長)
  秋口には、現時点での知見のまとめを発表する予定である。
 (2) 室内空気中の化学物質濃度の指針値等の策定
  現在、13物質について策定ずみ。TVOC(総揮発性有機化学物質量)については、化学物質への不必要な曝露を総量で抑制する考え方に基づいて、暫定目標値を設定している。
 (3) 専門の医療設備の整備
  @免疫異常の高度専門医療施設である国立相模原病院に、クリーンルーム等の施設を整備。
  A国立療養所盛岡病院、国立療養所南岡山病院、国立療養所南福岡病院にもクリーンルームを整備。
  B東京労災病院(東京都大田区)にクリーンルームを備えたシックハウス科(環境医学研究センター)を設置(H14.5月)。今年度、関西労災病院(尼崎市)にも整備中。
  C公的医療機関への補助制度。
 (4) 建築物衛生法における対応:空気環境の調整に係る基準にホルムアルデヒドの量を追加。特定建築物(3000m2以上)の新築、増築時のホルムアルデヒド測定義務づけ。

4.学校においては教室等の空気質の検査を行うことが義務づけられたが、保育園や保育所についてはどうか?

回答:
本年2月に、保育所等児童福祉施設を対象に冬期における化学物質の室内空気実態調査を実施した。7月〜8月には、夏場の調査を実施する予定。これらの調査結果から今後の施設の運営管理について適切な対応をはかっていきたい。

「専門病院の医者がCSを分かっていない」

 参加者からは様々な意見や質問が出ましたが、その中でも「国が専門医療機関としている病院の医師、看護師等が化学物質過敏症のことを理解していないのを何とかしてほしい」「化学物質過敏症の患者に対して、塩ビの医療器具を使わないように指導してほしい」という切実な意見が相次ぎました。
 これに対して厚労省は、「秋に出る知見のまとめを医療機関へ伝えていきたい」と答えるのに止まり、明確な対策については聞けませんでした。
 また、健康保険がきかないという問題についても、「病名が決まっていないから保険がきかないということはない。北里大学は自由診療だから保険がきかない。国の医療機関を使ってほしい」という従来からの回答をくり返すのみで、進展は見られませんでした。
 この問題に対する国の体制は、予防にようやく着手した段階で、既に発症した人への対応がまったく遅れています。研究班の報告が出たら、すぐに患者や支援団体も加えた患者救済のための対策委員会を発足させてほしいと思います。(安間)


化学物質問題市民研究会
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