1.第50号に寄せて 化学物質対策の新たな前進をめざす
■はじめに
私たちが化学物質問題市民研究会を立ち上げてから今年でちょうど5年目になります。この『ピコ通信』の発行も50回を重ねてきました。その創刊号の巻頭言で、私たちは以下のようなメッセージを発信しています。
−便利さや効率性といった経済活動優先の中で全体的な規制のないまま、次々に作り出されている化学物質、それは今や、生活と環境全体を覆いつくし、様々な被害を引き起こしています。それに対する行政による法的対応はバラバラで、対症療法的な後手後手に終始してきました。市民の側も、目先に現われる危険物への告発に追われてきました。もぐら叩きのような現状を今こそ、根本から変えなければならないのではないか、化学物質から環境、生態系、そして人の健康を守るために、総量規制の運動を起こさねばならないのではないか。そのために、化学物質問題を総体的にとらえて、根本からの取り組みを市民レベルから起こしていこう。
今読み返してみて、少々気負い過ぎを感じないでもありませんが、このメッセージに私たちが込めた思いは、発足から5年経った今もいささかも変わりがありません。
そこで本誌50号発刊を機に、今、化学物質対策がどうなっているか、メッセージに込めた私たちの思いをあらためて再確認したいと思います。
■深刻化する化学物質汚染
メッセージの冒頭に、「次々に作り出されている化学物質、それは今や、生活と環境全体を覆いつくし、様々な被害を引き起こしています」と書きましたが、化学物質に起因するアトピー性皮膚炎や花粉症、そしてシックハウス症候群に代表される化学物質過敏症などの健康被害の発症は、今や日本国民の相当数に及んでいるのではないかと思われます。
そして、この5年間に新たにダイオキシンという「非意図的生成物質」や、「環境ホルモン」と称される外因性内分泌かく乱化学物質による汚染被害がクローズアップされてきました。とくに環境ホルモンによると思われる生態系の様々な異変は、全地球的な規模の広がりを見せており、人類の未来に対する大きな不安材料となってきています。
■バラバラな化学物質行政
こうした化学物質汚染被害の広がりに対して、これまでの日本の化学物質行政はバラバラな対応に終始してきました。省庁再編の行政改革が行われた今日も、化学物質行政は経済産業省、環境省、厚生労働省、農水省、国土交通省、文部科学省など多省に所管や権限が分散しており、100近くもある化学物質関連の法律も縦割りになったままです。
このことは、本誌第3号(98年11月14日)の巻頭論文でも、「国民の間に、ダイオキシンや環境ホルモンに対する関心が高まっているこの機会に、これまでの化学物質対策(行政)の全面的な見直しに着手すべきではないでしょうか」と問題を投げかけております。
■新たな取組みの動き
ところが、昨今の化学物質問題に対する世論や関心の高まりもあって、この5年間で化学物質行政の動きにはめざましい進展が見られるようになりました。そのいくつかをあげると、
(1)PRTR制度の法制化
PRTR(環境汚染物質排出移動登録)のことは本誌創刊号でも紹介しましたが、日本政府はOECDから勧告を受けていた法制化について、1999年7月に「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(略称・化学物質管理促進法)を制定し、2001年4月から施行。本年度中には事業所からの化学物質の排出量等の届出、及び農薬散布や自動車発生源のような届出外排出量の推計と併せた国による集計・公表、請求による個別事業所データの開示が行われることになりました。
これは化学物質に対する国民の「知る権利」を実現する上で画期的なことと評価できます。
(2)化審法の見直しに着手−生態系保全の考え方を導入
現行の「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)は、人の健康の保護のみを目的としており、生態系への影響の観点からの審査や規制は行われてきませんでした。
しかし、本年1月、OECD環境保全成果レビューにおいて化学物質管理に生態系保全を含むよう規制の範囲を拡大することが勧告されたことに伴い、環境省では、次期通常国会にはこの生態系への保全の観点を加えた化審法の一部改正を行うことを明らかにしています。
(3)子ども基準を初めて導入
シックハウス症候群など、室内空気中の化学物質汚染による健康影響が懸念される中、厚生労働省は今年1月にホルムアルデヒドをはじめとする十数物質についての室内濃度指針値を決めました。その際にクロロピリホスについては、通常の大人の基準の他に小児に適用される基準を初めて定めました。
子どもの健康保護のための基準設定については、1997年5月に米国のマイアミで開催された8カ国環境大臣会合で取り交わされた「マイアミ宣言」の中で合意されたことで、私たちは本誌第39号(01年11月15日)の巻頭論文で、「「子ども環境健康保護法」の制定を」との呼びかけを行っております。
■市民の課題
企業は環境報告書やレスポンシブル・ケア(RC)などの自主的な取組みと、PRTR法による化学物質情報の届出公表などによって情報発信をしなければならない時代になってきています。これに対して、今後は益々市民側の主体的な取組みが求められてくると思います。
当研究会の役割は、行政や企業と市民・住民間の橋渡し、場合によっては市民から委任を受けたファシリテーターの役割ではないかと考えています。これから先の5年間で、さらに成果をあげられるような活動をめざしていきたいと思います。どうぞ、一緒に活動してください。
(代表 藤原 寿和)
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