ピコ通信/第50号
発行日2002年10月17日
発行化学物質問題市民研究会
e-mailsyasuma@tc4.so-net.ne.jp
URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 第50号に寄せて−化学物質対策の新たな前進をめざす
  2. 化学物質の恐ろしさ−化学物質過敏症患者の記録
  3. 第33回日本職業・環境アレルギー学会学術大会の発表から
  4. 海外情報
    ・EUの予防原則が裁判所の支持を勝ち取る
    ・生命のメッセージをかく乱する
  5. 読者の便り
  6. 化学物質問題の動き(2002年9月16日〜10月13日)
  7. お知らせ/編集後記
  8. 別冊:ピコ通信(創刊号〜50号)目次


1.第50号に寄せて
  化学物質対策の新たな前進をめざす


■はじめに
 私たちが化学物質問題市民研究会を立ち上げてから今年でちょうど5年目になります。この『ピコ通信』の発行も50回を重ねてきました。その創刊号の巻頭言で、私たちは以下のようなメッセージを発信しています。
 −便利さや効率性といった経済活動優先の中で全体的な規制のないまま、次々に作り出されている化学物質、それは今や、生活と環境全体を覆いつくし、様々な被害を引き起こしています。それに対する行政による法的対応はバラバラで、対症療法的な後手後手に終始してきました。市民の側も、目先に現われる危険物への告発に追われてきました。もぐら叩きのような現状を今こそ、根本から変えなければならないのではないか、化学物質から環境、生態系、そして人の健康を守るために、総量規制の運動を起こさねばならないのではないか。そのために、化学物質問題を総体的にとらえて、根本からの取り組みを市民レベルから起こしていこう。
 今読み返してみて、少々気負い過ぎを感じないでもありませんが、このメッセージに私たちが込めた思いは、発足から5年経った今もいささかも変わりがありません。
 そこで本誌50号発刊を機に、今、化学物質対策がどうなっているか、メッセージに込めた私たちの思いをあらためて再確認したいと思います。

■深刻化する化学物質汚染
 メッセージの冒頭に、「次々に作り出されている化学物質、それは今や、生活と環境全体を覆いつくし、様々な被害を引き起こしています」と書きましたが、化学物質に起因するアトピー性皮膚炎や花粉症、そしてシックハウス症候群に代表される化学物質過敏症などの健康被害の発症は、今や日本国民の相当数に及んでいるのではないかと思われます。
 そして、この5年間に新たにダイオキシンという「非意図的生成物質」や、「環境ホルモン」と称される外因性内分泌かく乱化学物質による汚染被害がクローズアップされてきました。とくに環境ホルモンによると思われる生態系の様々な異変は、全地球的な規模の広がりを見せており、人類の未来に対する大きな不安材料となってきています。

■バラバラな化学物質行政
 こうした化学物質汚染被害の広がりに対して、これまでの日本の化学物質行政はバラバラな対応に終始してきました。省庁再編の行政改革が行われた今日も、化学物質行政は経済産業省、環境省、厚生労働省、農水省、国土交通省、文部科学省など多省に所管や権限が分散しており、100近くもある化学物質関連の法律も縦割りになったままです。
 このことは、本誌第3号(98年11月14日)の巻頭論文でも、「国民の間に、ダイオキシンや環境ホルモンに対する関心が高まっているこの機会に、これまでの化学物質対策(行政)の全面的な見直しに着手すべきではないでしょうか」と問題を投げかけております。

■新たな取組みの動き
 ところが、昨今の化学物質問題に対する世論や関心の高まりもあって、この5年間で化学物質行政の動きにはめざましい進展が見られるようになりました。そのいくつかをあげると、

(1)PRTR制度の法制化
 PRTR(環境汚染物質排出移動登録)のことは本誌創刊号でも紹介しましたが、日本政府はOECDから勧告を受けていた法制化について、1999年7月に「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(略称・化学物質管理促進法)を制定し、2001年4月から施行。本年度中には事業所からの化学物質の排出量等の届出、及び農薬散布や自動車発生源のような届出外排出量の推計と併せた国による集計・公表、請求による個別事業所データの開示が行われることになりました。
 これは化学物質に対する国民の「知る権利」を実現する上で画期的なことと評価できます。

(2)化審法の見直しに着手−生態系保全の考え方を導入
 現行の「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)は、人の健康の保護のみを目的としており、生態系への影響の観点からの審査や規制は行われてきませんでした。
 しかし、本年1月、OECD環境保全成果レビューにおいて化学物質管理に生態系保全を含むよう規制の範囲を拡大することが勧告されたことに伴い、環境省では、次期通常国会にはこの生態系への保全の観点を加えた化審法の一部改正を行うことを明らかにしています。

(3)子ども基準を初めて導入
 シックハウス症候群など、室内空気中の化学物質汚染による健康影響が懸念される中、厚生労働省は今年1月にホルムアルデヒドをはじめとする十数物質についての室内濃度指針値を決めました。その際にクロロピリホスについては、通常の大人の基準の他に小児に適用される基準を初めて定めました。
 子どもの健康保護のための基準設定については、1997年5月に米国のマイアミで開催された8カ国環境大臣会合で取り交わされた「マイアミ宣言」の中で合意されたことで、私たちは本誌第39号(01年11月15日)の巻頭論文で、「「子ども環境健康保護法」の制定を」との呼びかけを行っております。

■市民の課題
 企業は環境報告書やレスポンシブル・ケア(RC)などの自主的な取組みと、PRTR法による化学物質情報の届出公表などによって情報発信をしなければならない時代になってきています。これに対して、今後は益々市民側の主体的な取組みが求められてくると思います。
 当研究会の役割は、行政や企業と市民・住民間の橋渡し、場合によっては市民から委任を受けたファシリテーターの役割ではないかと考えています。これから先の5年間で、さらに成果をあげられるような活動をめざしていきたいと思います。どうぞ、一緒に活動してください。
(代表 藤原 寿和)


2.化学物質の恐ろしさ−化学物質過敏症患者の記録
   女性(環境病患者会)

◆4年前の洗車機稼働から始まった
 事の起こりは、1998年6月25日、我が家から30メートルほどの所にあった「無人コイン洗車場」がリニューアルオープンした事でした。まず最初に、家に一番長くいた私に異常が出ました。目の充血、目や喉の痛み、皮膚の痒み、息苦しさで花粉症用めがねとマスクを買いに走りました。
 小5の息子と4歳の娘の身に及ばないようにと、子どもたちはできるだけ家にいる時間を少なくするよう配慮していました。しかし、1週間も経たないうちに、子どもたちはあまりの痒さと息苦しさで寝られず、身をよじりながら「助けて」と訴えたのです。その晩は洗車機が使われた直後でした。夫にも症状が現れました。
 そして、その晩から避難生活が始まったのでした。家族の誰もが家から離れると症状が消え、戻ると症状が出ました。子どもたちは学校や幼稚園が避難場所です。来客や、下校途中の小学生までが「ここは異臭がする」と言います。消費生活センターやPL科学センターを始め、思いつく限り問い合わせましたが、「初めてのケースです」、「認可されていますから」とどこも取り合ってはくれませんでした。

◆わずか1か月で体調激変
 洗車場が大盛況だった気温の高い日に、私は庭で目と喉がひどく痛み、玄関先で倒れました。庭の赤芽ソロは葉がところどころ黒くなり、秋のように葉を落としました。空気測定を頼もうとしても、原因を伝えるとどこも引き受けてはくれません。
 合気道もしていて、体調良好だった私たち家族の体は、わずか1か月で激変してしまったのです。避難していた実家から家に戻ると、家族皆が当初の症状に加え、咳き込み、腎臓のあたりが痛く、舌が白く荒れ、頭皮がむけ、洗髪するとゾッとするほど髪が抜けました。イライラし、判断力、記憶力の低下、口や手まで痺れ、嘔吐、下痢が発生しました。また喉はジリジリ焼けつくよう、発熱、胸痛、動悸、転げ回るほどの胃腸炎を引き起こしました。カーテンを洗濯した夫と私は呼吸困難に陥り、死ぬかと思うほどでした。
 救急病院から中毒外来を紹介されましたが、中毒外来では「合成洗剤は動物実験されていないから(分からない)」と言われ、心療内科を紹介されたのでした。
 多くの病院をまわりました。そして、何処の病院に行っても引っ越すしかないと言われたのです。体はすっかり過敏症になり、今まで使っていた100%無添加の石けんすら使えません。前橋を離れ、私の実家を起点に借家探しの日々が続きましたが、家から発生する化学物質のためか、私たちに住める借家はなくなっていました。

◆合成洗剤とワックスの臭いで充満
 稼働開始時から、洗車機のメーカーには霧の飛散防止を求めましたが、まったく相手にはしてもらえませんでした。洗車機が動き出すと、霧が我が家に入り込むのが見え、家の外も中も使用される合成洗剤とワックスの臭いで充満しました。
 その最新型洗車機は、細部に入り込んだ汚れも吹き飛ばして落とす、高圧ジェット式です。全コースは、前処理剤散布−高圧ジェット洗剤による洗浄−高圧ジェット水によるすすぎ−高圧ワックス散布−ポリマーコート剤散布−強力ブロアー仕上げ。この機械には小さな字で、「霧状の洗浄液を吸い込むと障害を起こす危険性があります。洗浄液が皮膚にかかったり、目に入ったりすると障害を起こす危険性があります」と書いてあるのです。しかし、対策は何らされていませんし、経営者への指導もありません。
 稼働開始の1か月後に、やっとメーカーから「この洗剤は、食器などを洗う洗剤と同等で、化粧品の原料とほぼ同じものを使用。PHが10.7前後、界面活性剤の影響で人によって肌荒れを起こすことがあります。全国で576台、本洗剤を使用している機械がありますが、人及び植物にダメージを与えたという報告はありません。本機の場合は霧状ミストの飛散があります。洗車機を覆うテントなどで飛散の低減化の処置を検討してください」との見解書が送られてきました。
 時すでに遅く、私たちは深刻なダメージを受け、住むところもありません。8月に、周囲で他にも具合の悪くなった人もいたので、経営者に洗車機は操業停止してもらいました。

◆古家に助けられたのもつかの間
 11月に入ると、娘はトイレの場所さえ忘れてしまうほど物忘れがひどく、体中あちこちのリンパ腺が大きく腫れ、微熱が続き、肝機能が異常となり、一歩も歩けない状態になりました。群馬大学小児科の血液腫瘍外来で悪性リンパ腫の疑いで、すぐ入院と言われましたが、レントゲン室で体全体が震え出し、ショック状態になった子に、化学療法を受けさせる気持ちにはなれませんでした。
 この直後、京都の民間療法を紹介され、2泊3日の旅行に家族で出かけたのです。その結果、民間療法と旅行が幸いしたのか、娘の微熱は翌日から下がり始め、1か月後には回復の兆しが見え始めました。担当の医師は「原因はウイルスだったのでしょうか」と言いました。
 12月末になって、やっと私たちが何とか住めそうな家が見つかったのです。築30年、長年住む人もなく、通称「お化け屋敷」と呼ばれていた家に助けられました。しかし、それも束の間でした。
 翌99年4月、私たちの住む所から300メートルほどの所に、スーパーが洗車場をオープンしたのです。私たちの被害を知っていた近隣の方たちが反対しましたが、保健所の"大丈夫"というお墨付きで押し切られました。24時間営業で、別会社の高圧洗浄の洗車機が2台稼動を始めました。そのとたんに、家族みんな症状がぶり返し、また実家へ避難です。私は外出先で何度も倒れ、不眠、幻聴、幻覚でまるで痴呆のようになり、やせ細りました。
 激しい頭痛のため行った脳外科ではCTを撮られ、その直後に全身脱力で目すら動かせず、私が一言も話していないのに精神分裂症と診断されました。その後、電磁波にも過敏になり、テレビも観られなくなったのです。心療内科でも分裂症と診断されました。

◆青山先生に出会う
 5月に、名水を汲みに行った所で重い化学物質過敏症の人に出会い、青山医院を教えていただきました。有機リンの研究者で、化学物質過敏症に取り組んでいる青山美子先生に「家具一つ持ち出せなかったでしょう」と言われて、初めて分かってくれる人がいたという喜びに涙が止まりませんでした。
 先生の紹介で、10月に私たちは化学物質過敏症の専門機関である北里研究所病院で検査。年齢が低くて検査ができない娘を除いて、3人とも典型的な化学物質過敏症と診断され、「よく生きていらっしゃいました。間違った治療がなされていたら取り返しがつかなかった。ワックスは有機リン化合物です。農薬に近いものを浴びましたね」と宮田幹夫先生に言われました。
 2000年7月、症状が一番軽い夫が家族を代表して同病院で負荷試験を受けました。その結果、やはり合成洗剤が原因で中枢神経機能障害となったこと。今までの多種多様な症状は精神科的なものではないと診断されたのです。ふだん穏やかな夫が別人のように豹変して離婚寸前になったり、NHKの「キレる子ども」そのものだった息子の行動の"謎が解けた"と思いました。
 動物を使った合成洗剤の毒性を証明する報告はありますが、私たちはまさにその人体実験をしてしまったことになります。アレルギーになりにくい体質と診断された私なのに、アトピーや花粉症にもなり、合成洗剤の恐ろしさを身をもって知りました。
 合成洗剤研究の第一人者の坂下栄先生は「合成界面活性剤を含んでいる限り、私たちの生活に明日はない。合成洗剤は身体の細胞を確実に破壊する」と警告しています。
環境化学物質は83%が呼吸器から取り込まれ、食物から7%、水から8%と考えられています。空気中の化学物質は肺からそのまま血中に溶け込み、体内を巡って中枢神経、粘膜、脳に影響を与えます。私たちは空気環境にもっと注意を払うべきなのです。

◆子どもたちが学校で被害に遭う
 2000年の夏、群馬大学で開催された「科学リテラシーの向上を目指した地域開放特別事業」に中学生の息子と一緒に参加したのがきっかけで、環境問題を引き起こしている原因が分かる勉強を始めました。そのおかげで環境問題などが驚くほど分かるようになり、いま、生活の中で大変役立っています。もっと早く、私がこのような勉強をしていたら、今のような患者にならなくて済んだかもしれません。このような学習こそ、環境問題に対する共通認識を広めていく必要条件であると痛感しています。売らんかなの溢れる情報に振り回されないために、科学を市民のものにする教育の転換が望まれます。
 「病気、不登校の影に化学物質あり」も化学物質過敏症になって目の当たりにしました。娘や息子も、学校が原因で医療が受けられない身体になってしまったのです。娘は学校に申し入れをしてあったにもかかわらず、ワックスがけをされた結果、解毒のための点滴を受けられなくなってしまいました。また、息子も化学物質に配慮したというふれこみの新築体育館に、「ちょっとだけ入ってみたら」と先生に言われて入ったことで、それから1週間昏々と眠り続けるという事態に陥ったのです。

◆前橋市で意見書採択!
 こうしたことから、01年4月、環境施設準備会を作りました。分野間のつながりを持ち、化学物質のリスク軽減、患者救済、予防治療体制の整備が目的です。この病気に詳しい医師、建築家、公衆衛生の先生、ドイツの環境分野を取材しているライターの方々と勉強会を重ねています。地元選出の科学技術担当大臣へ「一般環境における化学物質の健康被害への対応に関する要望書、患者救済のための緊急要望書」を提出。特に避難場所捜しに奔走しています。
 02年8月、世論の高まりや市議の尽力もあって、前橋市で「シックハウス、シックスクール等化学物質過敏症対策の推進に関する意見書」が採択され、国会と関係行政庁に送付されました。これは、01年に県の住宅課が「化学物質被害のメカニズム」松本恭治先生の講演会を開催し、啓発して下さったおかげと感謝しています。
 県内の中学校理科室改修工事では、室内濃度が文部科学省の「学校環境衛生の基準」判定基準値以下でしたが、発症者が出てしまいました。化学物質過敏症患者はもちろん入れません。つまり基準値では身体を守れないのです。「過敏な人に安全なら、全ての人に健康的」という発想の転換が望まれます。
 この夏、青山医院内に自然発生的に環境病患者会ができました。また一つ輪が大きくなりました。間違った治療がされないためにも、化学物質過敏症が健康保険適用となり、臨床環境医学が周知されることを願って止みません。


化学物質問題市民研究会
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