ピコ通信/第35号
発行日2001年7月13日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. 2001年版『環境白書』に見る化学物質対策(下)
  2. 【脱塩ビのページ】医療器具から高いレベルでフタル酸の汚染を受ける赤ちゃん
  3. 第7回シックハウス検討会/ダイアジノン、DEHPなど3物質に指針値
  4. 【海外情報】カナダ最高裁、芝用農薬の使用禁止を認める、他
  5. 化学物質問題の動き(2001年6月)
  6. お知らせ/編集後記


2.【脱塩ビのページ】
   医療器具から高いレベルでフタル酸の汚染を受ける赤ちゃん


 今回は、Health Care Without Harm(HCWH)という国際NGOの、塩ビの医療器具による新生児のフタル酸エステルへの曝露の問題を研究した報告書をご紹介します。
 HCWHは、塩ビ製の医療器具による可塑剤等の問題や、医療廃棄物の焼却に代る方法の推進など、医療行為にともなう環境・保健問題に取り組んでいるNGOです。この名前は、医師を志す人に最初に教えられる心得、「患者を治療しようとする前に、患者に“害”になることをしないように心がけよ」に由来しています。無理矢理訳すと「害を与えない医療」といったところですが、ここではHCWHとしておきます。患者さんを治療しようとする一方で、患者さんを含む人や環境に害を与えることのない医療をめざしています。

人はDEHP(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)に生涯にわたって曝露している
 この有毒化学物質への曝露は子宮内にいるときから始まっており、未熟児や保育器での特別看護を必要とする新生児において劇的に高まる。そして、静脈注射や経腸栄養、酸素療法のシステムが外され、家に戻るとともに減少していく。

 早産の新生児、ことに体重の満たない未熟児が必要とする医療的な処置には、可塑剤のDEHPを含んだ多くの塩ビ器具が使用される可能性がある。たとえば、輸血、呼吸補助、電解質や糖質、薬の注入、総合栄養の非経口(静脈)注入、血液交換、特殊膜による酸素補給(ECMO)などである。その結果として、早産の赤ちゃんは、多くの経路から比較的高いレベルでDEHPを摂取している恐れがある。

 DEHPはフタル酸エステルと呼ばれる化学物質群のうちの一つである。フタル酸エステル類は塩ビを軟らかくし、弾力を与えるために使われる。DEHPは(他のフタル酸エステル可塑剤同様)、塩ビそのものに結合していないので、塩ビ製品から滲出する可能性がある。
 一般的な人は、大気、水、食事経由でDEHPに曝露しているが、それは製品からの滲出や揮発、また工業施設からの排出に由来する。DEHPは胎盤を通過するため、ヒトのDEHPへの曝露は母親の胎内の胚である時期から始まる。

 DEHPは塩ビ製の医療製品にも使われる。その他の製品に使われている場合と同様、DEHPは軟質塩ビ製の医療器具から、溶液や医薬品の中へと溶け出し、最終的に患者の体内に入ることになる。

DEHPの健康リスク
 DEHPは、生殖、発達に対して有害性をもつ。動物による研究では、DEHPは特に発達中の胎児に有害であることが認められている。雄では精巣の変化、生殖能力の低下、精子数の変化、雌では卵巣の機能障害、ホルモン分泌の減少といった生殖系への悪影響である。比較的多量の曝露の後にのみ見られる影響もあるものの、雄の生殖系の発達はことに低いレベルの曝露による影響を受けやすく、DEHPを含む器具を使った医療を受ける間に曝露し得るレベルは、これに近似している。新生児のための保育器は、動物の試験で健康に悪影響を及ぼすことがわかっているレベルと同等か、あるいはそれを超過している可能性がある。

 DEHPが発達中のヒトの生殖系へ与える影響を直接観察した研究というのはないが、それに関連するヒトへのリスクを予見するための動物による研究では、ヒトへの有害な影響がありそうだということが示唆されている。このように、ヒトのDEHPへの曝露が、生殖系やその他の器官が発達途中の、ごく幼い未成熟な新生児において最も高いということはとりわけ憂慮されることである。

 新生児は、病院から家にもどってからも、その曝露レベルは低くなるが、引き続きDEHPに曝される。DEHPは、室内空気だけでなく、粉ミルクやベビーフード、母乳からも検出されているからだ。

 アメリカでは、ヒトの生殖への影響評価に関する国立毒性学プログラムセンター(*)が指名した、フタル酸エステル類に関する専門家パネルが、早産の新生児や乳幼児、妊娠した女性のDEHPへの曝露が心配であると結論した。この専門化パネルのサマリーステートメントで、同パネルは、保育器など、医療用器具に使われるDEHPに高レベルに曝された男の乳児の生殖管の発達には悪影響が起こりうる“深刻な懸念がある”と述べている。また、この専門化パネルは、もし男の乳児や幼児が大人よりかなり高いレベルのDEHPに曝されているなら、生殖管の発達に悪影響が起こるかもしれない“懸念がある”とも述べている。最後に、このパネルは妊娠した女性が一般環境中のDEHPに曝露することでその子どもに悪影響が起こるかもしれないことが“懸念される”と述べている。

(*) National Toxicolology Program's Center on Evaluation of Risks to Human Reproduction

『新生児のDEHPへの曝露と、欧州における曝露回避の可能性』概要より
(関根)


3.第7回シックハウス検討会/ダイアジノン、DEHPなど3物質に指針値

 7月5日、厚生労働省の第7回「シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会」が開かれ、フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)、ダイアジノン、テトラデカンの3物質に室内濃度指針値が、また、ノナナールについては暫定値が決められました。
 検討会では、先にパブリックコメントで意見を募集したことに対する対応についても検討されました。当日、傍聴しましたので、概略を報告します。

実態とかけ離れたDEHP指針値
 フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP/フタル酸ジオクチル)は、塩化ビニルやアクリル樹脂などの可塑剤としてもっともよく使われる可塑剤の一つで、環境ホルモンとして問題になっている物質です。99年公表された東京都衛生局調査では、屋内で平均値216.0ng/m3(0.216μg/m3)なっています。
 DEHPの毒性については、ラットやマウスの動物実験で精巣萎縮、成熟精子の減少、テストステロン量の低下、骨格奇形、肝重量増加、孫世代での出生率・生存率の大幅の低下など生殖毒性が報告されています。
 今回設定された指針値は下表の通りです(表参照)。

今回新たに指針値を策定した物質
揮発性有機化合物毒性指標室内濃度
指針値
テトラデカンC8-C16混合物のラット曝露における肝臓への影響330μg/m3
(0.04ppm)
フタル酸ジ-2-エチルヘキシルラット曝露における精巣への病理組織学的影響120μg/m3
(7.6ppb)
ダイアジノンラット曝露における血漿及び赤血球コリンエステラーゼ活性への影響0.29μg/m3
(0.02ppb)
これまでに指針値等を策定した物質
揮発性有機化合物毒性指標室内濃度
指針値
ホルムアルデヒドヒト曝露における鼻咽頭粘膜への刺激100μg/m3
(0.08ppm)
トルエンヒト曝露における神経行動機能及び生殖発生への影響260μg/m3
(0.07ppm)
キシレン妊娠ラット曝露における出生児の中枢神経系発達への影響870μg/m3
(0.20ppm)
パラジクロロベンゼンビーグル犬曝露における肝臓及び腎臓等への影響240μg/m3
(0.04ppm)
エチルベンゼンマウス及びラット曝露における肝臓及び腎臓への影響3800μg/m3
(0.88ppm)
スチレンラット曝露における脳や肝臓への影響220μg/m3
(0.05ppm)
クロルピリホス母ラット曝露における新生児の神経発達への影響及び新生児脳への形態学的影響1μg/m3
(0.07ppb)
小児の場合
0.1μg/m3
(0.007ppb)
フタル酸ジ-n-ブチル母ラット曝露における新生児の生殖器の構造異常等への影響220μg/m3
(0.02ppm)
 
総揮発性
有機化合物量
(TVOC)
国内の室内VOC実態調査の結果から、合理的に可能な限り低い範囲で決定暫定目標値
400μg/m3

ppm=100万分の1 ; ppb=10億分の1
μ(マイクロ)=100万分の1 ; n(ナノ)=10億分の1

その根拠とされたのは、マウスによる生殖毒性試験(Lamb等、1987)で、胚致死、胎児の形質異常などの毒性に対する無毒性量(NOAEL)が14mg/kg/day。それと、ラットによる比較的低用量の試験(Poon等、1997)で、精巣の病理組織的変化に対するNOAEL3.7mg/kg/dayです。これらに安全係数100を適用し、当面のTDI(耐容1日摂取量)を40〜140mg/kg/dayとしています。
 そして、DEHPの指針値は、ALARA(as lowas reasonably:合理的に達成可能な限り低く)の原則を適用して、3.7mg/kg/dayを採用し、安全係数100で除してTDI=0.037mg/kg/dayとしています。
 指針値の7.6ppbの計算方法は日本人の平均体重を50kg、1日当たりの呼吸量を15m3とし、
0.037(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)=0.12mg/m3=120μg/m3
これをppbに換算すると7.6ppbとなります。
 この数値は、東京都の汚染実態調査結果(先述)と比べると実に600倍近いという、実態とかけ離れた高い値です。これでは、DEHPについて現状では気にする必要がないということになり、有害な化学物質による室内汚染を減らすための指針値を決める意味がありません。

ダイアジノンには、「子どもには10倍厳しく」は適用されず
 ダイアジノンは有機リン系の殺虫剤で、農業用の他、蚊、ハエ、ゴキブリ退治などの家庭用、農薬空中散布用にも使われています。シロアリ駆除への使用自粛等が決まったクロルピリホスなど他の有機リン系農薬同様、神経毒性を持ち、免疫低下(風邪をひきやすい)、ホルモン異常、生理不順、眼障害(視力低下、視野狭窄、乱視など)、自律神経症状などの慢性中毒症状が明らかになっています。
 アメリカでは、段階的に禁止していくことが昨年12月に決まっています。今回の指針値設定は、その動きに呼応したものでしょう。今回の指針値策定の根拠として、米環境保護庁によるダイアジノンのリスク再評価の中での新たな知見が上げられています。ラットによる21日間のダイアジノン吸入曝露毒性試験の結果、血漿コリンエステラーゼ(注)活性の阻害が雌雄の全曝露群で、また、赤血球コリンエステラーゼ活性の阻害が雄の全曝露群で見られたというものです。その時の最小毒性量(LOAEL)は0.026mg/kg/dayです。
 その結果、ダイアジノンの指針値は、
安全係数=10(種差)×10(個体差)×3(NOAELの替わりにLOAELなので)=300
TDI=0.026(mg/kg/day)/300(安全係数)=0.0000867mg/kg/day
平均体重50kg、1日当たりの呼吸量を15m3として、
0.0000867(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)=0.00029mg/m3=0.29μg/m3
これをppbに換算すると0.02ppbとなります。
 同じ有機リン系農薬のクロルピリホスについては、先に小児に対しては大人の10倍厳しく0.007ppbとしましたが(表参照)、ダイアジノンについては適用されず、子どもへの影響を考えるとひじょうに残念な結果となりました。

テトラデカンの発ガン性は「明白でない」
 テトラデカンは、炭素数14の飽和炭化水素で、溶剤、洗浄剤に使われています。動物実験により発ガン性を示し、高濃度では刺激性があり、麻酔作用があると指摘されています。しかし、今回、発ガン補助活性とプロモーター(発がん促進)活性については認められたものの、発ガン性については明白ではないと判断されました。皮膚刺激性が強いことについては認められています。
 そして、ラットにおける経口曝露に関する知見から、肝臓に影響を及ぼさないと考えられる無毒性量を基に、吸入曝露に置き換えて、室内濃度指針値を330μg/m3(41ppb)と設定されました。
 これまでに指針値が設定された他の物質についても言えることですが(表参照)、総揮発性有機化合物量(TVOC)の目標値が400μg/m3ですから、テトラデカンの330μg/m3という値だけで、ほとんどいっぱいになってしまいます。これは、どう考えたらいいのでしょうか。
 なお、ノナナール(炭素数8のアルデヒド類)については、情報量が少ないことから、暫定値を41μg/m3とし、継続して検討していくことに決まりました。

パブリックコメントに対する回答
 注目される回答を拾って紹介します。
質問 指針値以下なら使用してもいいのか他
回答 指針値の策定は、室内空気環境の改善または、健康で快適な空気質の確保が目的。シックハウス症候群のように、この指針値を満たしている室内空気質であれば安全と言えない場合もある。しかし、指針値を定め、普及啓発することで、住宅や建物の改善が進み、シックハウス症候群予備軍の人たちが今後健康悪化を来さないようにすることができる。
質問 最終的に室内に存在している物質だけではなく、それの起源となるものも規制すべきではないか。
回答 発生源対策もシックハウス総合対策の重要課題。家庭用品からの化学物質放散量等についても今後検討が必要になると考えている。
質問 TVOC400μg/m3との整合性はどうなのか。
回答 指針値はリスク評価に基づいた健康指針値。一方、TVOCの数値は実態調査の結果に基づいて、達成可能な限り低い範囲で決めた暫定目標値で、毒性学的見地から求めたものではない。したがって、現時点ではそれぞれ独立して扱われるべきもの。今後、きちんとしたTVOCと健康影響の実態調査をし、リスク評価に基づいたた指針値設定をめざしている。
質問 フタル酸エステル類の合計の指針値を検討すべき。
回答 今後、実態調査を行い、物質群毎や用途群毎の寄与評価を行うことが必要と考えている。

本当にシックハウスは防げるのか?
 今回の3物質を加え、合計11物質について指針値が決められたわけです。シックハウス病を予防できるとしていますが、その根拠は何もありません。指針値の根拠とされている毒性データが、従来の急性毒性・臓器への目に見える影響中心、高用量によるデータで、シックハウス病予防とはほとんど関係ないからです。
 シックハウス病を予防するための基準を決めようとするなら、シックハウス病に罹った人たちの実態調査からするべきでしょう。厚生労働省では、実態調査による曝露量と健康影響の因果関係について、調査研究中とのことですので、結果に期待しましょう。
 それから、TDI(耐容1日摂取量)をすべて呼吸を通して摂るものとして計算しているのですが、実際には食べ物や水、食器、おもちゃ、ホコリどから口を通して、あるいは皮膚からも摂取されます。ですから、空気質における指針値はもっと低い値になるはずです。
 もう一つ、TVOCとの整合性の問題があります。このことは厚生労働省でも今後の課題として、「実態調査に基づいて物質群毎や用途群毎の寄与評価を行うことが必要と考えている」としていますので、注目しましょう。
 次回検討会は9月〜10月に開かれ、ホルムアルデヒドの替わりに使われることが増えた「アセトアルデヒド」と、シロアリ駆除剤としてクロルピリホスに次いで多く使われている「フェノブカルブ」の2物質についての指針値が検討される予定です。
(安間)

(注):動物の神経接合部に存在し、アセチルコリンを分解する酵素。神経を刺激するとアセチルコリンが生成し、興奮を伝達するが、コリンエステラーゼがアセチルコリンを分解し、興奮は停止する。有機リン系やカーバメート系の殺虫剤は、この酵素の活動を阻害し興奮を永続させる働きがある。(環境科学辞典 東京化学同人発行)


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