ピコ通信/第30号
発行日2001年2月7日
発行化学物質問題市民研究会
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URLhttp://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/

目次

  1. EUの委員会が有害化学物質規制優先リスト案を発表
  2. 第3期連続講座 第5回 報告「子どもの脳が危ない」福島 章さん
  3. 環境ホルモン国際シンポジウム in 横浜
  4. 化学物質問題の動き(2001年1月)
  5. 連続講座案内/編集後記

2.第3期連続講座 第5回 報告「子どもの脳が危ない」
 福島 章さん(上智大学教授)
 1月20日(土)に行われた講演より(文責 当研究会 )

 
 
福島 章さん

 私は、若い時から犯罪者、非行少年の鑑定をやってきました。簡易鑑定を300例、本鑑定を300から400例ぐらいやっています。MRI(核磁気共鳴映像法)やCTスキャン(コンピュータ断層撮影)で脳の形態を見ていますが、以前は、気脳写といって、脳の中に空気を入れて見るという方法でした。殺人のような重犯罪者、特に何人も殺したような例では、脳に異常があることが分かりました。

犯罪は増加しているか
 今、日本人全体の脳がおかしくなって、凶悪な犯罪、特に少年のそれが増えているというわけではありません。少年の犯罪検挙者数の推移をみると、戦後に大きな山があって生活型の非行、60年代前半に第2の山があり反抗型非行、粗暴な非行が中心です。豊かになった80年代に第3の山がきて、財産犯、万引きや自動車泥棒、これはスリルを楽しむためというので、遊び型非行と呼ばれます。
 90年代半ばには減りますが、ここ数年増大しています。これを第4の波として、警察、マスコミ、法務省が少年非行激増キャンペーンをしています。しかし、98年がピークで、そのあと減っています。ほとんどが窃盗のような小さい犯罪で、お巡りさんが増えたために、検挙者も増えたという側面も考えられます。
 少年による殺人事件数は、以前は年400件前後だったのが、70年代から100件以下です。昔は数が多くて、いちいち詳しく報道されなかったのです。97年に神戸の14歳の少年による連続小学生殺傷事件が起きて、大きな衝撃を与えましたが、その年は75人でした。マスコミが大きく、詳しく書くほど、似た犯罪が起きるので、翌年は150人に増えましたが、99年には111人まで下がりました。少年による殺人はここ3年やや増加していますが、激増というわけではありません。
 大人を含めた数では、60年ぐらいは年間3000件あったのが、世の中が豊かに落ち着いてくると、激減します。90年くらいが底を打った年で、最近少し増えています。しかし、日本の安全神話が崩壊したとか、「殺人列島」とマスコミが書く程ではありません。殺された人の年齢別数を見ると、69年では20代がかなり殺されていましたが、94年では、50代の方が若者より上です。今の子供は狂暴で、何をするか分からないと言っている世代の方が、若い時も今も殺されている数が多いのです。今の若者の方がむしろ全体としてはお互いに平和で、男女差も開いていません。

犯人の症例からみた形態異常
 最初は杉並の家族4人放火殺人事件です。幼児の教育をめぐってというささいな理由で家族4人を殺し、家を全焼させました。犯人は普段大人しくて内向的でした。MRIでは、脳が腫瘤によって裂け目ができていました。
 九州の妻子3人殺人事件の犯人は、最初会った時は、強いうつの状態でした。しばらくして会うと、軽い躁状態でした。MRIで、脳の形成期に起こった奇形が見られ、そのせいで、躁とうつが入れ替わる気分循環性障害になっていると診断しました。
 女子校生監禁コンクリート殺人事件の犯人では、主犯格の少年のMRIでは脳には穴があいていました。風景構成法という、風景画を書かせる心理テストをやらせると、要素をバラバラに描く構成放棄が見られました。
 連続殺人を犯した若い女性犯の例では、動機が薄弱で、衝動的な性格の境界人格障害であることが分りました。幼児期の重症のチックや、思春期危機などの病歴がありました。MRIでは、広範囲に神経細胞の脱落や、脳の皺が細かすぎるところなどが見られました。
 栃木県の幼女誘拐殺人犯は、形の上では異常はなかったものの、全体に脳が小さい、小脳症でした。
 前科もないのに急に強盗殺人で2人殺した若い女性犯は、くも膜のう胞や脳の萎縮が見られました。脳波を測ると、6サイクル陽性棘波というてんかんに似た異常がありました。

犯罪群別の有所見率の比較
所見 形態学的異常 脳波学的異常 いずれかの異常
あり なし 合計 あり なし 合計 あり なし 合計
重大殺人 15
(60%)
10
(40%)
25 21
(84%)
4
(16%)
25 23
(85%)
4
(15%)
27
その他 3(21%) 11
(79%)
14 6
(33%)
12
(67%)
18 7
(35%)
13
(65%)
20
合計 18 21 39 27 16 43 30 17 47
χ2 検定 p < 0.005 p < 0.001 p < 0.001

臨床統計で有意差
 10年で50例ぐらいの症例が集まりました。重大犯罪の方が、脳の質的な異常、量的な異常、脳波の異常のケースが目立ちました。これを集計してみると、重大殺人犯は形の異常が60%、他の人は20%と明らかに有意差が出ました。脳波の方がもっとはっきり有意差が出ました。この結果、殺人、特に重大殺人を犯す人は、脳に形態学的な、あるいは脳波的な異常があるということを、97年ころから学会に発表し始めました。脳の異常を微細な脳気質性変化症候群、英文で略してMIBOCSと命名しました。これは、胎児期から乳児期の初期までの脳形成期に形成異常があったためであると考えられます。
 ハンマーで関節を叩いて反射を診る神経学的検査という方法もあり、昨年の佐賀のバスジャック犯の鑑定では、ハンマーで叩くと右の反射が昂進していることが分かりました。MRIでは異常がなかったのですが、脳波では陽性棘波が出たので、やはり脳に異常があるということが分かりました。
 18年前の金属バット殺人事件、30年前の同級生首切り殺人事件でも、脳の萎縮がみられます。情緒性欠如の人は脳の側脳室の拡大、つまり隙間が大きく、医療少年院に入る子の多くにこれがみられることは、73年ころにすでに分かっていました。

外国での研究結果
 外国ではレインという人が系統的にやっています。研究のために英国から南カリフォルニアへ移った人です。殺人者の脳では、人間的感情や道徳心をつかさどる前頭葉で糖代謝が低下しています。PETという同位元素で脳内の代謝を見ると、衝動殺人では、前頭葉では糖代謝低下、本能をつかさどるところでは昂進していました。計画殺人では代謝の変化は見られませんでした。また別の研究では、殺人者のうち社会的な剥奪、虐待があった家庭出身者には脳の異常が見られないという結果が出ています。
 殺人に限らず、人間の行動は、バイオ、サイコ、ソーシャル、つまり生物的、心理的、環境的、それらの関数として起こるのであって、総合して考えなければならないということで、私は多次元的な診断を提唱しています。

化学物質との関連
 脳の異常に、化学物質が影響したという例がありました。92年の市川の一家4人強殺事件で、犯人の少年は、胎児期に、母親が流産防止に飲んでいた多量の黄体ホルモンに曝されました。この黄体ホルモンには男性化作用があるため、脳が超男性脳になって、高い攻撃性を獲得したという鑑定を私は裁判所に出しました。人の脳は最初はみんな女性脳として発生し、男性はアンドロジェンの働きで男性脳になります。ここで屈折するために、攻撃性、暴力性、高い活動性などの特徴が出てきます。この少年は男性化ホルモンによってさらに屈折して、超男性脳になったのです。
 アメリカのライニッシュという人が、胎児期に合成黄体ホルモンに曝された子どもの攻撃性が、そうでない子の倍以上に増大していると発表しています。
 環境ホルモンでも、男性化ホルモンが働くと、攻撃性が高まり、キレる、凶悪な非行が増えると考えられます。しかし女性化ホルモンが働くと、優しい子どもになります。今の子どもが全体としては優しくなっているのは、そのせいかもしれません。
 子どもの脳は2歳まで発達し続けるので、この間にどんな物質に曝されるかが重要になります。ダイオキシンも母親の体内や母乳から転移して、脳の中に入ります。

ADHD
 注意欠陥多動性障害ADHDが社会問題になっています。80年にアメリカで診断基準DSMができて、その時は微細脳障害MBDと言っていました。集団不適合や学級崩壊、学習障害LDなどをもたらしますが、多くは成長するとグロウンアウトと言って、健常人になります。思春期になって行為障害CDになった人も、多くは健常人に、成長して一部が反社会的人格障害や精神病になります。アメリカでは80年に3%、94年は5%に増えています。五大湖周辺では10%にもなるといいます。ADHDは症候群なので、100ぐらいの病気からなっていると言われていて、化学物質もその原因の一つとして考えられます。

子どもたちの性格の変化
 総理府からの委託で、普通の子どもがどう変わって行くか、2つの中学校を79年から追っています。バームテストと言って、樹木を書かせて自己像を探るようなことをしています。全体的には優しく、おとなしくて想像力の豊かな子が増える一方、少数だが自閉的で空虚で、衝動的、キレやすい子とに、二極分化が進んでいます。後者の割合がだんだん多くなっています。
 新しい世代は、生まれてすぐから、大量のイメージ情報に曝されて、論理的より、イメージ的に、行動原理も現実的より快楽的になっています。このため、コンピュータのOSにあたるものが大人と全く違ったものになっています。自殺もおおむね減っていますが、86年の岡田有希子の自殺で増えたり、97年の神戸の事件で少年の殺人が増えたように、マスコミ情報の影響を受けやすくなっています。

【質疑応答

 ADHDの治療に薬を使うことへの先生のお考えは?
 ADHDでもなにが原因でなっているか綿密に調べる必要があります。リタリンという薬は効くけれども、症状を抑えるだけの薬で、他の心理的、社会的な総合的手当てが必要です。必要な一定の時期だけ飲ませるというのは一つのポリシーだと思うが、副作用については十分に検証されていません。しかし、日本ではもっと使ってもいいのでは。アメリカは逆に使い過ぎという気がします。

 子どもが17歳になる前にMRI検査を受けさせた方がいいか?
 MRI検査で異常のある人の大半は何の問題もなく過ごしているので、その人に異常があると知らせた方がいいかどうか。子どもの異常は保護者が一番よく分かるので、普通に可愛い子だったら、何もしなくていいでしょう。

 シックハウスや化学物質過敏症と脳の障害との関係は?
 専門外で分かりませんが、市川の4人殺しの少年は赤ちゃんの時から全身のアトピー性皮膚炎でした。

 脳のOSが変わってしまうと、文化が変わってしまうのか?
 人類の歴史の中で環境変化は何度もあって、それに対応して生き延びてきました。ただ、新旧世代にギャップがあるのだから、感情的にならずに、互いに理解しあう努力は必要でしょう。脳の他にいくつかの因子が全部揃った時にしか事件は起こさないので、親が暖かく愛情をもって育てれば非行にはなりませんから、安心して下さい。もし私の本『子どもの脳が危ない』が、善良な方に不安を与えたとしたら、お詫びします。

 少年法改正の厳罰化をどう考えるか?
 脳には問題がなく、普通にぐれて非行に走った子の方は予後が悪く、脳に欠陥のある「いきなり型」は成人になって予後がいいのです。脳の欠陥と思春期変動が重なった時に問題が起こるので、成熟すると普通の人に戻ります。厳罰化で犯罪が減るとは思えません。むしろ犯罪報道を今の10分の1にすれば、少年非行は半分になると思います。報道に触発される要素が大きいので、市民運動で報道自粛を働きかけていただけたらありがたいです。

化学物質問題市民研究会
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