1.廃PCB処理をどうするのか
藤原 寿和(化学物質問題市民研究会代表)
繰り返される在日米軍のPCB含有物問題
昨年2月、金子豊貴男相模原市議の調査により、在日米陸軍相模総合補給廠内に大量のPCB含有物が保管されていることが判明しました。この補給廠には、三沢から沖縄まで全国の米軍基地からPCBを含んだオイルやトランスなどが集められ、その量は約135トンに及ぶとされています。
当初、米軍は昨年の7月までに3分の2をカナダへ運び出す予定にしていましたが、実際に搬出されたのは今年3月23日で、約110トンの低濃度PCB含有物が入った14個のコンテナが補給廠を出発し、横浜港からカナダのバンクーバー港に向け出航しました。
しかし、バンクーバー港で港湾管理者と環境保護団体から猛烈な抗議を受けたため、カナダ政府は陸揚げを拒否しました。そこで米国防総省はワシントン州・シアトル港で陸揚げをしようとしましたが、ここでも港湾労働組合や環境保護団体の反対に会い、またPCB汚染物の他国からの持ち込みを禁止した国内法に抵触することから、結局州政府は陸揚げを許可しませんでした。そのため行き場を失ったPCB積載貨物船は、4月18日、横浜港に戻ってくることになってしまったのです。
実は米軍基地とPCB問題は今回が初めてではなく、過去に何回となく繰り返されてきました。96年3月には沖縄県恩納通信所跡地の汚泥から高濃度のPCBを検出、97年2月には沖縄県北谷町のキャンプ瑞慶覧で、配水管の沈殿物から高濃度のPCBが検出されました。
古くて新しい日本国内でのPCB問題
今回の米軍PCB含有物の返還問題がきっかけで、日本国内にあるPCB含有物の処理処分問題があらためてクローズアップされてきました。
PCBの生産自体は、日本では1968年に起きた「カネミ油症事件」がきっかけとなって、1973年4月に選別保管管理が義務づけられました。そして同年10月に制定された「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」に基づいてPCBは第1種特定化学物質の第1号に指定され、製造、輸入、新たな使用等が原則禁止とされました。
しかし、回収の不徹底や不法投棄、ずさんな保管管理による紛失等が度々問題となり、そのため環境中に流出したPCBによる水域汚染や動物体内への蓄積汚染等が問題とされてきました。
一方、PCB廃棄物の処理処分をめぐっては、76年3月の改正廃棄物処理法施行令により、PCB廃棄物の高温熱分解処理法及び処理基準が定められました。そして、その第1号が鐘淵化学工業の高砂工業所に回収・保管されていた液状PCB約5,500トンについて、厚生省、環境庁及び通産省の指導の下で87年〜89年にかけて行われました。
この処理をめぐっては、地元市民団体などの反対がありましたが、それを押し切って処理が強行されました。通産省は全国30カ所近くで処理を計画していましたが、すべて地元の反対で実現するには至りませんでしたので、後にも先にもこの高砂における処理が唯一の実施例でした。
その後、92年4月の改正廃棄物処理法の施行により、廃PCB、PCB廃油及びPCB汚染物が特別管理産業廃棄物に指定され、さらに、98年6月の改正廃棄物処理法施行令により、従来の高温熱分解法に加えて化学分解処理法も可能となりました。今年1月、全国でこの化学分解法によるPCB処理施設の設置が3件許可されており、すでに自社処理では大阪市内で1カ所、東京都内でも東京電力やJRなどが処理を計画しています。
PCBのずさんな保管状況と処理対策
1973年4月にPCB含有物の回収・保管管理が義務づけられてからすでに四半世紀以上が経過しますが、問題なのは、いったい、どこにどれだけのPCB含有物がどういう状態で保管管理されているのか、誰も精確には把握していないということです。
厚生省が1992年9月に、各都道府県および保健所設置市を通じて行った「PCB廃棄物保管実態調査結果」によると、保管状況はPCB使用機器(高圧トランス・コンデンサー)が約2万事業所で約11万台、PCB入り廃感圧複写紙が551事業所で768トン、廃PCB等が152事業所で5,334トン、その他のPCB廃棄物が66事業所で1,112トンとなっています。
このうち、PCB使用機器については、電気絶縁物処理協会の保有する「PCB使用電器登録台帳」の対象事業所において台数ベースで約7%にあたる6,474台、PCB入り廃感圧複写紙については1986年度調査と比較して重量ベースで約4%にあたる2,814トンの不明・紛失が判明しています。その後、電力業界からの聞き取りにより、微量のPCBに汚染された絶縁油を使用している柱状トランスが、使用中を含め約400万台存在することが判明しています。
このように、保管されているはずの廃PCBが長い年月の間にかなり紛失してきていることと、保管施設の火災や地震災害等による消失や流出なども、現に阪神淡路大震災により現実のものとなってきていること、さらには国際的な動向として、EU諸国をはじめ、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどでPCBの処理が進められるようになってきていることなどから、最近になって廃PCBの無害化処理を求めるニーズが日本でも急速に高まってきました。
そこで、環境庁では1993年度から日本環境衛生センターに依頼して「PCB混入機器等処理調査」を開始し、97年10月に「PCB処理の推進について」と題する中間報告、さらに翌98年6月にはその第二次報告がとりまとめられました。一方、通産省、厚生省でもそれぞれ専門家によるPCB処理技術の評価等が行われ、その結果、従前の高温焼却に変わり得る代替方法として、脱塩素化分解法と超臨界水酸化分解法が廃棄物処理法に基づくPCB分解施設として定められ、この年の6月17日以降、新しいPCB分解施設の設置が可能となりました。
この化学処理法の追加・認定に伴い、廃PCB油中のPCBの処理基準を0.5ppm(mg-PCB/kg油)以下とすることなどが決められました。
情報公開の徹底と保管・安全管理の強化を
厚生省は2000年に政府が取り組むミレニアム・プロジェクトのテーマとして、「ゼロPCB支援プロジェクト」を政策の柱に掲げました。このプロジェクトでは、中小の事業者が保管しているPCBを用いた高圧用のトランスやコンデンサーの5割を2005年までに処理することを目標にしています。また、紛失の懸念が高い、中小の事業者が保管しているPCBを用いた高圧用のトランスやコンデンサーの処理を行う先駆的・モデル的な処理事業に対し、国が財政的・技術的支援を行い、PCBの処理が適正かつ安全に行われることを広く示すこととしています。
こうした行政による後押しを受けて、PCB保管企業による「無害化処理」工事がすでに数カ所で始まっています。また、冒頭の米軍PCB返還問題にからめて、昨今のマスコミ等の論調もPCB処理の促進を掲げています。
確かに、現在のずさんな保管状況と火災や地震災害時等の焼失や紛失・流出によるリスクを考えるならば、一刻も早く「無害化処理」を行うべきだと思います。しかし、日本の場合には特にそうですが、まだクリアされていないいくつかの課題があることを忘れてはなりません。
それは、@安全かつ汚染防止の面で効果ある保管管理方法の検討と実施、A化学分解処理法等の「無害化処理」技術の安全性の検証と確保(処理基準の見直し強化等)、そしてB実際に各企業が処理工事を実施する際の事前の情報公開の徹底とテクノロジーアセスメント(環境汚染の未然防止、安全性の担保、処理技術の代替案の検討等)の実施および地域住民の意思決定プロセスへの参画の機会の保障などです。
ところが、現在これらの点がまったく担保されていないにもかかわらず、見切り発車的に「無害化処理」工事なるものが進められています。処理対象の廃PCB含有物等が、いったい全国のどこのサイトに保管されているのかといった基本的な情報すら、まったく公表されてはいないのです。にもかかわらず、「処理を急げ」というマスコミを含めた巷の論調は、あまりにも無責任かつ、日本の現状を精確に認識していないのではないでしょうか。(藤原)
4.米軍PCB廃棄物輸送問題/カナダからの情報(上)
(ハイグレード・マガジン誌2000年4月号)
神奈川県にある在日米軍相模補給廠で保管されていた、国内の米軍基地で発生したPCBに汚染されたごみがカナダとアメリカで陸揚げできずに、3月18日、横浜港に戻ってきました。そして結局、市民団体の抗議などが続く中、5月13日、西太平洋上の米領ウェーク島に向けて出港しました。
PCBごみは当初、カナダのカークランド・レイクにある処理施設に運ばれる予定でした。カナダの情報誌がそのいきさつを詳しく報道していますので、ご紹介します。
TCIというアメリカの会社が請け負う
日本にある米軍のPCB廃棄物をカナダのカークランド・レイクに向けて船で輸送しようとしたことが、国際的な事件となった。トランス・サイクル・インダストリーズ(TCI)社が日本の米軍基地から出たPCBに汚染された90トンの廃棄物をオンタリオ州のカークランド・レイクにある廃棄物処理施設に船で輸送しようとして国際的な騒動となった。
4月16日、輸送船ワン・ヒ号が横浜港に入港すると、抗議者がワン・ヒ号に乗り込んだ。この船はすでにバンクーバーとシアトルでの入港を拒否されていたものである。抗議者は”米国は毒物犯罪者”と書かれた横断幕を広げた。それは米軍の海外基地における多量の有害廃棄物の保管とそれを米国が処理するすることを米国政府が拒否したことに対する日本人の怒りを示すものであった。日本がその廃棄物を再び国内に受け入れるかどうかは予断を許さない。
この騒動のきっかけは、TCIがカークランド・レイクの処理施設に廃棄物を輸送しようとしたことであった。最大の誤算は輸出入管理についての判断を誤ったことである。TCIは数ヶ月前に輸入許可を拒否されたにもかかわらず、輸送に着手していた。
米軍紙スター&ストライプの記事により、まさに輸送が行われようとしているというニュースが伝わり、カナダ政府及びオンタリオ州政府の担当官は非常に驚いた。数日中にこの出来事は世界中に広まり、TCIはカナダ政府、オンタリオ州政府、バンクーバーの港湾当局、ワシントン州、全米トラック運転手組合、グリーンピースを相手に戦わなければならなくなった。
TCIは有害廃棄物に当たらないと主張
数ヶ月前まではハイグレード・マガジン誌の購読者以外のほとんどの人々はTCIなどという会社は聞いたこともなかったが、TCIはこれで一躍有名になった。ハイグレード誌の3月号の記事(PCBの処理コスト)で我々は、TCIがカークランド・レイクの施設を国際的なPCB処理センターにしようと試みたがうまく行かなかったことを報じた。
悪名高い事業転換基金の優遇措置により、カナダの納税者からの金である125万ドルをすでに受けていたTCIは、州当局のこの決定に大いに不満であった。実際、TCIは、もし州当局が決定を覆さないのならば、荷物をまとめてこの国を出て行こうと考えていた。
TCIの顧問弁護士は、ワン・ヒ号での輸送は何ら混乱を起こすようなことではないと主張した。彼はその廃棄物のPCB汚染は50ppm以下であり、それは国際基準以下であるから有害廃棄物にあたらないと述べた。だからTCIは輸入許可を得なければならない義務はないと述べた。
しかしオンタリオ州当局の見解は異なっていた。州当局担当官は、州法を広げて「その廃棄物のオンタリオ州への持ち込みは許可されない。以上」と言い放った。
この時までに、TCIは自分たちが、この問題を追求しているグリーンピースやシアトルに拠点を置く毒性廃棄物に対するバーゼル・アクション・ネットワークなどによる国際的な注視に曝されているということに気がついた。また環境の国カナダの人々の非難の眼にも曝されることとなった。
カナダ政府当局は自分たちが国際的な廃棄物の持ち込みに関する政策を持ち合わせていないことにいらだった。野党議員は国会で、なぜ自由党政権は独りよがりな廃棄物輸入業者に納税者の金を125万ドルも与えるのかと追求し始めた。
グリーンピースの毒性廃棄物に関する運動家であるダリル・ラスコムは「この輸送は明らかにカナダ政府を当惑させた。彼らは何がこの国に持ち込まれようとしているのか知らなかったのだから」と述べた。カナダ政府は「その船のバンクーバーでの荷下ろしは許可しない」と言明した。
シアトルでも労働組合が拒否
このような動きはアメリカ国防省を刺激した。アメリカ政府は海外の基地からの廃棄物をアメリカ国内に持ち込むことを許可しないという事実に世界は注目し始めた。アメリカ政府当局は状況から判断して、一時的な保管場所としてシアトル港を準備しなくてはならないだろうと考えた。しかし、全米トラック運転手組合(Teamsters)とシアトル港湾労働者組合がその荷揚げを拒否したことでこの案も吹き飛んだ。
完全に行き詰まった現在、この船は日本に戻る以外方法はなかった。日本のアメリカ軍基地に保管されている大量の毒性廃棄物に関する日本とのこじれた関係を考えて、アメリカ国防省が頭を痛めなければならぬことは日本に戻ることにした船の今後の見通しである。一体全体、今後どうなるのであろうか。この事件によりカナダ政府は廃棄物の持ち込みについて、より厳しい規制を行うであろうとグリンピースは考えている。
ジム・パケットは2000年4月12日付けのシアトル・タイムズ紙で、ワン・ヒ号の阻止は国際的な廃棄物の取り扱いに関する大きな転換であるとし、「地球規模でのPOPs(残留性有機汚染物質)問題への”輸送と焼却”という現状の対応では、毒性廃棄物は受け入れに最も抵抗が少なく、最も安くて汚い焼却炉や埋め立て地を求める市場原理に従って、世界中を往き来する国際的なインチキゲームを生み出すだけだ」と述べた。(安間)
(カークランド・レイクのPCB処理センター問題に関する詳細については次号)