2005年3月 デンマークEPAの報告書
多種化学物質過敏症 MCS


情報源:Danish EPA / Environmental Project no. 988, 2005
Multiple Chemical Sensitivity, MCS
Version 1.0 March 2005
Martin Silberschmidt, ms consult
http://www2.mst.dk/common/Udgivramme/Frame.asp?http://www2.mst.dk/udgiv/publications/2005/87-7614-548-4/html/default_eng.htm
http://www2.mst.dk/udgiv/publications/2005/87-7614-548-4/pdf/87-7614-549-2.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
更新日:2005年5月13日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/mcs_Danish_EPA.html

 デンマーク環境保護局(EPA)は、機会があれば、デンマークEPAの基金を得た環境研究開発に関連する報告書や論文を発表するつもりである。その刊行は、その報告書の内容がデンマークEPAの見解を反映したものであるということを、必ずしも意味するわけではないということに留意願いたい。しかし、デンマークEPAはその調査研究がデンマークにおける環境政策に関する議論に貴重な貢献をすると考えて、それらの報告書を刊行するものである。
内容
科学用語と略語リスト
緒言
概要と結論
1. はじめに
 1.1 この報告書について
 1.2 情報源
2 歴史、定義、名前、及び他の症状との区別
 2.1 MCS、発展の歴史
  2.1.1 毒物学的感受性
  2.1.2 疾病、病気、症状
 2.2 MCSに関する記述
  2.2.1 MCSの症状
  2.2.2 MCSの定義
  2.2.3 MCS、経過
  2.2.4 MCSの同義語
 2.3 他の症候群及び病気との区別
 2.4 コメント
3 MCSに関する会議、ワークショップ、報告書
 3.1 アメリカの活動
  3.1.1 会議、ワークショップ、専門家報告書
  3.1.2 省庁横断委員会:機関横断ワーキンググループ
  3.1.3 専門医師組織のMCS問題に対する態度
  3.1.4コメント
 3.2 カナダの活動
 3.3 ヨーロッパの活動
  3.3.1 EU 環境総局報告書 1996
  3.3.2 イギリス安全衛生長官(HSE)への報告書
  3.3.3 イギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)の報告書
 3.4 国連/WHOの下での活動
 3.5 結論
4 MCSの事例
 4.1 有機溶剤への曝露によるMCS
  4.1.1 トンネル工事作業中にガソリン・ヒュームに急性曝露した労働者のMCS
  4.1.2 プラスチックへの曝露によるMCS
 4.2 農薬への曝露によるMCS
  4.2.1 デンマークの状況
 4.3 木材防腐剤−ペンタクロロフェノール(PCP)、ドイツ
  4.3.1 レントリン(Rentolin)への曝露によるMCS、デンマーク
 4.4 屋内環境に関連したMCS
 4.5 湾岸戦争症候群 (GWS)
 4.6 コメント
 4.7 MCSを引き起こす化学物質
  4.7.1 MSCに関連する化学物質と初期曝露
  4.7.2 複合反応を引き起こす化学物質(引き金物質)
5 発症頻度(Frequency)
 5.1 有病率(Prevalence)
  5.1.1 産業医学論文中のMCSの有病率(Prevalence)
 5.2 罹患率(Incidence)
 5.3 環境医師と患者組織による有病率(Prevalence)
  5.3.1 患者組織によるデンマークでのMCS発症頻度(Frequency)
 5.4 コメント
6 病気の原因と機序
 6.1 免疫学的機序
 6.2 鼻の粘膜の機序
 6.3 神経学的機序
  6.3.1 嗅覚−大脳辺縁系
  6.3.2 神経性機序に関連する他の機序
  6.3.3 脳の機能の変化
 6.4 心理学的機序
  6.4.1 条件反射(パブロフの条件反射説)
  6.4.2 心因性要素
  6.4.3 身体化症候群
 6.5 毒性誘因耐性消失(TILT)
 6.6 臨床環境医学に基づく病気のモデル
 6.7 討議
 6.8 結論
7 診察と診断の方法
 7.1 診察の方法
 7.2 MCSの診断
 7.3 コメントと結論
8 MCSは当局によりどのように扱われているか
 8.1 アメリカとカナダ
  8.1.1 法律と認知
  8.1.2 結論
 8.2 ヨーロッパ
  8.2.1 法律と認知
  8.2.2 その他の活動
  8.2.3 結論
 8.3 デンマークの状況
  8.3.1 当局
  8.3.2 MCSを持つ人々の診察
  8.3.3 デンマークMCS組織
  8.3.4 結論と勧告
9 まとめ、結論、勧告
 9.1 まとめ
  9.1.1 目的
  9.1.2 MCS の記述と定義
  9.1.3 国際的な活動と研究
  9.1.4 MCS の症例
  9.1.5 有病率(Prevalence)
  9.1.6 可能性ある機序
  9.1.7 診察と診断の方法
  9.1.8 アメリカとヨーロッパの当局によるMCSへの対応
  9.1.9 デンマークの状況
 9.2 結論
 9.3 勧告
10 参照

Annex
Annex AMCSの定義のための提案概観(Interagency report, 1998)
Annex B1991年NRCワークショップの3ワーキング・グループの勧告(Interagency report, 1998)
Annex C1996年MCSの実験的研究に関するNIEHS会議の主要提案(Interagency report, 1998)
Annex DMCS研究のための勧告リスト(Interagency report, 1998)
Annex EMCS関連公共活動1979年〜1996年(アメリカとカナダ)(from Hileman, 1991)
Annex FデンマークMCS組織
Annex GデンマークMCS組織のメンバーによる記述の概要
Annex Hドイツ環境省と保健省のMCSに関する活動の概要(from: Umweltsbundesamt fur Mensch und Umwelt, Dr. J. Durkop, Berlin, 2001)

緒言


 過去数年間に、デンマーク環境保護局(EPA)に相談に来る人の数が増えており、それらは少量の化学物質、典型的には様々な消費者製品からの化学物質への曝露に関連して経験する症状についての相談である。メディアはある人々は化学物質に対して感受性が極端に高くなることがあり得るという事実に着目している。

 低濃度の化学物質に暴露した時に、他の人々には何も起こらないのに、なぜある人々は激しい反応を示すのかということについての知識は欠如している。多くの国々では、多種化学物質過敏症(MCS)は長年の間、科学界におけるひとつの課題であるが、デンマークではそうでもない。医学界がこの新しい現象に対して積極的ではなく、デンマークにおけるこの問題の大きさの程度は調査されていない。

 消費者は化学品及び日々の生活用品に含まれる化学物質への曝露が増大している。ある人々は明らかに、広い範囲の化学物質への低濃度曝露に対して非常に感受性が高い。

 化学物質への曝露の結果、不特定の症状が全国的にどのくらい発症しているのかは明確ではない。この問題を明らかにすることに寄与するために、デンマークEPAはこのプロジェクトの取り組みに着手した。その目的は、デンマーク及び諸外国のMCSに関する既存の知見と経験を総合的に記述することである。そのことが、MCSのより良い理解と将来の問題への対処のための基礎となることを望んでいる。

 デンマークではMCSは”匂い及び化学物質過敏症( odour and chemical hypersensitivity)”と呼ばれている。

 この報告書の技術的な部分はデンマークEPAとの契約の下に、2001年7月から2002年2月まで、産業地域医学の専門家、医学博士マーティン・シルベシュミットによって執筆された。運営グループは技術的パートナー及びインスピレーションの源として機能した。プロジェクト期間中に2回、会合した運営グループは下記のメンバーからなる。

ピア・ジュル・ニールセンデンマークEPA(議長)
ポール・ボ・ラーセンデンマークEPA
フィン・ギンターベルグビスペピエ病院 労働環境医学診療所
ゾーレン・ベスターハウゲデンマーク国立病院 コペンハーゲン大学病院 頭首外科 耳鼻咽喉科
アンダース・カールセンビブログ郡健康研究所医療部長
オレ・ラデフォーグド家畜食品局食品安全毒物部門
ペダー・ウォルコフデンマーク国立産業健康研究所


概要と結論


 化学物質は我々の身近な環境中に存在して常に増え続けており、公衆に対し何らかの懸念を引き起こしている。ある人々が有害な影響を与えるとされる濃度よりもはるかに低いレベルで化学物質の匂いに突然耐えることができなくなるという新たな健康障害の出現が、さらに懸念を大きくしている。このような状態は多種化学物質過敏症(MCS)と呼ばれ、以前には健康であった人が、非常に低濃度の化学物質に曝露した時に多種の不特定な症状を経験する。

 MCSは海外、特に北アメリカで関心が持たれてきた。デンマークでは、MCSはほとんど知られておらず、医学界はこの症状に対してあまり関心を示していない。化学物質の適切な環境管理の責任を全うするために、MCSに関するいくつかの不確実な点が明らかにされる必要がある。化学物質は低濃度で疾病を引き起こすことがあるのか? どのようなメカニズム(機序)が人を化学物質に対して極端に過敏にするのか? どのような化学物質が関係するのか?

 この報告書はデンマークにおいてMCSに関し、現状の知見及び対応方法についての総合的な検証を行うものであり、それにより、MCSの問題についてのより良い理解に貢献することが望まれる。

 この報告書は、科学的文献、会議、ワークショップ、及び論評に基づいているが、それらの多くはアメリカからのものである。ヨーロッパ諸国及び北アメリカの環境管理の手法もまた記録されている。

 MCSは、いくつかの状態の症状と非常に類似しているので、他の状態と混同しやすい曖昧に定義された状態である。他の状態には線維筋痛症(fibromyalgia)、慢性疲労症候群、シック・ビルディング症候群、湾岸戦争症候群、その他、多くのいわゆる環境病などがある。

 MCSの定義と暫定的な診断は 7 つの基準 (カレン基準 Cullen's criteria)に基づいており、これはまたMCSを他の環境病と区別するのに役に立つ。

 アメリカでは、MCSの発症の大部分は個人の家の中で起こり、屋内での揮発性有機化合物(VOC)への曝露と殺虫剤の過度な使用に起因する。アメリカ、スウェーデン、及びフランスでは労働者のMCSについていくつかの報告がある。これらはデンマークの症例と同等である。

 アメリカの有病率の調査では全人口の0.2〜6%という数値が示されている。ヨーロッパでは全人口における有病率を示す数値はない。スウェーデンの調査では、家屋塗装工の30%はMCSである。

 現在までのところMCSの原因機序の最終的証拠はない。鼻炎と知覚神経機能不全に関する、中脳辺縁系の神経感作(過敏)に関する、そして心理的機序に関する、いくつかの証拠は、免疫、毒物耐性の喪失、身体化障害(somatization 訳注:人が心の不安や心理社会的ストレスを身体症状のかたちで訴えることと)や条件反応など、他に提案されている機序よりも説得力があるように見える。

 現段階では、MCSは、環境刺激に敏感な人々に、より多く起こりやすいように見える。

 正確な機序はわからないし、器質的又は機能的変化を示すものはないが、疫学文献の中にMCSが存在するということを示す明確な証拠がある。

 MCSの状態は2段階で進行すると考えられる。最初は高濃度の化学物質に頻繁に曝露する初期段階であり、次に引き金段階−低濃度の化学物質に曝露することによる多くの症状の誘発−である。

 ほとんどの国々におけるMCSに関する管理及び予防的措置は、MCSの原因機序の最終的証明を期待するものである。デンマークでは、建材中の化学物質ガスを防止するための共同措置がデンマークの屋内空気汚染の削減に貢献したかもしれれず、それは間接的にいくらかのMCS発症の防止に貢献したかもしれない。カナダでは、当局による国民参加の”無香気政策(no scent-policy)”のための各地域での活動が一部成功している。スウェーデンとドイツの環境・公衆健康当局は現在、疫学的調査を実施中である。

 高濃度及び低濃度の化学物質に曝露するリスクを制限することが、MCSの新たな発症を防ぐ第一歩であると思われる。初期曝露を回避することが特に重要であり、例えば、大きな表面を塗装した後の高濃度溶剤への曝露、又は密閉した部屋での高濃度噴霧(例えばヘアースプレー)への曝露、等からの回避である。

 消費者は常に、いつ、そしてどのような種類の化学物質に曝露したかを知る必要がある。消費者は高濃度の揮発性化学物質への屋内曝露を避けることによって、また香水や香料入り製品などを含む、強い匂いのある製品の使用を控えることによってMCS症状の発生を防止することに貢献できる。

 この報告書の情報に基づけば、下記の試みが化学物質への曝露を削減することを示している。
  • 一般的に日常生活での化学物質の使用の制限
  • 個人の手入れ用及び家庭用の揮発性化学物質(香料)及び噴霧状の化学物質の使用の制限
  • 殺虫剤と除草剤の使用の制限
 特別な注意を払うべきものとして:
  • 香水、洗浄剤、表面処理用品の内容物及び使用
  • 建材や家具からの屋内空気汚染、タバコの煙、及び車の排気ガス
 MCSの予防措置は、化学物質に曝露する全ての人々、特に最も脆弱なグループのよりよい保護に貢献するであろう。疾病であるMCSを理解することは、MCSの患者と彼等が必要とすることをよりよく理解することにつながるであろう。


1. はじめに
1. はじめに
 1.1 この報告書について
 1.2 情報源



1. はじめに

 最近の数十年の間に新たな化学物質と製品の製造及び使用が増大している。環境と人に潜在的に有害である化学物質が、環境中のいたるところで見出されている。

 ほとんどの化学物質は、その有害影響がほとんど知られておらず、物質の制限は通常、その有害な影響が新たに判明し経験した後に行われるので、物質の規制はしばしば”後手”に回わる。この問題を解決し、失った時間を取り戻すための政策が必要である。

 新たな化学物質が大きな社会経済的便益を提供する時には健康問題について主張することは難しく、そのために健康問題が十分に報告されないことがある。しかし有害な影響が十分に報告されていない場合でも、予防的措置(precautionary approach)を導入することで、自然と健康に対する大きな配慮を可能にしてきた(Beltram, 1998)。

 上記の問題はまた、ほとんどの人々にはなんら害をもたらさないような非常に低濃度の化学物質に曝露しても体調が悪くなる一部の人々の健康リスクに関連している。これらの人々の状態は多種化学物質過敏症(MCS)と呼ばれている。MCSの人は、通常の人は感じない非常に低い濃度の多くの数の化学物質に反応し、その結果、有毒影響を被る。

 最近の数十年間の毒物研究により、以前は”安全”であると見なされていた濃度でも、健康に害を及ぼす化学物質の事例が示されてきた。複数の又はひとつの化学物質と他の環境要因の組み合わせは、ひとつの化学物質自身の影響と比べて、心身への悪影響を増幅することがある(例えばアスベストとタバコ、有機溶剤と騒音)。

 リスクに曝される可能性のあるグループ及びその現象の背後にある機序を特定するために、そしてまた、予防措置の緊急性を確立して、どのような措置をとるべきかを決定するために、これらのことがらは調査研究されなくてはならない。

 先に進む前に、当局は化学物質への曝露間の関連性、又は低濃度での化学物質への曝露と報告されている症状の組み合わせに関して文書化しておく必要がある。

 MCSについての既存の文書は、疾病と認知するための国際的に合意された医療科学基準に合致していない。当局は予防措置の基盤を持っていない。

 この疾病が近い将来、認知されるとう予想はない。患者組織とMCSに苦しむ人々を除けば、デンマークではMCSについてほとんど目が向けられていない。

1.1 この報告書について

 この報告書が想定する読者は、環境及び健康分野の当局担当官、実務家、及び活動家である。

 この報告書の目的はMCSに関する既存の知識を広く普及させることである。この報告書は、MCSに関する科学的文献及び専門家委員会の勧告の検証、及びいくつかの国々の環境と健康当局への問合せ結果に基づいている。

 この報告書は、MCSに関連する将来の管理のためのデンマーク環境保護局(EPA)の評価の出発点及び基礎となるべきものである。

課題の定義

 この報告書は下記を明らかにする:
  1. 低濃度の化学物質によって引き起こされるMCSに関する客観的な文書の存在
  2. MCSを引き起こす機序に関する客観的な文書の存在
  3. MCSに関し特にデンマークに関連する化学物質及び環境曝露
  4. 予防措置/保護の機会
 この報告書は、他の環境病ではなく、MCSに関連するできるだけ多くの重要な情報を含む完全で最新の問題を記述する。

 この報告書は科学論文ではない。しかし提供する情報と参照リストはMCSに関連する科学的使用を意図している。

 科学的用語と略語は別途にリストされている。

1.2 情報源

 データベース Medline (訳注: 医学文献検索システム) には化学物質過敏症及び多種化学物質過敏症に関し、1991年〜2001年の期間に388 件の参照例がある。この課題に関するいくつかの検証と報告書がこの期間に作成された。

 この報告書の最も重要な情報源は:
  1. 欧州連合理事会環境DG報告書(欧州報告1994−公式には発行されず)
  2. MCSに関する予備報告書(多種化学物質過敏症に関するアメリカ機関横断ワーキング・グループ)(機関横断報告書1998年−公式には発行されず)
  3. 化学物質曝露−低濃度、高リスク(アシュフォードとミラー) (Chemical Exposures. Low levels and high stakes(Ashford & Miller 2. ed. 1998)
  4. イギリス安全衛生環境(HSE)のための化学物質過敏症の検証((UK review, Graveling 1999)”グラベリング報告書”
  5. 労働医療におけるデンマークの経験 1981-2001
  6. 2001年までの文献
 この報告書は主に機関横断報告書とグラベリング報告書に基づいている。


2 歴史、定義、名前、及び他の症状との区別
 2.1 MCS、発展の歴史
  2.1.1 毒物学的感受性
  2.1.2 疾病、病気、症状
 2.2 MCSに関する記述
  2.2.1 MCSの症状
  2.2.2 MCSの定義
  2.2.3 MCS、経過
  2.2.4 MCSの同義語
 2.3 他の症候群及び病気との区別
 2.4 コメント


2.1 MCS、発展の歴史

 アレルギー学者ランドルフ(1952)は、職場及び家庭において日々の生活で周囲にある化学物質から症状を経験するアメリカの患者のグループに関して初めて報告した。彼は、彼等の症状は溶剤、ガソリン、香水、排気ガスなどの有機化合物への曝露によるストレス反応によって引き起こされると想定した。ランドルフと彼の同僚たちは上記に合致するいくつかの新たな症例について発表した。

 ランドルフ等は1950年代及び1960年代当時のアレルギーに関する広義の定義に従って、これらの病気は一種の過敏反応であると考えた。すなわち、ほとんどの人には引き起こされることはない、外部刺激に対するひとつ又はそれ以上の器官での”過剰”又は”過度”な反応である。しかし多くの医師及び少なからぬアレルギー学者及び免疫学者はこの定義を否定した。彼等は、過敏症の(免疫的)ベースとして抗原−抗体−機序の狭義の定義に固執した。

 この否定に対応してランドルフは何人かの意見を同じくする仲間とともに1965年に人間環境医学のための新しい学会を設立した。彼は全ての医学分野医師たちにこの学会に入るよう勧めた。1985年この学会は、”アメリカ環境医学会(American Academy of Environmental Medicine (AAEM))”となり、そのメンバーは臨床環境医師と呼ばれた。この学会は現在、約2000人の会員を擁し、そのうちの800人は耳鼻咽喉系学者である。この学会の名前は、デンマーク語では環境医学として理解される概念を含んでいるが、アメリカで言う臨床環境医師はデンマークの環境医学の専門家と同じではない。AAMEの定義に従って診断される環境病もまた、デンマークの医師たちが環境病と見なすものとは同じではない。

 1992年、同学会は環境病のための総体論的病気モデルとしての理論を発表したが、そこにはMCSをも含まれる。この理論によれば、過敏症の人々によって経験される多くの症状は、体の生物学的システムのひとつ又はそれ以上の機能的異常によって引き起こされる(AAEM, 1992)。

 AAEMによれば、我々はその数がますます増大する潜在的に有害な化学物質に取り囲まれており、それらが人々に与える影響が増大しているためにMCSが出現するようになった(Annex A 参照)。

 AAEMの理論と概念は6.6節で詳細に記述されている。

 1980年代に、MCS及び他の状態、さらにはMCSに類似した症状に関するより多くの報告が発表された。健康に異常をもたらす物質のリストもまた相当な数になった(4.7節 参照

 原因となる曝露は、家庭で、職場で、そして屋外でと、あらゆる所で起こり得る。

 1990年以来、MCSは、アメリカとカナダにおいて専門家及び一般公衆の間で議論されてきた。そこでの議論は、認知された病気としてのMCS、どのように定義するかそしてその原因は何か、病気の機序、治療、MCSに関連する当局の役目、などである。メディアがMCSを取り上げたりMCS患者やその支援者が当局に援助を求めてきたこと等により、MCSに関する未解決の問題が明確になってきた。アメリカ政府のいくつかの省庁はこの議論に関与してきたし現在も関与しており、多くの会議やワークショップに資金提供を行っている。

 多くの点でMCSと比較することができる”湾岸戦争症候群”に関する議論は、アメリカ行政府における高所からの多くの支援と多くの資源を引き出した。アメリカとカナダのいくつかの州では、MCS患者は補償の手当てを与えられ、MCS患者を受け入れ治療を行う、いわゆる生態環境健康センターが設立されている(8章 参照)。

 もうひとつの歴史的展望もこの報告書の”はじめに”に関連しているように見える。歴史からの多くの事例を扱った検証記事の中で、ゴーゼ(1995年)は、短い期間に非常に異なる環境要因によって疫学的に拡大した病気の新たな概念が、どのように注目を集めてきたかを記述している。

表2.1 環境病の事例
19世紀及び20世紀の歴史的検証(Gothe, 1995)
1830羽ペンからスチール・ペンに変わった時の書痙
1850壁紙、ランプの笠などによるヒ素中毒
1908電信機が導入された時の電信技手の障害(手の痙攣)
1920アマルガム−水銀中毒1970−1980年代(スウェーデン)
1940発電所排ガスによる一酸化炭素中毒 第二次世界大戦中
1970反復性過労障害(訳注:RSI 計算機キー入力等による肩、腕等の障害)(オーストラリア)
1970VDU (CRT 表示機) 関連及び電磁波障害
1970複写用紙による病気

 上記の症状の特徴的なことは、客観的な機能的・器質的身体変化を検出することができなかったということである。症状は特定のものではなく、MCSの症状と似ている。多くの症状は数年又は数十年の間に消滅した。

2.1.1 毒物学的感受性

 感受性の高い又は過敏な人々は、化学物質に2回目に暴露した時には、初めて曝露した時より激しく反応する。彼等はまた、通常は他の人々には反応を引き起こさないような低濃度でも激しく反応する。過敏性(Sensitivity )は個人の感受性の相違に基づいており、そこでは年齢、性差、遺伝的要素、他の病気、過去の曝露、ストレスなどが決定要因となる。デンマークでは”不耐性(intolerance)”という言葉が過敏性という言葉の代わりに用いられることがある。

2.1.2 疾病、病気、症状

 疾患に関する英語での2つの用語としての疾病(disease、客観的に測定可能な生理学的及び/又は心因性変化)と病気(illness、客観的な測定可能な症状ではない主観的な不快な状態)のうち、MCSは後者に属する。ある人は症候群(syndrome)という言葉を使うが、これらはいくつかの主観的な症状(病気の兆候)又は不快感をともなう状態である。

2.2 MCSに関する記述

 最もしばしば用いられる記述は下記のようなものである。

 ”非常に低レベルでの化学物質への曝露のせいであるとして、反復性のある不特定の症状を以前によく訴えた人々”

 MCS患者は、好い/悪い匂いについて訴える。匂いは無機又は有機の化学物質から発生する。

2.2.1 MCSの症状

 最もしばしば報告されている症状は表 2.2.に示される。

表2.2 最もしばしば報告されているMCS症状
(Ashford & Miller, 1998)
呼吸困難頭痛
胸の痛みめまい
目、鼻、喉の粘膜の刺激(痛み)集中力減退
疲労うつ
胃腸障害気分がすぐれない
筋肉や関節の痛み記憶力減退
皮膚病 

 様々な器官の症状は表の左側に示されており、中枢神経系(CNS)による症状は右側に示されている。MCSの定義によれば、全てのMCS患者は2又はそれ以上の器官の病気を訴える。器官のひとつは常に中枢神経系(CNS)である。多くの患者はまた、アルコールに対する不耐性を示す(Vesterhauge, pers. com. 2001)

 報告されている症状は特定のものではなく、多くの他の病気又は症候群と関連して起きる。

2.2.2 MCSの定義

 疾病の臨床的定義は通常、患者が言うことと医師による客観的な診察(健診)及び試験分析が見出したことの組み合わせである。MCSに関連して客観的な変化は見出されない。したがってMCSの定義はひとえに患者によってなされた観察に基づく。それらは下記の基準からなる。
  1. MCSは、以前には健康であると自覚していた人々に生じる。
  2. 症状は、ある種の化学物質への曝露に対する反応として起こり、その化学物質が存在しなくなると症状も消える。
  3. 患者は二つ以上の器官の症状を訴える。
  4. 症状は、異なる無関係な複数の化学物質に曝露したために起こることがあり、異なる毒物機序により作用する。
  5. 曝露の状況について記述することができ、その曝露が症状を引き起こす。
  6. 症状を引き起こす曝露は非常に低レベルで問題となり、その濃度はほとんどの人々が健康の異変を自覚する平均的濃度よりもはるかに低い。
  7. 他の病気の原因を疑う余地はない。
 上記のリストはカレンの基準 (Cullen's (1987) criteria) に対応する。これらは、ほとんどの国際的MCS学者に共通の理解としてまた、今後の研究を取組む上で受け入れられている。

基準についてのコメント:

 何人かの科学者によれば、MCSは最初の曝露の後に起きる。この曝露は、化学物質への曝露、又は大人の深刻なウィルス感染の可能性もあるし、又はトラウマ的出来事の可能性もあり得る(Interagency, 1998; Graveling, 1999; Ashford & Miller, 1998)。ある人たちは心因性トラウマが最初の引き金となり得ると主張している。この出来事がしばしば(心的)外傷後ストレス障害となり、この深刻な出来事に引き続く、多くの異なる種類の症状を伴う状態である。ひとつの集団の中で、同じ化学物質に曝露してMCSの特徴を備える化学物質過敏症になる人はわずかであるということを強調することは重要である。

2.2.3 MCS、経過

  MCSの状態は数年(2年以上)続く。ほとんどの人は症状から逃れられない。ある患者たちは症状が毎日出る。他の人々はもう少しまれに、多分、一週間に一度くらい症状が出る。少数の人々は化学物質過敏性がなくなることがあり、再び低濃度の化学物質の匂いに以前よりも耐えられるようになる。

 多くの患者たちは反応する化学物質の数が増大し、症状の数も時とともに増大する。

2.2.4 MCSの同義語

 MCSは、特に世界の英語圏では多くの名前が与えられている(表2.3参照)。ほとんどの研究者は、原因、機序、又は状態(結果)に関する彼等の認識を表現するひとつの名前を使用する。この表は、この症候群を扱う全てのグループの中でMCSの認識に関する相違と不確実性を適切に表している。

表2.3 多種化学物質過敏症に類似の状態の表現
名前は病気の機序に関連する原因、機序、及び結果に従って分類されている。
(出展 Ashford & Miller, 1998)
原因関連 (Causal relations)
環境関連病 (Environmentally related illness )
化学的誘因強化感受性 (Chemically induced enhanced susceptibility)
化学的獲得性免疫不全症候群 (化学的AIDS)(Chemically acquired immune deficiency syndrome (Chemical AIDS) )
石油化学製品問題 (The petrochemical problem)

機序 (Mechanisms)
免疫疾病 (Immune disease)
免疫毒性 (Immunotoxicity)
免疫不全 (Immune dysfunction)
免疫疾患 (Immune dysregulation)
獲得性匂い反応 (Acquired odour reaction)
大量心因性病 (Mass psychogenic illness)
多重症状複合 (Multiple symptom complex)
毒性広場恐怖症 (Toxic agoraphobia)
特発性環境耐性 (Idiopathic environment tolerance)
多器官感覚障害 (Multi-organ dysesthesia)

結果 (Result)
多種化学物質過敏症 (Multiple chemical sensitivity (MCS))
MCS症候群 (MCS syndrome)
化学物質過敏症候群 (Chemical hypersensitivity syndrome)
一般アレルギー (Universal allergy)
20世紀病 (Disease of the 20eth century)
全アレルギー症候群 (Total allergy syndrome)
環境アレルギー又は疾病 (Environmental allergy or disease)
脳アレルギー (Brain allergy)
環境適応困難症候群 (Environmental adaptation/difficulty syndrome)
食品及び化学物質過敏症 (Food and chemical sensitivity)
毒性誘因耐性消失 (Toxic-induced loss of tolerance ("TILT") )
匂い嫌悪症 (Scent antipathy )

 状態の公式デンマーク名はない。産業医療で匂い過敏症(odour hypersensitivity)という用語が使われている。

 コペンハーゲン大学病院((Rigshospitalet))デンマーク国立病院研究チームは、獲得性有機溶剤不耐症(acquired intolerance to organic solvents )という用語を使っている(Gyntelberg, 1986)。スウェーデンでは下記のような名前が使われている。多種化学物質過敏症(multiple chemical hypersensitivity)、多種過敏症(multiple hypersensitivity) 、環境身体化症候群(environmental somatization syndrome)(Orbak, 1998; Gothe, 1995; Lindelof, 2000)。ドイツではMCSは化学物質不耐症(chemical intolerance)と呼ばれる(Masc hewsky, 1998)。

 アメリカ産業環境医学大学はMCSの専門家をそろえたフォーラムである。1999年、MCSの代わりに”突発性環境関連不耐症(idiopathic environment-related intolerance (IEI))”という名称の使用を勧告した。この新しい名前は、この状態に関する現在の知識又は知識の欠如によく対応している(ACOEM, 1999)。突発性はこの病気の原因が不明であることを示唆している。これはより好ましい適切な名前である。

 最近の2年間に、何人かの科学者は突発性環境関連不耐症(idiopathic environment-related intolerance (IEI))又は類似の名前、突発性環境病(idiopathic environmental illness (IEI))を採用した。これは現在までの所、最も中立的な名前であるが、他の環境病との混乱を招くことがあり得る(Sparks, 2000)。この報告書では、現在はまだ、文献中で最もよく使用されているので、MCSを使っている。

2.3 他の症候群及び病気との区別

 MSCはいわゆる環境病のグループに分類される。これらは環境中のストレス要因によっておそらく引き起こされる症候群を含むが、それらは公式には疾病として認知されていない。MCSという用語はしばしば異なる環境病に用いられる。表2.4 に示される環境病を参照のこと。

表2.4 MCSに類似の環境病
線維筋痛症 (Fibromyalgia)
慢性疲労症候群 (Chronic fatigue syndrome (Myalgic encephalomyelitis) )
アマルガム病 (Amalgam illness)
電磁波過敏症 (Hypersentivity to electricity)
食品不耐症 (Food intolerance (FI) )
シック・ビルディング症候群 (Sick Building Syndrome (SBS))
湾岸戦争症候群 (Gulf War Syndrome (GWS))

 多くの人々はMCSに見られるのと同じ症状を訴えるが、一方、医師は客観的な病気の兆候を検出することができない。他の環境病はMCSとは異なり、化学物質への曝露によって引き起こされるのではなく、おそらく他の機序による。

 MCSは、MCS定義基準(2.2.2項)によって他の病気と区別される。MCS定義基準を満たす人は、たとえ他の症候群の定義基準を満たしていても、MCSであると見なされなくてはならない。多くの調査がある人々はいくつかの症候群の定義基準を満たしているということを示している。SBS又はGWS(表 2.4 参照)を持つ多くの人々はまた、MCS定義基準を満たす(4章を参照)

 MCSと区別することができる最も重要な環境病を以下に簡単に示す。

慢性疲労症候群 (Chronic fatigue syndrome (CFS))
線維筋痛症 (Fibromyalgia (FM))

 検出できる客観的な変化がないために定義が不十分なこれらの症候群は公式には認知されていない。これらの症候群はMCSと類似している。40〜50代の高学歴女性は、MCSを含むこれら3つの症候群の患者の中で数が多い(Buchwald, 1994)。MCS患者の87〜97%が健康不良を訴える匂いに関し、慢性疲労症候群の患者の53〜67%、線維筋痛症の患者の47〜67%が同様に匂いによる健康不良を訴える。一方、MCS患者の75%が筋肉と関節の痛みを訴えるが、これは線維筋痛症の患者の典型である。多くのことが、これら3つの病気が密接に関連しているということを示している。ある専門家たちは、これら3つの症候群は1つの同じものであると見なしている。


シック・ビルディング症候群 (Sick Building Syndrome (SBS))
 この症候群は、異なる病気の定義に示される多くの症状を有する。世界保健機関(WHO)によれば、SBSの主要な症状は粘膜と中枢神経に関連するものであり、匂いには関連したり、しなかったりする。
 MCS患者とは対照的に、SBS患者は建物から離れて、家や他所にいる時には症状はなくなる。
 あるSBS患者はMCSになることがある。このことについては4章で述べる。


アマルガム病 (Amalgam illness)
 産業医療では少量の水銀中毒が毒物学的ベースの”微量水銀中毒 (micro-mercurialism)”と呼ばれる病気として認知されている。症状のあるものはMCSの症状と似ている。
 アメリカ環境医学会(AAEM)の理論によれば、アマルガム病の背景の機序は、歯の詰め物からの少量の水銀の日々の放出がMCSに似た状態を生成することである。しかし多くの臨床調査と実験では、特にスウェーデンでは、この理論を追認していない(Stenman, 1997)。自分の症状が歯の詰め物に起因するという印象を持っている多くの人々の中で、30%の患者にこの原因を生ずる他の病気が発見された。これらの人々は、その病気が治癒すると症状はもはやなくなった(Langworth, 1997)。
 フィンランドの調査では、アマルガムの歯の詰め物を持つ人の中で、少数の人の尿中から高濃度の水銀が検出された。アマルガム詰め物をした26人中4人については尿中に高濃度の水銀が検出され、水銀中毒症状があったが、詰め物を取り除くと全ての症状は消えた(Stenman, 1997)。著者は、通常の毒物学的機序に関連するという意見である。


電磁波過敏症 (Hypersensitivity to electricity)
 この環境ベースの症候群は、スウェーデンで広く発症している。患者は電気製品や電気設備に近づくと症状を訴える。症状はMCSに類似している。機序は体の機能に影響を与える電磁界として説明される(Viby, 2001)。
 スウェーデンでは多くの人々が産業医療のための病院で電磁波に対する過敏性のテストを受けているが、申告された症状と電磁波エネルギーとの間に関連性は見つかっていない。電気に対する過敏性は化学物質への曝露と関係ないので、この症候群はこの報告書で採用したMCSの定義に合致しない。


食品不耐症 (Food intolerance (FI) )
 多くの医師と科学者は、食品不耐症はMCSのひとつの病気要素であると考えている(Eaton, 2000; Rea, 1992)。食品不耐症の人々は、ある種の食物を摂取すると化学物質中毒となり、後にMCS様の症状になる。機序は胃腸系から引き起こされ、従ってMCSの定義に合致しない(Eaton, 2000)。
 しかし食品不耐症患者のうちの少数の人々はMCS症状である匂い過敏性になる。
 食品不耐症患者の機序は不明であり、この症候群は疾病として認知されていない。


ポルフィリン症 (Porphyria)
 いくらかのMCS患者はポルフィリン症患者に見られるものと同様な症状を有する。これは皮膚、神経系、ヘモグロビン合成などいくつかの器官に影響を与える代謝異常である。典型的な症状は暗色の尿、胃痙攣、皮膚発疹である。専門家は二つの病理学的病像の間に関連性を見出すことができない。同一人が同時にこの二つの病気に悩まされるということがある(Ziem, 1995)。
 多くのポルフィリン症患者がまたMCSであるということも事実である。しかし、現在までの所、ポルフィリン症患者には、MCSの機序を説明できる機序が見つかっていない。

2.4 コメント

 MCSは、主観的な不特定症状、不明確な機序、そして多くの異なる名前を持つ症候群である。MCSはいわゆる環境病に属し、その中には原因が分からず、MCSに似た症状を持つ十分に定義されていないその他の症候群がある。それらと混同したり取り違えたりしやすい。

 この報告書では一貫してMCSに焦点をあてる。


3 MCSに関する会議、ワークショップ、報告書
 3.1 アメリカの活動
  3.1.1 会議、ワークショップ、専門家報告書
  3.1.2 省庁横断委員会:機関横断ワーキンググループ
  3.1.3 専門医師組織のMCS問題に対する態度
  3.1.4コメント
 3.2 カナダの活動
 3.3 ヨーロッパの活動
  3.3.1 EU 環境総局報告書 1996
  3.3.2 イギリス安全衛生長官(HSE)への報告書
  3.3.3 イギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)の報告書
 3.4 国連/WHOの下での活動
 3.5 結論


3.1 アメリカの活動

 1990年以来、いくつかの政府の研究所がMCS研究支援のために後援又は共同後援した。

 下記は、機関横断報告書に述べられている発表を年代順に記すものである。

3.1.1 会議、ワークショップ、専門家報告書

国家研究審議会 National Research Council (NRC)ワークショップ 1991年

 アメリカEPAは、全ての関連する分野から科学専門家をワークショップに招へいし、MCS研究計画を設立した。このワークシップは、臨床研究、曝露と診断、及び疫学的研究をそれぞれカバーする3つのワーキング・グループを発足させた(National Research Council, 1992)。

 Annex B (Recommendations from NRC workshop 1991)にワーキング・グループの勧告リストがある。このリストは、当時は、もしMCSの最終的記述と背後にある機序が確立されるなら、妥当で適切であると考えられた勧告を含んでいる。

MCSに関するワークショップ 1991年
労働環境診療所協会 Occupational and Environmental Clinics (AOEC, 1992)


 アメリカの労働環境診療所を代表するAOECは、病気の定義、病気を引き起こす環境の記述、治療戦略、病因(病気の機序)のような臨床指向の目標を設定した。問題の定式化及びこのワークショップからの勧告がNRCワークショップの範囲であった(Annex B 参照)。

 勧告のいくつかは第6章に示される研究活動につながった。

免疫毒物学的バイオマーカーに関するNRC報告 1992年

 1991年のワークショップにおいて設定された小委員会からのこの報告書は免疫学的研究に関する詳細な勧告からなる。これは1990年代の初めの免疫学的原因機序に関する研究を強調している(National Research Council, 1992b)。

毒性物質疾病登録局 Agency for Toxicological Substances and Disease Registry(ATSDR)によるMCS専門家パネル

 1993年、議会はATSDRが開催したした低濃度化学物質における化学物質過敏症及びその他の影響に関するワークショップのために250,000ドル(約2,700万円)の助成金を出した。この助成金は、廃棄物埋立場や殺虫剤で汚染さた土地がMCSを引き起こすかもしれないという懸念が公衆の間に広がったために決定されたものである。

 ATSDRは議会の希望を満たすために必要な措置を政府に勧告する審議会を設立した(ATSDR, 1994)。審議会は大学、臨床医学、公衆衛生、産業界、MCS患者、政府らの代表及びオブザーバーからなる(1993)。

 リストの中の勧告は1991年からの大規模研究要覧の範囲に含まれている。いくつかの勧告は新しい、行動指向の、次のようなものであった。
  1. 委員会メンバー及び他の研究機関からの新しいメンバーのための訓練施設開発のための分野横断委員会
  2. MCS研究の成果物を他の進行中のプロジェクトに利用するため、及び、入手されたデータを記録し取り扱うためのデータベースの開発のための方法
 これらの勧告は現在でもフォローされるべきものである。

低用量化学物質曝露及び神経生物学的過敏性に関する全国会議 1994年

 この会議は、専門家委員会からの勧告の直接的結果として1993年に議会からの要求でATSDRによって組織された。神経生理学的及び心理学的原因機序における嗅覚系の重要性、及び、心理学的及び免疫学的反応間の可能性ある関連性が述べられ討議さた(第6章)。

 結果と勧告を備えた従来の最終報告書の代わりに、キッペン(1994)は、新たな勧告を備えた公式の状況報告書を作成したが、それは科学者間にある調整と協調の根強い欠如の改善に目を向けたものである。彼は、全ての科学者は、病気の定義、選択基準、診察方法、有病率の確立、そしてリスク要素の定義に関する共通の基準と要求標準をきちんと守ることを受け入れるよう提案した。

 この会議の過程で、免疫学的病気機序の研究から他の分野への移行が表明された。また、病気の定義及び方法の標準化に関する科学者間の十分な協調が未だに欠如していることを示した。

カリフォルニア保健省による公衆調査 1994年

 1993年、ATSDR会議はまた、広範な公衆の間のリスクあるグループを見出すための研究手法の開発を勧告した。カリフォルニア保健省はこの仕事のための基金を得て、1996年に最終報告書を提出した(California Department of Health Services CDHS, 1996)。MCSに関する質問事項が、すでに存在する公衆調査プログラムに盛り込まれた。この報告書は、今後の新たな徹底した調査の基礎として、この調査のために開発された質問票を使用することを勧告した。そのような調査はかつて実施されたことがなった。第5章に示される有病率に関する数値のあるものはこの調査からのものである。

管理された曝露調査に関するワークショップ:
国立環境健康科学研究所 National Institute of Environmental Health Sciences(NIEHS)


 このワークショップは、各州自治体が管理した国家プログラムである”スーパーファンド危険物質基本研究と訓練プログラム”の一部としてニュージャージー州で開催された。資金は国立健康研究所(NIH)の下部組織であるNIEHSによって提供された。その目的はMCSの病気機序の明確な理解を増すための多分野研究プログラムを確立することであった。参加者のバックグラウンドは、神経生理学、免疫学、疫学、毒物学及び生物学であった。

 成果は4つの勧告である。
  1. 診察すべき対象の選択のための明確な基準
  2. 標準化した曝露調査の完全な管理(現在まで、肯定的な結果が出た曝露実験は存在しない)
  3. 管理された刺激テスト(provocation tests )の評価における条件反射と神経感作の結合(これらの概念は第6章で説明されている)
  4. 疫学調査における症例対照(case-control)デザインの導入
実験的MCS研究に関する会議 1996年:国立環境健康科学研究所(NIEHS)

 会議には上記のワークショップと同じチームが参加した。臨床医とMCS関連分野の理論環境研究の専門家の両方が参加した。5つのワーキング・グループが下記の課題を討議した。
  • 毒性誘因耐性消失(TILT)の調査のための経験的手順
  • 条件反射(パブロフ)とMCS
  • 心理的・神経的・免疫的機序
  • 神経性炎症
  • 神経感作と”キンドリング”機序
 5つのグループの紹介と全てのプレゼンテーションは、”環境健康展望(Environmental Health Perspectives)”の特別号(No. 105, supplement 2, 1997)に発表された。

 Annex C (Main proposals from the EOHSI/NIEHS conference) は、この会議の主要な提案を含んでいる。それは、研究と優先事項の分野を討議し形成するために、過去6年間に多くの症例に遭遇した専門家等によって書かれた過去の活動のフォローアップである。標準化と品質管理に関する同じ要求と、より良い調整と分野をまたがる研究グループで”お互いの話をよく聞く”ということが提案された。

 この会議は、アメリカの全国規模の参加者があったMCSに特化する最後の会議であった。

多種化学物質曝露と湾岸戦争病に関する議会への報告書 1998年

 下院議会がこの報告書を委託した。報告書は、会議の合意として、多種化学物質曝露は湾岸戦争症候群の観点から見られるべきであり、計画されている研究プロジェクト”環境健康における混合化学物質”とともに、MCSは疾病管理センター(CDC)の下で管理されるべきであると述べている。この会議の結果は未だに刊行されていない。

3.1.2 省庁横断委員会:機関横断ワーキング・グループ

 最も名声のあるMCSに関する省庁横断ワーキング・グループは、アメリカ保健省が主管した”多種化学物質過敏症に関する機関横断ワーキング・グループ”である。このワーキング・グループは連邦政府省庁、環境及び医学関連科学研究機関からの代表者で構成されていた。このワーキング・グループは”多種化学物質過敏症(MCS)に関する報告書”を作成したが、決定前ドラフト版が入手可能である(Interagency report, 1998)。

 この報告書は、政治家、公務員、科学者、MCS問題にかかわる医師に向けられたものである。

 それは、科学文献、専門家からの聴取、当局による過去及び現在の措置、技術と戦略に関する勧告、等の徹底的な検証に基づいている。

 この報告の主要な結論は、はっきりした疾病としてのMCSの明確な証拠は、まだ(1998年現在)不足している。その勧告は、Annexes B, C, 及び D に示される勧告を継続することである。

報告書に関する公聴会

 専門家委員会による評価の後、非公式版の報告書が公聴会にかけられた。公聴会に寄せられた460件の意見はひとつの報告書にまとめられた(Summary of Public Comments Received for the Multiple Chemical Sensitivity Report, 2000, Center of Disease Control, Ministry of Health)。

 意見は保健行政の専門家、MCSの及びMCSではない市民、団体から寄せられた。公務員はその報告書に最も肯定的であり、市民は最も批判的であった。

批判的な意見
  • 化学産業界の代表の参加が利益の矛盾の基盤を生成し、公平な文書としての報告書を弱めた。
  • 報告書は他の政府当局及びMCS患者を治療している臨床環境医師からの情報も含むべきである。
  • 参照リストが完全ではない。
  • 報告書は曝露を避ける方法を勧告すべきである。
  • 保健行政、当局、従業員、公衆はこの報告書を使用すべきである。
肯定的な意見
  • 報告書は将来MCSを認知する上で、よいきっかけとなる。
  • 報告書はMCSに関連する最も重要な点をまとめている。
  • 報告書はMCSに関する仕事をしている人々にとって重要なツールである。
3.1.3 専門医師組織のMCS問題に対する態度
  • いくつかの職業医学団体がMCSに関する議論に参加した。これらには、臨床環境医学を代表するアカデミー(AAEM)や、アメリカ医学協会 American Medical Association(AMA)傘下の5団体が含まれる。(最も重要なコメントは引用符””で囲まれている。)
  • 1992年AAEM報告書は、MCSを含む全ての環境病の病因のための全体論的(holistic)モデルを示している(第6章 参照)。
  • アメリカ医師会 American College of Physicians (1989) ”刺激テストを実施している環境医学者は、診察し治療している病気を定義すべきであり、blinding principle や手順と結果の文書化のような実験的設計のための現在の基準を固守すべきである。”
  • アメリカ医学協会 American Medical Association (1992) ”MCSは臨床上の症候群として認められるべきではない(MCS should not be recognized as a clinical syndrome.)。”
  • アメリカ医学協会(AMA)、アメリカ肺協会、アメリカEPA、消費者団体(1995) ”MCSの疑いは、医学の歴史の徹底的な評価を求めている。”その症例は精神医学的疾病として片付けられてはならない。心因性問題の存在の可能性が検討されるべきであり、例えば、アレルギー学者や肺専門家などの専門家による診察の必要性が検討されるべきである。
  • アメリカ・アレルギー、ぜん息、免疫学協会(1997) ”発表されている多くの理論の中で証明されたものはひとつもない。”
  • その全てがMCS研究と患者の治療に関する専門家である31人の科学者と臨床医師たちからなるグループからの提案(Archives of Environment Health, 1999)。臨床計画案については第7章を参照
  • アメリカ労働環境医学協会 American College of Occupational and Environmental Medicine (1999)は、MCSに関し最も適切な医学団体である。ワーキング・グループは、補償と社会的問題に関する決定を行う場合には医師たちの意見が重要であることを強調している。メンバーは環境要素とMCS機序との間の関連性の証明がまだ欠如しているということを認めている。従って、彼等は、MCS発症頻度の削減を目的とする環境的介入(調査と規制)の科学的根拠が見つからない。しかし、これは屋内環境には当てはまらない。
  • ACOEMは、生物心理学的病気モデルを支持しており、それによって、彼等は、心理学的及び生理学的の両方の要素からなる複雑な病気の機序の背後にある仮説を支持している。
 全ての組織は、医師たちがMCS患者に対し真の共感と関心を示すことの重要性と、科学的結果はピアレビューにより科学的ジャーナルで発表されるべきことについて合意した。

3.1.4 コメント

 多くの会議とワークショップがMCSに関する因果関係を見つけるために1990年〜1998年の間にアメリカで開催された。しかし、MCSの原因と機序は未だに発見されていない。もっと明白な科学的結果を生み出すであろう研究活動のための新たな専門的で高品質な提案が継続的に行われている。

 Annex D (Topic list of recommendations for MCS research)に、上記の7つの会議からの最も重要な勧告のリストが挙げられ、題目に従って編集されている。

 ほとんどの会議で研究のために勧告された題目は:
  • 疫学的研究
  • 病気の定義
  • 刺激テスト(Provocation tests)
 勧告のほとんどは、1991年の第1回会議において発表さたものである。それ以降の会議は、同じ”MCS儀式”の繰り返しであるように見える。会議の最後には彼等は常に過去の勧告が実施されておらず、なんら進捗が見られないと結論せざるを得なくなるという事実にもかかわらず、経験ある科学者の全てが新たなワークショップと会議を開催し続けたということは驚くべきことである。

 研究のための膨大な資源と多くの時間が国家の取組みに投入されたが、その成果は明らかにその投資には及ばない。

3.2 カナダの活動

 1990年に環境過敏症に関するワークショップが開催された。MCSと精神医学的疾病への関連性に関するワークショップは1992年に開催された。

 カナダの専門家たちはMCSに関連する問題について、アメリカで行われたものに比べて、より広く議論を行った。彼等は、患者の身体的、社会的、及び経済的問題、及び、保健行政による治療システム、社会行政、職場へのMCSの影響について議論した。

 下記勧告が採択された。
  • MCS患者は、診断の準備としてよりも日々の生活機能に照らして評価されなくてはならない。
  • MCS診断の基準は、a) 可能な possible、b) ありそうな probable、C) 大いにありそうな highly probable 、として確立されなくてはならない。
 数年間、カナダの環境及び健康当局は、農薬の個人使用及び公共の場所での香気の使用を抑制するためのいくつかの防止措置を行った。カナダ保健省は、被害者に対する社会的補償を可能とするために、他の2つの環境病とともにMCSを認知するよう試みた(第8章 参照)。

コメント

 MCSに関連して、アメリカでは焦点がもっと狭く診断の客観的なシステムに注がれているのに対して、カナダのシステムは総合的に社会的及び予防的側面を強調しているように見える。

3.3 ヨーロッパの活動

3.3.1 EU 環境総局報告書 1996

 国際専門家グループは、欧州委員会の環境総局(DG Environment)から化学物質過敏症に関する状況を、特にデンマーク、ドイツ、スウェーデン、ノルウェー、ベルギー、オランダ、イギリス、ギリシャを含む選択された諸国について調査するよう要請された(European report, 1994)。

 報告書”選択されたヨーロッパ諸国における化学物質過敏症:予備調査”がデンマーク、ドイツ、ギリシャ、及びアメリカからの11人の科学者によって作成された。主著者はアシュフォード(N. Ashford)であり、ミラー( Miller)とともに”化学物質曝露”を書いた人である。9か国からの代表者に示された調査のコンセプトと質問票の形式は、当時のアメリカで考えられていた方法に基づいている。当時、ほとんどのヨーロッパ人にとって、この方法は不慣れであった。報告書は承認されず、公式には環境総局から発行されなかった。

 報告書は、各国の1人の中心人物が自国から収集した情報に基づいて作成された。各国からの情報は同一の質問に対する回答からなっており、これらは、曝露、患者からの情報、関連調査研究、及び将来の計画の下にグループ分けすることができる。

 その結果は、ヨーロッパ諸国の無計画で多様な状況を表しており、お互いを比較することはできないほどのものである。これは資料を収集した方法に問題があったためである。質問はアメリカでの経験と知見、すなわち、可能性ある原因仮説と目標グループに基づいていた。質問は誤解されたかも知れず、又は不適切な人々に向けられたかもしれない。

 報告書は、それぞれの国が曝露と病気のはっきりしたタイプを持った”独自”のMCS症例を持っているが、MCS様状態は全てのヨーロッパ諸国で起きていることを示している。

 デンマークは多分MCSと同様な病気の診断と化学物質曝露を持っていると言われている。この報告書からのいくつかの情報は第4章に示されている。

3.3.2 イギリス安全衛生長官(HSE)への報告書

 スコットランドの産業医学研究所は多種化学物質の検証を要請された。主著者グレーブリング(Graveling)と5人の研究所員が次の質問に答える広範な報告書を作成した。
  1. 非常に低濃度の殺虫剤を含む化学物質への曝露が人間に症状を引き起こすことがあるか?
  2. これらの症状は生理学的又は心理学的プロセスのためであるとする文書はあるか?
 報告書は、病気の機序に対する異なった仮説に対し、非常に詳細で徹底的な検証を行っている(Graveling, 1999)。2つの質問に対して正確な答えは出していないが、著者等は疫学的調査に基づき、MCSは実際のものであると結論付けている。

3.3.3 イギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)の報告書

 イギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)は、いくつかの医学分野のイギリスの医師たちからなる組織である。彼等は臨床環境病モデルを強く強調しつつ、MCSに関する広範な報告書を作成した。症状は食物アレルギーに関連し、明白な免疫学的特徴を持たないアレルギー性反応が原因機序の中にある。いくつかの医学上の歴史が議論されているが、その中であるものはカレンの基準を満たさない(Eaton, 2000)。

3.4 国連/WHOの下での活動

国際化学物質安全プログラム(IPCS) ベルリン・ワークショップ 1996 年

 欧州委員会からの報告書の中の勧告のひとつは、ヨーロッパの状況を討議しMCSに関する情報と研究についての共同取組みを計画することを目的として、MCSに関する全ヨーロッパの専門家の会議を開催することであった。上述の通り、その報告書は刊行されず、EUは勧告をフォローしなかった。

 一方、IPCS(国際化学物質安全プログラム)はWHO、ILO、UNEP、及びドイツ政府とともに1996年にベルリンで国際ワークショップを開催した。アメリカ、カナダ及びいくつかのヨーロッパ諸国から専門家が参加するよう要請された。欧州環境総局の代表もまた参加し、化学産業界からの何人かの代表も参加した(IPCS- report of multiple chemical sensitivities, 1996)。

 ワークショップは上述したアメリカの会議に比較される。同じ専門家がアメリカから参加した。ワークショップの最終文書は発行されなかったが、それは参加者が結論に同意することができなかったからである。80%が主要な結論を支持することができなかった。

 WHOはこの会議以来、何もしていない(pers. com. Dr. Younes, IPCS/WHO Geneva, 2001)。

3.5 結論

 ここでは、保健当局がアメリカ政府からの支援を得て実施したMCSに関する科学的活動を述べる。MCS研究プロジェクトのための提案は高品質であり適切であると考えられ、ヨーロッパ/デンマークに研究のための示唆を与えた。

 多くの研究プロジェクトからの成果は比較的少ない。MCSの原因機序は全体的に明確にされていない。

 アメリカ政府の下でのワーキング・グループの報告書は公式には承認されておらず、刊行されていない。

 MCSは公式には疾病として認知されておらず、診断、診察、及びリスクのあるグループの特定のための精密な手法は存在しない。臨床環境医師と確立している医学者はお互いにアプローチしようとしない。


4 MCSの事例
 4.1 有機溶剤への曝露によるMCS
  4.1.1 トンネル工事作業中にガソリン・ヒュームに急性曝露した労働者のMCS
  4.1.2 プラスチックへの曝露によるMCS
 4.2 農薬への曝露によるMCS
  4.2.1 デンマークの状況
 4.3 木材防腐剤−ペンタクロロフェノール(PCP)、ドイツ
  4.3.1 レントリン(Rentolin)への曝露によるMCS、デンマーク
 4.4 屋内環境に関連したMCS
 4.5 湾岸戦争症候群 (GWS)
 4.6 コメント
 4.7 MCSを引き起こす化学物質
  4.7.1 MSCに関連する化学物質と初期曝露
  4.7.2 複合反応を引き起こす化学物質(引き金物質)



 この章では、第2章で述べられている定義基準と2段階の進展を満たすMCSの典型的な症例を記述する。

  • 有毒用量の(必ずしもその必要はないが)化学物質に初期曝露する。
  • より低用量で同じ化学物質に曝露するといくつかの器官の反応が増大し、他の化学物質へ曝露しても症状が進展する(引き金物質)。
4.1 有機溶剤への曝露によるMCS

 長年、有機溶剤に曝露すると脳や他の器官に様々な障害を及ぼすことが知られている。MCSは、長期間のそのような曝露によって引き起こされると見なすことができる。

 デンマークの産業医療病院及びコペンハーゲン大学病院国立病院耳鼻咽喉科からの報告書がそのような症例を扱った最初のもののひとつである(Gyntelberg, 1986)。
 著者は、”獲得性有機溶剤不耐症(Acquired intolerance for organic solvents)”という用語を使用している。この調査は低用量溶剤に曝露した後、異なる器官に多くの症状が出るようになった50人の人々を対象とした。このような用量では以前は症状が出なかった。50人全員が以前に急性溶剤中毒を経験していた。22人が毒性脳障害(toxic encephalopathy)の症状を示した。

 全員にもっとも顕著な症状は、めまい、吐き気、疲労であり、それらは溶剤が取り除かれると消滅した。他の物質への曝露による症状についての記述はない。情報がないのでジンテルバーグ(Gyntelberg)の報告はMCSの定義に合致しない。

 著者等はまた、ストックホルムとコール(1979)が、以前に溶剤中毒になり、環境チャンバーでの実験中に他の研究対象者よりも溶剤に強く反応する人を発見したと述べている。

 ラスムッセン(2002)は、神経系に障害、例えば、毒性脳障害(toxic encephalopathy)を受けた人々は有機溶剤に、またしばしば、非神経毒化学物質にも、感受性を高めていることを確認した。

 スウェーデンの産業医師は同様な経験を持っており(例えば、Orbak, 1998; Lindelof and Georgellis 1999, 2000))、ノルウェーのレビー(1997)はMCSの第2段階はしばしば、仕事と曝露の長期間の中断の後に引き起こされる。これらの人たちが職場に復帰すると、以前には使用していた化学物質への曝露に耐えることができなくなる。もっと低濃度でも耐えられなくなる。彼等は、香水、排気ガス等に曝露すると広汎な症状を訴えるようになる。同じ人たちはアルコールと薬品に対しても耐性が低くなる。

 MCS様症候群はフランスの産業医学調査の中で記述されている(化学物質の匂いへの不耐性症候群)。30症例中19例において、症状は専ら有機溶剤への曝露によって引き起こされたが、ジンテルバーグ(Gyntelberg)の記述に対応している(Grimmer, 1995)。30人中の17人のグループは後に他の物質への不耐性を示すようになった。この現象は”匂い過敏性”と呼ばれた。17人全てが以前に溶剤に曝露したわけではない。

 ストックホルムの環境医学部門のグループは、家屋塗装工は他のどのような職業の人よりもMCS様症状を被っていることを発見した。実際に働いている塗装工への質問調査で、584人の回答者中191人が有機溶剤に対して匂い過敏性を訴えたが、49人がMCS基準を満たす症状を持っていた。後者の塗装工グループは、明らかに残りのグループよりも症状により悩まされていた(Lindelof, 2000)(6.4節参照)。

 コーン(1987)とラックス(1995)の二人は、それぞれ1200人及び605人からなる彼等の産業医療患者の中のMCSを持つ人の小グループについて記述している。コーンの患者13人とラックスの患者35人はカレンの基準を満たしていた。コーンの患者の大部分は初期段階で有機溶剤に曝露していた。

表4.1 溶剤への曝露によるMCS症例の概要
産業医療調査
著者 症候群 人数 曝露
初期 ”引き金”物質
ジンテルバーグ
1986
獲得性有機溶剤不耐症 50 50有機溶剤 有機溶剤
グリマー
1994
化学物質匂い不耐症候群

嗅覚過敏症
30

17
19有機溶剤 有機溶剤 及び
”広範囲”の
他の化学物質
リンデロフ
2000
匂い過敏症

MCS
191

49
有機溶剤

有機溶剤
有機溶剤

”広範囲”
コーン
1987
MCS 13 11有機溶剤 ”広範囲”
ラックス
1995
MCS 35 示されていない ”広範囲”

4.1.1 トンネル工事作業中にガソリン・ヒュームに急性曝露した労働者のMCS

 ダビドフ(1998)は、2ヶ月間トンネル掘削工事を行っている間にガソリン・スタンドから漏れたガソリンによって汚染された土壌からの化学ヒュームに曝露した77人の未熟練土木作業員について述べている。
 最初にガソリンの匂いがすると告げられた後、2ヵ月後に作業員たちは、頭痛、めまい、目と喉の痛み、咳を訴え始めた。トンネンル内の空気中から60ppmのベンゼン濃度が検出された。そこで作業は停止し、トンネンルは閉じられた。トンネンル中の全ての化学ヒュームの信頼性ある測定は行われなかった。

 任意に選ばれた30人が2回、検査を受けた。この事件の直後、及び10〜13ヵ月後に10人の作業者がMCS基準を満たす症状を起こした時である。 10人の内2人は以前に化学ヒュームに曝露したことがあり、残りの8人はこのトンネル事故より前に症状を経験したことはなかった(検査を受けたトンネル工事作業者30人の26,7%)。

 作業者らには頻繁には症状は出ず(少なくとも週1回)、他のMCS患者のグループよりも短い期間であった。しかし症状はMCSに似ており、中枢神経系、呼吸器系、筋肉、じん帯と関節、胃腸系、等のいくつかの器官にその症状が出た。

 症状のために仕事を辞めなくてはならない人はいなかった。2回目の検査を受けた時、彼等の大部分は働き続けていた。

 作業者らは最初の症状を経験した時に、誰もMCSについて知らなかったという点で、作業者らの集団はMCSに関して通常とは異なっていた。彼等は臨床環境医師の検査を受けなかった。

 ほとんど実験のような曝露状況であったため、この調査は興味深い。以前に曝露し急性中毒に罹ったことのあるわずかの人々だけがMCSになった。

4.1.2 プラスチックへの曝露によるMCS

 アメリカの航空機製造工場で、新しいプラスチック製の製品が導入された時に、50〜75人の作業者が急に病気になった。症状は急性溶剤中毒として知られているものとよく似ていた。その製品は、フェノール、ホルムアルデヒド、メチルエチルケトンを含んでいることが分かり、工場内でその濃度が測定されたが、限界値以下であった。12人の作業者が、毎日の職場環境で経験している様々な匂いのために、永続性の症状に悩まされた。専門家委員会が彼等を調べたが、彼等の症状を説明する他の病気を見つけることができなかった(Simon, 1990)。

4.2 農薬への曝露によるMCS

 アシュフォードとミラー(1998)によれば、有機リン系及びカルバミン酸系殺虫剤はいくつかの調査でMCSの可能性ある原因として強調されてきた。はじめは典型的な急性中毒であり、時には中枢神経の中毒による慢性症状を伴うことがあり、後にMCSの定義に対応して、いくつかの器官で広範な症状が出る。

 アメリカのMCS被害者の患者組織によれば、6800人の会員の80%は自分たちがいつ、どのようにして、どのような物質によって具合が悪くなったか知っている。60%の会員は、最初に具合が悪くなったのは殺虫剤に曝露した後である(Ashford & Miller, 1998)。

 タバショー(1966)は、有機リン急性中毒になったカリフォルニアの114人の農場労働者について報告した。これらのうちある人々は後にMCS様の症状になった。中毒してから3年後に22人が殺虫剤と有機溶剤に接触すると気分がすぐれなくなると訴えた。6人が症状が原因で仕事を辞めた。残りの人たちは仕事で殺虫剤を避けるよう試みた。最初の集団の内の61人は追跡することができず、彼等のうち何人くらいがMCSのために地域を去ったのか不明である。

 コーン(1992)は、ホテルで250人の客がゴキブリ用のカルバミン酸系殺虫剤、プロポキスル(propoxur)に曝露した話を述べている。多くの客は直ぐに中毒の急性症状を示したが19人は永続性の症状を訴えた。彼等は産業医療の病院で発症後5〜15ヶ月間、診察を受けた。彼等のうち12人は、ホテルに滞在する前には何も問題がなかった香水、ガソリン、新聞の印刷インク、様々な洗剤、殺虫剤、そして溶剤ベースの製品による匂いに過敏になったと訴えた。

 ヨーロッパの8カ国(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、イギリス、ドイツ、ベルギー、オランダ、ギリシャ)における殺虫剤中毒−そのほとんどは職場環境で発生している−がEUの報告書(1994)に記述されている。

 ドイツではピレスロイド系殺虫剤で急性中毒になった23人中8人が後に、カレン基準に対応したMCS症状になった。これらの人々は臨床検査と研究所でのテストの結果、正常であった(European report, 1994)。

4.2.1 デンマークの現状

 庭師、その他の殺虫剤急性中毒のいくつかの症例がデンマークで報告されている(Lander, 2000)。被害者がMCS基準を満たしているかどうかを示す体系的な調査は行われていない。ランダーによれば、少人数が温室で殺虫剤を散布する時に匂いに悩まされる。症状の原因は、殺虫剤に添加されていた芳香性警告物質のためであった(Lander, pers. Com., 2001)。

 殺虫剤はMCSに関連して最もしばしば言及される化学物質であるアメリカでの状況とは異なり、デンマークでは殺虫剤を個人が家庭で使うことはあまりなく、従って、使用されるのはほとんど屋外である。

4.3 木材防腐剤−ペンタクロロフェノール(PCP)、ドイツ

 ヨーロッパ調査では、ドイツの専門家たちが、主にペンタクロロフェノール(PCP)を原因とするMCS様症候群の多くの症例について報告している。この化学物質は屋内で木材に使用され、ダイオキシン、フラン、有機溶剤などを含み、10,000症例の中毒(急性及び慢性)が報告されている。これらのうち100例は小児研究所及び学校からの報告である。

 これらのうちのあるものはMCS定義を満たしており、初期の曝露の後に、非常に微量の様々な化学物質に曝露すると様々な不特定の症状がでるとの訴えがあった。

 フランクフルトの裁判所は、ペンタクロロフェノールが、ある人々にMCSを引き起こした可能性が非常に高いとした。製造者はこの裁定を不服として上訴したが、その裁判の結果は不明である(European report, 1994)。

 他の国でも同様な報告がある。オランダの3つの町で高濃度のペンタクロロフェノールが屋内から検出され、住民に症状が出た。しかし症状とこの物質との関連は報告されていない(European report, 1994)。

 ベルギーでは、PCP症候群という言葉がペンタクロロフェノール(PCP)を使用したことによって引き起こされる状態を表現するために用いられた。専門家はMCS基準に対応する症状を持つ多くの人々を発見した。彼等は古典的な中毒というよりむしろ不耐性として解釈された(European report, 1994)。

4.3.1 レントリン(Rentolin)への曝露によるMCS、デンマーク

 レントリンは木材防腐剤であり、誤って屋内で使用されてきた。この製品は屋外での使用だけを意図されていたが、輸入業者は、天井、床、台所のテーブルなどに使用できると宣伝した。

 この製品は主に、溶剤(white spiritturpentine)、亜麻仁油、防カビ剤(ジクロフルアニド)からなる。ある期間、レントリンを屋内で使用した多くの個人が裁判に訴えた。これらのうちのある人々は産業医療病院で検査を受け、病理学的病像がMCSに類似しており、中枢神経系やいくつかの他の器官に症状があることが判明した。症例の多くは溶剤による急性中毒と診断されたが、産業医たちは、木材防腐剤としてのレントリンの使用と慢性MCS症状との関連性について文書化できなかった(Viskum, 1999)。しかし、毒物学的評価は、もしレントリンが広範に使用されれば、関連が十分にありそうだとした。

 この後デンマークEPAは、レントリンは危険な溶剤を高濃度で含んでいるので屋内での使用を禁じた。

 環境医学及び屋内環境に関する二人の専門家による評価に基づき、デンマークの裁判所は、レントリンは原告のMCS症状の直接原因であり得ると裁定した。専門家たちはジクロフルアニド成分が決定的に重要であるとの意見であった。

4.4 屋内環境に関連したMCS

 第2章で述べたように、屋内環境による症状には多くの原因があり得るが、それらは必ずしもMCSに共通であるというわけではない。この章ではMCS様症状を引き起こす化学物質に注目する。

 屋内空気及び様々な屋内の発生源に由来するこれらの化学物質は、集合的に揮発性有機化合物(VOC)と呼ばれることがある。ウォルコフ(1995)は、下記の主要な発生源を挙げた。
  • 建材、塗料、接着剤、壁紙、家具、カーペット等
  • 人間の活動に由来するもの:事務様機器、家庭用機器、パーソナル・ケア用品等
  • 微生物:カビ、菌等
  • 交通や産業からの屋外空気汚染(4.7節参照
 アメリカの文献には、新しい事務所に移った時、新しい家に引っ越した時、あるいは新しいカーペットを敷いた時などにMCS症状が出た人々の多くの事例がある。ほとんどの場合、これらの人々は、多くの他の従業員とともに200〜300m2のカーペットが敷かれた大きな事務所で働いていた。カーペットはスチレンとブタジエンを含む接着剤で床に貼り付けられ、それらはポリマー化されたカーペットの下面に塗られていた。(Ashford & Miller, 1998)

 アメリカの家庭ではヨーロッパの家庭より多くの化学物質が使用されている。全人口の多くの部分が、デンマーク/ヨーロッパよりも大きく化学物質に屋内曝露している。

4.5 湾岸戦争症候群 (GWS)

 先の戦争(ベトナム、朝鮮)に関しては、ある限られた兵士は帰還した後に様々な症状に悩まされたが、それらのあるものはMCSに似ていた。これらの症例は、かつて、主に心因性トラウマとして関連付けられ評価されたが、他の仮説も現在、検証中である。

 湾岸戦争後、多くの兵士が健康の異常を訴えた結果、アメリカとイギリスで大規模な健康調査が行われることとなった。いくつかの研究プロジェクトが現在も実施されている。

 湾岸戦争症候群 (GWS)の原因としての多くの仮説のひとつは様々な化学物質への曝露であり(農薬、ワクチン、耐毒ガス抗体、等)、兵士等は呼吸又は注射を通じてこれらに曝露していた。GWSの帰還兵のあるものは、MCS基準を満たしている可能性があり、そのことは、彼等は呼吸によって初期化学物質に中毒しており、その時以来、匂いに触れると様々な症状が現われるようになった。

 デンマークの湾岸戦争調査では、湾岸戦争前及び間に、化学物質への曝露があったという事実は明らかにしていない((Ishoy, 1999)。

4.6 コメント

 一般的にヨーロッパ、特にデンマークではMCSに対する意識や関心が低いために、発症しているかもしれないMCS様症例の全てが明らかになっているわけではない。

 ほとんどの症例は、産業医学調査によって得られており、それらのほとんどは溶剤又は殺虫剤への曝露に関連している。二人のMCSの若者がデンマークの公衆水泳プールに雇われていた。特定の状況の下で形成される塩素ヒューム(例えばトリハロメタンやクロラミン)がこれらの症状を引き起こした。彼等二人はその職場を辞めて再教育を受けなくてはならなかった(Raffn, pers. com., 2001)。

 グラベリング(Graveling)は、最も多く化学物質を仕事で取り扱っており、従って最も化学物質に曝露しているはずの人々が、それほど頻繁にMCSになっていないことを発見して、そのことを不思議だとしている。この留意点はデンマークの現状には合致しておらず、デンマークではMCSと考えられる症例のほとんどは、以前に溶剤に曝露した人々の職業に関連しており、他の職業としては庭師や理容師などがある。

 グラベリングは職業的曝露の症例について、自分自身の経験を述べていない。グラベリングと彼の共著者、その全てはある産業医学研究所に雇われている−は、スコットランドとイギリスにおける職業関連MCS症例の数値を与えていないということは注目すべきことである。とにかく、イギリス健康安全局(HSE)は彼等に報告書を委託した(Graveling, 1999)(第3章参照)。

 上述した木材防腐剤レントリン(Rentolin)に係わる症例は、個人の家庭で起こる数少ない散発性の症例としてよい事例である。

4.7 MCSを引き起こす化学物質

4.7.1 MSCに関連する化学物質と初期曝露

 以下の化学物質がMCSと初期曝露に関連して述べられた。:
 全てのタイプの有機溶剤(職業用途又は個人用途)、殺虫剤(有機リン系及びカルバミン酸系)、調髪用品(ヘアードレッサー)、塩素を含む物質(例えば公衆水泳プール)

 EU報告書からの表4.2 は、MCSを引き起こすと推定され化学物質に関する異なる国の専門家の見解である。有機溶剤と殺虫剤は最も頻繁に言及されている。

 デンマークの専門家の報告がストレス−社会心理的な要素とする意見であるということが、MCSが不確かであるということを表してしている(表4.2 最下部)。これらの要素は必ずしも初期曝露として最もよく知られた要素というわけではない(第2.2.2項も参照のこと)。

表4.2 MCSを顕在化する(初期曝露)可能性のある要素
出展:ヨーロッパ調査(European report, 1994)
DK:デンマーク、S:スウェーデン、N:ノルウェー、SF:フィンランド、D:ドイツ、NL:オランダ、B:ベルギー、UK:イギリス、GR:ギリシャ
曝露要素DKSNSFDNLBUKGR
アマルガム/水銀 ++ +    
麻酔ガス        +
カーペット、接着剤 +   +   
ディーゼル排気ガス+        
ホルムアルデヒド+ + +   +
ヘアー・ケア製品++      +
屋内環境++ +     
脱脂剤+        
メタクリル酸メチル ++      
新築・改築ビル ++ +    
有機溶剤+++++++++
塗料、ラッカー++  +   +
ペンタクロロフェノール等    +++  
殺虫剤+ + + +++
薬物  +      
印刷材++       
ストレス−社会心理的要素++  +  + 


4.7.2 複合反応を引き起こす化学物質(引き金物質)

 表4.3 は、新たなデンマークの情報とアメリカからの文献による広範で最新の様々な化学物質を示す。表に挙げられた化学物質は、仕事場、公共の場所、個人の家において、屋外はもちろん、屋内でも見出すことができる。

 ”屋内VOC(揮発性有機化合物)、他”は、この表にない化学物質ヒュームを含む。ウォルコフ(1955)は、VOCの様々な発生源と検出可能な多くのVOCの双方について詳細な記述を行っている(4.4節参照)。VOC匂い/匂い濃度の範囲は、(mg/m3 からg/m3 まで、又は、もっと低い)多くの位数を含む。

 多くの曝露が、いくつかの化学物質及び化学物質とその他の要素から生じる合成影響による複雑な空気汚染に寄与している。

表4.3 よく報告される原因化学物質
(出展:Miller, 2001 など)
殺虫剤
  • 有機リン系、カルバミン酸系
    有機溶剤
    塗料、ラッカー、ワニス
    接着剤
    金属洗浄
    印刷インク及びクリンジング
    家庭用化学物質
    マニキュア落とし
    木材防腐剤
    ホルムアルデヒド
    ドライクリーニング
  • タバコの煙
    香気
    塩素ヒューム(公衆水泳プール)
    アスファルト
    ヘアーケア製品(アンモニア化合物)
    自動車排気ガス
    新しいカーペットからのヒューム
    香水、オーデコロン
    ”フレッシュ−エアー”スプレー
    石けん、粉石けん、その他家庭用品中の香料
    ガソリン蒸気
    屋内VOX、その他

     反応性物質は他の物質と反応し、原因となり得る新たな生成する。例えばオゾンは柑橘類油(citrus oil)と反応して強い刺激臭のある化合物を生成する。蒸着、例えばダスト粒子により、化学物質を不完全に蒸着させるとダスト曝露の原因となる(Wolkoff, 1999)。


    5 発症頻度(Frequency)
     5.1 有病率(Prevalence)
      5.1.1 産業医学論文中のMCSの有病率(Prevalence)
     5.2 罹患率(Incidence)
     5.3 環境医師と患者組織による有病率(Prevalence)
      5.3.1 患者組織によるデンマークでのMCS発症頻度(Frequency)
     5.4 コメント


    5.1 有病率

     調査されるべき全ての病気が最終的に定義されていない時には、比較可能な疫学的結果を見出すことは難しい。これは、ひとつの病気の発症頻度を記述しようとする研究グループは、病気、報告、分類、選定、などを定義するための共通ルールを守るということができないからである。

     ムーサー(1987)はアメリカ人のMCS有病率は2〜10%であると推定している。彼はMCSの人々を含めたが、これらの人々はその症状の結果、日々の生活を強制的に変えることを余儀なくさせられた。カレン(1994)を含む多くの専門家たちは、これらの数値は高すぎると考えた。

     アメリカ機関横断報告書に関与したあるグループは、1997年までに発表された有病率に関する数値を備えた研究として3件だけを探し出している。それ以降、2件の研究がなされた。これらは全て、事前に定義されたグループの人々、又は地理的な地域から無作為に選定した人々に電話で標準化された質問を行った。全ての質問はアメリカ国内で行われた。

    客観的な診断による有病率:

     調査対象の人々は、一般開業医がMCSと診断したかどうかが質問された。肯定回答が下記に示す発症頻度である。

    0.2 %大学生Bell, 1993a
    4 %年金受給者Bell, 1993b
    4 %年金受給者Baldwin, 1997
    6.3 %一般公衆Kreutzer, カリフォルニア公衆調査, 1999)
    1.9 %一般公衆Voorhees, 1998

     質問を受けた人々の主観的な経験(”自己申告の疾病”)では、MCSの有病率はもっと大きかった。

    主観的な診断による有病率:

     塗りたての塗料、殺虫剤、香水、自動車排気ガス、及び新しいカーペットなどいくつかの物質への曝露が中程度又は強度の健康不良(医師の診察が必要であった、薬を用いた、報告されている健康不良があった)をもたらしたかどうかの質問により、下記のような肯定回答の有病率を得た。

     4-5 物質3-5 物質2 物質 
    学生15 %22 % Bell, 1993 a
    年金受給者17 %  Bell, 1993 b
    公務員 22.7 % Baldwin, 1997
    一般公衆  33 %  Meggs, 1996
    兵士(+湾岸戦争)  5.4%Black, 2000
    兵士(-湾岸戦争)  2.6%Black, 2000

     ベルは、彼等の数値は、”健康不良又は不快感”についての質問がどのように定式化されているかに直接的に依存するとコメントしている。もっと詳しいリスト、例えば、新しいカーペット、刷り上りの印刷インク、殺菌剤、塗料、天然ガス、香水、タール、殺虫剤、自動車排ガス、タバコの煙など−に基づき、同じ研究者らは、学生たちがひとつ又はそれ以上の”環境臭”によって症状が出るかどうかを調査した。約10%が、時には、又は頻繁に症状が出るが、一方28%はリストされたほとんどの要素から症状は出なかった。

     ボールドウィン(1977)の調査は、現代的なよく断熱防音されたビルで働く公務員たちが、屋内空気汚染だけでなく屋外の空気汚染によっても症状が出ることを示した。

     メグスは無作為に選定した田舎に住む成人(一般公衆)に質問を行った。51%中、同程度の規模の3つのグループが、アレルギーだけ、MCSだけ、アレルギーとMCSの両方を持っていた。上記の表の3-5物質で、後者2つのグループの33%に症状が出た。48%にはアレルギー症状もMCS症状も出なかった。著者等は、都市よりも田舎の方がMCSの発症頻度が低いと想定していたので、この高い発症頻度に驚いた。

     ブラックの電話による質問は、湾岸戦争に参加したグループと参加しなかったグループの2つに分けた3,700人の兵士からなる。湾岸戦争に参加しなかった兵士に関し、上述した通常の引き金物質のリストから少なくとも2物質に過敏性を示す程度は驚くほど低く(2.6%)、これは医師によりMCSと客観的に診断された程度とほぼ同じである。ブラックは、後者のグループの兵士たちのわずか0.2%が軍医によってMCSであると診断されたと述べている。これはベルが示す医師によりMCSと診断された大学生の発症頻度に対応する。

    5.1.1 産業医学論文中のMCSの有病率

     キペン(1995)は、産業医療病院又は一般開業医で診察を受けた人々の様々なグループからMCS様症状を調査した。彼は、23種の引き金物質のうちひとつ以上に曝露して具合が悪くなったかどうか、又はその部屋を離れざるをえなくなったかどうか、仕事を辞めなくてはならなかったかどうか、などについて質問した。肯定回答は下記の様に分析された。
     
  • 4 %:定常的な健康診察を受けた436人中  
  • 15%:他の職業関連の病気を持っていた107人中  
  • 20%:一般開業医の診察を受けた41人中  
  • 54%:職業的ぜん息又は気管支の過剰反応であるがMCSではない人43人中  
  • 69%:MCSの可能性(カレンの基準を満たす)39人中

     この最後のグループは、他のグループに比べて、明らかに選定された23物質以上の物質によって症状が引き起こされていた。ぜん息のグループは同様ではあるが、少し低い結果が得られた。キペンは、4つのコントロール・グループの肯定回答の人々がMCSであったのかどうかについて調査しなかった。

     下記のテーブルは産業医療患者グループの中のMCS又は同様な症状の有病率を示す。

    表5.1 産業医学論文タ中のMCSと匂い過敏症の有病率
    著者調査人数女性症状患者数有病率(%)
    ジンテルバーグ (デンマーク)16014 %有機溶剤不耐性2012.5
    グリマー (フランス)53 %匂い過敏性
    匂い超過敏性−MCS
    17
    30
    -
    -
    リンデロフ (スウェーデン)58410 %以下匂い過敏性
    MCS
    191
    49
    32.7
    8.4
    ラックス (アメリカ)60580 %MCS355.8
    コーン (アメリカ)120070 %MCS131

     上記の表で引用(及び第4章で記述)した論文は、匂い過敏性及びMCSのそれぞれの有病率について興味深い展望を与えている。アメリカの2つの論文(ラックスとコーン)は様々な産業医療患者の中の可能性あるMCS患者を特定するために従来のMCS定義を用いているが、デンマーク、フランス、及びスウェーデンの3グループはMCSの2段階の進展を記述している。

     ジンテルバーグによって記述される症状は多分匂い過敏性に対応しており、MCSの初期段階と見なすことができるが、一方、スランスとスウェーデンのグループはカレンのMCS基準を満たしている。

     アメリカとヨーロッパの論文では性差の状況が異なる。このことはヨーロッパでは男性が職場で有機溶剤に曝露することが比較的多いためかもしれない。リンデロフのストックホルムの家屋塗装工の調査は多分、選定上の影響がある。しかし、アメリカの産業医学論文にこのように多くの女性が現われることには驚かされる。

     アメリカとヨーロッパの論文は比較可能であるようには見えない。

     リンデロフの家屋塗装工は、MCSになってもまだ働いているということが加えられるべきである。他の論文は調査された人々の社会的状況に関する情報がない。

    5.2 罹患率

     ほとんどのアメリカの調査はMCSの罹患率に関するMCS患者の2つの共通な特性を確認していることが文献から判明した(Cullen, 1992; Sparks, 1994))。
    1. ほとんどの患者は女性である。
    2. 症状がはじめて出たのは、彼等は30歳以上の時である。

     クラウツアー(1999)は、彼の調査の中に多くのカリフォルニアの人々を含めた。しかし彼は、肯定回答の中に、人種、居住地、教育、又は社会的立場の違いを見出さなかった。

     ミラーとミッツェル(1995)は、MCSの社会経済的側面を調査した。MCS(カレンの定義)の人112人のうちの83%が30歳以降に病気が始まった。81%が病気が始まった時にフルタイムで雇用されていたが、調査をした時には12%になっていた。このグループのほとんどの人たちが症状のために、職業を変えざるを得なかった。40%が助けを求めて10人以上の医者の診察を受けていた。

    5.3 環境医師と患者組織による有病率

     アメリカの環境医師とMCS患者組織の経験に基づく記述は、MCSの発症頻度に関する多くの情報を含んでいる。アメリカの生態環境病院のスパイカー(1995)はMCS患者の平均年齢は40歳であり、77%が女性である。20年間に30,000人以上の環境病患者から得た彼の経験を述べている”化学物質過敏症”という4巻からなる本の著者であるレア(1992)は、これらの数値を導き出した。全ての患者がMCSと診断されたわけではない。その罹患率は病気と症状の定義に基づいており、それらは他の文献で比較することはできず、従って、本報告書の中で使用することはできない。

    5.3.1 患者組織によるデンマークでのMCS発症頻度

     デンマークMCS患者組織はデンマークの人口の4%(200,000人)がMCSであると推定している。この数値はアメリカの発症頻度に基づいている。この組織は、職場での頭痛の症例の多くは化学物質に曝露したことによる非認定MCSの症状かもしれないと述べている。

    5.4 コメント

     アメリカ、カナダ、及びヨーロッパのMCSの存在に関する疫学的文書がある。発症頻度はアメリカでは約0.2〜6%である。

     ヨーロッパに関しては確かなデータはない。スウェーデン[1] とドイツ[2] の両国では、MCSの発症頻度に関する全国調査が2001年に完了した。そのデータは、本報告書の最終編集が行われた時にはまだ発表されていなかった(Annex H 参照)。

     デンマークの産業医たちはデンマーク全人口におけるMCSの有病率は全体として0.1〜1%と推定している。デンマークに比べてアメリカが示すもっと高い有病率の数値には多くの理由があり得る。ひとつは、アメリカ人は化学物質により頻繁に、とりわけ屋内で曝露している可能性がある。もうひとつはアメリカにはMCSの知識をもった環境医師が比較的多く、彼等がMCS患者を診断し治療するが、一方、スカンジナビア諸国では、少なくともMCS患者に対応するのは産業医学及び環境医学における全くのスペシャリストであり、これらの患者を診る彼等にとって、MCS診断は議論の余地があるということが理由かもしれない。

     アメリカでは、MCSは多くの場合、約40歳の女性が屋内で発症する。

     アメリカとデンマークの産業医療患者グループにおけるMCSの有病率はほぼ等しく、1〜12%である。これらの数値は、一般の人々よりMCSを獲得するリスクが大きい限られたグループに当てはまる。

     ヨーロッパにおけるMSC研究を強化する可能性に関して、最も重要な仕事のひとつは、MCSの有病率に関するもっと信頼性のある数値を得ることであろう。

    表5.2 デンマークとアメリカにおけるMCSの有病率
     デンマークアメリカ
    全人口に対する有病率1%以下(推定)0.2〜6%
    曝露職場家庭
    性差女性
    年齢40歳



    6 病気の原因と機序
    6 病気の原因と機序 6.4 心理学的機序
     6.1 免疫学的機序  6.4.1 条件反射(パブロフの条件反射説)
     6.2 鼻の粘膜の機序  6.4.2 心因性要素
     6.3 神経学的機序  6.4.3 身体化症候群
      6.3.1 嗅覚−大脳辺縁系 6.5 毒性誘因耐性消失(TILT)
      6.3.2 神経性機序に関連する他の機序 6.6 臨床環境医学に基づく病気のモデル
      6.3.3 脳の機能の変化 6.7 討議
      6.8 結論


    6 病気の原因と機序

     MCSの背後にある病気の機序についての研究は4つの主要なカテゴリーに注がれた。3つの生理学的なものと、1つの心理学的なものである。

      1.免疫学的機序
      2.鼻の粘膜中の機序
      3.神経学的機序
      4.心理学的機序

     他の仮説は新たな病気の概念に基づくものであり:

      5.毒性誘因耐性消失(TILT)

     そして最後に、アメリカ環境医学会(AAEM)により提案された

      6.臨床環境医学の病気モデル

     これらの全ての機序は、現在もまだ議論されている。病因についての最も重要な研究成果と議論を下記に示す。

    6.1 免疫学的機序

     免疫学的機序は最もよく引用されるMCSの生理学的な病気の機序である。アメリカの臨床環境医師らは特にこの機序を好むようである。アメリカ環境医学会(AAEM)の理論に基づいて活動するレア(1992)を含む何人かは、MCSの原因は化学物質をきっかけとして引き起こされる免疫系の混乱であり、それは体の他の機能に影響を与えるものであると示唆している。このことの例は、免疫系と神経内分泌系(6.3節 神経系機序を参照)間の相互作用を挙げることができる(Meggs, 1992; Levin, 1992)。他の人たちは免疫学的反応と炎症性作用間の類似性を認め、したがって、この2つの機序の重なる部分がMCSに関与していると提案した(Meggs, 1992)。

     これらの仮説は証明されていない。MCSが超過敏性の病気として初めて記述されて以来、多くの人々が古典的な免疫反応の中からMCSに典型な免疫反応を探そうと試みた。他の人々はMCSに特定な免疫学的バイオマーカーを検出しようと試みた。5000以上の免疫学的テストを実施したレア(1992)とエコ健康センターの同僚らは、MCS患者のためだけではないが、MCSとよく関連性がある多くの結果を発表した。彼等は白血球細胞の特別の小グループ、活性白血球細胞の特別な断片、体自身の細胞に対する異常な抗体、そしてたんぱく質に固められた化学物質からなる新たな化合物を発見した。他の科学者たちはレアらの発見を再現することができなかった。彼等は、これは研究方法の相違、及び blinding principle と再現性に関する特定の要求の相違のためであるとした。

     このようにして、免疫系への影響の明確なパターンがMCSに関連して存在するということは示されなかった(Terr, 1986; Simon, 1993)。調査方法と品質管理に関する大きな相違が、レアらのグループと他のグループの結果の食い違いをもたらしたと考えられる。方法と品質に関する要求が厳密な場合には、免疫学的パラメーターの中から病気の兆候を発見することはできなかった。

     サイモン(1993)はMCS患者とコントロール・グループの注意深く計画された調査におけるバイオマーカーとしての免疫学的テストの適用可能性を評価した(バイオマーカーについては第7章参照)。特別の実験室で臨床環境医師らによるテストが実施された。そのテストからはMCSの人々を特定することはできなかった。この実験室における同じ目隠し血液サンプルによるダブルチェックで矛盾する結果が得られた(Simon 1993; Friedmann 1994)。

     マルゴリックと彼の同僚等も同じ結果を得た(Mitchell, 2001)。

    6.2 鼻の粘膜の機序

     MCS患者に見られる匂いに対する強い感受性は、MCSのひとつの説明になるのではないかとして、調査が行われた。

     鼻の粘膜には、二つの脳神経からの化学的感覚神経繊維がある。鼻腔の上部に神経終末がある嗅覚神経、及び、鼻腔のいたるところに神経終末がある第5脳神経(三叉神経)である。化学物質(匂い)は両方の神経を刺激する。嗅覚神経線維の刺激が匂いの感覚を生成し、一方、三叉神経の刺激は刺激の感覚を生成する。二つの脳神経は異なる経路から受けた衝撃(インパルス)を脳の中枢に送り、異なる感覚を生じる。

     オーバック(1998)は、高濃度の匂いと化学的刺激物を用いた誘発試験を毒性脳障害(TE)を持った人々と通常の人々に実施した。正常な人々とは対照的に、脳障害を持った人々は匂いを極端に不快な刺激物と感じた。テスト前に両方のグループは正常な嗅覚閾値を示していた。

     2重のブラインド・テストでハンメル(1996)はMCS患者は刺激物に曝露した時に、反応の変化したパターンを表現しつつ、不特定な過剰反応を起こすことを実証した。

     カカポロ(2000)と彼の同僚は3つの患者グループに対し、心地よい匂いといやな匂いへの反応をテストした。1) MCS(カレン基準)の人々、2) 慢性疲労症候群の人々、3) ぜん息を持ち化学物質には正常な人々。全てのグループは同じ嗅覚閾値を持っていた。しかし、嗅覚閾値以上の濃度でのフェニルエチル・アルコール(心地よい匂い)はMCS患者に強烈な感覚と苦痛を生成したが、いやな匂いは同じ不快な感覚を生じなかった。他のグループには異常な反応はなかったが、慢性疲労症候群の人のうちの何人かはMCSの人と同様な反応を示した。著者等はMCS患者の匂いテストへの反応は現状の神経生理学的機序に適合しないことを強調した。

     他のスウェーデンのグループは、MCSを持つ/持たない家屋塗装工に対し、香料(フルフリル・メルカプタン )、化学物質(アセトン、VOC)、及び、これらの組み合わせを曝露させた(Georgellis, 1999)。著者は心地よい香りの物質が不快な反応を起こすとは考えていなかった。MCSの人たちは香料単独又は他の物質との組み合わせでは非常に不快を感じたが、アセトンとVOCだけの場合には決して不快を感じなかった。

     メグスのグループは、特別の神経線維(C 繊維)と呼吸器系の粘膜の炎症がある役割を果たしているのではないかという仮説を調査した。彼らは10人のMCS患者の鼻と喉を調査し、その中で9人が鼻に症状が出た。慢性炎症誘発変化が彼等全てに見られた(Meggs, 1993)。メグスは、これは、呼吸器系刺激物に急性曝露して生ずる喘息のような状態−反応性気道機能障害症候群(RADS)によく似た反応性上部気道機能障害症候群(RUDS)ではないかと示唆した。

     カイン(2001)は、鼻の粘膜の再発性炎症のある人々は、粘膜に炎症がない時に比べて炎症がある時には嗅覚が強くなることを発見した。バスコム(1992)は、化学物質が呼吸系の粘膜のどこにも見られるC繊維を含む神経細胞を刺激するということを仮定して、MCSの進展に関する鼻の粘膜の役割を調査した。実験動物のこれらの繊維の刺激で局所的にニューロペプチド(訳注:神経系の活動や機能に影響を及ぼす物質)が生成された。これらは呼吸器系の収縮を生じ、粘液の分泌を増大し、血管を拡張し、浸透性を増す。

     他の何人かの著者等はMCSの機序に関する仮説を神経系のC繊維の炎症に基づくものとした。MCSの進展に寄与するかもしれない局所的炎症を生成する物質(物質P)がC繊維の神経終末から分泌される(Meggs, 1995)。

     バスコム(1992)は、どのように粘膜表面の慢性刺激が神経終末に炎症変化を生じるかについて記述した。これ等の変化は、様々な呼吸器系刺激をもたらす化学的影響に対する感受性を増大する。彼女は、同様な炎症反応が、扁桃痛、頭痛、それに数は少ないが関節炎や線維筋痛症に見られるということを主張している。

     粘膜における二つの追加的機序が寄与する可能性があるとの記述がある。一つは、脳に影響を与える物質(インターロイキン)の神経細胞からの放出である。他の一つは、神経経路の切り替えの一種である”神経系切り替え”に関する理論であり、それによれば、鼻の粘膜への化学的刺激が他の組織の反応、例えば動悸や頭痛、を生じる(Meggs, 1995)。”神経系切り替え”の説明で、メグスは、呼吸器系症状、食物アレルギーによる蕁麻疹(じんましん)、及び、強い香辛料の摂取による目や鼻の粘膜の反応について述べている。鼻と喉の三叉神経の神経線維を刺激すると、心拍数を減少する心臓の防御反応を生成することがある(Ashford & Miller, 1998)。

     動物実験を参照してスパークス(1994)は、神経組織炎症に関連する神経物質(インターロイキン)の放出が、MCSに関連する様々な器官での症状の生成を説明しているかもしれないと述べている。

    6.3 神経学的機序

    6.3.1 嗅覚−大脳辺縁系

     ベル(1992)と彼の同僚らは、嗅覚神経、大脳辺縁系(感情と行動を制御する脳中枢)、及び視床下部(器官機能の自律神経と内分泌を制御する脳中枢)の間の相互作用に関する仮説に関連するほとんどの研究を支持している。我々の生理学的反応、認識に基づく反応、そして行動的反応は、このシステムに統合され、それはまた免疫反応とホルモンと自立神経制御系を支配するものである。大脳辺縁系への影響は身体のほとんどの機能と全ての器官に変化を生じさせることができ、それはMCSの症状に対応する。

     ベルは、化学物質が嗅覚神経を通って脳に直接つながる神経系にどのようにして入り込むことができるかについて述べている。通常は脳を囲んでいるいわゆる血液脳関門がその侵入経路を巧みに回避している。しかし、ラットの実験で、ある物質が鼻の神経線維から嗅覚神経の脳への入り口の地点(嗅球)及び更なる脳の他の部分に運ばれることを示している。この移動の機序は人間には見られないが、高濃度のマンガンを吸入したラットには見られた(Brenneman, 2000)。この接近の方法は、感作理論の出発点として、いかに化学物質が脳中の大脳辺縁系構造に到達するかを説明しているかも知れない。

    神経感作(神経組織の感作)

     大脳辺縁系は、”小脳扁桃”、”脳幹神経節”、”隔壁”、及び、”海馬状隆起”を含むいくつかの構造からなり、これらの全ては脳幹にある。動物実験では、小脳扁桃は比較的容易に過敏になり得ることを示している(Antelman, 1994)。この文脈における感作(Sensitisation)は同じ物質に繰り返して曝露すると、通常は反応を全く示さないような濃度で有機体における増大した反応を生成する。神経感作はキンドリング (Kindling)及び非キンドリングの機序を伴うことがある。

     キンドリングは、外部刺激に対する神経系の反応の変化を検出することを目的とする実験方法である。通常は反応を引き起こさない非常に低濃度/低用量での化学的又は電気的な反復刺激が、痙攣を引き起こす濃度又は用量の閾値を低めることがある。

     非キンドリング刺激は、長期間の化学的/非化学的反復刺激に対する動物の反応を徐々に増大する。反応は神経化学的、免疫学的、ホルモン的又は行動的である(Bell, 1997b)。

     神経感作における両方の機序は、なぜMCSの患者がいくつかの器官で症状を訴えるかについての理論的説明を証拠立てている(Bell, 1995)。ベル(1997a)によれば、感作機序は、例えば、その出発点が同じく大脳辺縁系である条件反射の機序とは異なる。しかし、彼女は両方の機序はMCSの機序を説明するのに役に立つかも知れないと示唆している。

     いくつかの研究グループは、動物実験を通じて神経感作機序を確認した(Sorg, 1994; Sorg, 1995; Bell, 1997c)。ギルバートは長期間、低濃度のリンデン(殺虫剤)に曝露させたラットの電気的脳活動の変化と癲癇様発作を観察したが、一方、リンデンをまとめて一回で累積用量を受けたラットには何も起こらなかった(Gilbert, 1995)。他の動物実験が、例えば化学的刺激に対する反応性が部分的には遺伝子に基づくことがあり得るという仮説を支えている。追加的な神経受容体と有機燐系殺虫剤、ジイソプロピレンフッ素リン酸塩(殺虫剤)へのより大きな過敏性をもった特別な緊張を与えられたラット(“Flinders sensitive Line rats”) は、うつ状の人間のそれによく似た行動変化を示した(Overstreet, 1996)。

     実験的な調査により、血液脳関門の存在で脳の中に入ることができない薬剤が、実験動物がストレスに曝されると、脳に入り込むということが示された(Friedmann, 1996)。この観察は神経感作仮説を支持することができる。物質がストレス状態にあるときに脳に入り込むことができたということは外傷性経験(トラウマ)がMCSに寄与する又は引き金となることがあり得るということを示している。

     ベルと同僚らは非常に発達した嗅覚と大脳辺縁系の機能障害との間の関連性を見出した。これは、正常な学生に比べて匂いに対する感受性が高い(悪臭症 cacosmia)学生のグループの中で物質濫用、不安やうつような、心理学的障害が増大していることによって説明される(Bell, 1996a)。

     記憶障害や神経生理学的テスト中の長引く反応時間などのような他の症状は、また、大脳辺縁系を通じても引き起こされているかも知れず、湾岸戦争帰還兵及び化学物質不耐性の人々にもそれぞれ見られる(Bell, 1996b; Bell, 1997c)。

     MCSとぜん息をもつ2つのグループ及びコントローグループに対し、神経心理学の手法を用いて神経感作理論をテストする調査が行われた。MCS患者は他の2つのグループに比べて大きな認識障害を持つとするベルの理論の確証は得られなかった(Brown-DeGagne, 1999)。

    6.3.2 神経性機序に関連する他の機序

    アーネッツのMCS統合モデル

     アーネッツは神経感作理論に基づくひとつのモデルを提案しており、それは合理的な共同の取り組みで研究されている。

     この概念は大脳辺縁系の感作は反応のパターンに変化を生じ、それは客観的な基準によって測定できるという仮定に基づいている。生理学的及び心理学的要素の両方がこの感作をもたらし得る(Arnetz, 1999)。

     事象の最初の段階は初期曝露であり、それは可逆的、すなわち、曝露した人は回復する、または、非可逆的、すなわち大脳辺縁系は感作され、その人も感作される。

     ひとつ又は複数の化学物質が嗅覚大脳辺縁系を通過すると仮定するベルとは対照的に、アーネッツは他のタイプの第一段階が大脳辺縁系の感作を引き起こすと考えている。これらは、例えば、強い心理学的ストレス、又は外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder, PTSD)があり得る。

     感作された大脳辺縁系は、広い範囲の影響を引き起こす原因、すなわち化学物質や匂いだけではなく騒音、電磁界、等にも反応する。

     アーネッツは、神経生理学的、神経内分泌、及び内分泌パラメータの変化として増大した大脳辺縁系感作及び反応性を文書化することができると期待した。

     アーネッツの理論はジョーゲリス(1999)によって、スウェーデンのMCSを持つ及び持たない家屋塗装工に関する調査で使用された。MCSではない塗装工に比べてMCSの塗装工は心地よい匂いを非常に不快な匂いと感じ、ストレス、不安、対人能力の減少があった。MCSのグループはまた、皮膚及び粘膜からの著しい症状があり、コントロール・グループより疲れやすかった。このことはMCSを持つ塗装工に見られる変化は大脳辺縁系の反応のためであるということを暗示している。

     しかし、誘発された時の不確実性と被害を受けるのではないかという恐れが、ストレスの主な原因となり得る。

    6.3.3 脳の機能の変化

     脳の機能を検査する脳波(EEGs)及び全ての現代的な電子技術 (brain electrical activity mapping (BEAM), positron emission tomography (PET), single photon emission computed tomography (SPECT)) がMCSの人たちを調べるために用いられている。言及されている調査のいくつかは変化を示したが、メイバーグ(1994)は、調査の全ては、技術的機器の標準化の欠如、再現性の管理不在、コントロール・グループの不在など、方法論的な誤りがあるので無効であり、これらの変化は最終的な証明ではないと結論付けた。

     ハウザー(1994)は、殺虫剤又は有機溶剤に曝露した人の脳のを通る血流は、そのような曝露経験のない人、鬱の人、慢性疲労症候群の人のものとは異なるパターンを持っていることを示した。残念ながら、曝露とMCSの基準に関する情報が欠如しているので、報告された発見の重要さは弱められている。ローリグ(1994)は低濃度の匂いは正常な人の脳波に変化をもたらすということを示したが、それは脳に与える影響を間接的に客観的に示すものである。これらの調査はMCSの生物学的指標の発見に向けての第一歩であり得る。従って、他の人たちもこれらを調べるべきである。

    6.4 心理学的機序

    6.4.1 条件反射(パブロフの条件反射説)

     古典的なパブロフの条件反射説の背景にある機序に類似したものとして、身体症状が作用への応答として生じるが、通常はそのような症状は出ない。多くの人々は、この機序がMCS主要な原因であるという意見を持っている。これは、症状が化学物質への曝露の結果として、例えば事故に関連して、症状が起きる時に、特に明白である(Siegel, 1997)。

     これはデンマークでの状況に対応しており、そこではほとんどのMCS症例は産業医療病院から報告される。慢性的溶剤中毒を持った多くのデンマークの患者は、恐らくある程度は外傷性(トラウマ的)出来事として、複数の中毒体験を持っている。

     産業医カレン(1992)は溶剤に曝露した人々のMCSを条件反射であるとは考えていない。

     トラウマ的小児期の体験(例えば身体的及び性的虐待)が原因又は促進要素として強調されている。ひとつの調査が、化学物質過敏症患者の60%は小児期にそのような経験を持っており、その心理療法がMCS症状を軽減したということを示した。このことが、トラウマ的出来事に関連して体験した匂いが条件反射の引き金となり得るという仮説を生み出した(Staudenmayer, 1993)。この調査はいくつかの弱点を持っている。例えば患者の選定基準が不明確であり、そのことが結論を弱める。この仮説はその後さらに調査されることはなかった。

     他の研究は、多種器官症状を持つ多くの人々が小児期に虐待を受けたということ、そして、激しい言葉による攻撃を受けた人々は、そうでない人々に比べてよりしばしば、軽度の症状を訴えるということを示している(Pennebaker, 1994)。心理療法がそのような患者の助けになるということは、原因仮説の間接的な証明としてあげることができる(Staudenmayer, 1993)。

     条件反射を用いた方法によって、ベルギーの研究者グループは、健康な人たちに匂い関連の症状を作り出し、後でその症状をなくすことができた(Van den Bergh, 1999)。著者はMCSの機序は、少なくともその一部はパブロフの条件反射説で説明できると結論付けた。

    6.4.2 心因性要素

     MCSの多くの人々は不安や鬱を訴えることは明らかであり、多くの人々はこのことがMCSの原因が心因性であることを示している考える。多くの人々が、医師又はセラピストが患者の病気の症状と概念を進展させ継続させる”医原性(訳注:医師の診断、治療によって生じた)”モデルに言及している(Black, 1995)。

     あるグループの人々は匂いの曝露テストを受け、それらの強度と症状及び経験した不快感が記録された。曝露に先立ち、対象者の全ては匂いに関する説明を受けた。ひとつのグループは否定的な説明を受け、他のグループは肯定的又は中立的な説明を受けた。最初のグループは匂いは強く不快感と健康不良を訴えたが、他のグループには同じことは起きなかった(Dalton, 2000; Hummel, 1996)。

     環境病を持つ人々のグループに対する多くの調査は、これらのグループの人々は、そうでない人々よりもしばしば、人格障害、鬱と不安症状、及び、身体的及び心気症的症状になりやすいということを示している。それらの全ては、これらの人々は隠された感情的問題を抱えているかもしれないということを示している(Black, 1993)。一方、匂い過敏症(悪臭症(cacosmia))が増進した人々は不安を感じたり鬱になりやすい(Ashford & Miller, 1998)。

     人格的要素がMCSの機序に関係しているかもしれない。ストレスのある環境では女性は男性に比べてより早く身体的症状を進展させやすい。慢性不安の経験ある人は全て抑圧感を持ち、不快感と健康不良を感じる。

     これらの要素はまた、環境病を含む他の病気に関連して言及されている。これらの要素はおそらく、MCSの病原論の背後で精神身体的要素として重要である。

     レズノフ(2000)は、MCS患者が引き金物質に曝露した時に過換気症(hyperventilation)を伴う恐怖反応の典型的兆候を観察した。彼は、MCSに関連するいくつかの引き金症状は過換気状態の間に脳を循環する血流中の生理学的反応によって説明することができるという事実に言及している。

     環境病の患者13人中7人は、病気になる前に不安及び鬱を経験していた(Simon, 1990)。職業誘発環境病の補償を求めて提訴している90人中38人の中に(62人は多種症状)、鬱、不安、ストレス、精神身体的症状のような精神医学的診断が見られた。何人かは複数の診断があった。しかし、彼等が環境病になる前は、誰も精神医学的診断を持たなかった(Terr, 1989)。精神医学的診断の数及び分類は報告されなかった。

     フィードラー(1996)は、彼女の患者の中で発生する精神医学的診断の頻度を折々に調査した。36人のMCS又は化学物質過敏症(CS)と18人のコントロールからなる調査で、その36人のうちの何人かは精神医学的病気を持っていたか過去に持ったことがあった。しかし、36人の内の半分以上は精神医学的診断を持ったことがなかった。MCS、CS又は慢性疲労症候群(CFS)の96人及びコントロール・グループは神経生理学及び標準化された神経医学テストを受けた。精神医学的病気を示す異常なテスト結果が、コントロールグループより、MCS、CS及び慢性疲労症候群(CFS)の3つのグループの中に多く見られた。しかし、MCS患者の74%、CS患者の38%、及びCFS患者の61%は正常なテスト結果であった。

     MCSの出現に関連して心因性の問題の重要性に関する10の調査のうち9つに、8つの横断的調査における原因と原因関連の混同を含む、大きな方法論的問題が発見された(Davidoff, 1994)。1166人のMCSテストを実施したもっと最近の調査では、クツオギアニスとダビドフ(2001)は、心理学上の要素は他と比べて、MCS基準を満たす人々の中で特に多いということはないことを見出した。

    6.4.3 身体化症候群

     MCSを含む環境病としてしばしば引用される身体化症候群は精神身体の機序に基づいている。反応のパターンは、全てを外部因子を持った病気に結びつけようとする我々の中の傾向に関連しているが、我々の多くは、ストレスに曝されたり人格的問題抱えたり、あるいは不安になったり、鬱になった時に、ひとつ又は他の形で(頭痛、疲労、不眠、筋肉痛、など)潜在的に身体化症状を進展させる傾向がある。この反応のパターンの国際的な名前は Individual Determined Response(IDR)[3]である。

     最近発行された環境と産業医学に関する教科書の中で、ラスムッセンとヒルデブランド−エリックセン(2001)は、匂い過敏症のデンマークの経験を述べているが、それは他の環境的に決定される身体化症と同一のにグループに分類するものである。著者は、この病気は患者の人格構造と患者の身体的及び社会的環境における要素との間の相互作用によって決定される病気として考えている。彼等はまた、刺激物質に急性過度曝露した場合には、パブロフの条件反射説のような条件反射を可能性ある寄与要素と見なしている。著者はまた、”・・・例えば毒性脳障害のような神経系に損傷を持つ人々は、有機溶剤及び一般的に非神経毒化学物質に対する強度の過敏性を経験する。我々は多分、健康な人々にはない、他の機序を取り扱っている。”

     従って、著者等は匂い過敏症を身体化障害と同じグループに分類し、一方、溶剤への曝露による症状を持つ人々に起こる時には、他の病気機序がMCSの背後にあるのではないかと考えている。後者の患者グループに関連する仮定の病気機序は詳しく述べられていない。

    6.5 毒性誘因耐性消失(TILT)

     ミラー(1997)によって展開された毒性誘因耐性消失(TILT)に関連する仮説は、出発点として非常に低い濃度で応答が引き起こされるのは、外部刺激に対する自然の耐性の弱体又は除去(例えば、ある器官の防御機序の弱体化であり、糖尿病患者の砂糖に対する耐性低下に似ている)であるとしている。

     この理論は、耐性の弱体又は消失に関連する新たな病気の概念に基づくものである。ミラーはまた、この機序を偏頭痛のような他の病気の原因であるとも考えている。TILTは引き金物質がより低濃度で応答を誘発するようになるので、耐性の変化の定義は薬物の誤用に関連する耐性の変化の逆である。耐性の消失の背後にある機序は神経感作に基づいている。

     MCSの原因としてのTILTは、2段階で進展する。第1段階は化学物質(選ぶべきは殺虫剤、有機溶剤、又は屋内VOC)への曝露である。曝露した全ての人々が耐性を消失するわけではない。ある人々に対しては最初の曝露の後の症状は永久には進展せず、回復する。他のもっと感じやすい人々が耐性の弱体/消失を進展する。

     同じ又は他の化学物質又は物質に非常に低濃度で曝露する第2段階の間に、様々な器官がいわゆる”引き金応答(trigger response)”を伴って反応する。異なる物質が異なる応答を生成する(例えば、ディーゼル・ヒュームは頭痛、食品香料は集中力低下、香水は吐き気、等)。日々のいくつかの曝露は、いくつかの器官に重複する症状を生成し、症状と引き金物質との間の関係を見出すことが不可能になる(マスキング)。長期間にわたるいくつかの引き金物質への曝露により症状は永続する。この状態は新たな引き金物質への継続的な曝露によって保持される(習慣作用)。

     ミラーは、マスキングと習慣作用を考慮に入れて、刺激チャンバー(provocation chamber)の中でテストをすることにより診断を行った。刺激テストを実施する前に、患者は引き金物質を取り除かれなくてはならない。

    6.6 臨床環境医学に基づく病気のモデル

    このモデルはある概念と定義を用いるが、それらはほとんどの科学者と研究者にはよく知られておらず、通常、彼等の研究には使用されない。臨床環境医師らはこのモデルと概念をMCSやその他の環境病の背後にある原因論のより良い理解を提供するものと見なしている(Rea, 1992)。

     全体論的(holistic)思考に立つMCSを含む環境病の病気モデルによれば、過敏性の人々の多くの病気は、体の生物学的システムのひとつあるいはそれ以上の機能不全に基づいている。”環境刺激(environmental stressor)”に対する防御反応の一部として、解毒のひとつの形として記述される不均衡が体内のホメオシスタス(訳注:homeostasis 生物体が体内環境を一定範囲に保つはたらき)に生じ、身体の器官から反応が起きる。不均衡の機序は防御酵素システム又はビタミン、微量元素(訳注:生物にとって微量であるが必須な金属類)等の欠乏によって引き起こされる。器官からの反応が症状を生成する。防御機序はいくつかの側面を持ち、個人の感受性、応答のパターン、及び、器官の適応に基づいている(AAEM, 1992)(Annex A の環境病の定義を参照のこと)。

     このモデルを記述するために下記の概念が用いられる。

    全負荷所定の時間、人が曝露する全外部環境”刺激”の合計。
    適応ヒトの体がホメオシスタスを保とうとするはたらき。
    適応不全 後天的/遺伝的要素により、身体の生物学的機序に過負荷がかかり、多分、弱体化されて、ホメオシスタスを維持できなくなる。結果として病気になる。
    適応復帰身体が過負荷の原因物質を中和/除去できる時に、適応不全が適応に復帰する。
    二極応答外部環境要素によって引き起こされる刺激−非刺激として表現される身体の動的なニ段階応答が、なぜ応答のパターンの変化が環境症候群中に見られるのかを説明する。
    拡散現象以前には反応のなかった新たな器官において、同じく以前には急性症状−慢性過敏症の進展を起こさなかった物質によって、急性−慢性の過敏症が進展すること(適応不全を参照)。
    転移」現象ひとつの器官から他の器官への症状の転移。
    個人感受性ひとつの物質に過敏な人々のグループの中で、個人が反応し自身のやり方で症状を表現する。グループの人々によって示された同じ症状が異なる原因を持つ。(各自は自分が過敏となる物質の個人”リスト”を持つ)。
    刺激(Incitant)アレルギーと非特定過敏性に関する引き金物質又は症状の原因。
    環境刺激過敏性の人のホメオシスタスを不安定にするそれぞれの物質又は刺激。
    ホメオシスタス全ての身体機能が相互バランスの状態にある。

     臨床環境医師による調査と研究の全ての記述は上記にリストされた原則に基づく。病気は非常に特定な器官と酵素の機能及び代謝プロセス(例えば、グルタチオン代謝)の測定によって、及び、様々な微量元素の欠乏によって文書化される。そのような測定の正確な標準値は一般臨床医学には存在しない。

     ロストクにあるアンビュランツ(環境医学病の診断治療センター)の部長であるククリンスキー博士(2001)は、ほとんどの医師は上述の事実についての知識がなく、従って、MCSのような病気を診断することができないという意見である。

     全体論的(holistic)病気モデルが病気の原因論中に含まれている心理学的要素の可能性を含んでいないということは驚くべきことである。

    6.7 討議

     MCSとその背後にある機序との因果関係に関する問題は、よく知られた”ブラック・ボックス”の状況に似ている。それは下記のように述べることができる。

      A. 人が最初に曝露するもの
      B. 人がMCSになった時の症状

     しかしA.とB.との間の関係が分からない。以前には問題のなかった化学物質に曝露した時に、どのような機序が症状を進展させるのか?

     MCSに関する進展は2段階であるように見える。最初は曝露段階であり、曝露した人の大部分は永続的な影響は受けない(彼等は化学物質に対し過敏にはならない)。次に引き金段階となり、最初に曝露した人々のうち何人かは、低濃度の引き金物質に曝露すると症状がでる。症状に苦しんだ人のうちの少数は回復する。

    曝露の条件

     多くの研究者たちが上述の進展に言及しているが、可能性ある病気の機序の展開の2つの段階を明確に区別した調査はない。このことは、初期の段階で起こることは次の引き金段階で起こることと非常に異なるように見えるので、注目すべきことである。ある人々は初期段階で化学物質不耐性になる。このことは高濃度の化学物質に曝露する、又は重大ななウィルス感染にあう(例えば、大人の流行性耳下腺炎)、又はトラウマの心因性ショックを通じて起こり得る。化学物質不耐性にいたる機序を述べたり、又は感染又はショック/トラウマの重要性を議論した研究成果は存在しない。

     引き金段階においては、非常に低濃度の化学物質が症状を引き起こす。本章で扱う研究報告は引き金段階の機序を扱っている。

     ベルの理論によれば、初期曝露による影響(化学物質不耐性)は、その後の長期間にわたるより少量の反復曝露によっても起きることがある。この仮説は初期段階及び引き金段階の現象の組み合わせに基づいているように見える。多くの研究者はMCSの背後の病気の機序の仮説の中に同様な概念を含めている。

    機序

     MCSの最もそれらしい仮説のひとつは、大脳辺縁系の脳中枢からの複合反応というものである。様々な機序が、いかに低濃度の化学物質が脳中でこの反応を引き起こすかについて、説明できるかも知れない。

     免疫学的機序があり得るが、変化の統合的なパターンが、個人の間、及び個人の中の両方で欠如している。

     鼻の粘膜及び匂いに過敏な神経繊維に基づく機序もまたありそうに見える。

     いくつかの研究結果が、嗅覚からの神経インパルスへの脳の反応、又は、鼻の粘膜中の神経細胞からの生物学的活性物質の放出に基づく機序を指摘している。

     嗅覚−大脳辺縁系の神経感作がMCSのもっともらしい説明−微小用量の化学物質が長期間に渡って脳の大脳辺縁系からの増大して変化した応答を引き起こすことができる−を与えている。”大脳辺縁系キンドリング”に関するベルのモデルはMCSの記述に合致し、脳の神経生理学的機能に対応している。

     最後に、MCSは毒性機序に基づいているかもしれない。有機溶剤に関する文献は、毒性脳障害のある人々の中において影響を受けている脳の大脳辺縁系の記述を含んでおり、毒性機序の関与を仮定している。本章は、有機溶剤の有毒用量へ曝露した人々のMCS又はMCS様状態を記述している多くの研究報告からの結果を紹介している。

     ある人々のMCSが心因性の原因又は精神医学的なものなのか、逆に言えばMCSが心因性症状の原因なのかを、立証する又は反証することはむずかしい。心因性障害の存在はMCSに寄与することができる。心理学的障害がある人々の環境影響に対する感受性を増大することができるということは、よく報告されている(個人の増大された感受性)。この心理学的な要素はMCS患者の”引き金”段階とともに初期曝露の間にもひとつの役割を果たす。

     この仮説は、恐怖や鬱に陥りやすい人々は、化学物質に曝露した時に、他の人よりもMCSになるリスクが大きいということを意味する。
     MCS研究者の大きなある組織は心理学的機序が時にはMCSへの引き金となり得るということに同意はしているが、全ての場合ではないとしている。MCSと心理学的要素の間にある関係が存在するが、その二つの間に直接的な因果関係があるということではない(Graveling, 1999)。

     条件反射、特に特性と応答のパターンはMCS応答に対応していない(例えば、4.1.1項で述べたトンネンルの作業者)。溶剤に曝露しているデンマーク人の匂い過敏症の背後にある機序が条件反射のためかどうかは議論の余地がある。もしそうならば、曝露自身がトラウマ的な経験である。

     このことの可能性はあり、デンマークのある産業医たちは、匂い過敏症の説明としてこの機序を支持している。しかし、デンマークの調査でこの仮説を裏付けるものはない。毒性脳障害を持つ2人に関するオーバック(1998)の調査は他の機序を指摘している。バンデンバーグら(1999)は、MCSの機序は条件反射であると見なしたが、MCSの全ての症例の背後にある基本的な機序ではあり得ない。

     ほとんどの人々が、心因的機序と身体的機序の混合が病気の背後にあるということを受け入れている。現在は、何人かの研究者たちは、MCSの背後にある機序として、心理学的、生理学的、及び他の(社会的)要素間の相互作用に言及している。

     この仮定に基づき、MCSに関連する症状のパターンは、嗅覚系及び他の脳中枢(小脳扁桃及び視床下部)への生理学的−心理学的影響によって生成されると仮定される。鼻における主要な変化、神経感作、及び心理学的機序を含むいくつかの機序の組み合わせが影響の機序として熟慮されなくてはならない。

     匂い過敏性をもった人々の中での様々な発見は、我々の中のあるグループは生まれつき又は後天的に環境要素に過敏になる能力を得ているということを示唆している。ベル(1995)は、低濃度の化学物質は、遺伝的に情緒的な病気にかかりやすいかもしれない特に感受性の高い人々に身体的及び心理学的症状を作り出すという意見である。この仮説は精査されていないが、多くの研究結果はこの理論を間接的に支持している。

     もし、それが正しければ、同じ化学物質に曝露した人々の任意に選択されたグループの中で、このグループの中のサブグループのある人々は他の人々よりもっと強く反応するであろう。彼等は化学物質の影響に、より感受性が高く、従ってMCSになる候補者であることを証明するであろう。

     オリン(1999)は、我々現代世代では環境影響に感受性が高い人々の数が増えているという意見である。この変化の最も重要なひとつの要素は、人々が受ける感覚インパルスと影響が増大してきており、それらはすでに受けている化学的、技術的、及び心因性の環境要因に追加されるということである。多くの人々は新たな影響に適応できず、MCSに関連したよく知られた不特定の健康の不具合を進展させる。オリンはこれらの訴えの原因は心理学的よりも生物学的であると見なしている。

    6.8 結論

     MCSに関連する原因と機序の明確な知識と科学的な文書はまだ存在しない。記述された機序で除外されているものはない。

     現在、ほとんどの研究者は下記の点に同意している。
    1. 機序は、ひとつあるいはそれ以上の生理学的及び心理学的要素の相互反応に基づいている。
    2. MCSは主に、他の人々より外部環境影響に容易に反応しやすい人々の中に見られる。
     次の仮説を提唱することができる。:
     MCSの背後にある病気の機序は、特に病気に罹りやすい人々に関し、脳中枢への生物学的及び心理学的な両方の影響に関連している。


    7 診察と診断の方法
     7.1 診察の方法
     7.2 MCSの診断
     7.3 コメントと結論


    7.1 診察の方法

     下記は、今日、アメリカでMCSの診断のために最も使用されている方法の概要である。それらは、曝露、影響及び発症のためのバイオマーカーを見つけて用いることに関わる。バイオマーカーは健康に対する環境要素の影響を調査する上で最も重要なツールである。それらは生物学的システムにおける変化及び/又はMCSのような環境病を示すことができる。

     曝露のバイオマーカーは、ある曝露が起きたことを示す。体が吸収した化学物質、又は血清、尿、又は組織サンプル中の誘導物が測定される。すなわち、分析的手法が、重金属及びホルムアルデヒド、芳香族炭化水素類、殺虫剤、ダイオキシン類、PCB類のような多くの有機化学物質への曝露に関するバイオマーカー、及び、例えば、タバコの煙のような複雑な曝露のためのバイオマーカーを検出するために工夫される。

     影響のバイオマーカーは、曝露した人の器官の機能又は健康の定量的及び定性的変化、例えば、肺機能の変化、抽出した組織サンプルに対する遺伝毒性の影響、炎症性細胞の繁殖又は噴出、又は組織サンプル又は尿、血液サンプル中の兆候物質を示す。

     いわゆる環境チャンバー(climate chamber)と呼ばれる特別の刺激チャンバー内での刺激テストはMCS特有である。環境チャンバーはMCS患者を調査し治療するため及び屋内環境研究のために環境及びその他の医師等により開発された。環境チャンバーの建設、保守及び運用には高い技術的及び科学的標準[4]が必要なので、環境チャンバーは非常に高価なものとなる(Selner, 1996)。アメリカでは3つのよく知られた研究センターがMCSとGWS研究のために環境チャンバーを使用している。

     デンマークでは環境チャンバーはデンマーク技術大学、国立労働衛生研究所、及び、オーフス大学労働環境医学研究所で見ることができる。これらの環境チャンバーは、屋内環境研究だけのために使用され、MCS患者の診察又は治療のために使用されることはない。

     デンマーク・コペンハーゲン大学病院国立病院耳鼻咽喉科(Risgshospitalet)において、医師たちは、キシレンを用いて”開放”刺激実験を実施している。前庭器官での反応(前庭自動回転テスト、VAT)と他の生理学的パラメーター(血圧及び脈)が刺激の前、最中、及び後に測定される。このテストはMCSのスクリーニングのためのツールとして開発された。正常値は参照グループから得る。暫定的結果は症例の80%でVAT陽性とMCSとの整合性がある。この手法は完全には標準化されておらず、さらに開発の必要がある。暫定結果は会議において発表された(Holmelund, 1993)。

    7.2 MCSの診断

     MCSは科学的医学基準を用いて疾病(disease)として認められない限り、その状態は、WHOの国際疾病分類第10版(ICD-10)に登録されない。したがって、それはデンマークの統計に含まれない。

     アメリカでは、長年、MCSの問題に取組んできたいくつかの分野からの34人の医師と研究者からなる主導グループが、アメリカにおけるMCS診断に関する停滞からいかに脱するかを提案した(Consensus, 1999)。

     その提案は下記を含む:
    • 臨床的定義の標準化
    • 診断のための臨床的計画案
     臨床的定義は6項目を含み、そのうち5項目は89人の臨床医師と研究者(アレルギー学者36人、産業医23人、臨床環境医師20人、内科及び耳鼻咽喉科の専門家10人)によって承認された(Nethercott, 1993)。この主導グルプは下記6項目を提案した。

    表7.1 MCSの臨床定義のための6基準

    1. 症状は化学物質の反復曝露で再現性がある。
    2. 状態は慢性的である。
    3. 低濃度(患者の以前の耐性より低い)で体調不良が生じる。
    4. 曝露源が除去されると体調不良は改善されるか消える。
    5. 様々な関連性のない化学物質が体調不良を引き起こす。
    6. 病気の症状はいくつかの器官にまたがる。

     このグループは、全ての6基準に合致する場合は、たとえ他の病気(例えば、ぜん息、偏頭痛、慢性疲労症候群、など)があっても、MCS診断は確実であるということを提案した。

     このグループはまた、臨床計画と研究計画のための具体的な提案を行った。その提案はいくつかの病気の研究を結合する可能性を含んでいる。

    表7.2 臨床計画のための提案

    1. 承認されたスクリーニング用質問書
    2. 異なる診断の場合に選択されるべき病気
    3. 臨床化学パラメータ(ピアレビューされた文献中で発表されたもの)、たとえ、それらはMCSのバイオマーカーとして一般的に受け入れられていなくてもよい
    4. 定量的及び定性的な方法を用いての全てのMCS症例のフォローアップ

    表7.3 研究計画のための提案

    1. 患者グループを選定するためのMCS基準(包含/除外基準が示されること)
    2. 診察された患者グループの完全な記述(病人及びコントロール)
    3. 他の環境病との重複の登録と報告

     アシュフォードとミラー(2002)は、環境負荷と化学的過敏性を登録するために、健康不具合、化学物質耐性、症状のために変更を余儀なくされた生活条件、などに関する質問書の標準フォームを発表した。

     クツオギアニスとダビドフ(2000)は、症状、タイプと期間、曝露、匂い及び他の要素に対する過敏性など、6つの分野におけるMCS関連の問題点を登録するために、単純な生物測定学的質問書を開発した。この方法はデンマークにおける状態の登録に適している。比較的簡単な方法で、以前に溶剤に曝露した人々中から、典型的なMCS症状をもつ人々を見つけることができる。

    7.3 コメントと結論

     これまでに、MCS診断を確認する又は論駁するいくつかの手法が提案されたが(例えば、生物免疫分析、脳機能の電子的登録、質問調査、等)、現在までの所、まだ満足すべきものではない。

     デンマークの健康介護システムには、MCSの診察についても、診断についても、そのガイドラインが存在しない。本章は、デンマークにおける将来の調査のための示唆としての提案を含んでいる。

     デンマークがMCSについてのよりよい知識を獲得することが重要であり、環境病及びMCSに関し最先端を維持することは可能である。

     最初に病気を定義するデンマーク基準を、そして可能なら、その病気を登録する方法を確立すべきである。


    8 MCSは当局によりどのように扱われているか
     8.1 アメリカとカナダ
      8.1.1 法律と認知
      8.1.2 結論
     8.2 ヨーロッパ
      8.2.1 法律と認知
      8.2.2 その他の活動
      8.2.3 結論
     8.3 デンマークの状況
      8.3.1 当局
      8.3.2 MCSを持つ人々の診察
      8.3.3 デンマークMCS組織
      8.3.4 結論と勧告


    8.1 アメリカとカナダ

    8.1.1 法律と認知

    アメリカにおけるこれまでの活動の概要

     Annex E は、3つの主要な目標に関し、当局及び私的組織によってとられた措置と取り組みの概要を示している。3つの目標:MCSの原因に関する研究、社会的立法措置によるMCSの承認、及び、1979年〜1996年までの防止のための取り組み。

    Annex E に関し:

     政治家、裁判所、及び当局は形式上、MCSを認知しており、現在の法はMCS患者に対し様々な社会的恩恵を与えている。このことは、いくつかのアメリカの州における裁判所の裁定を通じて効力を得ている。カリフォルニア上級審は、ある人の病気(MCS)は、長年にわたるPCBへの曝露によって生じたものであり、彼は補償されるべきであるとした。

     1989年、アメリカ社会福祉局(Directorate of Social Services)は障害者手当ての支給対象となる病気のリストにMCSを載せた。殺虫剤の匂い散布の警告システムの一部として、アメリカの10の州が、”殺虫剤に過敏な人々の登録”を確立するための法案を通過させた(Langley, 1995)。

     医師等や科学界は当初、MCSに関連する研究に反対し、又は参加することに躊躇した。カリフォルニアでは、当地の医学会が、州議会を通過したMCS研究に関する法案に反対したので、知事が最終的にはそれを廃案にした。国立科学アカデミーの下の環境科学毒物委員会はMCSの研究を実施するようにとのアカデミーからの勧告を実施しなかった。1990年から医師等のグループは政府の活動に積極的に参加するようになり、それらのほとんどはアメリカ毒性物質疾病登録機関(ATSDR)を通じて行われた(第3章 参照)。

     1994年、ワシントン州政府は化学物質病の診断と治療のためのいくつかの医療センターを設立した(Langley, 1995)。この取り組みは、例えばMCSのような研究のための140万ドル(約1億5,000万円)の科学基金によって実施された。

     MCSに関する最近の重要な政府の活動は、MCSに関する現状の知見の報告書を作成するために、部署間にまたがるタスク・フォースを設立したことである(Interagency rapport, 1998)。

    現在の実施状況

     外部環境に責任があるアメリカ環境保護局(EPA)は、MCSに関する問合せをめったに受けていない。

     アメリカEPAは、長年MCS研究プロジェクト、特に屋内空気汚染について深く関与してきた。アメリカEPAの行政上の焦点は法律や他の管理活動よりも、むしろ主に情報の流布に向けられている。

     アメリカEPAは、保健当局及び毒性物質疾病登録機関(ATSDR)の長年にわたるMCS研究の支援のために密接に協力してきたが、現在、化学物質とMCSに関する新たな計画はない。

    国立労働安全衛生研究所(NIOSH)

     労働環境に責任あるNIOSHは毎年、無料の情報サービスを通じてMCSに関する数百の問合せを受けている。NIOSHはMCSに関する情報刊行物を出しており、従業員、管理者、又は当局からの要請があれば職場の環境評価を行う。MCSに関する新たな活動はない。

    カナダ、これまでの活動

     二つのケースについて、オンタリオ州保健当局とカナダ自治領政府はMCS研究に取り組み、同時に1985年と1990年にMCS患者を支援した(Annex E 参照)。

     カナダ環境医療第一部門は、1990年代の初めにノバスコシア州に設立された。2年の間に、地方の病院から500人以上の従業員が屋内環境問題のために診察を受けた。7ヶ月の間に多くの人々がMCSを含む化学物質過敏症を進展させた。ほとんどの意見が、匂いが最も共通な引き金物質であるということであったので、保健当局は病院の管理者及び労働組合と協力して、病院内では香水と香気含有製品を禁止した。この禁止は”自主的な取り組み”で行われ、成果を上げた(Fox, 1999)。

     後に、いくつかの学校と公共輸送機関で同様な取り組みが行われた。香水製造と流通業者の組合は、MCSの原因が証明されていないという理由で学校での香水禁止に反対した。推進グループは、匂いは屋内空気質を劣化させ、子どもをぜん息にする可能性があり、そのことはノバスコシア州では一般的であるという事実を指摘した。この禁止は効果的に実行されなかった。多くの学校では、自分たちで匂いのない環境を推進しその取組みからよい経験を得た。

     これは、カナダにおいて労働組合と人々の参加の下に、MCSを防ぐための地方分権的、分野横断的、及び部署横断的取り組みのひとつの例である。入手可能な背景を示す文書によれば、カナダ当局は香気に焦点をあわせることで防止に努力している。

    カナダ保健省(Health Canada (HC))、現在の実施状況

     保健当局は3つの環境病(MCS、慢性疲労症候群、及び、線維筋痛症)について、たとえその存在が客観的に証明されていなくても、認知する意図がある。認知プロセスの一部として、患者団体は香水産業及び医療専門家たちと会議で会う予定であった。しかし、患者団体は産業界と会うつもりはなかったので、カナダ保健省はこの計画をあきらめた。

     カナダ議会の委員会は、多くの人々がMCSで苦しんでいるという社会的問題を解決するために、MCSを病気として認めさせるよう圧力をかけている。

     オタワの都市評議委員会はMCSを防ぐために、殺虫剤の個人使用を制限する地方の取り組みを支援した。

     香水と化粧品の産業界及び流通業者は、MCSと匂いとの関係についての文書化されていない疑わしい証拠に基づいて化粧品業界を閉め出すことに警告を発する情報キャンペーンを打ち上げるために、アメリカの同業者とパートナーを組んで共同団体を設立した。

    8.1.2 結論

     アメリカとカナダでは、MCS患者への補償と社会的な問題に州(state and province)レベルで対処する方法が見出され、治療施設が設立された。

     アメリカの中央当局はMCS関連の医学研究に参加、支援し、彼等は積極的にMCSに関する情報を広めた。しかし、背景を示す文書によれば、MCSへの関心は減退している。当局は現在、湾岸戦争症候群の方に焦点を合わせている。

     カナダでは、保健当局はアメリカにおけるよりも環境病の認知の”正常化”に目を向けているように見える。MCS研究に関する新たな取り組みはなされていない。カナダ保健省は、香水と化学物質製品に関する規制を強化するための提案を準備中である。そして、環境当局とともに、カナダ保健当局は予防のための地方での取り組みに参加している。

     アメリカとカナダにおけるMCS患者のほとんどは、もちろん、両国に広がっているいわゆる臨床環境センターで診察され、治療されている。詳細な情報はないが、カナダの多くの臨床環境センターは、アメリカにおけるよりも既存の保健行政と密接に協力している。

     カナダの患者組織は、匂いのない環境のための行動になんらかの成功をしているように見える。

    8.2 ヨーロッパ

    8.2.1 法律と認知

     本報告書の準備にあたり、カナダとアメリカの化学物質管理に関する環境機関又は行政機関とともに、いくつかのヨーロッパ諸国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ドイツ、オランダ、イギリス、アイルランド、フランス、オーストリア、ベルギー)に対し、MCSに関する現在の政策、可能性ある戦略、及び新たな取組みに対するアイディアと計画に関する情報の提供を依頼した。

     オーストリアとベルギー以外の全ての国は回答した。MCSは全ての国で知られているが、それらのどこの国においても、それ自身は疾病としては認知されていない。

     イギリス保健省(現在は保健局)の下、選ばれた専門家からなる特別委員会である環境化学物質ユニットは、MCSに関する全ての入手可能な文献に目を通した。可能性ある疾病機序を記述する、又はこの課題に関しさらなる調査を勧告する十分な証拠は見つからなかった。委員会はMCSに関する将来の展開はきちんとフォローされるべきと勧告した。

     MCSはこれらの諸国のどこからも疾病として認知されておらず、どのような予防措置もとられていない。いくつかの諸国では環境当局がその国の環境医学の専門家/権威と見なされているが(スウェーデン、ドイツ、オランダ)、一方、アイルランド、イギリス、及びフランスでは労働衛生当局/研究所が担当している。問合せは、適切な部署に送付されない、又はある国々ではこの比較的新しいやっかいなことがらを取り扱うのに誰が適当なのか不明確であるために、恐らく、回送されている。

     環境医学におけるスウェーデン当局はMCSの罹患率の全国的な調査を実施した(結果は受領していない)。ドイツ当局は保健省と環境省で責任を分担している。保健省はMCSの臨床的定義に責任を持ち、環境省はMCSに関連する健康に及ぼす化学物質の影響に責任を持つ[5]。両省は、ロバート・コッホ研究所(国立健康研究所)及びUmweltbundesamt (環境保護局)からそれぞれ支援を受けている。

     Annex H はMCS調査のリストであり、2002年現在で終了しているか、あるいは継続中のものである。これらの調査はMCSの原因と進展を描くためのものであり、調査、診断、及び治療に用いられる方法の品質管理及び評価のために役に立つ。

     ドイツ保健省はMCSを含む環境病の診察及び治療の能力を増強している。

     フランス労働環境研究所(Institut National de Recherche et de Securite, INRS)はMCSを匂い化学物質不耐性症候群(SIOC)と呼んでおり、診察、診断、及び治療は労働医学病院で実施されている(4.1節参照)。

    8.2.2 その他の活動

     スウェーデンとドイツは環境病のための臨床環境医学センターを持っているという点で異例である。

     環境病の患者の診察と治療のためのいくつかの”Ambulanz”センターがドイツに設立された。患者とAmbulanzの医師によって述べられる意見に基づき、少なくとも月に一度は、MCS問題がメディアで討議される。メディアからの情報で、多くの人々が、環境病になることを恐れて、診察のために自身の医師を訪れるようになった。

     スウェーデンのウプサラにある環境労働ストレス・センター(CEOS)はMCS、電気アレルギー、及びストレス関連の病気の人々を治療する。

    8.2.3 結論

     他のヨーロッパ諸国の環境当局はMCSを知っているが、これに関して何も特別なことをしていない。スウェーデンとドイツでは保健行政の環境医学部門がMCSに関する公共サービスを行っている。両国は環境病の治療のための臨床環境医学センターを持っており、一般的に人々の間で環境病が知られている。

    8.3 デンマークの状況

     MCSはデンマークでは正式名がない。産業医はそれを匂い過敏症又は溶剤不耐症と呼ぶ。その症状は公式には疾病と認知されていない。

    8.3.1 当局

     化学物質と環境に関連する現状の法律と施策は、必ずしもMCS患者の化学物質に対する過敏性に目を向けていない。デンマーク環境保護局(EPA)の化学物質規制に関する現状の施策は、がん、アレルギー、生殖障害、など特に深刻な健康影響を持つ問題のある化学物質に人々が曝露することを防ぐために、これらの物質を規制することを目的として、これらの物質を探し出すことに主眼を置いている。

     大気、土壌、及び飲料水に含まれる有害な化学物質から人々を保護する環境規制は、これらの媒体の汚染が結果として匂いや味をもたらさないようにしなければならないので、ある程度、MCS患者を保護することになる。

     何人かのMCS患者が木材の表面に使用される化学物質、レントリンに関連する症状を訴えてデンマークEPAにやってきた。

     これにより、デンマーク環境大臣はこの物質の屋内での使用を禁止した。それは、屋外使用専用と表示されなければならない。

     その後、2000年2月1日、デンマークEPAは、壁材、天井材、及び床材の表面処理剤としての高濃度の揮発性有機溶剤を屋内個人用途で使用することを制限又は禁止する政令を出した。高濃度の有機溶剤を含む製品は、 ”屋内で天井、壁、床に使用してはならない” と表示されなくてはならない。

     1999年、デンマークEPAは、デンマーク国立消費者機関及びデンマーク政府家庭経済委員会と協力して木材保守と環境に関するリーフレットを作成したが、これには塗料の選定とともに屋内環境に関する良いアドバイスも含まれている。2001年、デンマークEPAはぜん息及びアレルギー協会とともに屋内使用の木材選定に関するリーフレット ”木材は呼吸する−そしてあなたも” を発行した(デンマーク語のみ)。このリーフレットは屋内環境への化学物質放出が最小となる木材選定のアドバイスを提供している。

     1999年発行の衣服に関するリーフレットは、新しい衣服は使用する前に洗濯することを薦めている。

     2001年に実施された ”安全は自分自身で ”と呼ばれる情報キャンペーンは、新しい規則と塗装後は完全に空気に曝すことの重要性の周知徹底を目的としていた。

     ”消費者製品中の化学物質の体系的調査” プログラムは、その主題、すなわち洗浄剤中やその他の消費者製品中の匂いに関してもっと多くの知識を得るためのプロジェクトを含む。

     2001年、デンマークEPAは、繊維製品中の香料や洗浄剤中の染料など不必要な化学物質の使用に関する討論を開始した。その目的は現代社会における化学物質の過度な使用−製品に対してなんら技術的な便益をもたらさない化学物質が用いられていることがある−に関する公衆の討議を始めることである。

     デンマークEPAは、健康に有害な影響から保護することに関連する領域での取組みを強化するよう努力している。本報告書は、あるグループの人々の過敏性に関するもっと多くの知見を得るための、そして人々が不必要な化学物質影響に曝露する領域に焦点をあてるための第一歩である。

     デンマーク職場環境当局はMCS又は匂い過敏症について知っているが、その症候群を扱ったことはない。問合せは国立労働衛生研究所(AMI)に向けられるが、そこでは屋内空気汚染の健康影響に関し多くの経験を有している。

     過去20年間、いくつかのデンマークの研究所は屋内環境研究の最前線にいた。この研究の最も効果的な成果は、建築材に関連規則とガイドラインを表示したことで、これはいくつかの省庁間の共同プロジェクトとして達成された。最初のステップとして、屋内化学物質と生物的空気汚染(特に高濃度)の削減に焦点が絞られた。

     国家企業住宅局は建物の工事資材に、従ってまた屋内空気質に対する法的責任を持っている。デンマーク建設調査研究所は屋内環境に関し上記の機関(EPA及びAMI)と共同で作業を行っている。

     保健当局(国家保健委員会と地域公衆衛生担当官)は、MCSに関する問題を扱ったことがない。

     研究戦略の提案の中で、デンマーク医学研究協議会は、MCSに関する必要性があると考えられる領域、すなわち、呼吸系と肺、皮膚、及び消化器系の疾病のための屋内環境の調査を優先するとした。

     国家保健委員会はまた、現在は公衆保健省の範囲外にある予防、診断、及び治療に関連する代替治療の研究のために部署をまたがる作業グループを設立した。この作業グループはデンマークにおけるMCSの発症に関する研究を支援することができるに違いない。

    8.3.2 MCSを持つ人々の診察

     1980年代、有機溶剤に対し特に不耐性をもった多くの患者たちが、労働環境医療診療所及びデンマーク・コペンハーゲン大学病院国立病院耳鼻咽喉科(Risgshospitalet)で診察を受けた。

     開放刺激テスト(第7章で記述)は、患者と医師の両方に具体的な結果を与え、彼等はその結果に関連性を見出した。これらの明確な結果は、患者がある種の匂いに対し生理学的な変化を伴う反応を示した。この文書は、当局に対し、例えばリハビリテーション措置を受け入れさせることを容易にした。この時、多くの患者たちは長期病気休暇をとらざるを得ないか又は解雇の危機にあった。

     他のMCS患者たちは郡の労働医療診療所で診察を受けた。診察は通常、疾病の確かな兆候を見出さず、その診断は匂い過敏症であった。肺とアレルギーの専門家たちはMCSについて知っていたが、MCS患者の診察には興味を示さなかった。

     ほとんどの開業医はMCS/匂い過敏症について限られた知識しか持っていなかったので、MCS患者を支援する準備がほとんどできていなかった。

     多くの患者は体調の不良が続き、同時に、デンマーク保健行政から "拒絶" された。彼等は他の医師や開業医を探し求め、 ”デンマークMCS組織 (The Danish MCS Organisation)” と呼ばれる患者の協会を設立した。

    8.3.3 デンマークMCS組織

     この組織は225人の会員からなり、その全てがMCS患者である。

     この組織は Annex F に示されているが、そこではこの組織の5つの主要な目的が述べられている。Annex G はデンマークにおける健康介護システムにおける何人かの患者の経験を述べている。会員たちが化学物質に家で曝露したのか、職場で曝露したのかは定かではない。ビスペピエ(Bispebjerg)及びスレイルセ(Slagelse)にある労働医療病院で会員を診察するという計画は実現することができなかった。会員たちは彼等の家で診察を受けたがったが、医師たちはそのようにすることはできなかった。

    8.3.4 結論と勧告

     MCSに関する知識が欠如しており、またこの病気に関する定義と認知に関連するいくつかの疑問が未だに解決されていないために、現在、当局と医療介護システムがこの問題に取組むとができないという困難にMCS患者たちは直面している。MCS患者たちは、既存の保健介護行政からの支援が十分ではなく、彼等の症状は医療疾病として認知されていないので、社会福祉部門からの支援も得ることができない。多くの患者たちは屋外で、あるいは公共の建物の中で問題が発生するが、それは彼等がこれらの場所で体調を悪くする匂いに曝露するからである。

     デンマークのMCSのよく知られた症例のほとんどは、産業医及びいくらかの耳鼻咽喉科の医師らによって記述されており、ほとんどが職場での曝露によって起きている。職場での化学物質への曝露のリスクは以前に比べて今日では小さくなっているが、それでも高濃度の化学物質に曝露するリスクはやはり存在する(例えば、事故や不測の漏洩などの場合)。そして職場における室内環境が悪いことによる影響が未だに問題を生じている。

     建材のラベル表示が、長い間には多分、屋内環境に、従ってMCSの発症数の削減によい影響を与えてきた。個人の家庭や職場以外での化学物質への曝露の問題の程度は不明である。

     匂い過敏症の人々に加えて多くのデンマーク人たちは、消費者製品に加えられている副次的香料(不必要な化学物質)に悩まされている。これらの製品に含まれる化学物質の成分が不明であるという事実に加えて、消費者はまた、例えばドライ・クリーニングされた衣服のように予想もしないような化学物質に曝露する危険性がある。

     デンマークEPA、国家保健委員会、デンマーク労働環境機関、そして国立労働衛生研究所は、特別の場合を除いてMCSに対応していないが、それはMCSの定義が難しいことと、そのような現象の存在に関する多くの異なる認識のためである。

     MCSに対する将来の取り組みのベースを定義することが重要である。純粋に医学的考慮に基づくのか(MCSの客観的証明)、又は、たとえ病気が認知されなくても、MCSは社会的な懸念になっているのか? デンマークとは異なるアメリカやカナダのMCSに対する態度によって、問題は、ある程度、説明できるかもしれない。

     衛生及び健康の観点からは、当局による予防措置のためのよい議論であるように見える。全ての関係者の共同の取り組みを通じてこそ最良の解決が得られるはずである。

     MCS症状の進展を削減するために注力すべき最も重要で当然なことは:
    1. 比較的高濃度の化学物質に曝露するリスクを削減すること
    2. 低濃度の化学的匂いを制限すること
     そのような取り組みは公共の建物と個人の家のより清浄で健康的な屋内環境を作り出すであろう。この取組みを強化することで化学物質の放散を削減し、そのことはMCSの進展を制限し、MCSの人々のためになるであろう。

     すでに低濃度である化学物質の削減は、MCS患者の症状を軽減することで患者のためになることが期待されるので、MCSの引き金段階に関連する特別の環境には特に注意を払うべきである。

     この文脈に見られるように、環境当局は新たな予防的戦略を用いるべきである。化学物質への曝露が一般的に低減していることも、現在の化学物質有害影響評価に加えられるべきである(現在はMCSへの影響は含まれていない)。

     MCSの防止に関し、人々は一般に、化学物質の使用、特に家庭及び個人用途における ”匂い” について知見を高め、自分で選択の意思決定をすることが重要である。市民による個人の参加を通じてのみ、公共の環境で不必要な匂いを削減することが可能である。

     市民がその役割を果たすことを可能にするための情報の流布と議論の喚起が求められる。ある人々には、選択する前に、香水に耐えられない人々がいるということを明確に知らせるべきである。カナダにおける環境当局と市民の共同の取り組みは、8.1.1 項に述べられている。
     予防的取り組みについての新たな考え方の同様な要求が消費者製品に加えられている匂いにも適用される。9.3 勧告 を参照のこと。

     予防的取り組みに関する同様な考慮が健康と職場環境の分野にも適用される。いくつかの分野の活動が、他の分野の活動も関与させながら、計画と実施の調整を図ることで、相互に利益を得ることになる。


    9 まとめ、結論、勧告
     9.1 まとめ
      9.1.1 目的
      9.1.2 MCS の記述と定義
      9.1.3 国際的な活動と研究
      9.1.4 MCS の症例
      9.1.5 有病率(Prevalence)
      9.1.6 可能性ある機序
      9.1.7 診察と診断の方法
      9.1.8 アメリカとヨーロッパの当局によるMCSへの対応
      9.1.9 デンマークの状況
     9.2 結論
     9.3 勧告


    9.1 まとめ

    9.1.1 目的

     過去20年間、世界中の、特に北アメリカの医師たちは、多種化学物質(MCS)と呼ばれる新しい病気について述べてきた。この病気を持つ人々は、他の通常のほとんどの人々には問題が生じないような非常に低濃度の香気/臭気に曝露すると、様々な症状が出る。MCSの人々には、客観的な物理的身体変化は現われない。

     デンマークではMCSの知見は限られており、MCSを被っている人の数すらはっきりしない。環境中の化学物質に目を向けた取組みを計画するに当たっては、MCSの可能性ある因果関係とデンマークにおけるMCS罹患率を明確にすることが重要である。

     本報告書は、入手可能な文献、専門家の意見、及び諸外国当局の経験を体系的に調べることによって、MCSの知見と経験の概要を述べるものである。

     本報告書は次の疑問に答えるよう試みた。
    1. 低濃度の化学物質によって引き起こされるMCSについての客観的な文書は存在するか?
    2. MCSの背後にある機序は文書化されているか?
    3. デンマークのMCSに関しては、どのような化学物質と環境曝露が特に関連しているか?
    4. どのようにすれば防止が可能か?
    9.1.2 MCS の記述と定義

     MCSは多くの名前を持っており、明確な定義のない病気であり、他の状態がMCSに非常によく似た症状を示す。それらは、屋内環境症候群、湾岸戦争症候群、慢性疲労症候群、線維筋痛症、などである。これらの全ての状態は集合的に環境病と呼ばれている。下記に述べる特性は、いくつかの科学的な団体や研究者らの定義と一貫性があり、MCSを他の環境病から区別するために用いられている。

     MCSは通常、高濃度の化学物質への初期曝露によって誘発される。その後、低濃度の化学物質へ曝露することと関連して、いくつかの器官に症状が出る。その症状はしばしば匂いに関連する。いくつかの関連のない化学物質からの匂いにより症状が出ることもあるが曝露がやむと症状は消える。症状は反復曝露によって誘発される。もしその病気がMCSと診断されるべきものなら、患者は、その症状の原因となる他の疾病を被っているということはない。

     トラウマ的出来事(身体的及び心因的トラウマ又は重大な感染症)もまた、MCSを誘発すると報告されている。

     初期曝露、すなわち第1段階に、ひとつの化学物質への曝露が複数の化学物質への反応のパターンを変える。第2段階である”引き金”段階は、低濃度の匂いが”攻撃”を誘発してから数ヵ月後に始まる。そのうちに、攻撃を誘発する匂いの数が増大して、香水や車の排気ガスなどの”日々の匂い”を含むようになる。やがて、症状もまた数が増える。症状の進展は通常、慢性的である(しかし、無意識のうちに回復することもある)。

     ある患者たちは週に数回体調が悪くなるが、仕事は続けることができる。またある人たちは毎日、体調が悪くなり、仕事を辞めたり、日々の活動を制限することを余儀なくされる。

    9.1.3 国際的な活動と研究

     医学研究の研究所及び専門家からの支援を得て、アメリカの当局は1990年から1998年の間にMCSの全ての局面を取り扱う数多くの専門家会議を開催した。病気の機序及び研究戦略に関する会議で数百の科学論文と報告書が発表された。医学界組織の全てがMCSに関する議論において彼等の公式見解を表明した。

    9.1.4 MCS の症例

     北アメリカでは、MCS症例のほとんどは、家庭における殺虫剤とその他の化学物質への曝露として言及されている。化学物質の使用のパターンをアメリカとヨーロッパ/デンマークで比較すると、一般的に、建材及び家庭の家具調度品からの化学物質及び放出ガスへの曝露は、アメリカの方がヨーロッパ、特にスカンジナビア諸国よりも大きいということが推定される。ヨーロッパとスカンジナビアでは、ほとんどのMCS症例は職場での曝露によって引き起こされ、典型的には様々なタイプの有機溶剤、殺虫剤、又は他の化学物質が使用されているところである。

     デンマーク、スウェーデン、及びフランスでは溶剤に曝露した人々のMCSを記述した調査はほとんどない。木材防腐剤の屋内使用によるMCSの症例はデンマークを含むいくつかのヨーロッパ諸国で報告されている(レントリン)。屋内環境で体調が悪くなる多くの人々はMCSかもしれない。これらは主にほとんどどこにでもある匂いに悩まされる人たちであり、特定の屋内だけではない。

    引き金要素:

    第1段階:
     有機溶剤やその他の揮発性有機化合物(VOC)、殺虫剤、ヘアーケア製品、塩素ヒュームなどのような化学物質(主に高濃度)

    第2段階:
     低濃度の全てのタイプの化学物質(第1段階の化学物質を含む。、典型的にはガソリン、排気ガス、洗浄物質、香水、洗剤、パーソナルケア用品、タバコの煙、アスファルト・ヒューム、家庭用品からのヒューム)

    9.1.5 有病率(Prevalence)

     医学診断に基づく数値によれば、アメリカの一般公衆におけるMCSの発症頻度は0.2〜6%である。匂いによる自己申告(主観的)症状の頻度はもっとはるかに高い。

     ヨーロッパの一般公衆におけるMCSの発症頻度は調査されていない。化学物質の屋内使用が低いので、発症頻度はアメリカよりも低いと推定される(約1%)。

     アメリカとヨーロッパでは、MCSと診断される人々が一般の公衆に比べて、以前に溶剤に曝露したことがある人々の中にかなりの割合で存在する。アメリカからの数値によれば、それは1%から12%の間であると推定される。

     デンマークの有病率は不明であるが、それは約0.1〜1%であると推定され、多分、アメリカにおけるよりも曝露が少ない生活パターンのためと考えられる。

    9.1.6 可能性ある機序

     MCSの原因機序についての多くの提案がなされている。研究は、この病気の原因と機序についての知見と文書をまだ確立していない。そこで、提案されている機序は前もって除外することはできない。

     最も言及されている病気の機序は免疫学的な機序である。MCSが過敏性の病気として記述された時に、最初の数年間は多くの人々はMCS特有のバイオマカーを探した。しかし、現在でもまだ、免疫学的機序の存在は証明されていない。

     鼻の粘膜にある機序が、最終的なMCSの説明になるであろうと多くの人々が考えた。鼻の粘膜にある嗅覚神経の終末繊維が匂いのような化学的な刺激を感じ、一方、化学物質は他の神経(三叉神経)の終末繊維への刺激として作用する。

     両方の脳神経は受け取ったインパルスを異なる経路で脳中枢に伝達し、そこで異なる応答が生成される。両方の神経が病気の機序に関与しているかどうかまだはっきりしない。

     嗅覚神経からの神経線維は脳幹にある神経中枢に直接つながっている。化学的な匂いは、これら神経中枢のひとつにいわゆる神経感作を引き起こし、それらは直接他の中枢に接続しており、それらは体のホルモンバランスの制御機能を乱すとともに、自律神経系を通じて行動や器官に影響を与える。

     実験によれば、外部の物理的及び化学的刺激は、いわゆる”キンドリング(kindling)”操作の方法で、感作を引き起こすことができる。上述の機序に合致する、ある認識及び行動の変化がMCS患者の中で観察されている。しかし、この機序がMCSを引き起こすということは直接的には証明されていない。

     MCSの原因として他の仮説が心理学的機序を指摘している。MCSの人々は多分疑いなく心理学的圧力の下にあるが、この圧力がMCSを引き起こすのか、あるいはMCSがこの圧力の原因なのかは明確でない。多くの人々は以前のトラウマに基づく条件反射機序がMCSを説明できるという意見である。他の人々は、原因要素としてストレスと対応能力欠如を指摘する。一般的に外部環境ストレスに感受性がより高い人々は、所定の化学物質インパクトに関し、MCSを進展させるリアスクが他の人々より大きいように見える。MCSは心理社会的及び環境的ストレスの下で、心理社会的(psychosocial)プロセスとして述べられる。

     もっと最近の仮説は、初期毒性インパクトが器官の耐性を減少し(毒性誘因耐性消失)、その後、化学的匂いがいくつかの器官からの異常な応答を引き起こす。この仮説はMCSの実際の進展状況とよく対応する。しかし、どのようにして耐性が消失するのか、どのようにしてMCSの症状を引き起こすのかは証明されていない。

     最後に、全体論的(holistic)環境医学は、MCSは外部化学物質に対する体の防御能力及び解毒能力の弱体又は欠陥によって引き起こされ、それが体の内部機能のバランスを崩すという意見である。臨床環境医師らによって発表されているこの仮説の証拠は、医学界で確立されている客観性、標準化、及び、品質管理の要求に照らして、承認されていない。

    9.1.7 診察と診断の方法

     MCSの確実な診断が存在しない以上、その診断を妥当であると確認する又は不当性を証明する確かなテスト方法は存在しない。アメリカの医学専門家らは、この病気の診断を達成し、MCS患者のフォローアップを行うことを目的として、科学的指針(ガイドライン)を設定している。

    9.1.8 アメリカとヨーロッパの当局によるMCSへの対応

     アメリカにおける多くの研究と会議が行われた10年間の後、最近数年はMCSに関する当局の活動は鈍っている。EPA と NIOSH は、MCSに関する予防的措置をなんらとっていない。

     カナダの保健当局は、診断の確実性が欠如していてもMCSを認知する用意があった。しかし、支持が得られず、その計画をあきらめざるを得なかった。MCSへの興味はカナダでも低下している。しかし、地方での活動が地方の環境及び保健当局の間で進められ、公衆も個人の匂い及び匂いを含む製品の公共の場所(学校、病院、町の公会堂、公共交通、いくつかの職場)での使用を自主的に減らそうとしている。

     ほとんどのヨーロッパ諸国では、MCSはそれほど知られておらず、疾病としても認められていない。取り組もうとした環境当局もMCSに関する予防的活動を完了していない。環境病を診断し、治療するための臨床環境医学センターが設立され、メディアが徐々にこれらの病気を扱うようになってきたスウェーデンとドイツでは、MCSに関する研究活動を実施している(頻度、病気の機序、診断基準など)。現在、ドイツは一般的に環境病、そして特にMCSに関し積極的な研究とプログラム開発を行っている。

    9.1.9 デンマークの状況

     デンマークでは、匂い過敏症と溶剤不耐症という表現が、MCSの代わりによく使われている。その状態はそれ自身では疾病として認知されておらず、登録されていない。産業医学者及び環境医学者、精神身体(機能)疾病の専門家、及び、わずかな耳鼻咽喉科の医学者を除くと、デンマークでは、わずかな医師のみがMCSに関する何かについて知っている程度である。ほとんど産業医学者及び環境医学者がMCS様症状の患者を診察してきた。以前に溶剤に曝露したことがある人々を含む、コペンハーゲンのある患者たちは、デンマーク・コペンハーゲン大学病院国立病院耳鼻咽喉科(Risgshospitalet)で特別な開放刺激テストを用いて診察されている。このテストは、MCS患者の匂いに対する生理学的な反応を確認するためのものである。

     デンマークのMCS患者組織は、環境中の匂いの削減に関し、デンマークEPAにアプローチした。

     デンマーク当局は、直接のアプローチがある場合を除いて、総合的にMCSに対処していない。

     化学物質曝露(初期段階及び引き金段階に関連)のリスクを削減し、可能な限り、低濃度の化学的匂いの発生(引き金段階に関連)を削減するために、当局が可能性ある取り組みを目指すことは可能であるように見える。これはある分野を規制し、化学製品と材料の使用が高い曝露をもたらす状況をなくすことを目指す情報を広めることで実現できるかもしれない。それはまた、”不必要な化学物質”、特に香水の使用の削減を目指すもっと多くの取組みを含むべきかもしれない。

     保健当局は、MCS患者の診察、診断、治療、相談、及びフォローアップを改善する必要がある。予防的措置はまた、職場環境においても必要である。デンマークにおけるMCS症例に関する比較的少ないデータに基づくと、職場での曝露は特にMCSを進展させると推定される。

     予防的取組みが計画される前に、化学物質の使用と曝露、その健康への影響、そしてMCSの問題の程度に関するいくつかの側面の詳細な調査が実施されるべきである。

    9.2 結論

     デンマークでは匂い過敏症と呼ばれている多種化学物質過敏症(MCS)は、異なる器官で多くの体調不良を伴う状態であり、ある人々が低濃度の化学物質に暴露した時に発症する。この分野のほとんどの国際的専門家は、疫学的データに基づき、MCSは現実のもであるということに同意している。

     MCS又は匂い過敏症は認知された疾病ではなく、従って、WHOの国際疾病分類第10版(International Classification of Diseases, version 10 (ICD-10))に登録されていない。

     比較的少数の人々が罹るMCSは、2段階からなると推定される。第1段階は通常、ひとつの化学物質に、ほとんどの場合は高濃度で曝露することから始まる。第2段階に低濃度の複数の化学物質に曝露することで、発症する。それらの症状は様々な器官(中枢神経系、呼吸器系と肺の一部、皮膚、消化器系、関節、筋肉、など)に発生する。

     デンマークでは、産業医学病院の患者たちの一部が本報告書で述べたMCS基準に合致する。これらの患者の大部分は、多分以前に溶剤に曝露している。職場又は家庭でかなりの濃度の他の有毒化学物質(殺虫剤、ヘアーケア製品、木材防腐剤、塩素ヒューム、など)に曝露した人々はMCSになる可能性がある。これは、これらの多くの製品中の溶剤に起因するのかどうかは不明である。

     多くの病気の機序が身体的及び心因的の両方で提案された。しかし、低濃度の化学物質への曝露と、述べられている症状/影響との間の直接的な因果関係はまだ十分には証明されていない。

     MCSは、通常、外部環境ストレスに感受性が高い人々の中に多く見られるようである。

     アメリカでは全人口の0.2〜6%にMCSが発症している。暫定的な推定、及び、アメリカとデンマークでの殺虫剤を含む化学物質の使用の相違に関する知見に基づくと、デンマークにおけるMCSの有病率は約1%と推定される。産業医学調査からの暫定的数値は、職場で有機溶剤や殺虫剤に曝露した人々の間では、有病率は1〜12%であることを示している。

     多種化学物質過敏症という用語は、最終的にはまだ明確になっていない原因と機序を指し示す言葉なので、適切ではない。

     最近数年間で、何人かの人々は、突発性環境病(idiopathic environmental illness (IEI))という言葉を推奨しているが、この言葉の方が中立的である。

     ヨーロッパでは、環境と保健当局はMCSの存在を知っているが、症例の登録とMCSの原因の研究への関心は限られている。過去2年間でスウェーデンとドイツが大規模な国民調査とMCS研究を実施している。

    9.3 勧告

     MCSの存在に関する知見について大きな不確実性があり、もっと知らなくてはならないという必要性はあるが、現在の我々の知識によっても、MCSは現実のものであり、ある人々は低濃度の化学物質への曝露に対しても特に過敏であるということが示されている。

     すでにMCSに罹ってしまった人々の多くを治すことは多分不可能である。しかし、もっと多くの人々がMCSになることを回避するために予防的措置をとることができる。そして、すでにMCSになってしまった人々の日々の生活を改善することができる。

     最も重要な全体的な目標は、低濃度及び高濃度での化学物質への曝露のリスクを制限しなくてはならないということである。

     とにかくMCSを防ぐためには初期曝露を防ぐことが重要である。この文脈に関し、高濃度の化学物質への曝露、例えば、ペンキ塗りたての大きな表面積からの溶剤の蒸発、及び密閉空間での例えばヘアースプレーの噴霧などに特別の注意を払うべきである。

     化学物質負荷の一般的な削減もまた、新たなMCS発症の防止、及び、すでにMCSに罹ってしまった人々の症状を抑えるために適切な取組みである。

     最後に、我々は消費者として、いつ化学物質に曝露した(する)か、そしてそれらはどの化学物質かを知ることが重要である。消費者として我々は、例えばペンキ塗りたての大きな表面積などからの高濃度の揮発性化学物質への屋内曝露を避けることによって、また、香水や強い香料入り製品を使用しないことによって、我々自身及び他の人々がMCSになることを防ぐことに寄与することができる。

     現在、病気の機序、因果関係、そして診断に関する確実な知見が欠如している限り、MCSに対する取組みに注力することは困難である。MCSへの取り組みのためには次のようなもっと多くの知識が必要である。
    1. 罹患率、因果関係、影響機序
    2. 揮発性有機化合物を含む化学製品の使用
    3. 屋内曝露
    4. 化学製品と商品中の揮発性物質の使用
     現在の展望、及び衛生の考慮並びに化学物質への不必要な曝露と不必要な化学物質は避けるべきとする一般的観点に基づけば、下記の領域での取り組みを強化することが適切であると考えられる。
    • 化学物質の日々の使用の一般的削減
    • 特に揮発性物質(フェロモン(香水)を含む)及び噴霧剤(エアゾール)の使用の削減
    • 殺虫剤と殺生物剤の使用の削減
     化粧品中の添加剤(特に香水)、洗浄剤、表面処理剤の使用、及び、建材及び家具調度品からの揮発を含む屋内環境問題、及び、タバコの煙及び車の排気ガスへの曝露を含む環境状態に目を向けることが特に適切であると考えられる。

     日々の化学物質の使用を削減することに一般的に注力することによって、MCSの問題は、子どもや妊婦のような曝露しやすく感受性の高いグループの一般的な保護、そしてそのことによるMCSの新たな発症の防止に寄与することができる。MCSの一般的な認知は、またMCS患者と彼等の問題に対するより良い理解をもたらし、そのことで彼等の日々の生活を少しでも楽にすることに貢献できることが望ましい。


    10 参照

     10 参照


    Annex


    Annex トップページ
    Annex AMCSの定義のための提案概観(Interagency report, 1998)
    Annex B1991年NRCワークショップの3ワーキング・グループの勧告(Interagency report, 1998)
    Annex C1996年MCSの実験的研究に関するNIEHS会議の主要提案(Interagency report, 1998)
    Annex DMCS研究のための勧告リスト(Interagency report, 1998)
    Annex EMCS関連公共活動1979年〜1996年(アメリカとカナダ)(from Hileman, 1991)
    Annex FデンマークMCS組織
    Annex GデンマークMCS組織のメンバーによる記述の概要
    Annex Hドイツ環境省と保健省のMCSに関する活動の概要(from: Umweltsbundesamt fur Mensch und Umwelt, Dr. J. Durkop, Berlin, 2001)


  • 化学物質問題市民研究会
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