多種化学物質過敏症(MCS)1999年合意
Multiple Chemical Sensitivity: A 1999 Consensus

情報源:Archives of Environmental Health,
Vol. 54, No. 3, pp. 147-149 May/June 1999
http://www.heldref.org/aeh.php
http://www.eurekalert.org/pub_releases/1999-07/HP-MCSA-010799.php

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2003年5月19日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/mcs_1999_consensus.html


概要

 多種化学物質過敏症(MCS)の定義に関する最初の合意規準は、89人の臨床医と研究者による多くの専門分野の調査研究により1989年に設定されたが、それについての見解の相違は広い範囲で存在していた。
 しかし、それから10年経過した時点でも、上位5項目の合意規準についてはそれを論破する論文は出なかった。

MCSの定義
 [1]慢性的疾病である
 [2]再現性症状がある
 [3]極低レベル暴露で反応する
 [4]相互関連のない多種化学物質に反応する
 [5]原因が除かれると症状は改善あるいは解決する

 これらに、我々が提案する第6番目の規準、すなわち、[6]症状は多臓器で起こる−を加えた基準は全て、MCSの研究規準に共通に含まれている。
 それにも関わらず、これらの規準は臨床の場で標準として十分に活用されていないのが現状である。しかし、特に、湾岸戦争の復員軍人は一般市民に比べて2〜4倍、化学物質に過敏であるということを示すアメリカ、イギリス、カナダの政府調査研究に照らし合わせると、これらの規準の標準化使用は是非必要であり、その実施が望まれる。

 さらに、ニューメキシコ州とカリフォルニア州の健康機関が実施した民間人の調査で、2〜6%の人々がすでにMSCであると診断されており、16%の人々が日常の身の回りの化学物質に異常反応するということが報告されている。
 この高い罹患率と、”MCSの訴えは心因性のものとして退けるべきではなく、徹底的な精密検査が重要である”−とする1994年のアメリカがん協会、アメリカ医学協会、アメリカ環境保護局及びアメリカ消費者製品安全委員会による合意とを受けて、上述の合意規準に合致し、化学物質への暴露に関する兆候と症状を説明できないような全ての症例に対して、MCSとして公式に認知することを我々は勧告する。

 化学物質過敏の被害を受けている数百万人の民間人と数千人の湾岸戦争復員軍人らに現れる兆候と症状の原因を調査するための医学研究は当然続けられるべきであるが、合意規準を確立するまでの間、彼らを待たせておくべきではない。

 化学物質過敏症の成人及び小児に関する研究、評価、診断、あるいは介護の経験を有する研究者及び臨床医として、”湾岸戦争復員軍人の多種化学物質暴露の特性を完全に把握し、この特性を民間人の多種化学物質過敏症(MSC)及び関連する症状、疾病と関連づけるために”我々は、湾岸戦争における化学物質暴露の健康への影響に関する国立健康研究所1999年アトランタ会議で示された目標を支持するものである(1)。
 州及び連邦政府機関によって実施された研究に基づき、我々はすでにMCSが民間人の間で最も共通に診断される慢性的疾病の一つであり、アメリカの湾岸戦争復員軍人の最も共通の、しかし診断未確定の疾病であるといことを承知している。

 1995年及び1996年にカリフォルニアで、1997年にニューメキシコで、健康機関が実施した州内全域での無作為抽出した成人への電話調査によれば、カリフォルニはでは成人の6%が(2)、ニューメキシコでは成人の2%が(3)、すでにMCSあるいは環境病と診断されており、両州の16%が、「身の回りの化学物質に異常に反応する(unusually sensitive)」と述べている。
 他の州で無作為抽出した成人に対し、化学物質に(異常に反応するかではなく)特に反応する(especially sensitive)かと質問したところ、1/3がその通りであると答えた(4-6)。

 湾岸戦争の時期に軍人であった退役軍人に対し、アメリカ退役軍人局(VA)が1998に実施した大規模な無作為抽出調査で湾岸戦争に従軍した軍人11,216人、直接従軍しなかった軍人9,761人から回答を得たが、化学物質に過敏であるとしたのは、従軍しなかった軍人は5%であったが、従軍した軍人は15%であった(7)。

 他のVA研究者は、小規模なサンプルでの調査の結果、もっと大きな数値を報告したが、その割合が3倍であることには変わりなかった。すなわち、退役軍人病院の外来患者の内、湾岸戦争に従軍した患者の86%が化学物質に過敏であるとしたのに対し、従軍しなかった患者では30%が化学物質に過敏であるとした(8)。

 MCSに特化した唯一つの退役軍人無作為調査(VA登録局)では、1,004人中36%がMCSの共通調査規準に合致した(9)。

 現役の国防省軍人に対する2つの大きな調査が米疾病管理センターによって行なわれた。そこでの数値はやや低めであったが、それぞれの調査における化学物質に対する過敏性についての自己申告では、湾岸戦争に従軍した軍人の方が、従軍しなかった軍人に比べて2.1倍及び2.5倍多かった。

 ”アイオワ”調査では、MCSがどうかの詳細な質問に対する回答を評価した結果、のMCSの可能性のある従軍軍人と非従軍軍人はそれぞれ5.4%と2.6%であった(10)。”ペンシルベニア”調査では化学物質に過敏であるかどうかのYES/NO質問に対し、従軍軍人5%に対し、非従軍軍人は2%であった(11)。
 カナダの湾岸戦争従軍軍人のMSCは、その約半分の2.4%であったが、それでも非従軍軍人の4倍であった(12)。
 MSCについてはほとんど知られていないイギリスでも、湾岸戦争従軍軍人でMSCと診断される者の数は、非従軍軍人に比べて約2.5倍多かった(13)。

 MCSに対する標準化された臨床定義が必要であることは明らかであり、これにより退役軍人局、国防省及びその他の医師達が共通に使用できる臨床プロトコールでMSCを評価することができる。
 我々は、研究者仲間、スポンサーであるアトランタ議会、健康と人権サービス室部局、疾病管理予防センター、国立健康研究所、有毒物質疾病登録局が、1989年にMSCに関し十分な経験を持つ89人の臨床医と研究者たちが実施した調査で設定した上位5項目の”合意定義”については意見の相違もあるが、臨床の目的のために、これらをMCSの公式なものとして採用するよう勧告する(14)。
 臨床医89人の内訳は、アレルギーの専門家36人、職業病の専門家23人、臨床生態学の専門家20人、内科及び耳鼻咽喉科の専門家10人である。

 我々は、化学物質への暴露に関連する症状は多臓器に関わるものであるべきとし、このことにより、最初の5項目の症状には合致するかもしれない特定の単一臓器に関わるもの(例えば、喘息、扁頭痛など)からMSCを区別する。

多種化学物質過敏症(MSC)に関する合意規準

  1. 症状は(繰り返される化学物質への)暴露で再現性がある
  2. 症状は慢性的である
  3. 従来、あるいは通常許容されているより低レベルの暴露で症状があらわれる
  4. 原因が除去されると症状は改善される、あるいは解決する
  5. 相互関連のない多種化学物質に反応する
  6. 症状は多臓器にわたるものである(1999年に追加)


 MCSに関して、今までに公にされた他の明白な合意として、1994年のアメリカがん協会、アメリカ医学協会、アメリカ環境保護局及びアメリカ消費者製品安全委員会による声明−”MCSの訴えは心因性のものとして退けるべきではなく、徹底的な精密検査が重要であるある”−がある(ALA1994)。
 喘息、アレルギー、偏頭痛、慢性疲労症候群(CFS)、繊維筋肉痛(FM)などに加えて、合意定義の6項目全てが満たされる場合には、MSCと診断するよう我々は勧告する。
 MCSは、症状と化学物質暴露との関連性に関し、慢性疲労症候群(CFS)や繊維筋肉痛(FM)のように関連性が薄いものではなく、ポルフィリン症のように関連性がはっきりしている場合にのみ、対象として除外されるべきである。

 MCSの評価に不慣れな医師を支援することを目的として、化学物質への過敏性をふるいにかけ、特性を把握するための質問書(15,16)、差異に基づくMCS診断を考慮しての重複する障害のリスト、及びMCSに関連する兆候や異常テストについてのリストを臨床プロトコールに用意することを勧告する。
 まだ、MCS診断のテストについては考慮されていないが、兆候や症状あるいは病歴は疾病の治療、あるいは追跡に役に立つであろう。

 MCSの発現は症例によって、あるいは時間と共に大きく異なってくる。例えば、ある人は日々被る厳しい症状によって完全にダメージを受けるが、他の人はたまに被る穏やかな症状でダメージは小さい。したがって、我々はMCSの臨床診断は、生活に影響を与える程度(最小、部分的、全体)、症状の激しさ(穏やか、中程度、厳しい)、症状の頻度(毎日、毎週、毎月)、知覚症状(嗅覚、三叉神経、味覚、聴覚、視覚、振動や痛み、熱さ、冷たさなどの触覚)などに対し、定量的あるいは質的な指標を用いて行なわれることを勧告する。

 より均質性を求める研究目的のために、調査者たちが彼らの仮説をテストするために規準を追加したり削除したりしながらMSCの合意規準を磨き上げることを我々は奨励している。
 MSC研究におけるケースとコントロールを特徴付け、選択するために用いられる指標と範囲は、異なる研究の結果が容易に比較でき、より幅広く評価できるようるように、全て明らかにされるべきである。

 MCSの臨床患者の中に、慢性疲労症候群(CFS)及び繊維筋肉痛(FM)の双方をともなう明白な重複症状がある場合には、これらの障害間の関連性をよりよく理解するために(19−20)、州の研究機関に申請書を出せば、CFS、FMまたはMSCに関する研究者がこの3つをふるいわけて調査し、その結果を知らせてくれる。

 これには先例がある。国立関節炎・筋骨格疾病研究所では繊維筋肉痛(FM)の研究で、研究者は日常業務として側頭下顎骨関節症との重複についてふるいわけし、報告しなくてはならない。
 CFS、FM及びMSCに関する研究においても共同研究によって得るところが大きいので、トム・ハーキン上院議員が1999年の国防省湾岸戦争疾病研究予算300億ドルの中から、CFS、FM及びMSCの重複と差異をより理解するための多領域研究予算を確保されるようお願いしたい。
 我々は、全ての州機関がCFS、FM及びMSC研究に資金を供与するよう勧告する。

(訳: 安間 武)


参照:
References
  1. Eisenberg J. Report to Congress on Research on Multiple Chemical Exposures and Veterans with Gulf War Illnesses. Washington DC: US Department of Health and Human Services, Office of Public Health and Science. 15 January 1998.
  2. Kreutzer R, Neutra R, Lashuay N. The prevalence of people reporting sensitivities to chemicals in a population-based survey. Am J Epidemiol (in press).
  3. Voorhees RE. Memorandum from New Mexico Deputy State Epidemiologist to Joe Thompson, Special Counsel, Office of the Governor; 13 March 1998.
  4. Bell IR, Schwartz GE, Amend D, et al. Psychological characteristics and subjective intolerance for xenobiotic agents of normal young adults with trait shyness and defensiveness. A parkinsonian-like personality type? J Nerv Ment Dis 1998; 182:367?74.
  5. Bell IR, Miller CS, Schwartz GE, et al. Neuropsychiatric and somatic characteristics of young adults with and without self-reported chemical odor intolerance and chemical sensitivity. Arch Environ Health 1996; 51:9?21.
  6. Meggs WJ, Dunn KA, Bloch RM, et al. Prevalence and nature of allergy and chemical sensitivity in a general population. Arch Environ Health 1996; 51(4):275?82.
  7. Kang HK, Mahan CM, Lee KY, et al. Prevalence of chronic fatigue syndrome among US Gulf War veterans. Boston, MA: Fourth International AACFS Conference on CFIDS, 10 October 1998 (abstract and presentation).
  8. Bell IR., Warg-Damiani L, Baldwin CM, et al. Self-reported chemical sensitivity and wartime chemical exposures in Gulf War veterans with and without decreased global health ratings. Mil Med 1998; 163:725?32.
  9. Fiedler N, Kipen H, Natelson B. Civilian and veteran studies of multiple chemical sensitivity. Boston, MA: 216th Annual Meeting of American Chemical Society, Symposium on Multiple Chemical Sensitivity: Problems for Scientists and Society, 26 August 1998 (abstract and presentation).
  10. Black DW, Doebbing BN, Voelker MD, et al. Multiple Chemical Sensitivity Syndrome: Symptom Prevalence and Risk Factors in a Military Population. Atlanta, GA: The Health Impact of Chemical Exposures During the Gulf War?A Research Planning Conference. 28 February 1999 (presentation, manuscript submitted).
  11. Fukuda K, Nisenbaum R, et al. 1998. Chronic multisymptom illness affecting Air Force veterans of the Gulf War. JAMA 1998; 280:981?88.
  12. Canadian Department of National Defense (CDND). Health Study of Canadian Forces Personnel Involved in the 1991 Conflict in the Persian Gulf. Ottawa, Canada: Goss Gilroy; 20 April 1998. [Online at: http://www.DND.ca/menu/press/Reports/Health/health_study_e_vol1_TOC.htm]
  13. Unwin C, Blatchley N, Coker W, et al. Health of UK servicemen who served in the Persian Gulf War. Lancet 1999; 353:169?78.
  14. Nethercott JR, Davidoff LL, Curbow B, et al. Multiple chemical sensitivities syndrome: toward a working case definition. Arch Environ Health 1993; 48:19?26.
  15. Szarek MJ, Bell IR, Schwartz GE. Validation of a brief screening measure of environmental chemical sensitivity: the chemical odor intolerance index. J Environ Psychol 1997; 17:345?51.
  16. Miller CS, Prihoda TJ. The Environmental Exposure and Sensitivity Inventory (EESI): a standardized approach for quantifying symptoms and intolerances for research and clinical applications. Toxicol Ind Health (in press).
  17. Ashford NA, Miller CS. Chemical Exposures: Low Levels and High Stakes (2nd ed). New York: John Wiley, 1998.
  18. Donnay A. A Resource Manual for Screening and Evaluating Multiple Chemical Sensitivity. Baltimore MD: MCS Referral and Resources, 1999.
  19. Buchwald D, Garrity D. Comparison of patients with chronic fatigue syndrome, fibromyalgia, and multiple chemical sensitivities. Arch Int Med 1994; 154:2049?53.
  20. Slotkoff AT, Radulovic DA, Clauw DJ. The relationship between fibromyalgia and the multiple chemical sensitivity syndrome. Scand J Rheumatol 1997; 26:364?67.
  21. Donnay A, Ziem G. Prevalence and overlap of chronic fatigue syndrome and fibromyalgia syndrome among 100 new patients with multiple chemical sensitivity syndrome. J Chron Fatigue Syndrome 5(2):(in press).
Signatories to the
署名者
1999 Consensus on Multiple Chemical Sensitivity
多種化学物質過敏症(MCS) 1999 合意

Liliane Bartha, M.D.
William Baumzweiger, M.D.
David S. Buscher, M.D.
Thomas Callender, M.D., M.P.H.
Kristina A. Dahl, M.D.
Ann Davidoff, Ph.D.
Albert Donnay, M.H.S.
Stephen B. Edelson, M.D., F.A.A.F.P., F.A.A.E.M.
Barry D. Elson, M.D.
Erica Elliott, M.D.
Donna P. Flayhan, Ph.D.
Gunnar Heuser, M.D., Ph.D., F.A.C.P.
Penelope M. Keyl, M.Sc., Ph.D.
Kaye H. Kilburn, M.D.
Pamela Gibson, Ph.D.
Leonard A. Jason, Ph.D.
Jozef Krop, M.D.
Roger D. Mazlen, M.D.
Ruth G. McGill, M.D.
James McTamney, Ph.D.
William J. Meggs, M.D., Ph.D., F.A.C.E.P.
William Morton, M.D., Dr.P.H.
Meryl Nass, M.D.
L. Christine Oliver, M.D., M.P.H., F.A.C.P.M.
Dilkhush D. Panjwani, M.D., D.P.M., F.R.C.P.C.
Lawrence A. Plumlee, M.D.
Doris Rapp, M.D., F.A.A.A., F.A.A.P., F.A.A.E.M.
Myra B. Shayevitz, M.D., F.C.C.P., F.A.C.P.
Janette Sherman, M.D.
Raymond M. Singer, Ph.D., A.B.P.N.
Anne Solomon, Ph.D., M.A.
Aristo Vodjani, Ph.D.
Joyce M. Woods, Ph.D., R.N.
Grace Ziem, M.D., Dr.P.H., M.P.H.

This article was published in the May/June 1999 issue of Archives of Environmental Health, Vol. 54, No. 3, pp. 147-149. Heldref Publications, Helen Dwight Reid Educational Foundation http://www.heldref.org. The publisher grants permission for the free reprinting and distribution of this statement.

 この文書は『環境健康アーカイブ1999年5/6月号 第54巻3号 147-149頁、ヘルドゥレフ出版ヘレン・ドゥワイト・教育基金』に掲載されたものである。出版社はこの記事を再掲、配布しようとする者に対し許可を与える。



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