Discover 誌 2013年11月号
ひどい化学物質過敏症は 被害者の人生を困難にする 情報源:Discover, November 2013 Issue Extreme Chemical Sensitivity Makes Sufferers Allergic to Life Its sufferers were once dismissed as hypochondriacs, but there's growing biological evidence to explain toxicant-induced loss of tolerance (TILT). By Jill Neimark|Wednesday, October 02, 2013 http://discovermagazine.com/2013/nov/13-allergic-life 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2013年11月16日(前半部紹介) 更新日:2013年11月21日(後半部紹介) このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/USA/CS_makes_sufferers_allergic_to_life.html
(ジム・ナイマーク、2013年10月2日) 2005年8月のある夜、アトランタ州の35歳のソフトウェア設計者スコット・キリングスワースは食卓をポーチに引っ張り出し、その上に横たわった。市の北部の高所得者層の住宅地域の2エーカー(約8,000m2)の土地に建てられている最近借りたばかりのその家は、人工化学物質が比較的少ない彼の避難場所であるはずであった。長年彼は、他の人々は気づきもしない一般的な化学物資に反応して衰弱するということを経験していた。 しかしこの家は、彼を以前のものと同様にインフルエンザ様の症状、吐き気、頭痛、筋肉硬直を伴う病気にした。食卓の上に横たわり、きれいな空気を吸いながら、キリングスワースは7年前のある午前中、彼の事務所が、2000年以来屋内での使用が禁止されている強い有機リン系農薬ダースバン(クロルピリホス)を散布されたときのことを思いだした。その農薬がまかれてから数分以内に、彼は集中することができず、悪いインフルエンザにかかったように感じた。1週間後に事務所に戻ると、彼は再び気分が悪くなった。彼は上司に別の事務所に移動させてもらうよう頼んだ。 ”私はそれで解決すると思った”と彼は思い出す。”しかしそれは始まりであった”。 病気は治るどころか毎年ひどくなった。新たに改装した建物、塗りたてのペンキ、ガソリンの臭い、殺虫剤、除草剤−彼が反応する物質のリストはどんどん長くなっていった。ある日、彼が職場にいる間に彼のアパートは間違ってペンキを塗られ、彼はひどく気分が悪くなったので、休暇を取り、引っ越しをしなければならなかった。 どこの家に移っても彼はいつもの頭痛、インフルエンザ様症状、不眠、集中力散漫、疲労などに悩まされた。1週間食卓の上で寝たのち、彼はキャンプ用簡易ベッドを買い、数年間、そこで寝た。彼は自身のコンピュータから出るごく微量のガスにも反応するようになると、彼は、無線通信キーボードに切り替えてポーチの窓を通じてコンピュータモニタを見た。 病気になる前、キリングスワースには女友達がおり、素晴らしい生活を送っていた。彼の普通ではない病気がひどくなると彼は世捨て人のようになり始めた。ジョージア州での最後の2年間に彼を訪れた人は10人以下であったと彼は述べている。 最終的に、2007年の秋、彼が初めてダースバン(クロルピリホス)に曝露してから9年後に、キリングスワースは障害年金を申請し、荷物をまとめて、遠く離れたアリゾナ州の砂漠の中で、曖昧に”環境病”と呼ばれる病気にかかっている彼のような人々の共同体の中に住む場所を求めて、ホンダ・シビックで西に向かった。 今日、40代の彼は、彼の過敏症のために特別に設計され改造トレーラハウスに住んでいる。それは磁器製タイルの床、密封された壁と密封された木製家具を備えていた。彼は一人で住んでいたが友達がいた。彼は太陽光発電を利用し、時々自身の水を運び、暑さ寒さをしのぐために季節により移動した。しかし、ほとんどの日々、彼はしばらくの間だけ窓を開けてトレーラーで過ごし、夜はトラックの後部でキャンパーシェルの下で折り畳み式ベッドの上で寝た。 二段階のプロセス もしキリングスワースに何が起きているのかを理解することができる人がいるとすれば、それはサンアントニオにあるテキサス大学医学の環境健康の専門家である医師クラウディア・ミラー(Claudia Miller)である。彼女は、彼女が毒物誘発性耐性喪失症(toxicant-induced loss of tolerance (TILT))と呼ぶ現象を研究している。毒物(toxicant)はダースバン(クロルピリホス)のように人工の毒(poison)を指すが、一方、毒素(toxin)は、クモの毒液のように生きた細胞や生物によって生成される天然の毒を指す。 毒物誘発性耐性喪失症(TILT)には二段階あるとミラーは言う。最初は、感受性の高い人が単一又は複数の毒性曝露を受けた後に病気になる。しかしその後は、回復せずに神経系や免疫系のダメージが残り、その人はよくならない。受難者は日常生活で一般的に使用される広範な化学物質に対する耐性がなくなり始める。 アメリカおよび海外における最新の研究は、感受性に対する神経学的設定点が下がるよう脳の処理機能が変更されていることを示唆している。現在この病気になっている人は化学物質暴露に対して非常に感受性が高くなっている。 そのような人は、元の火事がおさまった後の火事場のようなものである。残り火はまだオレンジ色に輝き、ちょっとしたことによっても燃え上がる状態にある。 毒物誘発性耐性喪失症(TILT)の人々は時とともにますます反応するようになり、そのうちに日常的な化学物質のちょっとした気配や、確立された毒性レベルよりはるかに低いレベルで自分自身が反応することに気が付く。反応する化学物質はしばしば、構造的に関連性がなく、その範囲は、浮遊分子から通常の薬剤やサプリメント、ローション、洗剤、石けん、印刷物、チョコレート、ピザ、ビールのようなかつては好物であった食物にまで及ぶ。 曝露の結果は、心臓系や神経系の異常、頭痛、膀胱障害、ぜんそく、落ち込み、不安、消化器系障害、認識能力の低下、睡眠障害など、驚くほどの様々な症状をもたらす。 非常に多くの物質が、これらの重複する反応を引き起こすように見え、また誰でもが全く同じ物質に反応するわけではないので、原因と結果をあぶりだすことは難しい。そして最近までこれらの人々はそれぞれ、極度に神経過敏に見える状況を説明しながら、多くの異なる専門家の診察を受けていた。 化学的に不耐性な患者が1980年代に初めて医学専門家の注目を浴びるようになった時、彼らの症状は、”多種化学物質過敏症(MCS)”と呼ばれ、研究の導火線となるのに十分な物珍しさがあった。しかし、これらの研究は決定的なことは何も発見することがなく、脳の中で起きている実際のプロセスを見ようと考える人はいなかった。 彼らは、患者に隠された状況、すなわち患者は何に暴露させられているのか分からない、又は実際には臭いは全く存在しないのに有害な臭いが存在していると告げられるという状況で、患者を臭いに暴露させる検査を行った。患者らはしばしば、一貫した反応を示すことができなかった。 体から毒素を取り除く免疫メカニズムである解毒化経路に関する研究はごく少なく、ある曝露に苦しんでいる患者らより報告されている難解な機能不全に、どのようにして雪だるま式に拡大して行くのか、研究は決して説明することができなかった。免疫学的異常は調査されたが、どの様な研究も全体的に一貫してこの症状に関連付けることはできなかった。 数十年間、これらの患者たちは精神的な病気であるとして捨て置かれていた。もしあなたがスーパーマーケットの洗剤コーナーでハニカムマスクをつけた人を見かけたら、もし彼らがあなたの好きな柔軟剤のにおいが彼らを病気にすると言ったなら、もし彼らがあなたの香水が頭痛ととぜんそくを引き起こすと言ったなら、そして、カーペット店が意識混濁、興奮、憂鬱を引き起こすと言ったなら、あなたの反射的な反応は、”あなたは病気だけれど、多分それは精神的なものネ”というものかもしれない。 毒性時代の科学 しかしこの病気を研究している科学者らにとって、その見解は変化しているが、それはミラーの飽くことのない研究と彼女の画期的な発見によるところが大きい。400人の初期治療患者に関する2012年7月の研究(よく知られた家庭向け医療誌 Annals of Family Medicine にミラーと同僚らによって発表された)によれば、慢性的な健康問題がある人々の22%は、何らかの程度、化学物質不耐性に苦しんでいる。それは5人に1人以上であり、もし有毒な曝露を浴びすぎると毒物誘発性耐性喪失症(TILT)になりやすいとミラーは言う。 ”化学物質不耐性は広く発症しているのにまだ認められていないという事実は、初期治療にあたる医師たちにとって重要なことである”と、ミラーの同僚でこの研究の主著者である医師デービッド・カターンダールは述べている。”一方で化学物質を避ける単純な治療アプローチが極めて効果的かもしれないし、他方で在来治療(アレルギー注射や免疫抑制)ではうまくいかないかもしれない。このことは、我々はこれらの患者に対する臨床的パラダイムを変えなくてはならないということを意味する”。 この新たな研究は、QEESI (Quick Environmental Exposure and Sensitivity Inventory:無料で http://familymed.uthscsa.edu/qeesi.pdf から利用できる)と呼ばれる50の質問の目録に基づいている。QEESI は、ディーゼル、塗料シンナー、食品、柔軟剤など、一般的原因物質に対する過敏性を分類する。それは深刻な毒物誘発性耐性喪失症(TILT)になりやすい5人に1人を選び出すのに非常に効果的であり、それはスウェーデン、デンマーク、日本及びアメリカで実証されている。 しかし、個人の生活が重大な影響を受けるのは深刻な毒物誘発性耐性喪失症(TILT)であるとミラーは懸念する。”私は、研究の中で何らかの慢性的な健康異常のために初期治療クリニックを訪れる人々の6%以上が、 彼らの症状と、QEESIからの化学物質及びその他に対する不耐性スコアーに基づけば、TILTの影響をひどく受けていることを見つけて非常に驚いた。大きく影響を受けるということの意味は、彼らが深刻な慢性健康症状を持っていることであり、彼らは一般的な化学物質、食物、医薬品に対する過敏性に高いスコアを示した”とミラーは言う。”他の15.8%は、平均値よりは高いが、中程度に影響を受けていた”。 ミラーの使命は、彼らの生活を破綻させる毒性曝露に突っ込む前に、網の中の魚のようにこれら感受性の高い人々を把握することである。彼女は QEESI が、患者が記入する典型的なフォームとともに標準的な方法となることを を望んでいる。 ”TILT は、我々の現代的な毒性時代にユニークな純粋に新たな疾病を言い表している”とミラーは言う。”人々は全生活において耐えられるはずであった化学物質とその暴露に突然耐えられなくなる。それがTILTであることの証明書である。私が助言してきたある人々は、それを動詞として使用して、tilted(過敏症になった)と言った”。 過敏症の世界にいざなう 毒物誘発性耐性喪失症(TILT)の二段階プロセス、すなわち有害物質に暴露して病気になり回復しないことは、環境が遺伝子の発現を中核となるDNAコード自体は変えずに変更する時に起きるエピジェネティックな変化によりもたらされるのかもしれない。”環境的な出来事は遺伝子の活動に劇的に影響を及ぼす”と、ミズーリ・コロンビア大学の生殖内分泌学者フレデリック・ボンサールは説明する。 ボンサールは数十年間、内分泌かく乱ん物質として知られるビスフェノールA(BPA)のような化学物質への日常的な低用量暴露の能力影響の研究に費やしてきた。これらの化学物質は、ホルモンのようにふるまい、特に胎児の発達期間の健康に深遠な影響をあたえる。高用量では単に活動を停止するだけであるが、驚くほどの低用量では遺伝子活動の制御因子となり得るという結果を得た。 ”一旦遺伝子がONになれば”とボンサールは言う。”そして一旦過敏になると、再プログラムされた細胞を持つことになる。そして細胞が元の状態に戻ることは非常に難しい。例えば、乳房の組織は後の生活においてがんになりやすくなり、子宮内での低用量暴露のために成熟が通常より早く起きる。私は、発達期のエピジェネティックスについて個人的に研究しているが、これらの種類の出来事は生涯を通じて起きることを証拠が示唆している”。 TILTの世界では用量自体が毒にするのではなく、用量とホスト(宿主)が毒とにする。そしてホストの病気への罹りやすさの関連性はわからない。遺伝子的にぜい弱な場合、過剰な毒性暴露は生命のために体を再校正するように見える。ウィリアム・バトラー・イェイツの詩”全てが変わる。完全に変わる”が言うように、新たな人々が出現し、通常の世界は今、彼らのために明らかには有害な地雷を生み出しているが、しばしば出っくわすまで気が付かず、被害者らは問題をほのめかすことなく、同じ地雷の上で他人のダンスを傍観している。 ミラーにとってキリングスワースが被った農薬中毒のようなことは、 TILTの事例として、恐るべきことではあるが、まさしく明快である。1990年代中頃に、彼女と彼女の仲間ハワード・ミツウェルは、有機リン系農薬に暴露した後、永久的に病気になった37人をまた家や事務所の大幅な改造の後に病気になった他の75人について調査した。 農薬被害者らは、はるかに厳しい状態であったが、両方のケースともに、有毒物質への曝露は永久的なダメージを与える足跡を残した。農薬に曝露した時、37人のうち26人はフルタイムで働いていた。調査時点までに(曝露後平均8年)、農薬曝露者のうち2人だけがフルタイムで働くことができた。彼らの病気は、彼らの生活のあらゆる面で影響を与えてきたと彼らは報告した。 TILTは、文化や国を越えて同様であるように見える。ミラーは一冊の教科書”化学物質暴露:低レベルと高リスク”をマサチューセッツ工科大学(MIT)の政策技術名誉教授ニコラス・アッシュフォードと共著で出版した。その本の中で、アッシュフォードは、ヨーロッパの9か国における彼の調査に関して報告したが、彼は不可解な新たな化学物質への不耐性の発病の同じパターンを見出した。 ”私は、患者らを以前には悩ませたことがないものに通常ではない不可解な反応を示した患者がいたかどうかを医師に単純に問うた”と彼は言う。”そして私は当然、イエスという回答を得て、その物語を聞いた”。 一方ミラーは、アメリカ、カナダ、日本、ニュージーランド、イギリス、及びオーストラリアからの同様の報告を発表した。 新たな不耐性と多種症状の発症が、ヨーロッパの農業地帯での有機リン系農薬(sheep dip)の散布者、有毒木材防腐剤に暴露したドイツの住宅所有者、大量の漏えいオイルからのガスを吸い込んだ人々、フィルムを現像中に化学物質を吸い込んだニュージランドの放射線医学作業者、そして新たに改造された建物の居住者や労働者の中に表れ始めた。 1987年に、ワシントンDCにあるEPA本部の改造作業に従事した225人の労働者が、27,000フィートの新しいカーペットの敷設を含んで換気が不十分な事務所の建物の広範な改造工事後に病気になった。ほとんどの人々は回復したが、19人がTILTを発症し、長期間、身体障害となったので、この建物の所有者を訴えた。 湾岸戦争の退役軍人は、もうひとつの過敏症(“tilted”)グループである。彼らの病気は長い間、論争の対象であり、心的外傷後ストレス障害の一種として片づけられたが、最近、本物であると認められた。ミラーは、驚くべき数の湾岸戦争退役軍人がTILTを発症したことを見つけた。 ”1990年に戦争に行った70万人のうち、25万人が慢性的疾病をもって帰還した”と彼女は言う。あるCDC(米・疾病予防管理センター)の研究は、湾岸戦争疾病退役軍人は、健康な退役軍人より多くの化学物質不耐性を報告した。彼らは、テントの中での農薬、石油燃焼の煙、抗神経ガス剤、砂を固めるために地上に注がれるジーゼル燃料等の多種毒物曝露を経験していた。 ミラーが退役軍人を訪ねた時に、ある者はその部屋のドアに、”香料を身に着けている人は入室するな”という表示をかけていた。多くの人々は医薬品不耐性の問題を抱えていた。ひとりの退役軍人は、彼の妻に海外から好きな香水を送っていたが、彼女がその香水をつけて車に乗って家に帰る時に、彼はひどく反応したので、今後は決してそれをつけないよう頼んだ。その後、彼らはコロラドの台地で休暇を取って回復したが、交通渋滞で気分が悪くなるドライブであったと報告してきた。 急進的な道 (13/11/21)
ミラーは時には、数十年間労働者達が働いているのと同じ環境の中で、数時間後に頭痛がすることがあったが、その時には彼女はこれらの頭痛について深く考えることはなかった。彼女は、労働安全衛生局(OSHA)により定められた基準を会社に確実に守らせることだけを仕事とした。 しかし、その後、米・国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、ある女性鉄鋼労働者たちの心理学的及び管理的問題について調べるよう彼女に要請した。その女性たちは二つの異なる工場で電子機器の部品に半田付け作業をしていた。彼女たちは、ヒューム排気がない部屋で働いており、頭痛、疲労、そして集中力がなくなることを訴えた。 その年の NIOSH シンポジウムで発表した報告書の中でミラーは、半田作業によるヒューム中の有毒物質が彼女たちが訴えることの原因かもしれないと示唆した。”私はその会議で唯一の非精神病医であった”と彼女は思い出す。”そして私が話を終えるまでに、私の考えを攻撃するために専門家たちがマイクに並んだ”。 もう一人異端者がいた。物議を醸すシカゴのアレルギー学者セロン・ランドルフ(Theron Randolph)であり、彼は最初に私に支援を差し伸べた。ランドルフは、1950年頃、仕事をなげうち、典型的なアレルギーとは大いに異なる広範な過敏性を持つ人々をテストし治療をすることを始めたが、 そのことは、血中に存在する免疫グロブリン(抗体)と呼ばれる免疫細胞が増える様子を通じて診断された。ランドルフは、彼の患者は従来の手法では測定できない食物と化学物質に対する過敏で苦しんでいることを確信した。彼はミラーを毎週のスタッフ・ミーティングに招へいし、そこで症例が討議された。 ランドルフが一人の患者から病歴を聞いていたのをミラーは思い出す。それは数時間かかった。彼は、”あなたが本当に良くなったと感じた最後の時のことを教えてください。次にそれ以前のことを話してください”と言って診察を始めた。彼は患者が話したと通りにその病歴をタイプに打ち込んだ。ミラーはある詳細を次のように思い出す。”彼女はシカゴの列車の駅で気分が悪くなった。彼女はフォームラバー・マットレスの上で吐き気を感じた”。 ランドルフは、彼のシカゴ事務所の近くに特別に建設した施設に患者を数週間”入院”させた。入院中に彼らはフィルターを通った空気を吸い、化学処理されていない木綿の寝具の上で眠り、浄化水を飲み、数日間絶食した。彼らの症状は、関節炎から頭痛、疲労まで、しばしば消え去った。 次に彼は、患者にブラインド・テスト(盲検)を実施した。患者に有機リンゴと農薬散布リンゴ与え、あるいはガラス瓶に入れた印刷紙の臭いを彼らに嗅がせた。扁桃痛又は間接痛のような症状は、個々の患者が反応するどの様な物質に対しても再発した。患者が診療所を出るときに、”これらの原因物質を回避すること”というのが、お決まりの処方箋であった。 ”多くの患者は、薬物治療を止めてよくなることができた。これらの人々は、通常では症状が出ないはずの微量の物質に反応した。それは私が知っている医学のことごとくのパラダイムを壊した”とミラー説明する。”私は医学校に行き、大学施設内の研究者として働き、当時は医学界または科学界の中で実質的にはだれも信じる人がいなかったこの素晴らしい仕事のために科学的信用を確立しようと決心した”。 多くの証拠 20年が経過し、数百のピアレビューされた論文が発表された後、ミラーは遺伝的にぜい弱な人々は毒物誘発性耐性喪失症(TILT)に罹りやすいかもしれないことを示すひとつのモデルを示唆する魅惑的な多くの研究に驚いた。ひとつの重要な見識がてんかんと慢性疼痛症候群の分野に注がれたが、両方とも脳の異常な活動に関連している。慢性疼痛症候群のある場合には、急性、局部的損傷として始まったものが、広がって、反射性交感神経性萎縮症(RSD)として知られる一般化された痛みになる。痛みの信号は、からだ全体に燃え上がるように見え、その症状は衰弱させるものであり、治療が困難である。 同様に異常な脳活動と処理は、発作性疾患の分野でよく知られている。側頭葉てんかん症候群は、大脳辺縁系燃え上がり(limbic kindling)と呼ばれる現象まで突き止められているが、そこでは、脳の大脳辺縁系構造を横断して反復的で間欠的な低強度の刺激が最終的には発作をもたらすのかもしれない。 実際、ミラーは燃え上がり現象に似たプロセスが、 TILTで報告されている痛みと過敏性を駆り立てるかもしれないという仮説を立てた。溶剤、農薬、又は漏えいしたオイルからの揮発性分子のような有毒物質は、鼻の内面に厚くちりばめられた数百万の鼻神経である嗅覚受容体を通じて脳に直接到達することができる。我々の脳は、嗅覚受容体への反応に絶妙に刺激される。当然のことながら、例え健康な人でも、実際には知覚閾値以下であり、意識しては知覚されない嗅覚刺激への短時間の曝露の間、脳波の活動に著しい変化を示す。 ”嗅覚系に血流脳関門がないことは、化学物質が直接、大脳辺縁系にアクセスすることを可能とする”とミラーは言う。”そして、嗅覚の通り道は、特に電気的及び化学的興奮に感受性が高いことがすでに知られている。さらに、ほとんどの化学的暴露は間欠的であり、それは興奮と感作を増強することが知られている”。関越的な低用量暴露は、単回のより高い暴露と同様な毒性があリ得る。ミラーはサルの研究を引用しているが、それは、有機リン系農薬の1週間に10回の非毒性用量と1回の毒性用量は、脳波図(EEG)により測定された脳波活動に同じ増大 をもたらした。 ミラーは、有毒物質への曝露は、大脳辺縁系ネットワークを刺激するのに必要な閾値を永久的に低下させ、興奮のような現象を起こりやすくするという仮説を立てた。”それは発作を誘発するという厳密な科学的センスでの実際の興奮ではない”が、しかしその感作は、機能の永久的な変化をもたらし、嗅覚神経を通じての化学物質への反応度を理論的に永久的に高めると彼女は言う。 コペンハーゲン大学ゲントフテ病院のデンマーク化学物質過敏症研究センターの研究が彼女の見解を支持しているが、そこでは科学者らは化学物質不耐性の人々は中枢神経系でより大きな感作性を示すことを実証していた。同センターの研究は、デンマーク人口の27%が化学物質対する何らかの注目に値する感受性を持っていることを発見した。もっと少ない0.5%の人々は非常に感受性が高いので生活のスタイルを劇的に変更しなくてはならなない。 もうひとつの研究で、同センターの研究者らは、同センターに助けを求めてやってきた人々の中から15人の化学物質不耐性の患者を選択していた。彼らはまた、15人の健康な人々も対象とした。それから、彼らは唐辛子の辛みをもたらす主成分であるカプサイシンを皮下注射し、先が尖っていない硬いナイロン単繊維で注射場所から6cm離れた場所から軽くたたき始め、徐々に注射場所に近づけた。痛みに対する刺針感覚が変化したときに、それが記録された。 カプサイシンは無臭であるだけでなく、それは特に中枢神経系によって調節される痛み反応を含んでいることが知られている。”それは実に興味深いことであった”と、この研究の主著者である皮膚科専門医のジェスファー・エルバーリングはコメントしている。”化学的に不耐性の人々は、報告された痛みのレベルが示すように、皮膚の痛みの領域が著しく大きい。中枢神経系で何か−感作と高められた反応に関する何らかのプロセスが起きている”。 同センターは現在、化学的に過敏な人々に遺伝子の活性化が見られるかどうかどうかを調べるために、脳中の感作に関わる遺伝子を調査する研究を計画している。”2010年に、我々は解毒に関わる遺伝子をテストしたが失敗し、解毒遺伝子とパスウェイの異形は以前に考えられていたより重要度が低いという結論を得た”と、同センターのディレクターであるシン・スコブジャーグ・ヤコブセンは述べている。”我々は、一貫した免疫学的な異常も、嗅覚の異常も見出さなかった”。 したがって、それ以外のことが脳に起きている。ミラーと同様にデンマークの研究者らは、脳の感作はおそらくある種の興奮(kindling)プロセスが根本にあるのではないかと疑っている。 驚くべきことに2010年にエルバーリングは、電気ショック療法(ECT)が重度の化学物質物質不耐性の軽減のために実際に実施されたというひとつの症例を報告した。電気ショック療法(ECT)は、重度のうつ病や難治の疼痛症候群に効果的であることが証明されているが、その影響は脳そのものであり、それは反応閾値をリセットするように見える。 化学的に非常に不耐性になったので2年間病気で休んでいた45歳の男性患者は家を離れており、彼の子どもたちと家の外では会うことができたが、家の中では会うことがことができなかった。彼は隔離されていたので、”恐れていた絶望がひどい心理的挫折をもたらすであろう”と彼は感じていたと、エルバーリングは言う。 病気になる前は、この患者は産業用塗料会社で塗料の在庫管理者として働いていた。”電気ショック療法(ECT)前の彼の自己申告による化学物質過敏症状のひどさの程度は100点のうち95点であった”と、エルバーリングは言う。”その後、3回のECT治療の後、彼のひどさの程度は100点から30点に低下し、彼は徐々に通常の生活に戻った”。彼は家族や友達と楽しみ、買い物をし、一緒に過ごすことができるようになった。彼は標準的な維持療法(2週間に1度のECT治療) を4か月間受け他結果、穏やかな過敏性が残るだけとなった。 ”それは、ETC療法が、この化学的に不耐性な患者の脳の回復プロセスを再編成する引き金となったようである” とエルバーリングは言う。この事例は極端であるが、将来の研究に情報を与える脳によるメカニズムを示している。 化学的に不耐性な人々はまた、組織を通る血流を追跡する SPECT scans (Single Photon Emission Computed Tomography 単一光子放射断層撮影) による脳の画像で機能障害を見ることができる。この研究は、バルセロナにあるヘブロン大学で行われたが、そこでは研究者らは10人の化学的に不耐性の患者を2年間にわたり追跡した。患者の症状は、慢性であり、以前には悩ませられることのなかった低い曝露レベルで反応が生じていた。 研究を行うために、ヘブロン大学の科学者らは、SPECT スキャンで不耐性患者を評価した。それから一週間後、これらの患者の各人は、ひとりの健康な人とともにチャンバーに入った。時系変化とともにそれぞれの二人の組は、塗料、香水、ガソリン、及びしばしば香水や薬品を製造するために使用されるアルデヒド物質からの通常のヒュームの暴露を受けた。 曝露後、化学的に不耐性の患者には、特に臭気プロセスに関わる物質の場合、特定の脳の領域の血流に顕著な増大が見られた。 一方ミラーは、TILT の被害を受けた湾岸戦争退役軍人の脳の中央動脈を流れる血流が減少していることを見つけていた。湾岸戦争症候群を訴える8人の男性退役軍人と健康な8人の退役軍人が彼女の研究に参加した。退役軍人らはコンピュータの前に座り、清浄な空気又は気づかないいほど微量のアセトンの曝露を受けながら、日常的な短時間の記憶作業を与えられた。ミラーとそのチームは被験者にアセトンを含む空気であるかどうかを告げた。空気中のアセトン含有は健康な被験者には何ら影響を与えなかったが、湾岸戦争の退役軍人らについては、話が違った。空気がアセトンを微量に含む時には、中大脳動脈を流れる血流は著しく遅かった。 ”私は、この研究が完了するまではTILTが本当であるとは思っていなかった”と、この研究の設計と実施を支援したテキサス大学のミラーの同僚である生理学者のレオニド・ブネギンは述べている。”それは、脳機能と低レベル化学物質曝露との間の決定的な関係を示す初めての徹底した研究である”。 正当性の論争 もちろん懐疑派もいる。全ての人々がこの新しいモデルが正当であると納得しているわけではない。2008年にイタリアのパドバ大学の心理学者ゲズアルド・ズッコによるひとりのイタリア人の事例研究は、化学的に不耐性な人は、”治療を必要とする衰弱性心理的障害”を持っていると結論付けた。1992年に自動車事故にあった後、この36歳の患者は化学物質過敏がひどく、時には吐いたりめまいがすると訴えた。 実験室で彼女は、”空の刺激”(臭気が全くない)、かつては彼女が好きであった臭気(ココナッツ、バナナ)、そして症状が出ると彼女が言う臭気(テレビン油、塗料)への曝露受けた。彼女が報告した症状は、その臭気の安全性について彼女が与えられていた情報に直接的に関連していた。もし彼女が空の刺激又は好きな臭気が実際に有害であると告げられると、彼女は悪い反応を示し、もし彼女がそれは彼女が好きであるとした臭気であると告げられると彼女は悪い反応は示さなかった。”テストを通じて顕著な一貫性がある”とズッコは言う。そして”第一に、患者は、その病気は元来、生物学的なものであると本当に信じていることは注目に値する”。このことは、TILT 患者は自分立ちは身体的疾病で苦しんでいると自身にレッテルを張っているので、TILT 患者の中では非常に一般的な態度である。 調査の後、その患者は、症状は心理的なものであるというズッコの結論を受け入れた。認識精神療法は、”彼女がほとんどの症状になんとか対処することを可能にし、彼女は改善されていることを私に知らせるために、クリスマスカードを数年間送ってきた”と彼は言う。 しかし、ズッコでさえ、全ての症例が心理的なものであるとは主張しない。ある人は、”生物学的あるいは有機的起源をもつかもしれない”と、彼は言う。”この研究の重要な点は、その違いを見分けることができるということである”。 ミラーは、異なる見解を持つ。TILT は、より過敏でより興奮しやすい大脳辺縁系から出現すると彼女は言う。ぜんそく、うつ、パニック障害は病気で苦しむ人の家族の中にも伝わる傾向がある。刺激をコントロールするための逃避行動であり得る内気もまた、もっと一般的に広まっている。 言い換えれば、脳の基礎的生物学から出現する個性の形成は、個人を TILT のリスクにさらし、その病気に敏感になりやすくするもうひとつの要因であリ得ると彼女は言う。 いつの日にか、あなたは相談のために医師のオフィスにいき、あなたの病歴についての一束の書類と一緒に、あなたは異なる一式の質問 QEESI を与えられることを希望する。あなたは1から10までの程度を示す数字のどれかを選ぶ。ディーゼルの排気ガス又は塗料シンナーを吸った後気分が悪くなるか? 通常ではない食物への願望があるか? 家でガスストーブ又は繊維柔軟剤を使用しているか? 薬物治療(薬品)に奇妙に過敏に見えるか? めまい、発疹、集中困難、頭痛、躁鬱などのような説明のつかない病に悩まされているか? あなたは、あなたのQEESIスコアを与えられるであろう。そしてもし、あなたが TILTのリスクがあるように見える5人のうちの1人なら、あなたは生活様式と食事を変えることを勧められるであろう。 あなたは、ミラーがある会議で研究の成果を発表した後にミラーが話しかけた心理学者のようである。 ”その女性は QEESI を試みて、TILT の大きなリスクがあることを見つけた。彼女は、家中のカーペットを新しい合成カーペットにする注文をしたばかりであった。そして彼女は私に言った。’私は病気ではなく、私は病気になりたくない。私はカーペットの注文をキャンセルし、その代わりに陶器製のタイルにしようとしている。” |