2010年5月
南オーストラリア州
多種化学物質過敏症(MCS) 病院ガイドライン


情報源:Multiple Chemical Sensitivity (MCS)
Guidelines for South Australian hospitals
Government of South Australia, May 2010
http://www.sacfs.asn.au/download/MCSHospitalGuidelines-peh-sahealth-1005.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html
掲載日:2012年8月6日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/sick_school/cs_kaigai/mcs_Australia_2008.html

訳注:オーストラリアでは全6州のうち、西オーストラリア州 MCS/CH ガイドライン南オーストラリア州 MCS 病院ガイドライン、及びビクトリア州 MCS 病院ガイドラインが発行されており、近くオーストラリア首都特別地域(ACT)の病院ガイドラインも発行される予定とのことです。
 オーストラリアのMCS支援団体によれば、これらのうち、最近のビクトリア州のガイドラインも参考にしたという南オーストラリア州のガイドラインがとくに優れているとのことなので、これを日本語訳して紹介します。

謝辞

 南オーストラリア州(SA)保健業務のための多種化学物質過敏症(MCS)の必要性は、最初にMCS患者の人々により提起されました。

 いくつかの団体と個人により向けられた南オーストラリア州におけるMCSガイドラインの必要性についての意識向上のための大きな努力とMCSに関連する知識ベースを拡張することについての熱意に感謝しなくてはなりません。これらの団体には、MCSに関するSAタスクフォース、消費者団体、及び消費者、臨床医、地方及び州政府代表者、南オーストラリア州筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)協会を含むMCS関連団体(MCS Reference Group)が含まれます。MCS関連団体は、現在、地方政府の農薬使用の問題に積極的に関与しており、また、情報交換、特に病原学的、臨床医学的、毒性学的情報のための意見交換の場を提供しています。

 議会内社会開発委員会MCS審査会により、保健省は南オーストラリア州(SA)病院MCSガイドラインを開発するよう指示を受けました。クウィーンズランド州の王立ブリズベン女性病院のMCSガイドラインを採択する決議をもたらした国内及び国際的文献と他のMCS病院ガイドラインのレビュー結果を、南オーストラリア州病院が使用することについて許可をいただいたことに感謝します。


内容
はじめに
目的(Purpose)
ねらい(Aim)
目標(Objective)
化学的刺激物
 共通の刺激物
 最も共通な症状
入院計画
 入院準備
 病院の環境
入院中
 MCS患者の介護に求められるかもしれない設備
 病院職員
 食事要件
 薬品
救急部門
入院の代替と退院計画
 MCSの人々の収容に関する更なる情報
参照


はじめに
 多種化学物質過敏症(MCS)は、化学物質曝露により引き起こされる深刻な身体的症状として記述される衰弱させる疾病である。ある自己申告調査で、MCSは南オーストラリアに住む成人の約1%に影響を及ぼしていることが示されている。さらに、約16%の人々がひとつ又は少数の化学物質に対して何らかの過剰反応をするとみなされている。オーストラリアにはMCSの診断用又は臨床用ガイドラインが存在しないので、化学的に過敏なある人々は、MCSにもっと関連した症状を持っているかもしれない。

 MCS症状を持つ患者は、化学物質への曝露の結果、様々な身体的症状に苦しむかもしれない。これらの曝露の症状は、普通の程度から深刻な程度まで患者が経験する呼吸器系及びインフルエンザのような症状、胸の痛み、筋肉及び関節の痛み、頭痛、筋痛、吐き気、腹痛、その他の身体的症状を含むかもしれない。MCSの人々が化学的刺激物に対して経験する身体的症状は、病院にいる間の患者の治療を損ない、回復、健康成果及び幸福に影響を及ぼすことがある。

 MCSの人々が反応する化学物質又は刺激物のタイプは非常に多様であり、しばしば病院の環境中にも見出される。これらの刺激物は入院患者に普通に提供される食物や飲料中に存在するかもしれないし、また病院の洗浄用品や消毒剤、らには病院の職員がつける香料や髭剃り後ローション、身体手入れ用品、整髪料の中にも含まれているかもしれない。したがってMCS患者の入院は、入院に先立ち病院管理者により計画され、個人毎に健康専門家により管理されるのが理想的である。


目的
 これらのMCS病院ガイドラインはMCSテキストの決定版として提供されるものではないし、症状の病論を主張するものでもない。それらは、病院管理者や健康専門家らが病院での治療を必要とするMCSの人々の必要に最良の対応をし、それによって効果的で質の高い介護と改善された健康成果を確実にするのに役立てるよう設計されている。病院で医療又は外科的処置を受けるMCSの人々の環境的必要性を満たすことは入院期間を短縮し、個人の健康成果を改善するように見える。

 MCSの人々は刺激物に対して敏感であり、彼等の曝露に対する反応は広く変動するので、MCSの人々の入院は理想的に計画され、収容施設管理に関する患者/介護者と病院管理者の協議が必要であろう。患者、医療/介護、同類の健康と優良事例(GP)に関連して臨床的に可能な場合には、入院の代替が検討されるかもしれない。もし入院が避けられない場合には、個人毎に作成された介護計画と治療体制を知らせ開発するために、入院に先立つ臨床的評価、患者が反応する化学的刺激物のタイプの確立、及び患者が過去に経験した曝露症状の文書化が必要である。退院計画は全体的な介護計画の中で全ての患者にとってひとつの重要な要素であるが、特にMCSの人々にとって臨床的に適切であり現実的である限り速やかに早期退院をすることは、回復及び病院処置後のリハビリテーション期間の刺激物への曝露を減少するので、極めて重要である。


ねらい
 多種化学物質過敏症−南オーストラリア病院のためのガイドラインは、MCSに苦しむ人々に及ぼす共通の病院刺激物の影響を最小にし、病院施設内の治療を求めることをねらいとして、提供されている。


目標
 南オーストラリア保健局は、化学的刺激物への曝露を削減する適切な治療環境を計画し提供することにより、病院治療を求めるMCSの人々の健康成果を改善することに注力している。


化学的刺激物
 化学物質のタイプとMCSの人々に及ぼす影響は多様であり、したがって協議と個人毎の介護計画が本質的である。下記はMCSの人々に影響を及ぼすかもしれない刺激物のあるもの、最も共通のMCS症状のあるもの、及びMCSの人々が入院治療を求める時に必要かもしれない病院の手続きとプロセスの記述である。また、MCSの人々のために計画されるかもしれない入院加療に対する代替も含まれている。

共通の刺激物

 MCS症状を誘引する化学物質のあるものは、刺激物(irritants)として、又は潜在的に神経系に有毒であるとして知られている。問題を引き起こす製品とその他の化学物質は影響を受ける個人によって様々であり、下記を含むことがある。
  • 麻酔剤
  • 食品中、飲料中、及び薬剤中の人工色素、風味(フレーバー)、保存剤
  • 香水、香気
  • 洗剤、その他の洗浄剤
  • 処方剤
  • タバコの煙
  • フェルトペンなどからの溶剤
    最も共通な症状
  • 呼吸器系症状
  • 頭痛
  • 疲労
  • インフルエンザ様症状
  • 精神的混乱
  • 短期的記憶喪失
  • 消化器管症状
  • 心臓の不整脈
  • 筋肉関節痛
  • 易刺激性(irritability)及び憂鬱
  • 耳鼻咽喉系症状

入院計画
 可能であり緊急入院以外の全ての場合には、MCSの患者は病院への計画的訪問の前に病院管理者に可能な限り事前に特定の過敏性について告知をする必要がある。MCS患者は、投薬注意票(medical alert)を常に携帯すべきである。

 MCSの人々は、しばしば自身の症状についてよく知っており、接触する他人に状況を教えることができる。MCS患者は、病院における刺激物への曝露を削減するのに役立つであろう下記のことを必ず知っていなくてはならない。
  1. 患者は、病院の施設で容易には入手できないかもしれない個人用品、例えば、歯磨き、リネン製品を手配する方がよい。病院は、MCS患者がもつ多様な必要性に対する全ての特別な要求を満たすことはできない。

  2. 患者のMCSを治療する医師は患者の介護に役立つ情報を提供するために病院と連絡を取るべきである。
 入院の代替は可能であり、患者の評価の一部として考慮されるべきである。もし、入院が回避できない場合、潜在的に有害な刺激物への患者の曝露の可能性を低減するために臨床的に適切な代替治療環境があるなら、できる限り早期に退院するという観点から入院計画は立案されることになる。

入院準備

 病院入院計画を準備するときに、MCSの患者の適切な介護を支援するために、一般的病院環境に多くの簡単な変更を加えることにより、病院治療の成果を改善することができる。最も重要なことは空気の品質である。

 患者の評価と患者/介護者との協議及び優良事例(GP)は個人の介護計画を当てるのに役立つであろう。下記の点は、MCSによる影響を受けている人々の入院に先立ち要求されるかもしれない準備のいくつかの一般的概要を提供する。

病院の環境

 患者の病室は、患者がそこでほとんどの時間を過ごすので、恐らく病院の中で最も重要な注力すべき場所である。現実には完璧にケミカルフリーな環境を確保することは不可能であるが、患者/介護者との協議及び優良事例(GP)に基づき、刺激物への不必要な曝露を防止するためにとることができる措置がある。

 各部門、各シフトで最低1人の職員がMCSW患者の臨床的必要に対応可能であることが推奨される。MCSW患者は、(臨床理的に基づく)患者の医療記録中の全ての刺激物を記録してもらうべきである。刺激物はアレルギー性物質として記録されるかもしれないし、記録されないかもしれない。健康介護チームの全ての要員は、介護のための適切な準備を確実にすることができるようその患者の入院について知らされるべきである。
  1. MCS患者の介護は、可能なら専用のバスルーム付(with ensuite facilities)個室利用を計画するのが最良である。

  2. 清掃職員は部屋が使用される前に確実に清浄にされるよう連絡がとられるべきである。

  3. 部屋はどのようなカビもや湿気もないよにすべきである。もし、必要なら、天井仕上げ板(タイル)を変更するよう担当者に連等し、換気システムの清浄状況をチェックすべきである。

  4. エアゾール・クリーナ、消毒液、又は脱臭剤は使用されるべきではない。全ての香料品は部屋から撤去すべきである。

  5. ベッドの準備のために殺菌したリネンを用いるか、あるいは患者が持参するリネンを使用することができる。

  6. 訪問者は入室前に担当看護士に連絡して指示を受けるようドアの外に表示されるかもしれない。

  7. 汚染を最小にするために、患者の面倒を見る職員を割り当て、入院について患者の面倒を見るであろう全ての健康介護要員に連絡すること。もし他の部門への移動、例えばX線部門、が必要なら、職員は患者が到着する前に連絡を受けていること。

  8. MCS患者を移動させるとき使用されるかもしれない機器は下記にリストされている。

入院中
 下記点は、各患者の要求に依存して入院中に求められるかもしれない準備のいくつかの概要を示す。入院中ンお介護のプロセスは下記をふくむかもしれない。
  1. 全ての病院従業員と訪問者は、患者の部屋に入る前に看護士ステーションでチェックインし指示を受ける。
  2. 部屋のドアは常に閉めておく。
  3. 病院職員は入室前に手を洗う。
  4. 医療チャートは患者の部屋の外に置く。
  5. 患者の部屋には、花、植物、新聞、又は処理された紙を持ち込まない。
  6. 患者が入院中は一般エリアで有毒化学物質が使用されないよう清掃要員と調整を図る。
  7. 清掃担当者によるMCS患者の部屋の日々の掃除は最小とするが、下記を含む。
    • 水だけで浸した清浄な木綿布でホコリを拭く。
    • 浴槽、流し、トイレットの清掃には重曹を使用する。
    • ゴミは少なくとも一日2回は取り除く。
  8. 食事後、患者の食器を部屋に置いておかない。
  9. 部屋に湿った洗濯物やタオルを置かない。患者が個人液にしよした後は直ちに片付ける。
MCS患者の介護に求められるかもしれない設備

  • 殺菌した100%木綿のガウン
  • 赤い腕章
  • 殺菌した100%木綿のリネン
  • 香料を使用しない衛生用品
  • ボトル飲料水
  • ドアの表示
  • 香料を使用しない洗浄用品
  • ラテックス手袋を含んでラテックスを使用しない製品
  • 炭酸水素ナトリウム(重曹)
  • 毒性のない洗浄用品/化学物質
病院職員

 MCSは衰弱症状をもたらす。患者から助言を求められることは必須であるが、そのときに彼等が化学物質に過敏であるということは理解されているということを示して、彼等を安心させる。MCS患者は、衣類、製品、他人が身に着けている化学物質にひどく反応することがある。下記の措置はMCS患者がいる場所の汚染を防ぐことに役立つであろう。
  1. 患者の面倒を見る職員は、症状と何が刺激物となるかをよく知っていなければならない。
  2. 洗濯石けん、柔軟仕上げ剤、防臭剤、シャンプー、ヘアローション、ヘアスプレー、メークアップ、ヘアムース、ゲル、浴用石けんは全て香料、消臭香料、脱臭剤を含む可能性があり、職員は患者が入院中は使用を避けるべきである
  3. MCS患者と接触する全ての職員は、香料入りでない身体手入れ用品と殺菌洗濯づみのキャップ、ガウンを入手することを確実にすべきであり、職員は:
    • 香料を使用しない。
    • アレルギーを起こしにくい(hypoallergenic)製品を使用する。 use hypoallergenic products
    • エアゾールスプレーを使用しない。
  4. 喫煙する職員はMCS患者の介護をすべきでない。
  5. 医療担当者はMCSに関する特別の命令をする。
  6. 通常の病院手続きに従がう場合、MCSの可能性あるどのような環境誘因にも注意する。患者の医療及び介護チームは、患者が送られる病院の他の部門との調整に責任がある。可能なら、患者は自分の病室で処置を受けられるよう手配する。
食事要件

 MCS患者は、様々な食物過敏とアレルビーをもっているかもしれない。もし患者が特定の食物過敏/アレルギーを知っており、病院で特別の食事を求めるなら、病棟の栄養士に連絡すべきである。このことは入院が決定したら速やかにすべきである。もし患者から要求があれば、そして臨床管理と矛盾しなければ、患者自身の食物を持ち込むことが許されるべきである。

薬品

 MCS患者は、薬品に対して顕著な反応を示すかもしれない。入院が決まったら速やかに薬剤師に問い合わせがなされるべきである。回避できないのでなければ、代替薬品やジェネリック薬品は使用しない。
  • 反応する薬の標準成分は知られているべきである。MCS患者が反応するものには染料、保存剤、人工甘味料、フレーバーなどがあるが、それだけには限らない。
  • 薬への反応は医療担当者に直ちに報告されるべきである。次のような症状を注意深く観察すること。
  • 筋肉のけいれん
  • 局所腫脹、じんましん
  • 卒倒
  • 呼吸亢進
  • 発作
  • ぜんそく
  • ひどいアナフィラキシ

救急部門
 救急部門にくるMCSに苦しむ人々はしばしば投薬注意票を持っている。職員は、全ての患者について投薬注意やアレルギーがあるかどうかチェックする必要がある。もし患者に意識があり、話をすることができるなら、彼等は暫定的な介護指示のために貴重な情報源である。さらに下記のことがなされるかもしれない。

  • 入院の必要がある症状を管理する臨床要求に従い、MCS患者は次の場所に隣接していない場所で処置されなくてはならない。
    • 改造又は修理されている場所
    • 病院内で交通量の多い場所
    • 化学物質貯蔵/供給場所
    • 化学療法処置エリア
    • コンピュータ、複写機、ファックス機
  • 病院の環境第8項にリストされている機器(訳注:実際には示されていない)を使用する。
  • 可能な場合には、患者のかかりつけの医師と早く連絡を取る。
  • 患者の特別な化学的過敏を確認し、医療チャートの注意票とアレルギー票に明確に書き込む。さらに:
    • かつて経験した深刻な反応を特定し、どのような曝露がそのような反応を引き起こしたかを特定するために患者に質問する。
    • 苦しさを低減するために何をすることができるのかを詳細に患者に質問し、その情報を患者の医療チャートに書き込む。
    • MCSに関連して患者の医療記録を以前の文書でチェックする。
  • 患者が収容されているときに患者を直接介護していた人以外の人がその場所に入ることを避けるべきである。
  • MCS患者は、化学的に処理された紙又は文書に反応するかもしれない。家族又は指定された人が患者のために署名してもよいが、立会いについての口頭による合意は常に得て全て文書化されるべきである。

入院の代替と退院計画
 病院での介護の代替は、臨床的評価とサービス基準を条件として、MCSに苦しむ人々にとって適切かもしれない。介護及び退院計画はこれらのガイドラインでカバーされる問題を包含すべきである。

MCSの人々の収容に関する更なる情報

■US National Institute of Building Sciences, “IEQ, Indoor Environmental Quality”, which includes MCS hospital and nursing protocols and assistance with implementing fragrance control policies, http://ieq.nibs.org/
米国立建築科学研究所、屋内環境品質(IEQ)、MCS病院介護プロトコール及び香気管理政策を含む。( 訳注:IEQ 屋内環境品質 目次 導入 運営と維持(訳:加藤やすこ)
http://homepage3.nifty.com/vocemf/Resources/0-13.pdf

■Canadian Human Rights Commission, "The Medical Perspective on Environmental Sensitivities" http://www.chrc-ccdp.ca/pdf/envsensitivity_en.pdf
カナダ人権委員会 ”環境過敏症に関する医学的展望”


参照
Anema, S. Hospitalization for the Chemically Sensitive Patient Hospital Protocol Guidelines Dallas 1999.

Fitzgerald, D.J., Studies on Self-Reported Multiple Chemical Sensitivity in South Australia. Environmental Health, (2008) 8(3): 33-39.

Institute for Human Development / AzTAP. Multiple Chemical Sensitivity Arizona 2001.

National Institute for Building Sciences, IEQ Indoor Environmental Quality, 2005.

Sears, M., The Medical Perspective on Environmental Sensitivities, Canadian Human Rights Commission, 2007.

Smith, S. A Review of the Multiple Chemical Sensitivity NSW Parliamentary Library Research Service 2001.

Temple, T. Healthier Hospitals A Comprehensive Guide to Assist in the Medical Care of the Patient with Multiple Chemical Sensitivity (MCS) Disability Ohio 1996.



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