KFF Health News, 2023年8月11日
先駆的な研究が軍関係者の精巣がんと ’永久の化学物質’を結びつける ハンナ・ノルマン、パトリシア・キム 情報源:KFF Health News, Aug 9, 2023 Pioneering study links testicular cancer among military personnel to 'forever chemicals' By Hannah Norman and Patricia Kime https://kffhealthnews.org/news/article/pioneering-study-links- testicular-cancer-among-military-personnel-to-forever-chemicals/ 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2023年8月23日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/news/KFF_230809_Pioneering_study_ links_testicular_cancer_among_military_personnel_to_forever_chemicals.html ゲイリー・フルックは、現在閉鎖されているイリノイ州のシャヌート空軍基地とインディアナ州の旧グリソム空軍基地で消防士として空軍に37年間勤務し、そこで定期的に水性膜形成泡(aqueous film forming foam/AFFF)を使った訓練を行った。 泡状の白色の難燃剤は非常に効果的であるが、現在では有害であることが知られている。 フルックは地元の消防署にボランティア活動に参加したが、そこでも泡がもたらす健康リスクを知らずに泡を使用した。 2000 年、45 歳のとき、彼は衝撃的なニュースを受け取った。彼は精巣がんを患っており、精巣摘出とその後の化学療法が必要になるということであった。 フルックによる訴訟を含む数百件の訴訟が、消火製品とそれに使用される化学物質を製造する企業らに対して起こされている。 また、多数の研究では、軍人と民間人の両方の消防士らは、他のほとんどの職業の人々よりも精巣がんと診断される率が高いことが示されており、多くの場合、泡の中にパーフルオロアルキル及びポリフルオロアルキル物質(PFAS)が存在することが指摘されている。 しかし、精巣がんと軍人の間での PFAS との関連性は、これまで直接証明されたことはなかった。 連邦政府(EHP 17 July 2023)の新しい研究は、数千人の軍人の血液中に見つかった PFAS 化学物質である PFOS と精巣がんとの直接的な関連性を初めて示した。 国立がん研究所(NCI)と米国軍保健科学大学(Uniformed Services University of the Health Sciences)の研究者らは、空軍軍人から採取したバンク血液を使用して、消防士である空軍人の血流中の PFASレベルが上昇しているという強力な証拠を発見したが、飲料水中の PFASのレベルが高い施設内で生活していた空軍人については弱い証拠を発見した。また、精巣がんを患った航空隊員は、がんと診断されていない飛行士よりも血清 PFOSレベルが高かったと、研究共著者で国立がん研究所(NCI)上級研究員マーク・パーデューは述べた。 ”私の知る限り、これは米軍人集団の PFAS レベルを測定し、この集団におけるがんとの関連を調査した初めての研究であり、新たな証拠がもたらされた”とパーデューは述べた。 エモリー大学ローリンズ公衆衛生大学院のカイル・スティーンランド教授は、ジャーナル『Environment Health Perspectives』の解説(Invited Perspective, 17 July 2023)の中で、この研究は、PFAS と精巣がんの関連性を証明する点では、彼が言うにはまだ”かなり少ない”文献に貴重な貢献を提供している”と述べた。”環境化学物質の場合は常にそうであるが、さらなる研究が必要だ”と彼は述べた。 ’ただの石鹸と水’ではない PFOS を含む 水性膜形成泡(AFFF) の古い在庫は、過去数十年で新世代の PFAS を含む泡に置き換えられたが、現在ではこれも有害であることが知られている。 議会命令により、国防総省は 2024年10月までにすべての PFAS 含有泡消火剤の使用を停止しなければならないが、今年10月までは購入を続けることができる。 それは軍が化学物質の潜在的な健康上の懸念を初めて文書化してから数十年後のことだ。 1974 年の国防総省の調査は、PFAS が魚にとって致命的であることを発見した。 1983年までに、空軍の技術報告書は、ネズミに対するその致死的な影響を示した。 しかし、航空機の墜落や船の火災などの極度の高温火災との闘いにおけるその有効性を考慮して、国防総省は今でも作戦でそれを使用している。 退役空軍消防士ケビン・フェラーラや KFF ヘルス・ニュースに連絡してきた軍消防士数名によると、軍がその危険性を警告することは皆無ではないにせよ、ほとんどなかったという。 ”我々は、それは単なる石鹸と水であり、完全に無害であると言われた”とフェラーラは語った。 ”我々は手も口も目も完全に泡にまみれていた。 まるで台所の流しを食器用洗剤で満たそうとしているかのようであった。”
”この事件で人や航空機に被害はなかった”と書かれている。 PFAS 化学物質は数千種類あり、工業用品や家庭用品の汚れを取り除き、付着を防ぐために 1940 年代に発明された。 消防士や軍隊によって数十年にわたって使用されてきた泡消火剤のほかに、この化学物質は化粧品、こびりつかない調理器具、撥水加工の衣類、敷物、食品包装紙、その他無数の消費財で使用されている。 ”永遠の化学物質(forever chemicals)”として知られるこれらの化学物質は、環境中で分解されず、人体に蓄積される。 研究者らは、ほぼすべてのアメリカ人の血液中に PFAS が存在しており、主に地下水、飲料水、土壌、食品を通じて暴露していると推定している。 最近の米国地質調査所(U.S. Geological Survey)の調査では、米国における私有井戸と公共供給水の両方からの水道水の少なくとも 45% には、少なくとも 1 種類の永久化学物質が含まれていると推定されている。 化学物質に関連する健康と環境への懸念により、連続して訴訟が引き起こされ、また PFAS を含む製品の製造業者と販売業者を対象とする州法と連邦法が制定された。ゲーリー・フルックは 3M 社と、PFAS 及び消火剤を製造したデュポン社やキッデ・フェンウォル社(Kidde-Fenwal)などの関連会社を訴えている。 議会は国防総省に対し、軍事施設の浄化と関連する健康上の懸念をより真剣に受け止めるよう促し、PFAS の現場検査に資金を提供し、軍の消防士らの血液検査を義務付けている。 支援者らは、こうした措置では十分ではないと主張している。 ”[国防総省]は飲料水にフィルターを設置する以外に現実的な結果を何の成果も得られずに、この問題にどれだけの時間を費やしたのであろうか?”エンバイロンメンタル・ワ−キング・グループ(EWG)のシニア政策アナリスト、ジャレッド・ヘイズはこう語る。 ”汚染を浄化するという点では、我々は何年も前と同じ状況にいる。” 検査を受けるという使命 退役軍人省(Department of Veterans Affairs)は PFAS の血液検査を推奨しておらず、ウェブサイトで”血液検査を現在または将来の健康状態と関連付けたり、治療の決定に役立てることはできない”と述べている。 退役軍人省(VA)のコメント(ここをクリックで表示/非表示)
しかし、それはすぐに変わる可能性がある。 議会の PFAS 特別委員会の共同議長であるダン・キルディー下院議員(民主党、ミシガン州)は 6月、有害な PFAS に暴露された退役軍人法を導入した。この法律は、退役軍人省に暴露に関連する症状を治療し、精巣がんを含む影響を受けた人々に障害給付金を提供することを義務付けるものである。 ”[退役軍人]とその家族が最後に経験しなければならないことは、退役軍人庁と戦って、入隊したときに約束した手当てを手に入れることだ”とキルディーは語った。 全米アカデミーズ(科学・工学・医学の各アカデミーで構成)が昨年発表した連邦政府の資金提供による広範な報告書によると、PFASへの暴露がワクチンに対する反応低下、腎臓がん、低出生体重などの健康影響と関連しているという強力な証拠がある。この学術機関は、PFAS への暴露が多い地域に対して血液検査を推奨し、続いて一定レベル以上の人々に対して健康診断を実施した。 また、限られた証拠に基づいて、暴露と甲状腺機能障害、妊娠高血圧腎症、乳がんや精巣がんとの関連については”中程度の確信がある”と述べた。 7月17日に発表された空軍軍人に関する新しい研究はさらに進んでおり、PFAS 暴露と精巣胚細胞腫瘍(testicular germ cell tumors)(精巣がん症例の約95%を占める)とを直接結び付けている。 精巣がんは、若年成人男性の間で最もよく診断されるがんである。 また、これは現役の軍人の間で診断される率が最も高い種類のがんでもあり、そのほとんどが男性で、年齢は健康状態が最高である 18歳から 40歳である。 その年齢分布と、水性膜形成泡(aqueous film forming foam/AFFF) が PFAS 汚染源であるとの知識から、パーデュー大学と米国軍保健科学大学(Uniformed Services University of the Health Sciences/USUHS)の研究者ジェニファー・ルシエキは、関連性の可能性を調査することになった。 研究者らは、軍人からの 6,200万以上の血清検体のバイオバンクである国防総省血清保管庫のサンプルを使用して、後に精巣がんを発症した530人の兵士からのサンプルと、対照群の 530人の兵士からのサンプルを検査した。 血液は 1988年から2017年の間に採取された。 最初のサンプルが採取されてから 4年後に収集された 2番目のサンプルでは、PFOS 濃度がより高く、精巣がんと強く関連していることが示された。 フェラーラには精巣がんはないが、PFAS が原因であると考えられる他の健康上の懸念があり、自分自身と同僚の消防士たちのことを心配している。彼は、2010年代初頭にバージニア州のラングレー・ユースティス統合基地にある空戦司令部で働いていたとき、PFOS とペルフルオロオクタン酸(PFOA)という 2種類の PFAS化学物質について触れた電子メールを目にしたことを思い出した。 しかしフェラーラによると、基地内の従業員は依然として、このごちゃ混ぜの頭字語にほとんど馴染みがなかったという。 水性膜形成泡(aqueous film forming foam/AFFF)中の化学物質が有害であるという証拠が増えても、”我々は依然としてそれが完全に安全であると信じ込まされていた”とフェラーラは語った。 ”彼らは環境への懸念を理由に、あいまいで不可解なメッセージを発信し続けた。” フェラーラが航空戦闘司令部でデスクワークに従事し、消火活動を行っていないときも、彼の暴露は続いた可能性が高い。EWG によれば、ラングレー・ユースティス統合基地は最も PFAS に汚染された軍事拠点の上位 5基地 に入っており、旧ラングレー基地の地下水は、PFOS と PFOA について 220万 ppt という濃度が記録されている。 EPA によれば、わずか 40 ppt であっても検査や改善など”さらなる注意が必要”になるという。 国防総省は新たな研究についてコメントを出していない。 空軍関係者らは KFF ヘルスニュースに対し、空軍は製品を交換し、メンテナンス、試験、訓練のための泡消火剤の制御されない放出はもう許可しないと語った。 ”空軍省は、PFAS を含む水性膜形成泡(aqueous film forming foam/AFFF)を、すべての施設で環境保護庁の推奨を満たす泡消火剤に置き換えた”と空軍は KFFヘルスニュースに提供した声明の中で述べた。 旧世代の永久化学物質のどちらも、もはや米国では製造されていない。PFOS の主要メーカーである 3M 社 は、2000 年に段階的な廃止を開始することに同意した。6月、この巨大企業は集団訴訟の解決に少なくとも 103 億ドル(約1兆5,000億円)を支払うと発表した(訳注:3M reaches $10.3 billion settlement over contamination of water systems, NPR, June 22, 2023)。 国防総省が PFAS 汚染に対処したり、水性膜形成泡(AFFF)の使用を中止したりすることに消極的であるとの認識に危機感を抱いた議会は、2019年に国防総省に対し、現役の軍消防士全員を対象に毎年検査を実施するよう命じ、2024年までにPFAS泡の使用を禁止した。 国防総省が提供したデータによると、2021年度に検査を要求した 9,000人以上の消防士のうち、96%の血清中に 2種類の PFAS のうち少なくともひとつが検出され、PFOS が最も多く検出され、平均レベルは 3.1 ナノグラム/ミリリットルであった。
国防総省(DoD)によると、707 の現役及び元防衛拠点が PFAS で汚染されているか、PFAS の疑いのある放出があった。 同部門は、数十年にわたる検査とクリーニングのプロセスの初期段階にある。 水性膜形成泡(AFFF)及び PFAS 汚染をめぐって 3,300件以上の訴訟が起こされている。 3M 社の巨額和解(訳注:少なくとも 103 億ドル(約1兆5,000億円)3M reaches $10.3 billion settlement over contamination of water systems, NPR, June 22, 2023)を視野に入れて、デュポン社と他のメーカーは 6月に水道事業会社と11億8,500万ドル(約1,700億円)の合意に達した(訳注:DuPont, Corteva, Chemours agree to pay $1.2B in 'forever chemicals' settlement / Manufacturing Dive, June 6, 2023)。 22州の司法長官らは裁判所に対し、3M 社との和解は7月26日の提出文書で、生じた損害を十分にカバーできないと述べ、和解を拒否するよう求めた。 今のところ、フェラーラのような多くの消防士らは、自分の血中 PFAS 濃度ががんにつながるのではないかという不安を抱えて暮らしている。フルックは、3M 社の集団訴訟に参加しているため、KFFヘルスニュースへのインタビューを拒否した。 訴状によれば、がんは彼の結婚生活に大混乱をもたらし、彼と妻リンダさんから”愛情、援助、夫婦の交わり”を奪ったという。 議会は再び国防総省に圧力をかけようとしている。 今年、ジーン・シャヒーン上院議員(民主党、ニューハンプシャー州)は、PFAS 暴露評価及び文書化法を再導入した。これにより、国防総省は、消防士だけでなく、汚染が判明している、または汚染が疑われる施設に駐留するすべての軍人に、毎年の健康診断の一環として検査を義務付けることになる。 健康診断だけでなく、家族や退役軍人も対象とななる。 この検査は軍の健康プログラムやほとんどの保険会社の対象外であり、通常は 400 〜600ドル(約58,000〜87,000円)の費用がかかる。 キルディー下院議員(民主党、ミシガン州)は 6月、退役軍人が PFAS を含む暴露関連疾患に対する支援を受けるのに困難を抱えていると述べた。 ”あまりにも長い間、連邦政府は PFAS 暴露によってもたらされる脅威に対処するための行動が遅すぎた”とキルディーは述べた。 ”この状況は全く容認できない。” ■訳注:日本での汚染状況と健康影響調査・記事 2023年
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