ジュネーブ大学(UNIGE) プレスリリース 2019年6月13日
内分泌かく乱物質に対する遺伝的不公平

情報源:University of Geneva (UNIGE) Press Rlease, June 13, 2019
Genetic inequity towards endocrine disruptors
https://www.unige.ch/communication/communiques/en/2019/
inegalite-genetique-face-aux-perturbateurs-endocriniens/


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2019年7月5日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/news/190613_UNIGE_
Genetic_inequity_towards_endocrine_disruptors.html



 ジュネーブ大学(UNIGE)及びジュネーブ大学病院(HUG)の研究者らは、内分泌かく乱物質への感受性の遺伝的原因を特定することにより、我々の環境中のどこにでも見られるこれらの製品によって引き起こされる毒性に対する基本的な不公平に光を当ている。
 最も一般的な内分泌かく乱物質のひとつであるフタル酸エステル類(訳注1)は、化粧品はもとより、玩具、衣類、赤ちゃん用ボトル、さらには医療器具など、多くのプラスチック製品中で産業により主に可塑剤として使用されている。もしガイドラインがそれらの使用を制限し始めたら、それらの内分泌系への影響は心配なことである。実際に男の胎児のフタル酸エステル類への暴露は、精子形成にかかわる遺伝子発現の調節要素を変更することにより、個人の将来の生殖能力にひどい結果をもたらすことがあり得る。 しかし、我々すべてが同等というわけではない。スイスのジュネーブ大学(UNIGE)及びジュネーブ大学病院(HUG)の研究者らは、フタル酸エステル類への感受性は各個体の遺伝的継承(genetic heritage)に大きく依存することを示している。 PLOS One 誌に掲載された論文は、通常は胎児の成長の過程で消されるべきエピジェネティックな変化(訳注:DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化)の、将来世代への伝達の可能性の問題だけでなく、各個体の脆弱性という問題も提起する。

 ジュネーブ大学(UNIGE )医学部遺伝子医学発達科の研究者で、ジュネーブ大学病院遺伝子医学科の医師アリアン・ジャコビーノは、エピジェネティクス(遺伝子発現を変更する要素の研究)の専門家である。2015年に彼女はマウスの二つのグループを比較することにより、最も一般的な内分泌かく乱物質のひとつであるフタル酸エステル類に対する非常に異なる感受性を観察した。”我々は、妊娠しているメスのマウスをフタル酸エステルに暴露させ、それらのオスの子孫の精子の濃度と質を調査した。たとえひとつのグループの精子の質が非常に悪くても、他のグループは、同じ用量の暴露を受けていたのに、悪くならないことがあった”と、アリアン・ジャコビーノは説明した。なぜそのような違いが起こるのか?

 研究者らは、マウスのこれら二つのグループの間にある相違をもたらす可能性のあるエピジェネティック(訳注2)及びジェネティック(遺伝子の)原因を検討した。そうするために、彼らはマウスのこれら二つのグループのエピゲノム及びゲノム(訳注3)の全てのバリエーションを調べた。

次世代に伝わるエピジェネティック変化

 科学者らは、両方のマウスのグループにある量のフタル酸エステルを妊娠の8日から18日までの間に8日間、投与した。ジュネーブ大学(UNIGE )医学部遺伝子医学発達科の若手講師であり、この論文の第一著者であるルードウィヒ・ステンズは、彼らの結果の概要を次のように述べた。”我々は、 ゲノムの特定の部位、すなわち精子形成に関連する遺伝子の近くに位置するエピジェネティック及びジェネティックなバリエーションを調べた。これにより我々は、遺伝子発現の上昇又は低下を調節し(訳注4)、したがって精子の質と運動性に影響を及ぼす厳密なエピジェネティックのメカニズムを特定することができた”。

 研究者らは、フタル酸エステル類に脆弱なマウスのゲノムの中に、抵抗力のあるグループには存在しないホルモン結合場所を特定した。これはおそらく、内分泌かく乱物質が結合し、これらの遺伝子を不活発にする場所である。逆に他のグループは、そのゲノムの中に保護エレメントの生成を増大するタンパク質結合場所を示した。

 加えて、研究者らは心配な現象を観察した。すなわち、フタル酸エステル類のエピジェネティック作用は精子形成遺伝子が自身を正しく発現するのを妨げるだけでなく、さらに通常は世代間で起こるエピジェネティック消去(epigenetic wipe out)が、個人の暴露の後、二つの世代にわたって完全になされることはもはやないように見える。

人間についてはどうか

 スイス応用人間毒性学センター(SCAHT)による助成を受けたこの研究は、フタル酸エステル類に暴露したスイスの男性のコホート研究に拡大されるであろう。 ”我々は個人的に又は集団的に、どの程度、これらのエピジェネティクかく乱物質に遺伝的に影響を受けやすいのか、又は受けないのか知る術を現在、持っていない”と、アリアン・ジャコビーノは言う。”我々は、各製品に対する脆弱な人々の割合について知りたい。規範的には、可能性ある世代を超える影響はもとより、疫学的側面もまた考慮されるべきである。実際に、もし集団の95%が脆弱なのか、5%が脆弱なのかによって、その問題は違ったふうに検証されるであろう。さらに地域的及び倫理的側面もまた考慮されるべきであろう”。


訳注1
訳注2
  • エピジェネティクス/ウィキペディア
     エピジェネティクス(英語: epigenetics)とは、一般的には「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化を研究する学問領域」。ただし、歴史的な用法や研究者による定義の違いもあり、その内容は必ずしも一致したものではない。
訳注3
訳注4



化学物質問題市民研究会
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