EHP 2006年4月 特別号 論文集
野生生物に化学的に引き起こされる
内分泌かく乱の生態学的関連
序 言

スーザン・ジョブリン(ビヨンド・ザ・ベーシック社、ブルーネル大学/イギリス)
チャールス R. タイラー(エクセター大学/イギリス)

情報源: Monograph: Environmental Health Perspectives Volume 114(Suppl 1); 2006 Apr
The Ecological Relevance of Chemically Induced Endocrine Disruption in Wildlife
Introduction
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1874178/
Susan Jobling1 and Charles R. Tyler2
1Beyond The Basics Ltd, Burnham, Bucks, United Kingdom,
and Institute for the Environment, Brunel University, Uxbridge, Middlesex, United Kingdom;
2Environmental and Molecular Fish Biology Group, The Hatherly Laboratories,
School of Biological and Chemical Sciences, University of Exeter, Devon, United Kingdom

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年6月6日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp_2006_April_S-1/06_04_ehp_s-1_Introduction.html

  序言
 過去20年間以上、野生生物とヒトの内分泌システムの正常な機能を損なう可能性のある環境中の化学的汚染物質(いわゆる内分泌かく乱化学物質、EDCs)の有害影響に関する科学的な懸念と公衆の議論が増大している。これらの懸念は、ある種の野生生物−哺乳類、鳥類、魚類、両生類、そして軟体動物−における生殖機能と発達のかく乱についての報告によって、及びヒトの内分泌系のある疾病が増加したことによって、増幅された。
 研究者らはEDCsが原因であるとの仮説を設けた。野生生物種に観察される有害影響のあるものはホルモン機能を模倣する又は妨害する化学物質への暴露に強く関連しているが、多くの場合はEDCsへの暴露と内分泌かく乱との因果関係は明確ではない。
 EDCsは、動物の広範な甲状腺、レチノイド、アンドロゲン、エストロゲン、そしてコルチコステロイドに多様な影響を及ぼすので、研究は、EDCsによって野生生物に及ぼされるリスクの程度に目を向け続けなければならない。
 しかし、生理学上の変化が個々の動物にどのように影響を与えるのか、及び個々の反応が個体群や共同体にどのように影響を与えるのかに関して限られた知見しかないので、野生生物における内分泌かく乱の生態学的関連は定量化することが難しい。さらに、環境生物学者が直面する主要な課題は、我々の野生生物個体群が直面する環境的圧力、例えば地球温暖化の脈絡のなかに内分泌かく乱を置くことの必要性である。

 2004年7月、野生生物に化学的に引き起こされる内分泌かく乱の生態学的関連に関する最新のデータを広め、討議するための意見交換を行うために、ひとつの国際的ワークショップがイギリスのエクセター大学で開催された。
 このワークショップは、COMPRENDO プロジェクト(Comparative Research on Endocrine Disruption; COMPRENDO 2006)によって組織された。COMPRENDO は、欧州共同体の中の研究、技術開発、及び実証活動のための CREDO(Coordinating European Environmental and Human Research into Endocrine Disruption)クラスターの研究試験所コアー(60の試験所空なる)を形成する4つのプロジェクト[EDEN (Endocrine Disrupters: Exploring Novel Endpoints, Exposure, Low-Dose and Mixture-Effects in Humans, Aquatic Wildlife and Laboratory Animals), EURISKED (Multi-organic Risk Assessment of Selected Endocrine Disrupters), FIRE (Risk Assessment of Brominated Flame Retardants As Suspected Endocrine Disrupters for Human and Wildlife Health)]のうちのひとつである(CREDO 2006)。CREDO は、欧州委員会の第5次フレームワーク・プログラムから資金を得ている。
 ヨーロッパ、アメリカ、日本、インド、南アフリカなど20カ国、及び、学会、政府機関、産業、及び非政府組織を含む多くの利害関係団体からの代表ら180名の代表者がこの会議に参加した。会議の記録はウェブで入手可能である(COMPRENDO 2004)。

 この文献集は、エクセター会議において発表された論文を統合したものであり、野生生物における内分泌かく乱の生態学的関連に関する貴重な研究データや新しい考え方とアプローチを示すものである。

 ギレッテ(2006)による最初の論文は、我々は現在、多くの化学物質が広範な作用のメカニズムを通じてホルモン機能を変更することができるということを認識しているが、内分泌かく乱の問題が複雑性の中でどのように展開してきたかを論じている。
 野生生物の集団に与えるEDCsの影響を理解するためには、長い年月をかけて注意深く実施されるフィールド調査が必要である。そのような調査は残念ながらごくまれである。これらの限定された研究の例外は、有機スズの海洋軟体動物に及ぼす影響に関する研究と、イギリスの沿岸及び河川に住む海水魚及び淡水魚における内分泌かく乱に関する研究である。
 これらの研究における最近の発見と仮説は、堀口ら(Horiguchi et al. (2006))、Hagger et al. (2006), Scott et al. (2006), Jobling et al. (2006), Hayes et al. (2006a), Veeramachaneni et al. (2006), and Hall et al. (2006)によるものである。これらの事例研究は、多様な生物種における化学物質暴露と生理学的機能との間の因果関係を確立するときに直面する課題のいくつかを描いている。特に Hagger et al. (2006)は、内分泌かく乱化学物質(EDCs)が野生生物に害をもたらすメカニズムをおそらく拡張しつつ、EDCsの軟体動物に及ぼす遺伝毒性影響を検討し、一方、Jobling et al. (2006) と Hall et al. (2006)は、異なるEDCsが野生生物集団に及ぼす相対的なリスクを定め、原因となる因子を特定するためにモデリング・アプローチを用いている。
 Hayes et al. (2006a)は、世界的に広がる両生類の減少はEDCsが原因であるらしいことの究明に取り組んでいる。 Veermachanei et al. (2006) は、アラスカの離島であるコディアック島のシトカシカの睾丸と角枝の形成不全(dysgenesis)について記述し、このことを男性の睾丸形成不全と他のオスの野生生物の生殖障害とを関連付ける内分泌かく乱仮説を支える更なる証拠とした。
 最後に、このフィールド調査の部で、Durhan et al. (2006)は、環境中のエストロゲン(女性ホルモン)を取り巻くドグマを越えて、肉牛肥育場からの排水中にアンドロゲン(訳注:男性ホルモン)汚染が存在することを強力な証拠で示している。著者らは、成長促進剤トレンボロンアセテートの代謝物を原因として特定している。

 化学的影響に関するほとんどのラボ研究は単一化学物質に関するものであるが、野生において動物はしばしば、潜在的に相互作用を持つ複雑な複合物に暴露している。次の二つの論文はフィールド調査によってもたらされたものであり、EDCsが他の環境因子と相互影響することの証拠を与えるものである。
 Edwards et al. (2006) は、カダヤシ(mosquito fish)の生殖に関する水質の相互影響を検証し、Jenssen (2006)は、北極の海洋哺乳類と鳥類におけるEDCsと気候変動の相互作用の可能性を論じている。
 混合作用に関する次の二つの論文は、ラボ・ベースの研究である。Liney et al. (2006) は、ローチ(訳注:コイ科の魚)の健康(性的機能から免疫毒性、肝毒性、遺伝毒性まで)に与える下水処理施設からの女性ホルモン様廃水の統合影響を検討している。Thorpe et al. (2006) は、複雑な混合(下水処理施設からの廃水)中の女性ホルモン様化学物質の相互影響を予測するための濃度追加のモデルの能力を評価し、これら複雑な混合物の影響を評価するためにはエンド・パイプ分析が望ましいアプローチであると結論付けている。

 ヒト毒性研究は個人の保護に注力するが生態学的動物保護は主に個体群レベルに目が向けられる。それにも関わらず、野生生物における化学的影響の評価は、生物化学(バイオマーカー)、組織、及び個々の器官レベルにおいて実施される。野生生物種におけるエンドクリン活性物質の幅広い影響評価項目が特定されているが、生態学的関連はまだ、完全には理解されていない。野生生物における内分泌かく乱についての研究を実施する研究者の主要な課題は、化学物質に関するラボ・ベースの研究及び用いられる評価項目と野生生物個体群で起きる影響との調和を取ることである。

 内分泌かく乱についての研究におけるドグマ(教義)にとらわれるべきではないとするテーマを開発することはGuillette (2006)によるオープニングの論文に示されている。次の5編の論文の著者らは、野生生物における内分泌かく乱の生態学的関連を決定する新しいアプローチを論じている。
 Schulte-Oehlmann et al. (2006) は、比較系統発生論的アプローチが、抗アンドロゲン作用化学物質の影響の理解を展開するために、また、分類群間のメカニズムの共通性を決定するために、どのように用いられるのかを詳細に述べつつ、COMPRENDO 研究プログラムを発表している。
 日本は、Ecotoxicogenomics の分野における世界のリーダーであり、井口ら(Iguchi et al. (2006))による論文は、分子レベルのアプローチが、ミジンコから哺乳類までの広範な動物におけるEDCsの作用メカニズムを明らかにすることにいかに役に立つかを示している。この論文は、EDCs影響の経路を確立するために分子反応と細胞及び組織レベルの反応を関連付ける必要性を強調している。
 次の論文で Hutchinson et al. (2006) は、内分泌かく乱のために我々はバイオマーカーをいかに最もよく使用するかについての洞察を与え、EDCsのリスクを評価する時には、”交通信号”としてよりも”道しるべ”としてバイオマーカーを使用する必要性を強調している。内分泌かく乱のための化学的テスト指針は非常に少ない生物種しか含んでおらず、したがってEDCsによる環境汚染の生態学的関連を評価するための研究者の能力を制限する。
 魚における抗アンドロゲンについての研究の例外は、トゲウオ(three-spined stickleback)モデルの開発であり、このモデルの使用についての最近の研究が Katsiadaki et al. (2006)により発表されている。 Gurney et al. (2006)は、比較的単純なモデルが個体群レベルにおいて変更された個々の特性の発現を検討する有用な枠組みを提供することができるという新鮮な見解を発表している。そのような検討の目的は、Gurney et al が述べているように、”実験的取組に適切に注力できるよう、個体群の脈絡において重要であるように見えるこれら個々の変化を特定すること”である。

 ビスフェノールAの軟体動物への影響と、除草剤アトラジンのカエルの個体群への影響はアメリカにおいて大きな注目を集め、かなりの議論を引き起こした。Oehlmann et al. (2006) と Hayes et al. (2006b)による論文は、リットル当たりサブマイクログラム範囲の濃度におけるこれらの化学物質の影響の証拠を提供している。

 重要な疑問は、”EDCsによって及ぼされるリスクをどのように評価するか、そして我々のアプローチは他の化学物質グループのためのアプローチと異なるべきか”−ということである。これについては科学界及び規制当局の双方の中に異なる意見があるように見える。二つの論文がこの主題を含んでいる。
 最初に Gross-Sorokin et al. (2006)は、イギリスの河川における魚のメス化を引き起こす化学物質の管理戦略のための英環境庁のアプローチを述べている。英環境庁はEDCsによって引き起こされる脅威を認め、イギリスの淡水漁業に及ぼす可能性ある影響と戦うために政策変更を実施している。
 Lyons (2006) は、このテーマを継続してEDCsによって引き起こされる潜在的な脅威を記し、要求される政策変更のいくつかを特定している。
 最後の論文で、欧州環境庁の Gee (2006)は、科学的手法がEDCsの暴露と影響を特性化する複数の因果関係、混合、投与のタイミング、及びシステム・ダイナミックスの現実をよりよく反映する必要があるということを主張している。この改善された科学は、内分泌かく乱によって及ぼされる脅威の評価と管理において予防原則の幅広く賢明な使用のための強固な基礎を提供することができる。

 次の10年間にわたって、我々は野生生物に及ぼすEDCsの有害影響に関する主要な問題に目を向けなくてはならない。このことは、リスクに脅かされているように見える個体群を特定するために、国際的な規模で協力と協調を必要とする。さらに、我々は、存在する重要な知識のギャップに目を向けて資源を投入する必要がある。
 最後にこの文献集の編集者としての個人的見解を述べさせていただく。それは、EDCsによって及ぼされるリスクを理解し、最良の科学的知識に基づいて、内分泌かく乱物質の影響から野生生物種を保護する政策決定を得るために、我々は研究の成果を効果的に伝達しなくてはならない。


 参 照
COMPRENDO (Comparative Research on Endocrine Disrupters). 2004. Ecological Relevance of Chemically-Induced Endocrine Disruption in Wildlife. Available: http://www.comprendo-project.org/_files/AbstractsExeter2004.pdf [accessed 7 April 2006].

COMPRENDO (Comparative Research on Endocrine Disrupters). 2006. Home Page. Available: http://www.comprendo-project.org/index2.html [accessed 7 April 2006].

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