Environmental Health Perspectives(EHP) Invited Perspective 2023年12月6日 グリホサートの有害性評価に関する重要な新たな証拠 レア・スキナーシ及びアンクレール・ド・ロース 情報源:Environmental Health Perspectives (EHP) Invited Perspective, 6 December 2023 Important New Evidence for Glyphosate Hazard Assessment By : Leah H. Schinasi and Anneclaire J. De Roos https://ehp.niehs.nih.gov/doi/10.1289/EHP14256?utm_campaign= Monthly+TOC+Alert&utm_medium=email&utm_source=SendGrid 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2024年1月8日 このページへのリンク http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/231206_ehp_ Important_New_Evidence_for_Glyphosate_Hazard_Assessment.html IARC の結論は、グリホサート及びグリホサート製剤によって誘発される DNA 及び染色体の損傷及び酸化ストレスを示す、主に in vitro(試験管内)で、 又は人間以外では in vivo(生体内)で行われた動物のがんバイオアッセイ及び機械論的研究(mechanistic studies)の結果によって導かれた[原注4]。 IARCは、いくつかの遡及的症例対照研究(retrospective case-control studies)からはグリホサートと非ホジキンリンパ腫の発生率との間に正の関連性が含まれていたが、当時発表された唯一の前向きコホート研究である農業健康研究からはそのような関連性がなかったことを考慮して[原注4]、IARCによってがんは「限定的」であるとみなされた。 一連の証拠の限界と解釈の違いは、米国環境保護庁[原注5]や欧州化学物質庁[原注6]などによるその後の有害性評価に影響を与えた。 これまでの疫学研究の限界として挙げられているものには、グリホサート暴露の誤分類(症例対照研究における再現率(differential recall in case-control studies)の差または一般的な測定誤差による)、選択バイアス(参加者数の少なさとデータの欠損によりもたらされる)、及び残余交絡(特に他の農薬による)が含まれる(訳注:残余交絡(residual confounding):疫学において交絡を完全に制御できないこと。ウィキペディア)。 これらの問題は、観察研究、特に環境化学物質によるがんの転帰を研究する場合には、長年にわたり潜在的に長い潜伏期間を伴う発がんに関連する exposure window(訳注:暴露期間)を特徴づける必要があるため、克服することが困難である。 さらに、グリホサートは人体から容易に排泄されるため[原注7]、慢性または生涯暴露を反映するグリホサートまたはその代謝物の生物学的測定は不可能である。 チャンらによる新しい研究[原注3]は、生涯の職業使用と、遺伝毒性のマーカーとしての Y染色体のモザイク喪失(mLOY)(訳注:mLOY:男性の性染色体であるY染色体を喪失した細胞が血中に増加する現象 理化学研究所)との関連性を定量化することにより、グリホサートに関する疫学文献の重要なギャップを埋める。 mLOY は、成人男性の血球で一般的に検出される染色体変化であり、血液悪性腫瘍と関連している[原注8]。 アイオワ州とノースカロライナ州の認可された農薬散布者を含むチャンらによる研究の結果は、 生涯のグリホサート使用(日数として報告)が、拡大型 mLOY(expanded mLOY)又は細胞の10%以上に影響を及ぼす mLOY の高い有病率と関連していることを示唆している[原注3]。関連性は、年齢が70歳以上、喫煙したことがない、肥満ではな散布者らの間で最も強かった。特に説得力があるのは、著者らが、グリホサートの生涯合計使用日数が増加するにつれて、mLOY の確率が徐々に高くなるという用量反応関係を観察したことである(Ptrend=0.03)。 この研究は、観察による集団ベースの状況におけるグリホサートの遺伝毒性に対する重要な機械論的裏付けを提供している。 この研究の強みは、前向き設計により暴露再現性問題(exposure recall issues)を回避できることと、潜在的な交絡因子として複数の農薬を考慮していることである。 これは、この種の人を対象とした研究としては最大規模であり、参加者は 1,606名で、そのうち 343名が mLOYであった。 チャンらが実施したようなバイオマーカーのエンドポイントに関する研究は、がんの発症につながる暴露の中間影響(intermediate effects)を示す可能性がある。中間影響の研究には、がんのエンドポイントに関する従来の疫学研究に比べていくつかの利点がある。 定義上、中間影響は、暴露後、がんを発症するより早く発生するため、研究ではデータ収集時に近い時期に暴露を捉えることで不確実性を減らすことができる。 さらに、がんを発症するのはごく一部であるため、一般に中間影響はがんよりも共通(common)である。 関心のあるバイオマーカーエンドポイントを有する研究対象集団の比較的大きな割合は、関連性を推定するための適切な統計検出力に変換される可能性がある。 好例は、チャンらが農民の9.8%に拡大型 mLOY(expanded mLOY)を検出したことである[原注3]。これは、発生したがん、特に特定の種類のリンパ腫や白血病などの対象となる希少がんの研究と比較して、かなりの研究能力を提供する。 最後に、ヒト集団における影響のバイオマーカーの同定は、発がん性の生物学的妥当性を高めることによって因果関係の推論を裏付けることができる。 これは、特にがんのエンドポイントに関する疫学研究からの矛盾する所見に直面した場合や、農業衛生研究コホートデータの最新の分析から報告されたグリホサート使用と急性骨髄性白血病との関連性などの新しい所見を考慮する場合に、有害性評価にとって重要である[原注9]。 チャンらによる、現実世界の暴露環境における人間に関する研究のような研究から得られる中間影響の証拠は、特に貴重である。 これにより、ヒト以外で見つかった影響や in vitro(試験管内)実験からの外挿による不確実性が回避される。 さらに、中間影響の研究は、発がん性の研究と比較して、新しい農薬が消費者市場及び商業市場に導入された後より早く実施できるため、発がん物質をより迅速に特定することが可能になる。 したがって、影響のバイオマーカーに関する人体研究で一連の証拠を補足することは、有害性評価の改善に大いに役立つ。 しかし、同様に重要なのは、中間影響後のがんの発生と進行のリスクを実証する研究である。 チャンらは、暴露の誤分類に関する懸念を完全に排除することはできなかった[原注3]。 さらに、この研究結果は、主にヨーロッパ系の祖先を持つ米国の住民に基づいており、低所得国及び中所得国の住民や他の米国の住民(移民など)に一般化できない可能性がある[原注10]、[原注11]。 それにもかかわらず、この新しい研究は、ヒトにおけるグリホサートの発がん性のメカニズムに関する知識のギャップを埋める上で重要な前進を示しており、 将来の有害性評価に確実に影響を与えるであろう。特に個人用保護具の使用がしばしば制限される低・中所得国では、グリホサートや現在使用されている他の農薬について、この種の住民を対象とした研究をさらに進めることが非常に必要である[原注12]。 Article Notes 著者らは、開示すべき利益相反がないことを宣言する。 References 原注1 Benbrook CM. 2016. 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Pesticides use, pesticides trade and pesticides indicators. Global, regional and country trends, 1990-2020. FAOSTAT Analytical Brief 46. New York, NY: Food and Agriculture Organization of the United Nations. https://www.fao.org/3/cc0918en/cc0918en.pdf [accessed 1 November 2023]. View full text Invited Perspective: Important New Evidence for Glyphosate Hazard Assessment https://ehp.niehs.nih.gov/doi/full/10.1289/EHP14256 訳注:EU における動向(参考)
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