EHP Science Selection 2016年4月
検証されていない内分泌かく乱作用?
農薬はプロスタグランジン活動を抑制する

リンゼイ・コンケル

情報源:Environmental Health Perspectives, Science Selection, April 2016
Unexamined Endocrine Disruption? Pesticides Inhibit Prostaglandin Activity
By Lindsey Konkel:
a New Jersey-based journalist who reports on science, health, and the environment.
http://ehp.niehs.nih.gov/124-A76/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2016年4月6日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/
16_04_ehp_Unexamined_Endocrine_Disruption.html

 アンドロゲン(男性ホルモン)は、胎児におけるオスの性的発達の重要な駆動源として広く認められている[原注1]。ある内分泌かく乱化学物質は、標的組織におけるアンドロゲン生成に影響を及ぼす又はアンドロゲン受容体を阻止することにより、オスの性分化に影響を与えることが示されている[原注2]。プロスタグランジン[訳注1]と呼ばれる遍在する生物学的に活性な脂質がオスの生殖器の発達に作用することを研究が示していたにもかかわらず[原注3原注4原注5]、これらの発達プロセスにおいて果たす役割について、比較的わずかな注意しか払ってこなかった。EHPの本号では、研究者らはマウス細胞において、いくつかの構造的に異なる内分泌活性農薬がプロスタグランジン合成と信号伝達を抑制することを示している[原注6]。

 ”この研究は、プロスタグランジン抑制による内分泌かく乱の新たなモダリティの支持を提供する”と、ロンドンのプルネル大学の毒性学者で、この研究の上席著者であるアンドレアス・コルテンカンプは述べている。この研究は、これらの影響のために農薬をテストした最初のものであると考えられている。

 プロスタグランジンは、免疫系の炎症性反応の助長[原注7]から子宮内でのオスの性的発達まで多くの働きをする[原注5]。以前の研究は、プロスタグランジン-D2(PGD2)の合成はセルトリ細胞[原注8]−精子の発達と生成に重要な役割を果たす精巣細胞−のアンドロゲン駆動の分化のためのバックアップ・メカニズムとして機能するかもしれないことを示唆していた。

 様々な穏やかな鎮痛剤(アセトアミノフェン、アスピリン、及びイブプロフェンを含む)は、ヒト及びげっ歯類の細胞株で PGD2 合成を抑制することが示されている[原注9]。ひとつの研究で、アスピリン、アセトアミノフェン、又はイブプロフェンの妊娠中の自己申告使用はある男の赤ちゃんの停留精巣と関連があったが他の赤ちゃんにはなく、またラットでの実験の結果は、アセトアミノフェン又はアスピリンへの暴露で 肛門性器間距離が短いことを示した[原注10]。 米国家庭医療科学会(American Academy of Family Physicians)によれば、アセトアミノフェンは、一般的に妊娠中の使用は安全であると考えられているが、この評価は限られた証拠に基づいている[原注11]。妊婦は医師の監督の下にアスピリン又はイブプロフェンを用いるよう助言されている[原注11]。

 本研究でコルテンカンプらは欧州連合内で一般的に使用されている24の農薬について、幼若マウスのセルトリ細胞[訳注2]における PGD2 合成を抑制する能力をテストした。イミダクロプリド、シペルメトリン、及びオルトフェニルフェノール((OPP)を含んで、15種の農薬が、濃度依存で PGD2 合成を抑制した[原注6]。

 防カビ剤や消毒剤として使用される抗菌剤であるオルトフェニルフェノール((OPP)はテストされた中で最も強く、175 nM(ナノモーラー)の濃度で PGD2 合成を抑制した。これは 128 nM(ナノモーラー)の濃度で PGD2 合成を抑制したイブプロフェン(ポジティブコントロール[訳注3]として使用される)とほとんど同じ効力を示した[原注6]。”我々は、OPP と呼ばれるこれらの農薬のあるものの効力に本当に驚いた”とコルテンカンプは述べている。

 分子モデルがオルトフェニルフェノール((OPP)及びその他の農薬が、イブプロフェンといくぶんか同様にプロスタグランジン合成に関わる酵素であるシクロオキシゲナーゼ-1 及びシクロオキシゲナーゼ-2 を抑制することによってプロスタグランジンを阻害するかもしれないことを示唆した。15種の農薬のうちプロスタグランジン合成を抑制することが示された11種はまた、アンドロゲン受容体を阻止することによりアンドロゲン生成を阻害する化学物質である抗アンドロゲンとしても作用した[原注6]。

 この新たな論文は、調査した農薬のいくつかはアンドロゲンとプロスタグランジンの両方のシグナル伝達経路を遮断するかも知れないことを示しているので、重要であると、デンマークのコペンハーゲン大学の毒性学者デービッド・クリステンセンは述べている。”この集合的デュアルヒット・シナリオの含蓄は、まだ明確ではない”と、この研究には関わっていないクリステンセンは述べている。

 細胞培養研究だけからこれらの農薬のヒトへのありそうな影響を予測することは難しいと、コルテンカンプハ言う。彼の研究チームの次のステップは、動物モデルでのテストのための優先化学物質を特定することである。化学物質が体内に入る速さ及び代謝や排せつする速さのような要素は、実験的な用量における胎児の組織中での活動を示すことが期待されるであろう化学物質を予測するのに役立つことができる。

References
[原注]
1. Sharpe RM. Pathways of endocrine disruption during male sexual differentiation and masculinization. Best Pract Res Clin Endocrinol Metab 20(1):91?110 (2006), doi: 10.1016/j.beem.2005.09.005.

2. Christiansen S, et al. Mixtures of endocrine disrupting contaminants modelled on human high end exposures: an exploratory study in rats. Int J Androl 35(3):303?316 (2012), doi: 10.1111/j.1365-2605.2011.01242.x.

3. Gupta C, Goldman AS. The arachidonic acid cascade is involved in the masculinizing action of testosterone on embryonic external genitalia in mice. Proc Natl Acad Sci USA. 83(12):4346?4349 (1986), PMID: [Pubmed].

4. Adams IR, McLaren A. Sexually dimorphic development of mouse primordial germ cells: switching from oogenesis to spermatogenesis. Development 129(5):1155?1164 (2002), PMID: [Pubmed].

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6. Kugathas S, et al. Effects of common pesticides on prostaglandin D2 (PGD2) inhibition in SC5 mouse Sertoli cells, evidence of binding at the COX2 active site, and implications for endocrine disruption. Environ Health Perspect 124(3):452?459 (2016), doi: 10.1289/ehp.1409544.

7. Ricciotti E, FitzGerald GA. Prostaglandins and inflammation. Arterioscler Thromb Vasc Biol 31(5):986?1000 (2011), doi: 10.1161/ATVBAHA.110.207449.

8. Koopman P. The delicate balance between male and female sex determining pathways: potential for disruption of early steps in sexual development. Int J Androl 33(2):252?258 (2010), doi: 10.1111/j.1365-2605.2009.01001.x.

9. Kristensen DM, et al. Many putative endocrine disruptors inhibit prostaglandin synthesis. Environ Health Perspect 119(4):534?541 (2011), doi: 10.1289/ehp.1002635.

10. Kristensen DM, et al. Intrauterine exposure to mild analgesics is a risk factor for development of male reproductive disorders in human and rat. Human Reprod 26(1):235?244 (2011), doi: 10.1093/humanrep/deq323.

11. Servey J, Chang J. Over-the-counter medications in pregnancy. Am Fam Physician 90(8):548?555 (2014), PMID: [Pubmed].

12. CDC. Biomonitoring Summary: ortho-Phenylphenol [website]. Atlanta, GA:U.S. Centers for Disease Control and Prevention (updated 4 December 2013). Available: http://www.cdc.gov/biomonitoring/Orthoph?enylphenol_BiomonitoringSummary.html [accessed 16 March 2016].


訳注1
プロスタグランジン/日本薬学会 薬学用語解説
 動物の組織や器官、軟サンゴなどに存在し、アラキドン酸より生合成される生理活性物質であり、プロスタグランジン(Prostaglandin, PG)の代謝関連の誘導物質を含めてプロスタノイド(prostanoid)と呼ぶ。

訳注2
セルトリ細胞 - Wikipedia
 セルトリ細胞は精細胞の支持、栄養供給、種々のタンパク質の分泌、精子離脱の補助、貪食作用、免疫学的障壁などの機能を有する。

訳注3
ポジティブコントロール/実用日本語表現辞典
 科学実験における対照実験(コントロール)を2つに分けたうちの1つで、効果を検証したい対象と同一の条件で、既に陽性の結果が出ることが分かっている対象に実験操作を行うこと、あるいはその対象を意味する語。



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