EHP Announcements 2015年3月
シアドーラ(シーア)・コルボーン博士:1927-2014
エリザベス・グロスマン、ローラ・バンデンバーグ、
クリスチーナ・サイヤー、リンダ・バーンバウム

情報源:Environmental Health Perspectives, Announcements, 3 March 2015
Theodora (Theo) Colborn: 1927-2014
By Elizabeth Grossman, Laura N. Vandenberg, Kristina Thayer, and Linda S. Birnbaum
http://ehp.niehs.nih.gov/1509743/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2015年3月4日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/15_03_ehp_in_memoriam_Theo_Colborn.html


 研究科学者であり環境活動家であるシアドーラ・コルボーン(Theodora Colborn)さんは2014年12月14日、87歳で亡くなられた。”内分泌かく乱物質”という用語を作りだした科学者として、シーア−私たちは彼女をシーアと呼ぶ光栄を得ていた−は、環境健康科学の分野で、特に化学物質汚染の人の健康と環境に及ぼす影響について公衆の意識向上に歴史的な転換をもたらす役割を演じた。内分泌かく乱科学は我々が化学物質の安全性についてどの様に考えるかについて一大転換をもたらし、シーアはこのパラダイムシフトをもたらす原動力となった言っても過言ではない。

 環境健康科学への道は、シーアにとって典型的でも直接的でもなかった。薬剤師としての初期の経験の後、彼女は、58歳の時にウイスコンシン大学から博士号(PhD)を受け、科学で働くことを決して止めることはなかった。1980年代、彼女の研究は五大湖の野生生物の健康への化学物質汚染の影響を検証した。多くの科学分野からの膨大なデータセットを統合する間に、彼女は多くの五大湖の生物種が、生殖系や免疫系の問題、並びに行動的、ホルモン的、及び代謝的変化を含んだ健康影響を被っていることを見つけた。”内分泌かく乱物質”という用語はまだ使用されていなかったが、シーアの記述は、我々が現在、内分泌かく乱物質曝露の特性として認識していることを反映していた。

 シーアの仕事は、環境と人の健康との間の関連について我々を現在の理解にいたらせるのに役立った。化学的汚染物質への環境的暴露は、例え非常に低いレベルであっても人の健康に重大な役割を果たすことができるはことは、今ではよく認められている。環境がほとんどの複雑な疾病に重要な役割を果たすこともまた、現在よく理解されている。ホルモン、特に多くの重要な身体組織の維持に極めて重要なホルモンを阻害する環境化学物質は、これらの健康影響の多くに関与しているかもしれない。ビスフェノールA、グリホサート、及びフタル酸エステル類のような化学物質についての議論は、現在行われている糖尿病、早熟、がん、そして神経学的障害の原因とともに、内分泌かく乱科学の全てである。これらの暴露と健康影響についての現在の対話、及び現在の科学的研究の状況は、シーアの仕事なしにはなかったであろう。

 シーアは、非常に低レベルの暴露が甚大で持続する健康影響を持つこと、タイミングが健康影響を決定する役割を演じること、環境暴露は数世代に影響を及ぼすことがあり得ること、そして健康影響の度合は必ずしも線形的に用量とともに増大するわけではないことを認識することなどに先見の明があった。これらの発見により、内分泌かく乱科学は、”毒は用量(the dose makes the poison)”という昔からの仮説をひっくり返した。そうすることで、それは有害な化学物質曝露をどのように評価し防ぐのかという大きな難題を我々に課した。

 仕事ではいつも、もし彼女が一人の個人的研究科学者としてのみ働いたなら、野生生物と人間の集団の両方に何が起きているのかを理解する彼女の能力は限定されたものであったろうということをシーアは認識していた。1991年、アルトン・ジョーンズ基金(W. Alton Jones Foundation)の特別研究員として彼女は多様な背景を持つ21人の科学者のグループを一連の会議の第1回会議への参加のため、後に”ウイングスプレッド”と簡単に呼ばれるようになったにウィスコンシン州ラシーンに召集した。そのウイングスプレッド合意声明(1991年)(訳注1)は簡単な記述ではあるが、環境的汚染の研究に強力な貢献をし、この会議に参加した科学者ら−シーアは彼らを”専門家、懐疑論者、指導者”と呼んだ−は内分泌かく乱の分野の指導者となった。

 独立性に忠実で先駆的であるが、シーアの仕事は広範な分野の科学者や研究者との連携が特徴であった。2012年に、遺伝子学、環境疫学、神経内分泌学、及び発達、細胞、がん、及び分子生物学を含む分野からの11人の科学者らとともに内分泌かく乱に関する文献の広範なレビューの共著を行った。この論文の著者は、博士研究員(postdocs)から教授、そしてシーア自身を含んでいるが、これは包括性へのシーアの信条の証である。

 76歳の時にシーアは、内分泌かく乱物質への環境暴露がどのように発達と健康を阻害するかを理解することに特化した研究組織である The Endocrine Disruption Exchange (TEDX) を設立した。彼女の TEDX での仕事は、健康と疾病の発達起源、内分泌学、及び毒性学を含んで分野を拡張した。最近の彼女の努力は、天然ガスと石油を採取するために用いられるハイドロフラクプロセスで使用される化学物質の健康影響を理解することに注がれていた。

 数あるシーアの目覚ましい仕事の中のひとつは、若い科学者ら、特に若い女性の科学者らの指導と励ましであった。彼女は多くの積極的な方法で、多くの科学者らを育成した。2013年のインタビューで、彼女は次世代の科学についての懸念に言及した。彼女と働くことが幸せである我々にとって、彼女はチアリーダーでありアドバイザーであった。彼女は若い科学者らに、現場やラボで生成されるデータだけでなく、”大きな絵”に目を向けるよう勧めた。いつでも連絡できる電話やメールによる励ましの言葉を送って、シーアは他の人々が彼らの目標を達成するのに役立つ識見と支援を提供した。TEDX における彼女の同僚が彼らの支援者への最近のメッセージの中で言及しているように、シーアはしばしば、会話やメールを一言で締めくくった: 前進!(Onward!)。この結語を受け取った時に我々は、彼女の魂と熱意によって触発され、精神を高揚させられた。

 彼女の画期的な本 『奪われし未来 Our Stolen Future (1996) 』の最終章で共著者のダイアン・ダマノスキとジョン・ピータソン(ピート)・マイヤーズは、20世紀を人と地球の間の関係の深遠な変化の時代であると述べた。”その転換によって我々は、生命を支える基本的なシステムを変えてしまった”と彼らは書いている。高い危険があるのだから、彼らはこのジレンマを解決するには巧妙さだけでなく、より安全な新たな化学物質と材料を作りだすことを求める勇気と慎重さが求められると結論付けた。

 そのように多くの方法で、シーアの仕事は未来の世代の健康を気にかけている。彼女が我々にもたらしたニュースは良いものではなかったが、それは全ての厄介な複雑さにある世界へのとてつもない愛情をもたらした。彼女の科学への愛情、公衆の健康のための熱意、そして広範で多様な”専門家、懐疑論者、及び指導者”とともに働くという意欲は、彼女を知っていた人々、及びそのような機会を決して得ることがないであろう科学者の世代で将来を定めた人々に永遠の目標を残した。


訳注1



化学物質問題市民研究会
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