EHP 2012年4月号:論説
環境化学物質:低用量影響の評価
リンダ S. バーンバウム
米・国立環境健康科学研究所ディレクター
米・国家毒性計画ディレクター

情報源:Environmental Health Perspectives, 120(4) Apr 2012
Editorial
Environmental Chemicals: Evaluating Low-Dose Effects
Linda S. Birnbaum
Director, NIEHS and NTP, National Institutes of Health
http://ehp03.niehs.nih.gov/article/fetchArticle.action;jsessionid=
A5B54007B66F7D4DC1388B53848478B9?articleURI=info%3Adoi%2F10.1289%2Fehp.1205179


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2012年4月4日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/12_04_ehp_Low-Dose_Effects.html



 世界中で、大規模なバイオモニタリング・プログラムが、多くの環境化学物質への人間の曝露について広範な情報を提供している(Barr et al. 2010; Bilau et al. 2008; Churchill et al. 2001; Woodruff et al. 2011)。これらのプログラムは、妊婦、胎児、そして老人を含む脆弱な集団に目を向けるよう拡大しているので、内分泌かく乱物質として分類されている何百もの物質を含んで、これらの化学物質の多くについての我々の知識の普及は拡大している。しかし、化学物質が人間の体内に存在するということだけでは、必ずしも懸念の原因とはならない。懸念されることは、これらの化学物質の一般集団における濃度と有害影響評価項目との間の関係を示す疫学的研究の数が増大しているということである(Braun and Hauser 2011; Crain et al. 2008)。内分泌かく乱物質、産業化学物質、農薬、及び医薬品への偶発的又は職業的な曝露について、高用量曝露では明確に影響が出ているが、疫学的研究は低用量でも、必ずしも典型的に”脆弱”であるとはみなされていない集団に対してでさえ、安全ではないかもしれないことを示唆している。

 曝露とリスク評価とを関連付けることは難しいが重要な仕事である(Paustenbach and Galbraith 2006; Rappaport and Smith 2010)。リスク評価は、典型的には、最小毒性量(LOAELs/Lowest Observed Adverse Effect Levels)及び最大無毒性量(LOAELs/Lowest Observed Adverse Effect Levels )を決定するために、投与された化学物質の高い用量影響を検証する。次に参照用量、すなわち安全である仮定されるヒト曝露量は、これらの用量に多くの安全係数をかけて計算される。したがって、数千の環境化学物質への人間の曝露は、リスク評価の観点からは安全であると考えられてはいるが、無視できない用量の範囲に入る。バイオモニタリングや疫学的研究がもたらす今なお増え続けているデータは、代表的な人間集団に見られる内分泌かく乱物質の低体内用量が、とりわけ、肥満(Carwile and Michels 2011)、不妊(Meeker and Stapleton 2010)、神経行動障害(Swan et al. 2010)、そして免疫系障害(Miyashita et al. 2011)と関連していることを示唆している。

 数十年間、環境健康科学者らは、化学物質の低用量が高用量における影響からは必ずしも予測できない影響を持つことができるということを仮定する”低用量仮説(low-dose hypothesis)”に取り組むことに打ち込んできた。10年以上前に、国家毒性計画のある専門委員会は、よく研究されているものから選び出した多くの内分泌かく乱物質について低用量影響の証拠があると結論付けた(Melnick et al. 2002)。現在、別の科学者グループがこの大部の文献を再検証しており、とりわけ、産業化学物質、プラスチック成分と可塑剤、エストロゲン類、保存剤、界面活性剤と洗剤、難燃剤、及び日焼け止めを含む広範な化学物質のカテゴリーを横断する数十の化学物質の低用量影響の事例を見つけている(Vandenberg et al. 2012)。Vandenberg et al.は、議論ある低用量テストのいくつかの事例を選択し、特定の環境化学物質が特定の生物学的評価項目に影響を及ぼすと結論付ける十分な証拠があるかどうかを決定するために、事実の重み付けアプローチ(weight-of-evidence approach)を分析に適用した。彼等の分析は、実験計画、動物の系統/種の選択、研究サイズ、そして適切なコントロールが、ビスフェノールA(BPA)、アトラジン、ダイオキシン、及びパークロレイトに関する研究の結果と解釈に、どのように影響を与えるかについて目を向けている。彼等の研究は、環境化学物質が健康関連評価項目に及ぼす影響について重要な洞察を行なっており、ホルモン作用をもつ化学物質が、しばしば規制コミュニティによって安全であるみなされる曝露用量で、どのような影響を持つのかについての疑問に目を向けている。

 Vandenberg et al. (2012)らはまた、培養細胞、動物、そしてヒト集団にさえ(多くのクラスを代表する環境化学物質の)非単調な用量−反応曲線の数百の事例を集めた(Vandenberg et al. 2012)。最も重要なことには、彼等は、どのように、なぜ、非単調反応が、(高められた細胞分裂や細胞毒性のような)競合する非単調反応、細胞及び組織に特有な共同因子と受容体の発現、及び受容体発現低下、感度低下、及び競合を含む、生物学的複雑さの異なるレベルで現れるのかに関する大部の内分泌文献をレビューした。かくして、問題は、非単調用量反応が”真実”であるかどうかということや、懸念に値する程に頻繁に起きるのかどうかということでは最早ない。これらはメカニズムがよく理解された共通の現象である事は明らかである。問題は、どの用量反応曲線がどのような特定の環境条件下で特定の環境化学物質に予測されるのかということである。

 前に進めて、内分泌かく乱作用の疑いがある物質の研究は、妥当なヒト体内レベルに影響を及ぼす用量を含める必要、及び広範な生物学的評価項目を検証する必要がある。用量−反応研究は、線形単調及び非単調反応をはっきり区別する範囲の用量を含めるべきである。非線形関係をはずすべきではない。規制的決定に役立てるために、もっと精巧な研究設計の開発が可能となるように、学界、政府及び産業界の研究科学者の間の協力を促進すべきである。低用量影響と非単調反応が内分泌かく乱作用特性を持つ化学物質のために実施されるリスク評価の方法にどのように影響を及ぼすかを見極めるために、今こそ、環境健康科学者、毒性学者、及びリスク評価者の間の会話を開始すべき時である。

 我々は一緒に、人と野生生物をこれらの有害な化学物質から守り、より良い規制の決定に役立てるために、適切な行動を取ることができる。


References


Barr DB, Olsson AO, Wong LY, Udunka S, Baker SE, Whitehead RD, et al. 2010. Urinary concentrations of metabolites of pyrethroid insecticides in the general U.S. population: National Health and Nutrition Examination Survey 1999?2002. Environ Health Perspect 118:742?748. Find this article online

Bilau M, Matthys C, Baeyens W, Bruckers L, De Backer G, Den Hond E, et al. 2008. Dietary exposure to dioxin-like compounds in three age groups: results from the Flemish environment and health study. Chemosphere 70(4):584?592. Find this article online

Braun JM, Hauser R. 2011. Bisphenol A and children’s health. Curr Opin Pediatr 23(2):233?239. Find this article online

Carwile JL, Michels KB. 2011. Urinary bisphenol A and obesity: NHANES 2003?2006. Environ Res 111(6):825?830. Find this article online

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Crain DA, Janssen SJ, Edwards TM, Heindel J, Ho SM, Hunt P, et al. 2008. Female reproductive disorders: the roles of endocrine-disrupting compounds and developmental timing. Fertil Steril 90(4):911?940. Find this article online

Meeker JD, Stapleton HM. 2010. House dust concentrations of organophosphate flame retardants in relation to hormone levels and semen quality parameters. Environ Health Perspect 118:318?323. Find this article online

Melnick R, Lucier G, Wolfe M, Hall R, Stancel G, Prins G, et al. 2002. Summary of the National Toxicology Program’s report of the endocrine disruptors low-dose peer review. Environ Health Perspect 110:427?431. Find this article online

Miyashita C, Sasaki S, Saijo Y, Washino N, Okada E, Kobayashi S, et al. 2011. Effects of prenatal exposure to dioxin-like compounds on allergies and infections during infancy. Environ Res 111(4):551?558. Find this article online

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Rappaport SM, Smith MT. 2010. Environment and Disease Risks. Science 330 ((6003):460?461. Find this article online

Swan SH, Liu F, Hines M, Kruse RL, Wang C, Redmon JB, et al. 2010. Prenatal phthalate exposure and reduced masculine play in boys. Int J Androl 33(2):259?269. Find this article online

Vandenberg LN, Colborn T, Hayes TB, Heindel JJ, Jacobs DR, Lee D-H, et al. 2012. Hormones and endocrine disrupting chemicals: low dose effects and non-monotonic dose responses. Endocr Rev. ; doi:10.1210/er.2011-1050 [Online 14 March 2012] Find this article online

Woodruff TJ, Zota AR, Schwartz JM. 2011. Environmental chemicals in pregnant women in the United States: NHANES 2003?2004. Environ Health Perspect 119:878?885. Find this article online



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