EHP 2011年9月1日
ビスフェノールAへの胎児期の曝露と
オス・マウスの性的特徴への有害影響


情報源:Environmental Health Perspectives, 01 September 2011
News Forum
Prenatal Exposure to BPA and Sexually Selected Traits in Male Mice
Wendee Holtcamp, an award-winning writer based in Houston, TX
http://ehp03.niehs.nih.gov:80/article/
fetchArticle.action?articleURI=info%3Adoi%2F10.1289%2Fehp.119-a383


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年9月3日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/11_09_ehp_BPA_Sexually_Selected_Traits.html


 エポキシ樹脂、ポリカーボネート・プラスチック、感熱紙などを製造するために使用される工業用化学物質ビスフェノールA(BPA)は、実験動物への、そして潜在的にはヒトへの有害影響を示す証拠が積み重なり、非難されている[1]。新たなマウス研究が、BPAは、性的に選択された特徴の発達に有害な影響を及ぼし、潜在的に動物の生殖能力を脅かすかもしれない[2]。

 性的に選択された特徴とは、個体に対し潜在的なつがい相手に魅力を与え、生殖を成功させる特性である。時には、これらの特徴は、例えば、ある鳥類のオスの長い尾羽はメスを魅了するだけでなく、より多くの寄生虫もつきやすいというような代償も伴う[3]。ある個体の性的に選択された特徴は、個体が成熟するときに、懐胎中の母親の状態又はその他の環境中の要因のような外部要因にどのくらい強く依存するのであろうか[4]。ある科学者らは内分泌かく乱物質もまた、これらの特徴に影響を与えうるという仮説を立てている。

 この新たな研究は、BPAの健康影響を調査するために、米環境健康科学研究所(NIEHS)のアメリカ復興・再投資法に基づくChallenge Grant(訳注1)による支援を受けている[5]。補助金受領者でミズーリ大学生物医学科学准教授のチェリル・ローゼンフェルドは、心理学教授デービッド・ゲアリーと大学院生エルディン・ジャレビとともに、この研究の設計に役立つ先進的なエコロジー理論を用いた。”我々は、空間認識に着目したが、それはこの性的特徴に影響を与える脳の領域である海馬(hippocampus)が、げっ歯類とヒトの間で進化的に保存されているからである”とローゼンフェルドは説明した。

 研究者等は、シカシロアシマウスを動物モデルとして選んだが、それはこの生物種のオスは発情期に相手を見つけるために、ひとつの性的に選択された特徴である強化された空間ナビゲーション能力に依存しているからである。(対照的にメスは、巣の近くに留まる傾向があり、強化された空間ナビゲーション能力を示さない。)ヒトにおける類似の特徴は、伝統的な社会における男性を政治的連合の形成のために女性より遠くまで旅をさせ、一般的に男性は、連合、戦争、求愛、狩猟のために女性よりもよい空間ナビゲーション能力をもつ傾向がある[6][7]。

 この研究は、妊娠中及び授乳中のシカシロアシマウスのBPAへの摂食曝露が、母親だけからこの化学物質に曝露した仔マウス(子孫)の空間ナビゲーション能力に影響を与えたかどうかを評価した。妊娠中及び授乳中、成マウスのメスは、一般的ヒト集団のBPA血中濃度[8]と同等のものを生じると報告されている用量である50 mg BPA/kgの餌を与えられた[9]。離乳後は、全ての仔マウスは通常の餌を与えられた。

 発達中にBPAに曝露した性的に成熟したオスの子孫は、明らかな身体的異常も感覚又は神経筋肉系の能力の低下も示さなかった(これらは性的に選択された特徴ではない)。しかし、コントローのオス及びメスと比べると、曝露したオスは、バーンズ迷路(1個の出口穴と11個の偽出口穴を持つ円盤状の装置)を通り抜けるために記憶力と空間的手がかりを利用する能力が低下した。同様に、曝露したオスは、探索行動と不安様行動を調べる高架式十字迷路(Elevated plus maze)、安全壁の付いている(閉鎖)アームと安全壁のない(開放)アームからなる装置(訳注2)での能力が低かった。”閉鎖アームに長く留まるということは不安様行動が増大しているということであり、探索し相手を探すという気持ち又は自信が減少しているということである”とローゼンフェルドは述べた。

 ナビゲーション・テストの2週間後、研究者らは相手選択の実験を行った。つがいとなる関心度を測定するために、見込みのある相手によって鼻と鼻との接触に費やされる時間を測定した。性的に成熟したメスは、コントロールのオスに対してよりもBPA暴露のオスに対してつがいの関心度が2倍、低かった。科学者らは、性的関心の低下が、動き方(behavioral cues)によるものなのか、化学的信号によるものなのか、あるいはその両方なのかを決定することはできなかった。

 BPAは、発達期間中に、どのようにこれらの生殖行動に影響を及ぼしたのであろうか? ローゼンフェルドは、このメカニズムは後天的であり、この化学物質(BPA)はDNAそれ自体は変更しておらず、複写し、最終的にはたんぱく質中に翻訳する能力だけが影響を受けているのではないかと考えている[10]。しかし、研究者らは、母マウスが直接 BPA に暴露したと仮定するなら、その仔マウスへの世話の影響を除外することは出来ない。

 ”これらのデータは、野生のマウスにもっと近い生物種における重要な新たな結果を提供するものである”と、この化学物質を含む強力な洗剤を用いてケージを洗浄した時に、偶然、BPAがマウスの卵子を傷つけることを初めて発見した分子生物科学の教授パット・ハントは述べている[11]。”明らかな疑問は、このことがヒトにおける性同一性に影響を及ぼすことを意味するのか? ということである。誰もが認めるように、それは全く近いところにあるが、少なくともBPA暴露は男性を’男らしさ’を少なくすることを示唆している”。

 同様に、ゲアリーは、この研究は、潜在的なBPA影響を検出するためにもっと密接に検証されるべき性的特性を暗示している。”これらの結果があるのだから、もし我々が少年におけるリスクを評価しようとするなら、複雑な空間学習(spatial learning)、取っ組み合い遊び(rough-and-tumble play)、関心対象遊び(interest in object play)を見るべきである”と彼は述べている。ゲアリーは、彼の著書『Male, Female: The Evolution of Human Sex Differences』のなかで、人間の性的に選択された行動として、これらを挙げている[12]。

 関連する研究が出現し始めている。2009年、ハーバード大学公衆衛生校の客員研究員ジョー・ブラウンと同僚らは、出生前にBPAに暴露した少女達は、2歳の時点で、暴露した少年より多動性と攻撃性を示すようであったと報告した[12]。しかし、ゲアリーは、2歳における攻撃性が、性的に選択された特徴(少年の中で)に関連するのか、又は性的に選択された特徴ではない幼児に特徴的な衝動性に関連するのかどうか、知ることは不可能であると指摘した。彼は、”もし、研究者らがこれらの少女が大きくなった時に、社会的に優位であることを示すことが出来るなら、この結果を性的選択に属性つけることの方に安楽を感ずる”と述べている。

参照

1. FDA. Public Health Focus. Update on Bisphenol A for Use in Food Contact Applications: January 2010 [website]. Silver Spring, MD:U.S. Food and Drug Administration (2010). Available: http://tinyurl.com/yffea8n [accessed 25 Jul 2011].

2. Ja?arevic’ E, et al. Disruption of adult expression of sexually selected traits by developmental exposure to bisphenol A. Proc Natl Acad Sci USA; http://dx.doi.org/10.1073/pnas.110795810?8 [online 27 Jun 2011].

3. Andersson M. Sexual Selection. Princeton, NJ:Princeton University Press (1994).

4. Alberts SC, Altmann J. Preparation and activation: determinants of age at reproductive maturity in male baboons. Behav Ecol Sociobiol 36(6):)397?406. 1995. Find this article online

5. Rosenfeld CS. Effects of in Utero and Transgenerational Exposure of AVY Mice to Bisphenol A [research grant]. Bethesda, MD:Research Portfolio Online Reporting Tools (RePORT), National Institutes of Health (updated 25 Jul 2011). Available: http://tinyurl.com/3fy8awk [accessed 25 Jul 2011].

6. Levine SC, et al. Early sex differences in spatial skill. Dev Psychol 35(4):940?949. 1999. http://dx.doi.org/10.1037/0012-1649.35.4.940

7. Levine SC, et al. Socioeconomic status modifies the sex difference in spatial skill. Psychol Sci 16(11):841?845. 2005. http://dx.doi.org/10.1111/j.1467-9280.2005.01623.x

8. Sieli PT, et al. Comparison of serum bisphenol A concentrations in mice exposed to bisphenol A through the diet versus oral bolus exposure. Environ Health Perspect 119(9):1260?1265. 2011. http://dx.doi.org/10.1289/ehp.1003385

9. Vandenberg LN, et al. Urinary, circulating, and tissue biomonitoring studies indicate widespread exposure to bisphenol A. Environ Health Perspect 118(8):1055?1070. 2010. http://dx.doi.org/10.1289/ehp.0901716

10. Dolinoy DC, et al. Maternal nutrient supplementation counteracts bisphenol A-induced DNA hypomethylation in early development. Proc Natl Acad Sci USA 104(32):13056?13061. 2007. http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0703739104

11. Hunt PA, et al. Bisphenol A exposure causes meiotic aneuploidy in the female mouse. Curr Biol 13(7):546?553. 2003. http://dx.doi.org/10.1016/S0960-9822(03)00189-1

12. Geary DC. Male, Female: The Evolution of Human Sex Differences. 2nd ed. Washington, DC:U.S. American Psychological Association (2010).

13. Braun JM, et al. Prenatal bisphenol A exposure and early childhood behavior. Environ Health Perspect 117(12):1945?1952. 2009. http://dx.doi.org/10.1289/ehp.0900979



訳注1
NIH Challenge Grants in Health and Science Research (RC1)

訳注2
高架式十字迷路法(Elevated plus maze)/星薬科大学 薬物治療学教室


化学物質問題市民研究会
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